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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第二章 どこまでの話?

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14/90

14 始まりの始まり



そんな章はものの加減が分からなくて、どこにもなじめなくて、与根が探しているのも知らずに道の伝手を頼って韓国に渡った。


「章、もうそんなに落ち込むことないから……」


仁川(インチョン)空港行きの飛行機の中、ヘッドフォンで全ての世界を塞いだまま章はうずくまる。学校だけではない。楽団の中でも失敗していたのだ。




実は章は、小学校のうち3年間半をアメリカで過ごしている。この時も逃げるように渡米。



しばらくの宿とご飯代、小さなバイオリンだけ抱えて乗った片道切符。


道と二人、貧しさでホームレスになりかけていた時に、運よく敬虔なプロテスタント教会に拾ってもらい、その中のプロもたくさんいる二百人以上所属のアート&ミュージックチームに入れてもらえた。周りが章に合わせてくれるので、初めて章はどうにかみんなと過ごすことができ、このままアメリカに残ったらどうかともいわれた。

けれど、一部のアートチームは既に章はここではエネルギーを持て余していると考えていたし、章の父親に日本の家を任せられた道としても、そういうわけにはいかなかった。


それに、牧師が章は今のままアメリカのエンターテイメント業界に入れてはならないと釘を刺した。本人は楽器の世界で生きていくつもりだが、見ているとどうも狭苦しい。ポップな世界も持っていたので、堅実な場所だけで生きていく人間でもないと思ったのだろう。

でも、今、その業界に入ったら、絶対に流される。よくない人間関係を作ったり、荒れた性関係や下手をしたらクスリや大麻を覚えると危惧した。



そして、帰国。バイオリンがしたいと、楽団に入らせてもらったものの指揮者と衝突。それこそ音の環境に合わせることができず、勝手なことをするなと譜面と譜面台を投げつけられた。



バイオリンを弾いていると、欲しかった音を求めていつの間にか没頭してしまう。


気が付いたら全ての演奏が止まって、弾いているのは章一人であった。



気まずい雰囲気が漂い、誰もが蒼白な顔をしていた。

あの時の指揮者の憤怒に満ちた顔は忘れない。


章が人生で何度か見ることになる、自分に向けた憎しみの顔だ。



既に基礎があると判断され、入団した時は快く受け入れてもらえたけれど、結局上手くなじめなかったのだ。そしてさらにフラフラし、あれもこれも手を出し、あれもこれもこなしきれない。


音も不安定で、楽団に合わせることができない。

時々気が付くと、独走している。



加えて章は、この失敗を他の楽団でもしてしまった。運が悪かったとも言える。個性派の指揮者に、章のような異物を投入してしまったのだ。

個性よりも正確さと調和を主とする子供の音楽世界。メインのゲストピアノと連弾になるように弾いてしまい、ピアノと同じくらい目立ってしまう。ピアニストは「おお?」という感じで楽しそうだったが、オーケストラでするとこでもないし、楽団の意図することではなかった。しかも、章は練習では目立たなくて、リハーサルや本場でそういうことをするからたちが悪い。一つの楽団では本番で演奏を止めてしまった。


なんだかんだいって、狭い世界。

バイオリンで生きていきたかった章は居場所を失う。



一部の人間は章を探しているも、大人が想像する以上に指揮者に怒りをぶつけられたのはショックであった。怖かったわけではない。世界に合わせられないこと、自分が何にもなれないことを自覚したのだ。章はこの世にいるようないないような生き方をして逃げ回っていた。



それから、こそっと入り込んだ学生バンドでも先のような結果だ。

ぶつかるだけでなく、ステージでメインやボーカルを食ってしまう。バンドがオーケストラと違ったのは、メンバーにはひんしゅくを買うが、比較的客には受けがよかったということだ。


それがさらにメンバーの反感や分裂を買い、みんなが3年間を過ごす「学校」だというのがよくなかった。




けれど、章には自分がメインで生きていくという考え方も、ソロになるという発想も一切なかった。



道が横にいないと生活もできない自分も知っていたし、


章はみんなの一部になりたかった。



周りに合わせなくてもいい、まさにそんな生き方ができる人間なのに、章は誰かの一部でありたかったのだ。





そして、中学校での失敗後。


韓国でスカウトされ、練習期間をほぼ持つこともなく、とんとん拍子で異例のデビューをしてしまう。


韓国語や英語の歌まで歌える上に、振り付けは一目で覚えられる。アイドル戦線が激しく誰もが逸材を狙っていた。何か凄みがあって、でもちょっと不安定な章に目を付けたプロデューサーが、他に取られる前にと穴ができたデビュー組に埋め込む形でデビューを決めてしまった。二人抜けてしまったので、変わり種をねじ込むのにちょうどよかったのだ。


それに、これは申告していなかったためみんな後で知るのだが、功はその3か国語に加え中国語フランス語もでき、その他ポルトガル語、アジア国家の数国語も多少できたのであった。在米在日外国人たちに教えてもらったらしい。

