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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第四章 あの日のライブ

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21/90

21 ライブ



そんな事情で、次の週の月曜夜。

尚香は大人になって初めてのライブハウスに行くことになるのである。



社内の残業を急いで終わらせる。

「金本さーん!これつまんでください。」

先に仕事を上がっていた川田が、尚香の分のパニーニも買って来る。

「そんなんで足りるんすか?」

と言いながら、隣で弁当を食いつつ報告書の最後を上げている男兼代(かねしろ)

「尚香さん大好きなベーグルもありますよ。」


「メイク済みました~?」

と言っているのは、ライブが久々でウキウキの柚木である。楽しそうな柚木に尚香はつっこむ。

「柚木さん、楽しそうで申し訳ないけれど、ジャズライブだよ?キャーって騒いだり、ワーって跳ねまわるライブじゃないよ?」

「そんなの分かってますよ!」



やっと仕事が済んで、尚香は取り敢えずパニーニを頬張った。

「はあ……疲れた。うまい……。」

少し呆けて、ボーと食べる。


「ライブハウスって、暗いし誰も人の顔見ないよね?もう、このまま行けばいいかな……」

「尚香さん!いいわけないですよ!!洒落こんでください!そこまでがライブです!!使命です!!」

金本(きんもと)さん呼びがいつも尚香さん呼びになっしまうこの課の人たち。

「ワンドリンクで1時間だし、いいんじゃないですか?」

「食事なしなのに1時間5千円もするんだね……。」

尚香、驚くしかない。

「尚香さん、早く食べておしゃれして下さい!」

「あれ、ここ、中でも色々食べられるよ。フードもある。」

「そんなことどうでもいいです!!ライブ中はドリンクだけでいいですからっ。」

無視してフードを検索していると、柚木に叱られた。



真理からのチケット。送られてきても1枚かペアだと思ったのに、4席もあったのだ。おそらくこの前のメンバー、妊娠中のソナを抜いた4人分であろう。


しかし今日、美香は用事。どうしようと話していたところに、兼代が聞き耳を立てていたのだ。LUSHのライブじゃないと言ったが、『ヴィンセント・真理』出演なら行きたいと言い出す。兼代、しっとりした音楽など聴きそうにもないのに、真理ちゃんもけっこう有名なのかとちょっと真理を見直した。



「なら部長行ってきますねー!」

「お先すみません!」

今日は、大きな仕事に区切りがつき、整理のために課全体が少し残業をしていた。

「みんな、いいなー。気を付けて行って来いよ。」

部長が朗らかに送り出す。


「……彼らこれからまた仕事ですか?」

他の課から戻って来た久保木本部長が気になって聞いてみる。

「金本さんの従弟が歌手みたいでね、あっ、内緒なんだけど。それで今夜、その知り合いにライブに招待されたみたいで。」

「……へえ……」

「内緒にしててね!」

と言うも、尚香の部署はみんな知っている。



まだ準備ができていなかった尚香が、歯磨きだけ済ませ、カバンを取りに来て、

「お先、失礼します!」

と、バッと頭を下げて去っていった。

部長は手を振り、久保木も礼をする。


「この課の人たち、仲がいいですね。」

「あの辺は未婚で自由だし若いからね。この後ナイターやサッカー見に行く若いのもけっこういるよ。エネルギーがあって羨ましいな。」

部全体でも、このフロアは雰囲気が悪くない。




***




タクシーで荻窪まで乗り合わせたメンバーは、到着してから思っていた雰囲気と違って驚いてしまう。


ジャズライブと聞いていたのに、半分が立ち見席だ。ジャスは座って聞くものとばかり思っていたので戸惑ってしまう上に、周りを見ると学生に見えるような子たちもいて格好も様々だ。ただ、学生に見えて30代とかもけっこうあるので年齢は分からない。


チケットを見せると、前方2列目の左横テーブル席に座ることができた。時間が時間なので、急いでドリンクを貰って来る。

スタンディングで100人入る場所の、前方から真ん中あたりまでの中央と一部サイドのがシッティング席になっているため、実際は5、60人くらいだろうか。立ち見は床に指示があるラインより中には入れないが立ち机があった。つまみなど注文できるので、買い足しに行く者もいる。




慌ただしいながらも、久々のライブ会場をぐるりと眺めた。


少しだけドキドキする、知らない世界。



もう時間。尚香たちが座るとほぼ同時に、雰囲気が変わった。




「私、飛んだり振ったり回したりしないライブ初めてだから、どうすればいいのか分かりませんっ……」

と、川田が一言。

「え?」

その他3人。怖がり川田さん、普段どういうライブ行くの?と疑問に思ってしまうも、アナウンスが入りいくつかの諸注意の後、客席の照明が落された。




まだ誰もないないステージ。


そこにギター、ピアノ、ドラム、トランペット、サックスなど5人が入って来ると拍手や歓声が起こる。何人かは手を振りながら位置に付き、セッティング確認をすると、ステージの照明も落とされた。



そしてドラムを皮切りに曲が始まる。


周囲の雰囲気に合わせて、もう一度尚香たちも拍手をする。拍手と共にステージは青い世界に変わった。


軽快なサックスと共に、やはりしっとりとした音楽が流れる。



章並みにアホなのではと思った兼代が心配であったが、そこはさすが大手の外周り業務に採用されただけあって、歌のない曲を大人の顔で聴いているので安心する。



ピアノ、サックス、トランペットと、メインが変わっていき、1曲目が終わった。


……わあ……

と、心が弾む。思った以上に楽しい。方法が分からなければ、聴いているだけでいいのだ。


大きな拍手が鳴るとともに、雰囲気がカラッと変わる。



そこに、


ha ahahah……


と低い声だけが響き、左サイドからサイケなドレスを着た女性が出てく来た。また拍手が起こるとともに、その女性が歩いてきた向きのまま手を挙げてストンと降ろすと、伴奏が始まった。



