17 なぜかバレている
ここ数日通常出勤の尚香は、ゲンナリして職場に戻って来た。
信じられない。
あんなに頭が悪そうなのに、何であんなに勘がいいのだろう。あらゆるところに変なアンテナが立っているのか。あの後尚香は、していい事悪いことをあれこれ説教して、呆然としている章が捨てられた宇宙人みたいな顔をしているので、かわいそうになって乳酸菌サワースカッシュを買ってあげてから東京砂漠に送り出した。あの後、どこに行ったのかは知らないが。
尚香も食欲が失せて、カフェラテを買ってきただけである。
「尚香さ~ん!」
「………」
楽しそうな兼代君にもゲンナリする。
「あの親戚の子がお相手ですかー?」
「……」
マジで言ってんの?という顔を向ける。
「………従弟なのでありえません。」
「日本は従弟とも大丈夫だし!」
「やめて……」
もう力ない。
「で、彼。功だよね?」
「………?」
一瞬言われていることが理解できない。
「LUSH+の功!」
「っ!?!!」
驚き過ぎて、既にディスクにいる柚木と川田を見るも、二人とも首を振る。
「尚香さ~ん。そんなの聞かなくても分かりますよ。」
と、スマホを出す。
「俺、ずっと動画が見てるし、完全にLUSHだよね!」
「………」
「まさか尚香さんの従弟とは!!」
そういえば兼代はよくLUSHの歌を聴いていた。
「……そういうので身内だからとか言われるの、すごく嫌がる子だからそっとしておいてあげて……」
「えー?公表したそうだったのに……。でも、分かりました!!」
と言って、兼代はみんなのディスクに向く。
「身内って秘密なので、黙っててくださいねーー!!!」
「お、そうなのか?」
「りょうかーい!」
「へ?」
このフロアに広まってる??と、また停止し、柚木と川田を見る。
『違いますーー!止めたのに、元凶はこいつです!!!』
と二人は兼代君を指してゼスチャーする。
「…………はあ……」
と、息つくも午後は外回りなので、机の中にあった栄養バーをかじり、もう一度気合いを入れ直す尚香であった。
***
イットシーのスタジオ。
「まあそれ、普通の人のめっちゃ普通な本音じゃん?」
「芸能人と付き合うとあれこれ特定されて、あんなにいろいろ言われるのに、誰が結婚したいと思うわけ?」
「悪い意味でなくてファンに結婚を受け入れてほしくて、急すぎないよう少しだけ醸し出して、匂わせとか叩かれる子もいるし。」
「突如でも、匂わせても叩かれる時は叩かれるし。普通の神経の人には耐えられないよ。」
お付き合いは無理だと言われて、仕事もせずに沈んでいる功の横でみんな言いたい放題である。有名人と結婚したい人もいるだろうに、世の中は甘くなかったのだ。というより、功は自分がそういう敬遠される立場の有名人とは思ってもいなかったのである。
「俺自身に、そこまで知名度もないだろ?お茶の間キャラでもないし、知ってる層しか知らないし。イケメン俳優でもないし、アイドルじゃないからそういう人気でもないし!どの層が結婚したからって叩くんだよ!」
一応怒る。歌の知名度の方が先行しているのだ。
「でもさ、最近過去のファンが功君見付けてすごく沸いてるよ。」
一部SNSで、話題沸騰中である。声で見付けてネットで特定して、当初から追ってきたファンもいたが、ジャンルが違い過ぎて離れた子たちもいる。
それでも、あのチビッ子生意気アイドルが、いきなりデカくなって違う意味で生意気になって世に出てきたら、みんなびっくりするというか、おもしろい。そのネタも既に動画で出回っている。
「でも俺、女性ファンにキャーキャー言われる位置じゃなかったし。」
そうなのだ。
韓国アイドルの末っ子『マンネ』と言えば、かわいがられるおいしいポジションで、功はマンネ。
ただリーダー筆頭に他3人が、本気で功の人生を心配し、みんなが親役になってしまい、最後は「KOUがきちんと中高卒業してまともなお嫁さんを見付けて、婿になれて家庭を持ってしっかり生きていくまで応援します!」と宣言してしまったのだ。そのため、そのメンバーたちのお姉さんファンたちまで功の母役になって、功君の人生応援団を作ってしまうという、異例の位置を得てしまう。
そんなファンをコウママと呼ぶ。
なので、功のみなぜか『早く恋人ができますように!』『しっかりしたパパになれますように!』と訳の分からない語録が飛ぶアイドルらしからぬアイドルになったのだ。まだ10代の段階で、恋人ができるようファンにお祈りされるアイドルも珍しい。ただ、中学生であったし、成人前の自制も含めて最初契約5年間は恋愛禁止ではあった。
かくして功君は、結婚どころか高卒どころか、専門高校を図書館と専門科職員室通いで超お情けで卒業し、オーケストラもアイドルもこなせなかったという人生を送っている。
