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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第三章 単純で複雑な功君

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16 有名人は無理

しかし、数日尚香に会えない上に、電話番号も知らないということに、ある日章は突如気が付いた。


「あれ?会えないし。」


これでは話が進まない。

仕事関係でスタッフがいる時以外、電話番号や個人情報を直接でも又聞きでも聴いてはいけないし、教えてもいけないと道に厳しく言われていた章は、おじいちゃんにも聴かずとにかく会って話をすることにした。




株式会社ジノンシーのテナントが入る渋谷アベニューマークビル1階の解放ロビー。


スターランカフェやサーサンサという別のカフェ、鎌倉ブレッド、三品(みしな)食堂、コンビニなどが並びたくさんの社員たちが外に出る、昼休み時間。



そんな賑やかな風景の中、待っていた男はスマホから目を離してにこやかに呼ぶ。

「あ、金本さん!」

まるで何の違和感も感じないような素振りで手を振るこの男。



「…………」

もちろん尚香は声も出ない。


スーツやオフィススタイルの人間で溢れる中、どデカいTシャツと少しだけ緩いチェックのボトムで、いつも通り眼鏡をかけてバイオリンケースを下げている背の高い男。目立ちまくっている。

チェック。このサラリーマン集団の中でチェックってなんだ。


「尚香さん、お仕事お疲れ様です。お昼行きましょう!」

3階にシューナエンタテイメント株式会社のデザイン部が入っており、唯一そこだけは一部格好がおかしい人たちがいるので、周囲はそこの新人かと思ってしまう。


「尚香さん、僕が奢りますよ。コースがいいですか?しゃぶしゃぶとか?外国人ってしゃぶしゃぶ好きなんですよね。世界どこに行っても、しゃぶしゃぶがなぜか高いステータスを保っています。」

尚香は日本人である。

「それともヘルシーな蒸し料理?ラーメン?初デートでイタリアーノノに行ってみるタイプですか?」

イタリアーノノはお手頃価格ファミレスで、初デートでここにいくのは有りか無しかよく議論になるレストランである。価格の割になかなかおいしい。


「あ、皆さんも尚香さん同僚で?そちらのおねーさんたちは、お久しぶりです。ごめんなさい。もう怒ってないですよね?こんにちは!」

「あ!こんにちは!」

柚木。思わず礼をする。覚えられていた。

「……」

川田さんは驚いて一歩下がってしまう。


「………………」

固まっている尚香としゃべくっている男の顔を交互に見る兼代君。アンド「また来たのか!ついに来たのか!」と、水掛けられ男を見てしまうミーハー柚木。



「尚香さーん?聞いてます?

二人で行きます?みんなで行きます?」


未だ動きがない尚香に、章が顔を近付けて聴こうとした時だった。


グイっと、章の顔が尚香のクラッチバックで押しやられ、小声で凄まれる。

『ちょっと、なんのつもり……?』

『デートのつもり…』

『なんで会社知ってるのっ?』

章に職場を教えた覚えはない。

『だって尚香さん、家でスマホに出た時、「はい、ジノンシーの金本です」って言ってたじゃん。』

『っ?!』

だからと言って、他人の職場に来るとはやはりストーカーである。しかも会えるかも通常出勤かも分からないのに。社名から位置まで調べたのか。



「……金本さん、その方………」

唯一章を知らない兼代(かねしろ)が戸惑っている。

「あ、この子が都庁大好き従弟です!」

と、兼代に言っておく。

「……はあ。」


都庁マニアと聞いていたので、一眼レフカメラを持ってチェックのシャツを着てリュックを背負い、目が悪くてもコンタクトにせずメガネ派、背を丸めて動くもっと癖のある人物だと思っていた。確かにズボンはチェックで何かのケースを背負い、眼鏡をかけているが何かが違う。


