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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第三章 単純で複雑な功君

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19/90

19 これでやっと、ありがとう



「これなあに?」

イットシーの事務所で、功から昨日の包みを渡されてびっくりしているヴィンセント・真理。


「それね、尚香さんが真理ちゃんちの冷蔵庫漁ったからすまんってさ。そんでその商品券でもっといい物買えばいいって。」

「……ふうん……」


中を見ると、『真理さん、この前は突然お邪魔してごめんね。これでおいしいもの食べて下さい。』と、楽器の絵が描かれた付箋が挟んであった。

「あ、サックスもある……」

そして中身を見て驚く。

「ひえ!1万円も入ってる!」

横でナオが口を挟んだ。

「え?多過ぎだよ。みんなで買って持ち寄りもしたのに。ご馳走するつもりだったし、意味ないよ!」


「でも、あのハムもチーズも全部でもっとします~」

「全部食べたわけじゃないでしょ?」

「そうだけど~」

と言いながら、真理は付箋をジーと見ている。なお、あの夜はたくさん道中で買い足し、余りは全部真理の家に置いていこうとしたところ、「一人でこんなに食べきれませ~ん!」となって、最後はみんなで分け合って帰った。



「真理ちゃんの分、取って置いたのになくなっちゃったんだけど……」

と、昨日の尚香の差し入れを見せた。

「なにこれ!」


イットシー公式SNS写真。

『功の面倒を見ている親せきからの差し入れです!ありがとうございます~!!』と、紙を張って『ショコラショコラ』のケーキが並べてある。


「冷蔵庫に入れて置いた分、昨日社長とお客さんも来たからお出ししちゃったんだよね。」

「ひどい!まりも食べたかった!」

「真理ちゃん、甘いものそんなに食べないじゃん。」

「お礼は別です!今度また買ってもらお!」

「LUSH以外の人もみんな食べてたからね~。」

一口サイズに切り分けたので、気持ち程度ではあるが。



そこで、功が思い出したように言う。

「あ、そうだ。尚香さんこれで縁切りするから、よろしく~ってさ。」

「っ!?」

「え?!!」

みんな固まる。


「縁切り?あんなに友情を深めたのに?!!」

「兄弟の契り酒じゃなかったの!!??」

みんな、これから仲良くなるつもりだったのに。

「尚香さんのことだから、仕事のコネにしようと思ってるのかな~と思ったけれど、自分の部署はメディア関係と直に関わったりしないから別にいいってさ。多分、変態な人たちとは縁を作りたくないんだよ。」

「ええ??」


「なら、これっていいの?めっちゃSNSに載せちゃったよ?名前出したわけじゃないけどさ。」

「これ、事務所への差し入れじゃなくて、ただの個々人へのお礼なんちゃう?」

「そんな深い意味があるなんて思ってもいなかった………」


功が『尚香さんから、女性陣に。この前お酒や食事ありがとうございます。みんなで食べて下さいって差し入れでーす。戸羽さんにもありがとうって伝えて下さいってさ』とだけ言ってみんなのいる前で男、三浦に渡すので、女性へのお礼ついでのバンドスタッフ一同への差し入れだと思っていたのだ。



「逆、逆!深くしたくないから、区切りよく軽く清算?」

と、功。

「手切れ金。みんな縁切られてる!」

差し入れではない。サヨナラの挨拶だ。


「私、尚香さんにライブ、いつでも見に来てくださいね!連絡くださいってっ言っておいたんだけど!」

「そうですか~って言ってたよね?」

「そうですか~って、全然返事じゃないし。」

「尚香さんて、こんなに薄情な人なんですね!!」




「みんなどうかしてる?」

ここで登場したのは、無口なのに要点でペラペラ喋り出す、LUSH鍵盤の長髪男伊那(いな)であった。


「親戚関係や友達関係なら問題なかったんだよ。最初がお見合いで、つき合う気ないのにこれ以上相手の職場と関係作ってどうするの?普通に考えたらコウカさんの行動が一般的って思わないわけ?何度も言ってるのに、ここ1か月、何を学んだんだ?」

「でもあの日、功の仕事がバカにされたんだよ?!!悔しくないの??」

女性陣は、うちのバンドすごいと尚香を唸らせたい。

「まだサイトの検索すらしてないらしいんだよ??」

「功は空気だな。」

「ウチら全体のことだよ!尚香さんにはウチらみんな空気なんだよ!」

だから何だと伊那は思う。みんなに好かれるものなど世の中ない。


「功の人間そのものが毛嫌いされただけで、バンドをバカにされたわけではない。入口が違えば、こんなことにはならなかったであろう。」

「え?俺のせい?!」

俺のせいというか、俺でなければ関わることもなかったに違いない。

「だって、最初に来た時、あの状態でうちの事務所をまともに考える人いる?」

「……いないな。」

「魔空間だな。」

全部、功が悪い。



「そもそも何でそんなに功の親戚にこだわるんだ?このブームおかしいだろ?」

と、横で愚痴を言うのは、尚香を親戚の姉だと思っている照明の山本さんである。

山本さんは、肥満まではいかないも少しでぶっとしていかにもオタクな風貌。常に世の中を斜めの斜めから批判的に見ているが、もともとミュージカル世界の人で機材に関しては並々ならぬ管理能力とセンスを持っているため、美術にも頼りにされている。イットシーには、舞台に噛んでいた人間も多いのだ。


