24 功の周りは
「功、待ってってば!」
「また今度ね~。」
「どうして?一緒に食べようよ!」
そう言ってイットシーの通路で功を引っ張るのは、功の横に立つと非常に小さく見える美女ユア。
パーマの掛かったロングヘアが功の腕に触れる。
「ねえ、功。最近どうしたの?」
「忙しいもん。」
「………」
最近こんな感じでてきとうに流されるので、だんだん許せなくくなってくる。
「功!!」
「……何?」
「私、知ってんだから!女の家に入り浸ってること!!!」
「…………」
ケンカしている動物みたいに毛立って怒りの目を向けてくる。
「……まあ、入り浸ってるかもしれないけど、いつも会えるわけじゃないし。折角、新しいネタが入ったのに今週は結局会えてないし。」
「何?勝手に家に入れるの?番号もらってるの??そんなこと事務所が許すの??」
「事務所内で風紀を乱すことをするなって言われてるだけで、彼女作るなとは言われてないし。」
「私がいるのに!!!」
「………分かった分かった。コンビニか牛丼屋で3分ですまそ。」
「…!!?」
「早く行こ。」
「………」
俯いたまま動かなくなり、今度はすすり泣きをしだす。
「………はぁ……」
と、功が敢えて声を出してため息をつくと、通りがかりの女性がバカにしたように言った。
「はぁ……ほんっと最悪。まあ、あんなに女の武器を利用しても相手にされてないから、可哀そうっつえば、かわいそうなんだけどさ。」
「……!」
「ああいう女と同じ事務所ってのが、ほんとムカつく。大して売れてないんだから田舎に帰ればいいのに。そんなことしてる暇があったら、せめて他の特技見付けたら?何してるわけ?」
隣りにいるのに、見えない誰かに言うように嫌味を言う。
「…………」
ユアは悔しがるも、言い返さず功の腕にしがみ付いてグッと我慢している。別に今までは良くしてもらっていたのにと言いたいが、勝てない相手だと知っているからだ。
ユアはイットシー所属では数人しかいないモデル事業部。言った女はバックダンサー。ユアは、街を歩けば一つの通りで数人にスカウトされるような美女だが、内向きな性格のせいか今一つ主流に乗り切れない。イットシーにはまだダンス部門はないが、派遣仲介事業はしていてスタジオもある。音楽が主流なだけあって、仕事はモデルよりダンスの方が俄然多い。
そして功も、何ともないように言う。
「オキちゃん、それ言ったら可哀そうだよ。ユア天然だから多分狙ってないし、狙ってもあたらないし。」
「そうだねー。功君、その女構うのほどほどにしときなよ。粘着ハンパないし。じゃあね~!」
「オキちゃん、ばいば~い!」
と、手を打ち合って別れる。
「功………なんで、私にあんなこと言う人と仲良くするの…?」
「オキちゃん言う事きついけど、明確じゃん?すっごい努力してるし、後輩のことはよく面倒見るし。ちょっとオキちゃんの言うことも聞いた方がいいよ。」
「…………」
全然自分を庇ってくれないが、功にも言い返さない。それは事実だからだ。
「じゃあ、今日はどっか食べに行こっか。腕掴まれてると俺ら、叱られるよ。」
と功が切り返すと、ユアは無言でうなずいて腕から離れた。
功の周りには、こういう女性がたくさんいる。
***
「お父さんですか……」
その日の尚香の退勤時間に合わせて、家の最寄り駅近くで道は尚香と待ち合わせをしていた。
ここ数日お母さんが咳がひどく体調を崩していたので、尚香に先に家のことを相談することにしたのだ。お母さんの通院や薬の説明、あまり食べられないのでその間の食事の話しをしてから本題に入った。
「………」
駅の少しだけ喧騒を離れた先で、話を聞いて尚香は黙ってしまう。
「………お母さんの体調回復を待ってからお話ししようと思ったんだけど、章があんな風だから早めの方がいいかなと……。」
先に認知してもらっておいた方がいい。ボケが始まっているお父さんにかこつけて、章が自由気ままにしているようで申し訳ない。
尚香は少し考えてから話し出した。
「………多分。父は………年齢もあるし、万全ではないとは思いますけど……記憶の方は大丈夫だと思います。」
と、尚香は少し言葉に詰まりながらも、でもしっかりとした目で道を見て言った。
「でも、息子って………、あっ………」
そこで道は気が付く。聞く限り、子供は尚香一人。金本家に章が入ったことで冷静さを失い焦っていたが、過去に子供を亡くしている可能性もある。
「あ、ごめんなさい……尚香ちゃん………。」
「………いいですよ。」
尚香は、少し笑ってまた話し出す。
「私、養子なんです。」
「え?」
言われたことが一瞬分からない道。
「………養子?」
「そうです。両親と私、歳が離れてるでしょ。少し離れた血の繋がらない親戚で、実の子のお義兄さんが巣立ってから私が養子になったんです。」
「!」
理解してからもなんと返したらいいか分からない道に、尚香は優しく返す。
「大丈夫ですよ。隠してるわけじゃないですし。産みの両親が死んでしまったから、子供の頃に引き取ってもらって。」
「………そうなんだ……」
隠しはしなくても、敢えて他人に話すことでもないだろう。
「今のお父さんが50歳になってから、あの家に来たんです。兄夫婦は養子になってしばらくして海外に行ってしまって、私も大人になってからはほとんど顔を合わせたことがなくて……。」
