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三題噺もどき2

魚の姫

作者: 狐彪

三題噺もどき―にひゃくはちじゅうご。

 


 昔ある所に、大きな川があった。

 その川は、国と国の境としての役割を持っていた。

 二つの国は、たいへん良好な関係を築いていた。

 その友好の証として、川には大きな橋が架かっていた。

 橋は、多くの人が行き交い、毎日が賑やかだった。

 商人をはじめ、橋の近くに住む村人や、遠くから来た旅人、富豪の乗った馬車。

 在りとあらゆる人々が、生活のためにその橋を使っていた。


 しかしある日。

 橋を渡る人が、パタリと途絶えた。

 それぞれの橋の出入口が、封鎖されたのだ。

 隣国同士の関係が悪化したとか、何かの争いが起きたとか、そんなことではない。

 その封鎖に異論を唱えるものなど、誰一人としていなかった。

 それは、告知されていた封鎖であったし、その理由もしっかりと伝えられていた。


 その日。

 一台の馬車が橋を渡った。

 真白な二頭の馬。

 彼らが牽くその車は、美しい装飾が施され、今までその橋を渡ったどの馬車とも異なっていた。

 大抵の馬は、栗毛か黒毛だったし、車はあれに比べてしまえばすべて質素だ。


 それもそのはずで。

 むしろ、そうでなければいけない。

 ―乗っているのは、王族なのだから。

 一国の王子である。見目麗しい、優しき王子だ。

 隣の国のパーティーにご招待を頂いたようで、そのために馬車に揺られていた。

 まぁ、当の本人は全く乗り気ではないので、馬車の窓を開いて。


 外をぼうっと眺めていた。


 つまりは、王族がその橋を渡るから、念の為に封鎖しておこうと言うことだろう。

 それなりに国民からの人気も高い王子なので、何があるかわからないのだ。人が詰め寄りでもして、怪我人でも出てみろ。馬が暴れたりしてみろ。何が起こるかわかるまい。

 用心に越したことはないということで、橋は封鎖されたのだ。


 だから、その日。

 その橋に人は居なかったし。

 その馬が見られることも。

 王子の顔を誰かが拝むことも。

 誰の目につくこともなく。

 橋を渡った。


 ―はずだった。


 王子がぼうと見つめる先には、川が流れている。

 橋がかけられている川だ。

 どこまでも続く、広大な川。

 その時にでも、王子が『ナニカ』の視線に気が付けば、その悲劇は起こらなかったかもしれない。

 ―ただまぁ、それは王子にはあずかり知らぬところで始まり、終わる。だから王子に否はないし、問いただしたところで何も分からない。むしろこの悲劇を誰が問いただすのか……当事者がいなければ居ないだろう。



 その川には、たくさんの魚が泳いでいた。

 海と繋がるその川は、多種多様な生物であふれている。

 もちろん、魚の中にも、人間のように国があり、王があり、王妃があり、姫がいた。


 魚の姫は、やんちゃで、聞き訳が悪く、年の割に頭も悪かった。

 人に見つかれば捕らえられ、食われ、二度と戻ることは出来ない。そう、散々、王にも王妃にも教育係にも言われていた。それでも、姫は水面に浮かぶ。

 その日も、姫は常に言われている注意を聞き入れず、水面に顔を出した。

 そして、姫は忠告を聞かずにいてよかったと、心の底から思った。

 ―とても美しいモノを見たから。


 それは、橋を渡る王子だった。

 大変つまらなさそうな顔で、ぼうと外を眺めている。

 憂いを帯びた、その顔は、姫にはとても美しく見えた。

 初めてあんな素晴らしいモノを見た。

 もっと近くで見たい。

 ―そう思った姫は、橋に近づこうとした。


 その瞬間。


 姫はナニカに捕まった。


 なにに捕まったのかとくるりと視界を回せば、そこには人の形があった。

 水から引き揚げられた姫は、息苦しさに襲われ、喚いた。

 助けてくれと、咄嗟に。

 もちろん、人にその声は届かない。

 ―が、姫は水に戻され、動くことは出来なくとも、呼吸は出来るようになった。


 他の「人」が見れば、それには角が生えていたし、羽もあった。

 それが、人ではなく「悪魔」であると、誰もが気づいただろう。

 頭の悪い姫は、勉強もおろそかにしていたから、悪魔の存在も知らない。

 この「人」は、魚の言葉が分かるのだと思ったのだ。

 もちろん、人間に魚の言葉は通じない。

 悪魔だから、通じただけだ。


 そして、この世界には善人しかいないと思っている。


 言葉が通じると勘違いした姫は、悪魔にこう告げた。

 今橋を渡っているあの人に会いたい。もっと近くで見たい。人間のあなたならあの人のことを知っているでしょうか。あの人に会いに行きたいのです。どうか、どうか。助けてくれませんか―と。

 悲し気に懇願する姫を見て、悪魔はこくりと頷いた。

 悪魔は、どこまでも、悪だ。


 頷いた悪魔は。

 その代わりにと姫に告げた。

 君の家に行ってみたい。魚の国があると言うのは聞いていたが、見たことがないのだ。貴女の国はどんなだろうか。あの箱がもう数刻すればこちら側にもっと近づくから、先にあなたの家に連れていってくれませんか。

 ―もちろん、悪魔は連れて行こうと思えば連れて行ってやれたし、もう馬車は渡りきる前だ。


 そもそも、人間であれば魚の国のある底まで向かうこと自体が不可能だ。

 悪魔だから、成し得る。

 悪魔だと気づかずとも、そのお願いがされた時点で、おかしいと気づく。

 が、この姫は、何度も言うが、頭が悪い。

 自らの願いをかなえてくれるのならばと、悪魔の提案を受け入れた。

 川の底にある、自らの国へと悪魔を連れて行った。


 その後のことは。

 想像に難くないかもしれない。

 魚の国にやってきた悪魔。

 思いのままに魚を喰らい、国を蹂躙した。

 姫はただ唖然と、目の前で起こる出来事を見ることしかできなかった。


 最後に残された姫は、にこりと笑った悪魔を見て。

 もしや連れて行ってくれるのかとはしゃぎ。

 ぐわーと開いた口に飛び込んでいった。



 お題:悪魔・魚・馬車

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