アフリカ系もあいさつ程度はできる。ただタイ語は女性言葉を覚えていたので、韓国でデビューしたタイ人に直されていた。


章は、日本語英語韓国語の歌なら1、2回聴けばだいたいマスター、振り付けもポジションも覚えられる。なので、昨日事務所に来たばかりなのに、研修数年目の練習生よりうまく目立つ。見たことのあるMVや動画のダンスは、動画に映らなかった位置さえ合わせれば練習なしでほぼ全部できた。



運営を大いに賑わせたが、章からするとそれは素材の一つに過ぎない。


ただできるなら特技に過ぎず、あとはどんな空間、音を作っていくかだ。




そこで章を大歓迎したのが、当時リーダーに決まっていたメンバー含む三人である。一人には大いに嫌われたが、リーダーが小さくてストイックな章を大歓迎してしまった。この事務所以外の時代も含むと、子供時代ほぼ研修をしていたような苦労人だったのに、ポッと出の章を大歓迎。誰も文句を言えなくなる。


功の登場で最初のコンセプトを変えるほどグループが変わり、功が歌い出すと既存メンバーより目出つ。


ただ、やはりそこは激戦を勝ち抜いた面々。みな声もよく個性があり埋もれるわけではない。そして、ビジュアルや演出ではリーダーと別の一人が女性受けがよかったので、いい意味でバランスは取れていたのだ。メンバーうち2人は18歳手前。男性の方が成熟もデビューもやや遅いため、まだ子供に見える功はビジュアル的な女性の推しにはなりにくかった。


しかももう一つ、プロデューサーが目を付けたのが、功の成長であった。

身長は165ほど。けれど功の父は184センチ。母は175センチほど。まだまだ伸びる可能性がある。それに、既に一つのキャラを確立していたので、今のままでもそれはそれでよかった。そしてこのままどう声が変わるのか。どう転んでも、みんな将来が楽しみだったのだ。




しかし、やっぱり、


功君はアイドルに疲れてしまった。



劇的にデビューするも結局スケジュールについていけず。

体力的なものではない。むしろそちらはエネルギーを持て余していた。


歌を歌うのに、なぜバラエティー動画を作ったり、あれこれ着替えるのか分からなくなる。歌手活動以外既にほぼ欠席。そして、一人だけ幕間に下がってしまったり衣装の着替えをしないなど、奇行を始めた。



遂には楽団員にも歌手にもなれないのだと、ご飯も食べなくなる。


周囲もさすがに勝手すぎると思い始めていたが、ガリガリになっていく功を見て焦ってしまう。



そして、功は初めて弱音を吐いた。「辛い」と。



なお、大人になった功しか知らない人は信じられないだろうが、章は小学校までほぼ会話ができず。中学生で喋り始めるも、いつもキリキリしていて口下手。今もタブーを言ってしまうのでバラエティーには向かないが、饒舌功君になるのはもっと先である。



そんなわけで、どうにかみんなで円満脱退に持って行き、嵐だけ残して去っていったのである。





章が日本に戻って来た時、高1になっていた与根は街で章を見かけると、柄に合わずダッシュをして人を掻き分け直行でその腕を掴んだ。



すぐに分かった。


章を見付けた時の鼓動。


絶対に見失いたくなかったのだ。

ライブ以外でこんなに熱い自分は初めてだった。



そして、自分が組んでいたバンドに有無も言わさず連れていく。




それが、『LUSH(ラッシュ)+』。


今、アイドル時代の名前のまま、章が功として所属しているバンドだ。




当時、功と与根が高1。あとのメンバーは数歳年上で2人は既婚者という、兄が弟を抱えようような構成だ。ベース、鍵盤、ドラムに時々サックスが入る。


章とドラムの(タイ)以外は、PCで作るDTMディスクトップミュージックができるため、「こんなに人数要らないし」と拾ってもらったくせに大口を叩いた功だが、そんな年下生意気功君の面倒もよく見てくれる面々であった。普段は功、与根、伊那、泰の4人だが、正式メンバーは5人。





最初の出発は、その4人で、荻窪(おぎくぼ)の小さなライブハウスで歌い始めた時。



あの時の功は、髪を坊主に刈り上げ、反り込みも数本入れ、アイドル時代と全く違う顔をしていた。背は少し伸びたがまだ170を超えない。伊那がやや背が高めで、泰が長身なので埋もれる感じだ。



もしかしたら、誰も注目していなかったかもしれない。


何故なら、与根も伊那も泰もどちらかというとバックのタイプ。彼らは音楽をしている人間の中では既に有名だったが、あくまでバックだ。そして、誰も知らない不愛想なのに粋がったボーカル。



客席は薄暗く、雰囲気を楽しみたいだけの異様な熱気と気怠さ。一般女性が入りにくい世界で、髪を染めたりどこか刈り上げたり、タトゥーやピアスだらけの男性も多い。




けれど、


圧巻だった。




初めはパンクロック系のやや激しい曲。そして、ポップスからR&B。多少は考えているが狙った変化ではない。メンバーの歌いたい歌を歌っただけだ。



このライブが密かな噂を呼び、1か月後、イットシーの社長が小さなライブハウスを見に来たのが始まりだった。





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