Is begings Today.Tha night…………



英語の歌を歌い出す。彼女のノリに合わせて派手でない手拍子が響く。



と、次の間奏で、もう1つのサックス。

今度は上手から吹きながら現れるミニスカート女子。


「真理さん!」

まさしく真理である。先より少し派手な拍手が起こった。真理は、全体を見てから尚香たちの席にウインク。思わずみんな手を振る。

「おー!!ヴィンセント・真理だ!」

「かわいい!!」

「真理ちゃーん!!」


少しソロを吹いてから、既存のサックスとの二重奏。


素人が傍から見ても分かることは、真理はとにかく軽い。何が軽いかというと、楽器を持って吹いている重みを感じない。体を軽く動かし、難なく重い音も出す。



そしてまたボーカルメインに戻ると、一曲終わる。



「真理さん!!」

と、尚香がステージに向かって手を振ると、真理がサックスをそっと放して両手で手を振った。


それから、ボーカルが一言。

「みなさん、今夜はレリアとチームカメリア、ヴィンセント・真理のステージにお越しくださりありがとうございます!!I love youーーー!!!!」

レリアはボーカルの名前だ。

「お疲れ様です!学校帰り、お仕事帰りでしょうか?今日は大切な人たちを招いていますので、気軽にお楽しみください。」

レリアも誰か数か所に手を振ると、向こうの方でも客が反応している。


後で知るのだが、この日は身内や特別な条件で人を呼んでおり、音楽学校の学生も優先的にチケットが取れていた。立ち見の学生たちは3千円である。




そして、また始まる。


真理のサックスからテンポのいい曲が始まり、歌が始まる。




そしてだ。


そしてである。



ここからが問題であった。




一曲終わりまた雰囲気が変わる。


歌が少しバラード調に変わった時だった。

もう一人のゲストと、レリアの声が重なる。



女とも…男とも言えない声。

クセがあるのに、レリアより少し高く、そして彼女によく合う声。



すると、姿も見えないのに、会場がうわああ!!!!と沸く。


「??」

よく分かっていない尚香たちだが、この男、兼代だけは分かった。なにせ、あの人たちの動画をよく見てよく聴いているからだ。そして、一息置いて柚木と川田も気が付く。



小さなステージに上手から入って来たのは………


章であった。




……は?



と、尚香。




「おおお!!!マジ、功だ!!!!!」

元アイドルの登場に手を振っている兼代を、変な目で見てしまう。柚木と川田も一瞬止まているようだった。なにせ、もう危険ではないだろうと警戒を解きつつも、口悪水掛けられ男をリアルに見ている。


「キャーーー!!!!」

「功ーー!!!」

「KOU!!!!」

と、至る所から歓声が上がり、その声に手を振って答えながら、流れを全く変えることなく功は歌う。



楽器や機材が所狭しと並んでいる上に、ステージ上には8人で、最後はクソデカい男。


功が登場した時の歓声があまりにも大きく、ボーカルはいいのかと思いつつも、彼女は全くひるむことなく一緒に歌っていた。


一曲終わると、

「Today’s guest……… Kou!!!」

と、功の手を掲げ、大きな歓声が起こる。


ボーカルのお姉さんも背が高いが、功の腕が上がり切らないので、功が手を握られたままガッと腕を上げるとボーカルがおよっと驚く。倒れるかと思いつつもバランスを崩すこともなくお互い笑い合う。真理も功に片手を挙げられ、ぴょんぴょん跳ねていた。あんな上げ底で危ない。



そして、そのまたまた曲が始まった。


正直、いろんな曲があって、尚香にはこれ全部ジャズなの?と、よく分からない。



レリアと功が、時々動きを合わせて軽く踊っている。それが絶妙に合っていて、会場が湧いた。




少し会場を見てみると、思ったより客席がよく見える。


みんなうっとりして聴いていたし、すぐそばの席の若い女性は声を合わせて歌いながら、泣きそうな顔をしていた。本当にライブで泣くんだ……と驚いてしまう。


ステージからはもっとよく見えるだろう。




………。


しかし、功が現われてから、尚香は落ち着かない。


章君は本当に歌手なの?

本当にこれで生きているの?ご飯食べてるの?

歌の練習とかしてるの?

最後まで落ち着いていられるの?


ウチに来て、ご飯を食べたり遊んでいる姿しか知らないので、見ていても信じられない。


家ではジーと待っているか、落ち着きがなくてすぐに関係ないことをしだすのに。




それからレリアがギターを取り、二人は椅子に座った。

尚香なら、「うんしょっ」という感じで乗り上げて座って、余計なことをすればずり落ちそうな高い椅子だ。そこに、足を崩して余裕で座っているのでこれまた憎たらしい。


そもそも章が家の居間の低い机で横に座ると、足が邪魔で尚香がいつものように座れないのである。日本の昔の古い家などに来ず、真理さんちのようなでっかい外国人向けアパートにでもいればいいのといつも思う。



そんな彼が、スポットの中にいる。



章君はこれ以上何をするのか。

章は最後までまともなステージができるのかと、心配気に見てしまう。




でも、章はステージ上手側にいても、向かい合う下手側の尚香を―――


見ることはない。







※ライブハウス、ビルなどは全て架空のものです。都庁と世田谷区役所などは実在しますが、内容は全部フィクションです。

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