周りの人たちが、この男をチラチラ見ている。


そしてミーハー兼代思う。



これって………





「都庁?」

その思考を遮るように言う、何のことか分からない章。


「……あ、結婚届の事ね!」

そしてすぐ思い出し上機嫌だ。


「でも、試練は多い方がいいと思うから、遠くの役所に届けよう!調べたらどこでもいいってさ。ほら、サイコロ転がしてサイコロが一番近い県の有名処にしよう!んー、今ならジンギスカン食べられるところがいいな……長野かな………。流石に北海道や九州は遠いし。この辺贔屓してサイコロ振ろうかな……ラベンダー畑もあるし、美術館もあるよ?」

「?!」

この男は何を言い出すのかと思う。怖すぎる。

「それに、書類の出し方なんて分からなくても、行けば役所の人がその時に教えてくれるって!」



「…………」

今度は兼代が開いた口が塞がらないでいる。大学にはいると言えばいそうなキャラだが、少なくとも社会人になってからこんな奴、見たことがない。

「!!」

これはヤバいと尚香はごまかす。

「あーそうだね!お付き合いしてる女性とはそうしたらいいよ!何ちゃんだっけ?よくしてあげてね!」

と、慌てると、()()()空気読めないKY章君が、クイっと顔を傾けてかわいく言ってみる。

「………尚香ちゃん?」


「?!」

思わず章の頭をバックでバシっと殴ってしまった。

「うおっ!!」


「金本さん!!」

驚く柚木と川田。周囲も注目している。さすがにここで誰かを殴るのはヤバい。痴情のもつれや痴話げんかと思われるであろう。この時代、下手したら暴力で通報である。

「!」

同じ会社の人に見られても困るし、他の会社の人でも困るので慌ててしまう。

「柚木さん!みんな、ごめんね。今日は私、章君送って来るから食べてて!この子ちょっとおかしくて、みんなに構ってもらえないからすぐ親戚に頼るんだよね。行こうか!」

「じゃあ、そこのスターランカフェ行こ!」


また小声で怒る。

『何言ってるの?バカなの??ここから離れるよっ。』

「なんで?目の前にカフェあるのに。」

ガッと、章の足を踏む。

「イタ!」


『サッサと来なさい!!』

と、怒られながらこの場を後にする。



尚香でなく章が手を振るので、柚木たちもただただ手を振るのであった。




***




そして少し離れた場所のビルの谷間の公園にて、修羅場の二人。


「章君。自分が何をしているか分かってるの?」

「………お付き合いしてるのによく考えたら電話も知らないし、この先のプランも決めないといけないし、話し合った方がいいかなーって。」

「付き合ってないし、話し合うもくそもありません。」

「っ!尚香さんでもクソって使うんだ……」

「………っ」

この男といると、どうしようもない思いになってしまう。人の足を蹴るとかだって、これまでの人生で身の危機を感じた時以外はしようと思ったことすらないのに。



「………………」

一旦冷静を務める尚香。


「尚香さん。大丈夫?」


「………はいはい。大丈夫です。でもね、章君。許可もしていないし、人の職場に来るのは悪いことです。」

「でも、俺の職場でもあるんだよ?」

「……?」

「『シューナミュージック』、今コラボしてるし、最近はその系列のグラフィック印刷部門にビジュアルの仕上げお願いしてるから。俺も、時々見に行くし。」

「へ?」


シューナミュージックは世界大手だ。


「章君、イットシーでしょ?」

「イットシーのバックはシューナだもん。」

「え??」


どういうことだ?今までも、もしかしてすれ違っていたかもしれないということか?簡単にイットシーを調べた時、そういえばシューナがバックに付いていると読んだ気はする。でも、シューナの元は商社で日本中にグループも多い。創業者の息子が音楽好きでエンタメ・ミュージック部門が始まったが、ここで音楽事業をしているわけではないので連結できなかったのだ。



「俺、いつも地下駐車場の方から入るから、表玄関来たの初めて!」

「………」

「東京って、なんだかんだ言って狭いよね~。」

「…………」

狭いと言っても、広いだろっと思う。


「印刷、製版部門のみんなめっちゃ楽しいし。1日パソコンの前でカチカチしてるだけだから、ダレ過ぎてて行くと構ってくれる。ノブちゃんっておじさんいつもジャージかスウェット出勤してて、検版もしてて時々仕事任せてくれるし、お菓子もくれるし。」

