カメラが好きな人
深夜、ある一軒家の前に揺れる人影。それはくねくねと動き、急にピタリと止まり、何かをジッと見つめている。そして、立ち去ったかと思えば、また現れる。その現象に悩まされていた女は、この夜、その人影に近づいた。そして……。
「あの……」
「ん、はい?」
「ちょっといいですか……?」
「はい、何でしょう?」
「いや、あの……どうして毎晩、うちの防犯カメラに向かってピースしてるんですか……?」
そう、女が警戒するのも無理はない。この男は毎晩のように、家の外に取り付けてある防犯カメラの前でポーズを決めているのだ。
「もう気になって仕方がなくて、いつも同じ時間に現れるのを見て、今夜は外で待ってたんですよ。そしたら案の定、あなたが現れたので……あの、一体何が目的なんですか?」
「好きなんです」
「え、え、いや、いや」
「あ、違うんです! あなたのことではなくて……」
「え?」
「カメラが好きで好きで、もうたまらないんですよぉ!」
「はい……? え、怖い」
「怖くありませんって! ほら、小学生の頃、クラスにカメラが好きな男子がいませんでしたか? 遠足や運動会で、積極的に写真に写り込む子が」
「あー、いましたね。ちょっとお調子者というか」
「あれです」
「あれ!? でも、あなた、もういい大人でしょう?」
「カメラが好きなおじさんです。どうもこんばんは」
「こんばんはって……。普通、そういうのは卒業したり、それか撮る側に回るものですけど、まさか被写体のままで成長するなんて……」
「いやー、お宅にはカメラが多いですねぇ。もー、映るのが大変で大変で、はっはっはっは!」
「知りませんよ。あなたが自分でやってることでしょう」
「毎回、同じポーズでは飽きると思って、新しいものを考えたりしてたんですよぉ。ほら、マイケルジャクソンのダンスを真似したり、ジャグリングをしたり、見てくれましたか?」
「そりゃ見ましたよ。もう恐怖でしたよ。いい大人がカメラの前に行ったり来たりしているんですから」
「あー、はいはい、ダッシュチャレンジね! それと、あれはどうでしたか? 人類進化の行進図! あれは我ながらうまく映っていたと思うんですけどねぇ」
「なんでちょっと誇らしげにしているんですか……」
「はははははっ! いやー、一度、僕にも見せてくれたら嬉しいんですけどねぇ。なーんて」
「はぁ……じゃあ、上がりますか?」
「え、あなたの家に!? お邪魔していいの!?」
「はい、見たいんでしょ? いいですよ。自分の姿を客観的に見てみてくださいよ、もう……」
「あ、そぉーお? いやぁ、悪いなぁ。はははははっ! 女性の家に入るなんて初めてだよぉ。じゃあ、失礼します。おお、玄関にも、へえ、廊下にもカメラがあるんだねぇ」
「ええ、私もカメラが好きなので。よく歩きながら撮影したりするんですよ」
「あっ、そうなんだぁ! いやぁー、なるほどねぇ。惹かれ合うものがあったんだねぇ」
「ええ、そうですね。ちなみに今、お付き合いしている方はいるんですか?」
「え! いやぁ、ははは、お恥ずかしながら、はははは」
「ご友人は?」
「いやぁ、それもまあ、あまりねぇ、はははは。いやぁ、いないように見えちゃうかなぁ、はははは」
「ええ、私が見た限りではね。ふふふっ、だからでしょうかね。自分の姿を写真や映像に残したいという気持ちがあるのは」
「ああ、はははは! まあ、もしかしたらそういう面もあるのかもねぇ、はははっ!」
「さ、こっちです。お先にどうぞ」
「おぉ、階段が。地下室があるの?」
「ええ」
「はははは、すごいなぁ……。ん、おお、そこにも防犯カメラがある、いや、多すぎでしょう、ははは、よほど大事なものが――」
「監視カメラなんです。獲物を逃がさないようにね」
彼女はそう囁きながら男の背中を押した。男の体はまるで捕食されるように、階段の奥に広がる暗闇に消えていった。