山本さんは功のことが大っ嫌いだが、功は山本さんにちょっかいを出すのが好きである。

「山本さ~ん。でも、昨日のケーキはおいしいって言ってたじゃないですか~。照れてる?」

とぶりッ子する。

「ケーキと親戚は別物だ!」



「まりのお家に入れた人が、まりを絶縁するの??」

真理は不満そうである。




***




尚香の職場では、久保木が赴任してきてから数日して少し落ち着いた頃だった。


「金本さん、本部長がお呼びです。」

部長と一緒に、本部長のブースに向かう。なかなか個人的な会話ができず、尚香が時間を貰えるようお願いしていたのだ。久保木だけでなく、経済会へのお礼のつもりでもある。



パーテーションは広く設置してあるが、他の従業員からも見える席。

「久保木さん、他の国のように個人のブースが広くなくてすみません。」

部長が謝ると、

「このくらいの方がコミュニケーションが取りやすくていいですよ。」

と言われる。他の国では個室や完全独立型のブースだったらしい。日本も外資はそういうところが多いが、日本のジノンシーは典型的な昔からの型だ。


「あの、金本尚香と申します。」

「ああ、君が()()金本さんだね。元気そうで本当に良かったよ。」

数回挨拶や話はしているが、もう一度手を出されるので握手をする。


「就職の際は本当にありがとうございます。」

「気にしないで。経済会の方でたくさんお願いされたし、経歴もよかったからそんなに難しくなかったよ。」

「………」

経歴がいいという言葉に、尚香は少し詰まる。

「……あの、お礼で今度お食事でもどうでしょうか。」

「食事?」

「部長や、話を通したイベント部の加藤美香もご一緒に……。ご報告もあるし加藤もお礼がしたいと。」

「………」


あまり関心がないのか、対価の接待のようになってしまうからか。海外では個人とも仕事とも言い難いような食事会はしないのか。小さな卓上カレンダーを見て少し考えている。

「仕事の後がダメでしたら、ランチでも……」

近況報告もしてしっかりお礼をしたかったが、時間外の食事がだめなら仕方ない。


「金本さんや加藤さんも、久保木さんの大学の後輩に当たります。折角ならそれも含めてどうでしょうか。」

大学に通った時期は全く重ならないが、部長が押してくれる。

「……後輩……」

少し考えている。最近は大学のサークルも昔のように暑苦しくない。でも、久保木の時代の方が情はあるのだろう。戦後やバブル前後のまだ熱い時代のOBたちの直接の世話になっている。その言葉で了承してくれた。





寿司ではベタ過ぎるかと、洋食のテイストも入れたお手頃な創作和風料理店である。


「……あの、本当にご迷惑おかけしまして……」

申し訳なさそうに頭を下げる尚香に久保木が言う。

「本当に大丈夫ですよ。そこは仕事と割り切って下さい。優秀な人材を引き抜くのも仕事の内だし、金本さんだけにそうしている訳でもないので。他の国だったら、事が済んだ時点で全部済んだことになってしまいますね。状況にもよるし恩を忘れないわけではないけれど、日本とはかなり感じが違います。」

「………はい。」

「それに、私は最後を引き継いだだけですし。周りの話を聞くと即戦力になってくれたみたいで、こちらも甲斐があります。」

「ありがとうございます……」




そして、夜8時半。

挨拶をし合って解散。



美香と二人になった尚香はホッと一息する。思ったよりあの後は雰囲気がよく、話しが弾んだ。

「美香、本当にありがとうね。」

「……はは。」

「やっとスッキリしたよ。」

「これで一段落だね。」

今回のお金は尚香と美香で折半している。こんな年下の後輩二人に奢らせられないと本部長も部長も遮ったが、先に美香が会計を済ませていた。


「美香、今度奢らせてね。本当は私が全部払いたかったのに。」

「私から、先輩としての久保木さんへのお礼でもあったからね。他で奢ってちょーだい。」

「……あ、ならこれからバーにでも行く?」

「いいの?オシャレな雰囲気いいとこに行っちゃおうかな~」

「ぜひぜひ!」

と、話しているとメールが来る。



「?」

尚香が見ると、知らない番号だ。題を見ると、記憶にないフォーマット有りのチケット購買確認らしきものが送られている。

「?いたずらかな?」

と、即消去。

すると、「チケット届きましたか?」など、また数通送られてくるので今度は開かずにおく。

「どうしたの?」

「いたずらか、間違えか分からないけどいろいろ送られてくる。間違いですよ、ってだけ送信しておいた。」

サッと着信拒否。



そして、二人は見晴らしのいいホテルのバーに繰り出すのであった。




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