けれど、功個人のファンもいたのは確かだ。
何故ならダントツに声がいい。
その中の数人は、数年前からライブハウスにも来ている。中には九州や東北の子もいて、アイドル当時功より年下の小学生だった子もいた。功たちは大阪、名古屋にはこれまで行ったことがあるが、活動はほぼ東京のライブハウス。
まだ固定ファンが少なかったので、事務所がエナドリからの功のファンにチケットと前列を優遇した時期がある。初めての東京、初めての生ライブに涙を流している子たちもいた。エナドリとは違う男臭いライブに戸惑っているも、バンドファンも遠方から来た一途で音楽好きな若い女の子たちを純粋に歓迎してくれた。
そんな昔話を思い出しながらも、テンちゃんは今の話をする。
「それに、新規のファンも増えてるしね。」
「新規?新規はビジュアル重視ファンじゃないだろ?」
思わず功は言ってしまう。ビジュアルは捨てたのだ。時々ジャケットやライブのコンセプトに合わせて、みんなでいろいろ着込むも別に女性狙いではない。MVも9割本人たちは出ていない。
「あのね、功。自分たちのバンドのファンもできてるって思わないの?」
歌やバンド、そのもののファンだ。音源だけでもこれまで会社を支えるほどの収入はあったのだ。
「……え?でも、彼らは俺が結婚しようがどうだろうが気にしないでしょ?」
功も、ファンには幸せになってほしい。みんな結婚したくてできるなら万々歳である。既に与根と功以外既婚者や彼女持ちバンドなのに、あーだこーだ言われても困る。
それに、ライブに来る一部は、彼女や彼氏らしき人と来ていているような感じだ。しかもお互い、いかにも人生の道を踏み外さないでと諭したくなるような、ややアウトローの尖った格好の男女。自分たちがカップルでライブに来て、功に結婚するなとは言えまい。
そうだとしたら、功は客席に「お前ら、クソ野郎ーーー!!!!」と叫んでしまうだろう。メジャーになり過ぎる前に叫んでおかなければなるまい。何をしても打たれる世の中である。
しかし、世の中の仕組みも、世の中の流れもそう簡単ではないのだ。大手事務所ですら、流れを変えられない時もある。
どういうファンがついて、何を歓迎して、何を願わないかは正直分からない。
とくにLUSHはまだ未知数だ。そして、ファンに左右されるだけでなく、こちらの持つコンセプトも打ち出して、バンドメンバーが持っている世界を主体にしていかなけれなならない。
とくにLUSHは、全員が一から音楽を生み出せる、もしくは音の世界を既に体内に持っているメンバーの集まりだ。
そう、その人だけが持っている音の個性は、既にその人の体内に、ビジョンに、唯一として内在するものなのだ。
その人の目の色も、手も、内蔵も、その人唯一であるように。
努力だけではどうにもならない、楽曲を生み出す才能。
独特の音を持ち、独特の世界と、音と、声を持つ。
***
ジノンシーの部署の週明けの朝礼、年配の部長が業務連絡をする。
「えーと、皆さん。最後に私から重要な報告です。
先月本部長がマレーシアに行かれたので、来週からブラジルにおられた久保木孝成君が本部長として配属されます。」
リーダーたちはすでに聞いていたが、知らなかった社員たちが騒めく。
「久保木本部長は、子供の頃ご両親とフランスに移住されています。フランスだけでなく日本に帰国してこちらの大学にも留学しているので困ることはないとは思いますが、どちらにも通じ、どちらにも弱いところがあるので、慣れるまでよく支えてあげて下さい。」
みんな礼をして解散。
「金本君。」
部長が尚香を呼ぶ。
「はい。」
「久保木君、金本さんを気に掛けていらっしゃったよ。」
「あ、はい!」
尚香は少し胸が高鳴る。
会ったことはないのだが、尚香が以前無職になった時、美香が掛け合ったところ実質久保木が動いてくれ、ジノンシーに就職することができたのだ。尚香はここで人もまとめているが、中途採用で勤務年数は長くない。
「やっと直接お礼ができます。」
「はは、そうだな。」
部長と美香、その頃からいる一部の役職持ちしか知らないが、ジノンシーに入る前、尚香は仕事を失って途方に暮れていた。
そんな時、大学の『経済会』学術系サークルの誼が、見たこともない後輩のためにと縁を繋いでくれた。お礼ができるのと、初めてお会いできるというので会う前から緊張してしまう。
日本に来られた際はご馳走しますと言ったら、賄賂になりそうなのでお礼はいらないと電話越しに笑われるも、何かせねばなるまいと、気合いを入れた。
※テンちゃんは元マネージャ―でなく、マネージャーに変えました。元々三浦さんでなくテンちゃんが専属マネージャーの設定でした。現在テンちゃんは、主に章以外のメンバーのマネジャーをしています。




