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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第一章 それぞれひとり
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2 厄日なお見合い




世田谷区の古い一軒家。


「お母さーん!」

お母さーんと呼ぶのは、娘ではなく介護もできる家政婦の女性、(みち)さんである。


「楽しみですね!」

このお宅の年配の奥さんにお茶を出し、自分もお茶の間に座る。今日は仕事ではない。

「道さん、今頃始まっているのかな?」

「1時からですからまだですよ。」


「尚香けっこうおっちょこちょいなところがあるから…。ねえ、道さん。言っておいた方がよかったかな…。」

「大丈夫ですよ。知らない方が構えずにすむし。」


二人はお茶を飲みながら、ふーと寛ぐ。


「うまくいくといいけれど……」

「そうですね!」

まだ40代行かないパワフルな家政婦、道さんはニコニコだ。ふふふ、と楽しそうに笑っている。


昼の住宅には、穏やかな時間が流れていた。




***




そして都内ホテル。



ここで尚香(こうか)は拍子抜けしてしまう。

なんということか、先方が遅れてしまったのだ。これなら髪のお直しをしてもらえばよかったと思ってしまう。



ホテルの和室空間。庭が眺められる部屋で、静かに石と緑の風景を眺める。


「………」

きれいに手入れしてあるな……と思いながらひと時の休息。



何てベタなんだろう。

漫画やドラマでしか見たことがないような、和室で正座のお見合い。高齢で古いタイプの両親は、娘が結婚することをずっと心待ちにしていた。大切な人から預かった薄緑の着物で親族対面ができたらと思っていたそうだが、こんな時代。結婚できるかすら分からなくなってしまったので、せめてお見合いに着てあげようと思ったのだ。


とそこに、先ほどホテルに到着した先方を迎えに行った仲人の女性が、申し訳なさそうに入って来た。


金本(きんもと)さん、お待たせしました!さあ、こちらです。」


「遅くなりました。申し訳ありません。」

そうして入ってきた男性に思わずぎょっとする。


ものすごく背が高く見えるし、スーツの着こなしが会社の男性と違う。

軽くお詫びをして向かい合って座り更に驚く。男性にしては少しだけ長いアバウトな髪。微妙に漂う色気と日本人離れした風貌。確かに日本人なのに、やや異国を感じる。そして若い。仲人の女性も今日初めて会ったのか、少し見惚れている。


少し尚香も顔を見られ、気合い入っていそうな自分の髪型が恥ずかしくなり、思わず片手で頭を押さえた。



「今日は親御さんがお知り合い同士のご紹介ですし、気軽な感じでリラックスしていきましょうね。では、先に待っていただいた金本さんからご紹介頂けますか。」

今日の仲介もお相手家族の知り合いらしい。

「え?あ、はい。……金本尚香と申します。都内でコンサルタントの仕事をしています。」

「きんもと……」

「読み方も漢字も珍しいでしょ。」

そう言う仲人は楽しそうだ。控えめな自分の両親が、どこでこんな男性の親と知り合ったのかと驚いてしまう。


「私は山名瀬(やまなせ)(しょう)と申します。職業はデザイナー。主に店舗のスペースデザインを手掛けています。印刷物や小物も少し。」

なるほど、しっくりくる。一応、簡単な身上書は見ているが、会ってみてもそんな感じだ。


そこで働く仕事脳。

お見合いとかでなく、仕事で知り合うのはいいかも。尚香の会社はイベント企画もしている。しかも相手は26歳で年下だ。正直、隙がなさそうでオシャレな人とはやっていけそうにないし、相手もこんな変なスタイルで来た年上の女性は嫌であろう。でも仕事の相手ならいいかもしれない。


簡単な話で盛り上がって、仲人も嬉しそうに見ている。





「ありがとうございました。」

その後、三者お互い礼をし合って、ロビーで別れることになった。


お見合いというよりは、なんとなく楽しかった談話という感じだ。浮いた話にもならず、今日は終わりと思いきや山名瀬さんからお誘いが来た。


「……あの、金本さん。この後お時間があれば、少しお茶をしませんか?」

「え?」

「あら!!」

尚香より、仲人がいい反応をしている。


「遅れたお詫びに少し場を変えたくて……、ここのホテルのカフェ、ケーキのおいしい店があるんです。」

「?」

なんだ?本気でお見合いする気だったのか、それとも本当にお詫びなのかと、驚いてしまう。元々店に詳しいのか、お見合いのためにいちいち調べてきたのか。それでも、どう考えても自分と付き合うというタイプの顔をしていない。


どうしよう……と思いつつ、両親の顔を立てないとと考え直す。少しいいお土産話を作っておいてもいいかもしれない。相手も親とその知り合いの娘を立てておこうとでも思ったのだろう。

「ええ、少しなら。」

「この後仕事なので、このスーツだけ着替えてきてもいいですか?」

「着替え?」

「本当は堅苦しい格好が苦手で……。スーツは久しぶりなんです。」

「あ、はい。いいですよ。」

スーツを脱ぐだけであるし、男の着替えなど時間はかからないであろう。尚香も普段なら、家を出る10分前に起きても出社の準備ができるタイプだ。プライベートはずぼらなのである。

「なら、席で好きなドリンクを頼んで待っていてください。『ストーリー』という2階のカフェです。すぐ行きますので。」


もし本気で話を進めることがあれば、断らねばと考えながらも、仲人さんにも挨拶をして別れた。


仲人さんは、うまくいったと非常にうれしそうであった。




***




一方、世田谷宅。


タタン、タンタン♪と鳴るスマホを受けて、東大合格通知を待って来たかのように構える、お母さんと道さん。


「はい!山名瀬です!」

と、音声をスピーカーにして二人で聞き入る。

『ええ、とってもいい雰囲気で!』


うわあい!!