法的には親族にもならないような親戚だ。義兄夫婦も昔は年1回は帰って来ていたが、ここ数年は帰国していない。仕事の都合だけでなく、3人いる子供の学校関係でみんなで帰国しようとすると、日が合わないらしかった。とくに家に写真も飾っていないので、道は全く気が付かなかったのである。
「道さんごめんなさい。お見合いの時、結婚前提のお付き合いを決めるまで、踏み込んだことは知らせなくていいと言われていたから……」
最初の家政婦さんには伝えていたが、ほとんど帰って来ず会うほど長く務めることもなかったし、住民票も日本にはない。緊急連絡先に尚香もいたので機会があればでいいと思っていたのだ。
「尚香ちゃん!いいの、いいの!それはお互い様だから。」
章など年齢詐欺である。
それに、道も言っていないことがたくさんある。
「…………」
それから、少し尚香は気落ちしてしまう。
「お見合いも……お父さんの顔を立てようと思って、あまりきちんとする気はなかったんだけど……。あ、道さん、ごめんなさい。」
「いいよ、気にしないで!」
それに関しては、章の方が謝るべきである。
「でも……お父さんもお母さんも、自分には娘がいなかったから、私が結婚するのが楽しみだって言ってて………。お父さんも多分……、ただ親としてだけそう思ってるわけじゃなくて、昔の律儀な人だから………死んだ父に……そのくらいの報告ができたらって思ってたんじゃないかなって………」
きちんと自立して、親元を離れた時、天国の両親に報告したいと………。
何故なら家の小さな仏壇の横に、両親の形見も置いてくれていたからだ。昔の、少し高価な万年筆と、安くはない腕時計。
「…………」
尚香は、胸にあるたくさんのものを、もっともっと奥に押し込める。
「………尚香ちゃん……」
と、道は思わず尚香の手を握った。
「……あ、道さん、辛気臭い話ですみません。でも、両親が死んだのはまだ3歳くらいだったみたいで、正直親のこと何も覚えてないんです。ははは……」
「大丈夫!辛気臭いなんて思わないから。章も父親を亡くしてるし、私も章の生みの親じゃないからっ。」
「え?」
今度は尚香が「え?」となる。
「尚香ちゃん、私今年で36です。」
「えっ??」
8歳しか違わない。
「章のお父さんより、尚香ちゃんの方が年が近いの。」
「ええっ!!???」
それは驚きである。
「お父さんより章の方が近いかな…。はは。」
「へ??」
「私、後妻なんです。」
今度は道が笑う。
「……………」
尚香は道の時は経歴書を確認していない。若いお母さんだなとは思っていたけれど、母親であるしあまりにしっかりしているので、こんなに年が近いとは思っていなかった。
「それに、釣書には書いていなかったけど、お母さん側が引き取ったお兄さんもいて……。」
「そうなんですか?!」
「章君のお母さんが再婚されているから、半分血の繋がっている兄弟たちもいるし。」
「!………」
驚き満載である。章が一人っ子でないことも驚くが、それって将来すごく揉めるのでは?
「ごめんね。こっちも書かなくて。」
相続のこともあるし、本当に結婚を考えるなら必要な情報であろう。これは結婚のハードルを高くする話である。ただし、尚香もあまり人のことは言えない。高齢の両親がいても結婚を考えてくれるというのはなかなかすごいことである。
「でもね、兄弟みんなすっごくいい子たちなの!ちょっと難しい子もいるけど、根が悪い子は一人もいないんだよ!」
「…………」
そんないい子たちが、実際の相続で大いに揉めるという世界を尚香はよく知っている。それに、道さん。実の子でないのに、よく章君の面倒を見ようと思ったなと、そっちにも驚く。
けれど意外だ。章の兄弟たちなんて想像できない。
「章君あんな風だけど、あとはみんな、普通の子たちだよ。」
章君以上におかしな人がいたらそれはそれで困る。ただ、章と比べられて普通と言われてもハードルが高過ぎる。
「……父の件は分かりました。」
「大事に捉えてごめんね。」
「大丈夫です。どちらにせよ、物忘れが多くなっているのも確かですから。わざわざありがとうございます。」
ペコっと、尚香は頭を下げた。
そう言って別れたが、道はムズイ思いを心に抱えてしまった。
頼りになる親戚や、事務所の社長など、要点になる人にしか話さないことを尚香に話してしまったのだ。
実際、章の家族や兄弟、親戚関係は話した以上に複雑だ。
なんというか、尚香はとても話しやすい。引かれても、嫌われていないことが分かる。めんどくさそうでも、大事なことには前向きになってくれている感じも分かる。嫌な顔をしても、根の部分で拒絶されていないことが分かる。
貯め込んできて解決できなかったたくさんのことを、過去のたくさんの戸惑いを、たくさんたくさん聞いてほしい。そんな風に思ってしまう。
そして自分も、尚香の話をもっともっと聞いてあげたいと思った。
もし、章とのことがなくとも、お父さんやお母さんへのお返しを手伝ってあげたい。
もっともっと、その底がある気がして。
あの世田谷の古い家で、小さな家族が守って来たものを、一緒に守ってあげたい気持ちになるのだ。
なぜかそんなふうに思う。