確かに時々そんな格好の人が行き来をしているが、業界が違い過ぎて気にすることもなかった。功がイットシーのデータや印刷の版を確認するのだが、どうせ重複チェックするので少し遊ばせてくれるのである。

「………??」


「…………章君って、本当に有名人なの?」

「……さあ?」

本人知らない顔をするが、アリーナを埋められるくらいではある。


「どのくらい有名人なの?なんで今まで私、知らなかったの?」

「戸羽さんが…………あ、戸羽さんってプロデューサーなんだけど、戸羽さん言うには、初期はほんと、ライブハウスだけだったし、今まであんまりジャンル固めずに来たからファンが定着しにくかったし、動画も自分たち出なかったし、曲も連投しなかったから、部分的にしか広がってなかったんだって。」

それは、章に合わせたからである。それにメンバーも個別の仕事があるため、マイぺースでいいという顔ぶれだったということもあった。

「でも、なんかそろそろいいんじゃないかって、昨年くらいから顔出ししていろいろ始めたから。」

「…………」

そうは言っても、してみたから当たるとは限らない世界だ。


「ネットでアンチができるくらいには有名だよ。」

それは知っている。結局個人SNSをしていなくても、ファンよりファンなアンチに囲まれているらしい。LUSHの現在のファン層は男女比はほぼ同じだ。



尚香は、章は元アイドルだということも思い出す。スタッフもそれに配慮していると。



「章君。……章君はまだ若いでしょ?恋愛とか結婚とかダメなんじゃないの?」

「………なんで?」

「……なんでって………」


それまで章に強気だった尚香の顔色が少し青くなった。


「私、有名人とか著名人とかとのお付き合いは、絶対に無理なんだけど………」

「…………」

今度は章が固まる。

「……??なんで?」

「なんでって………。多分普通の人は嫌だと思う人、多いと思うよ。」

「………そうなの?」


「……そうだよ。昔からの顔見知りとか、よっぽど相思相愛でもない限り、普通の人はこんな時代に有名人と結婚したがらないと思う…………」

それ以外は顔を売りたいか、容姿や立場、お金に惹かれるか、同じ業界同士で気が合う者であろう。



「……………」

今日、初めての章の沈黙である。



「……でも俺、だからってそこまで有名でもないよ?おじいちゃんもおばあちゃんも、俺のことも俺の歌も知らなかったし。」

「でも、一応有名人ではあるよね?」

ネット掲示板のネタにされるほどの有名人ではあるのだ。事務所が露出や言動をセーブしていなければ、完全なネタキャラにされていただろう。男の内輪のネット世界だけならまだいい。こんな危ないキャラ、マスコミが食いついたら最後である。



「章君、私。正直章君の性格よりも、生活的なステータスや感覚が合わなさそうで、付き合う気はないよ。派手な知り合いに囲まれるよりも、結婚したら休日に二人でゆっくりスーパーやモールに買い物に行ったり、時々日帰り旅行して少しおいしいもの食べて……そういう生活でいいかな………。誰にも気にされずに、静かな外出を楽しみたいし。」

立っているだけで目立っていた男である。こんな東京ですら。


「章君みたいな人と結婚して、外で他の人と付き合ってそうだとか、夜遊んでないのかとか心配するのも嫌だし。」


「俺浮気とかはしないよ?…………」

「………」

そんなことは分からない。口では何とでも言える。


「章君だって、別に私でなくてもいいわけだし……」

生活がスムーズにいけば誰でもいいのである。


「この歳で、こんな自分で今更ちょっとバカにされるかもしれないけど……」

「………」

「紹介結婚でも職場結婚でも何でもいいんだけどさ、私だって少しくらいは、特徴がなくても私の何かに惚れてくれて、ただ生活の都合だけじゃなくって、素で少しでも大事にしてもらえる人とお付き合いしたいと思うし………」



「………」

黙ってしまうが、章は思った。


これは今まで話した中で、初めての尚香の本音だと。





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