と、子供みたいにハイタッチする二人。


「お母さん、聞きました?その後二人でお茶に行ったんですって!」

横でホッとする尚香のお母さんに道はニッコリ答えた。

「今日はすき焼きの準備しましょ!」


『道さん、息子さんに連絡します?』

「大丈夫です。若い二人に任せてそっとしておきましょ!」


楽しくてたまらない道さんである。




***




そして、ホテルのカフェ。


車で来たのに自分も着替えを持ってこればよかったと、ハーブティーを飲みながらため息をついてしまう。着物はとにかく、この髪型を崩したい。


思った以上にステキな人だったな。と思いながらも、やはり自分の生活や性格と重ならない。向こうも、予想していた人とは違ったであろう。そんな身上書をもう一度眺める。



「金本さん、お待たせしました。」

「あ、はい!」

と、立ち上がって……止まる。

「………え?……」


そこに現る男性は、先の山名瀬さんのようで、山名瀬さんではない。


「……………」

あれ?と固まってしまった。



目の前にいるのは背の高い、そしてハンサムかは分からないが、濃くはない整った顔の男性。ブカブカの白いトップスに同じくブカッとした黒いボトム。先の山名瀬さんは少し固めた髪をしていたが、こちらはかなりラフだ。もしかして双子なの?遊んでる?


はい?


誰?



「あ、どーーも。山名瀬です。」

とコクっと礼をする。


「っ!!?」


持っていたリュックの他に、何かの大きなケースも背負っていて、それをリュックと一緒にズカッと横の椅子に降ろし、だらしなく尚香の前に座る。

「え?へ?」


「おねーさーん!」

そして尚香に振り向きもせず、今度は半分机に乗り出すように前かがみになり、片手をあげて近くのウエイターを呼んだ。

「おねえさーん。おすすめのフルーツジュースってどれですか?エネルギー消耗したから酵素摂取しよ。」

「あー、……はい。最近はマンゴーが人気です。」

「えー?僕、今は黄緑が好きなんだけど。ライトイエローグリーン!知ってる?」

「え?」

「そういうのある?」

「ならこちら……メロンとキウイの……」

「甘すぎない?」

「えっと……」

「そこにアボガド入れたらおいしいかな?」

「え?アレンジは出来かねます。」

「あ、そう?」

と、体をグッと起こす。

「じゃあ、このセロリ入りの野菜ジュースで!キウイとリンゴも入ってるんだね。」

「あ、はい!」


「尚香さん、他にドリンク頼む?」

「え?いいです。」

「じゃあ、ケーキ頼んでよ。」

「……………」


意味が分からな過ぎて、停止してしまう。


金本(きんもと)さん?尚香さん?」

「…………」

「……なら、ティラミスお願いします。まあ、チョコかチーズ頼んどけばいいでしょ。ティラミスって、両方入りで便利だよね!」

と、彼がウエイターに言うと、その女性は合わせて笑っている。チョコではなくカカオパウダーだが。

「ならお願いしますねー!」

と章が愛嬌を振り撒くと、ウエイターは去っていった。



………………?



ひどい既視感があるのに、意味の分からないこの光景。


ポケーとしている尚香に、男は、あ?分かんない?と、一声かける。

「尚香さん?」

「……………」

「この前は涼しかったです。」

と、立って礼儀正しく礼をする。

「………??」


この前ってなんだ。涼しい?


「お水。氷入りで風邪ひきました!」

と、何かを掛けるまねをする。


「………?」

そこで目の前の山名瀬さんは、ニット帽を取り出し、眼鏡をかけた。


「!!!!」

やっと分かった、金本尚香。


「うそ!!」

思わず立ち上がってしまう。

「お!この前の眼鏡と違うのに、よく分かったね!!」

……今まで分からない方がバカであった。

あの日は少し薄暗く、段差の場所にいて背もよくは分からなかったのだ。ここまで大きかったとは。



「な?な!な!な!な!なんで?!!先の山名瀬さんは?!」

「僕でーーす!」

と、チェキポーズをするので、寒々(さむざむ)する尚香。

「違う人でしょ!先のはお兄さんとか?!何?ウソの経歴書いたの??」


「……ウソかどうかは知んないけど、俺はちゃんと書いたよ。」

と、カバンから取り出した釣書を出すので、バッと取りあげる。

「ちゃんとこの下書き写真送ったし。」



そして、そこには信じられないことが書いてあった。


書きなぐったような字で、


『山名瀬章 20代くらい。

10代じゃないと思う。

住所、世田谷区だけど港区がよかった?

身長180あるかな。体重多分80以上はありそう。

健康は快便過ぎていい感じ。

イギリスの血が入ってるから、ちょっとジェントルマンだと思う。

仕事はデザイナーを名乗ってもいいらしい。

年収100万円くらいでいい?

趣味 食べ歩きや家でゴロゴロ。自由人。

長所 やさしい。多分。

苦手なこと、毎日学校に行くこと。行っても居場所がない。

宗教。母親がクリスティーナ。でもオトンは仏教とかかも。普通そうじゃん?

尊敬する人。両親とノアおじいさん。いつも絵本を読み聞かされたから。』

と書いてある。


マスに合わせたのは年齢までで、あとはもう、枠からはみ出ている字もあった。



は?


なにこれ?



「下書きと合ってる?」

と言われるので、尚香は自分の貰った身上書を見返す。

「…………!」


「これ詐欺でしょ!」

「えー。清書した人に言ってよ!」

と、笑っている。



なに?なに?何???この人!!?



尚香はその場で、真っ青になってしまった。






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