1.とりあえず謝りたい
クロエ・ピオニーは、かつてこの国を守った英雄。勇者の一人「ピオニー」だった。
それに気がついたのはクロエが屋敷に飾られている「ピオニー像」を見た時。ちなみに5歳になったばかりだった。
「美化しすぎ、胸盛りすぎ……」
まるで「ピオニー」を知っているかのような呟きにクロエは違和感を覚えた。
クロエの記憶の中のピオニーの胸はとてもささやかで、見ただけで胸だと判別できるほど大きくはなかった。そのうえ、薄目で見れば美人に見えなくもない顔立ちなのに銅像は女神なのかと思うほどに美しい。
つまり、記憶の中のピオニーとの乖離が凄まじかったのだ。
間違っていないのは、癖が強く緩くウェーブがかっている髪質と、やや吊り上がり気味の目くらいだ。
燃え上がるような赤い髪の毛と瞳は銅像からはわからない。
クロエは、思い出しながら首を傾ける。
なぜ、そんな事を知っているのだろう……?と。
違和感の正体にすぐに彼女は気がついた。それと同時に頭の中に大量の前世の記憶が流れ込んできた。
私は魔王四天王の一人氷神ライムと相打ちで死んだんだ……。
今でも身体が凍てついていき少しずつ死に向かっている感覚と、ライムの心臓を火炎剣ルビィで一突きにした手の感触を覚えている。
亡くなってからの事は知らないが、どうやら、ピオニーの弟のキセルが爵位と土地をもらい繁栄させてくれたようだ。
家名は、英雄ピオニーの名前をそのままとって付けられていた。褒賞してはかなりのものだ。
生き残った勇者メンバーで一方的に美化した結果出来上がったのがあの銅像なのだろう。納得はできなくはない。
もしも、ピオニーが同じ立場だったら同じ事をしていた。
それにしてもやりすぎだ。
弟のキセルもなぜ止めなかったのだ。色々と詰問したいが死んでいるのでそれすらもできない。
きっと、面白そうだから胸を盛ったのかもしれない。
それはまだいい。
クロエにとって辛いのは中途半端に記憶が蘇ってしまったことによる反動だった。記憶が蘇ったせいなのか、早い段階から人格形成ができてしまっていた。
……前世のクロエは貴族の令嬢とは程遠い人間だった。
愛欲のデートリヒによって生まれ育った村を壊滅させられた後は、クロエは乞食のような生活をしていた。
勇者のメンバーになれたのは、たまたま見つけた火炎剣ルビィの主人になれたからだ。
ピオニーは貴族しかいない勇者メンバーの中でもかなり浮いた存在だった。
ピオニーの性質をそのまま受け継いだクロエは、貴族とは程遠い人間に育った。
そろそろ成人が近いというのに彼女には婚約者がいなかった。
ピオニー家は弟が継ぐので問題はないけれど、クロエがずっとそこにいるわけにもいかない。
家族はピオニー家にいても、弟と結婚する相手がそれを喜ぶかというと話は別だ。
「早く片付きたいんだけど」
縁談話は軒並み失敗だった。
仕方ないな。それも。
クロエは心の中で苦笑いする。どうしたって嫋やか令嬢になれるようには思えない。
失敗した縁談をどうやって言い訳しようかと考えながらクロエは、雑巾を縫う手を動かす。
程なくして侍女のクロークが部屋にやってきた。
「クロエ様、何してるんですか……」
「あ、これ?暇だったから、雑巾縫うの手伝ってた」
クロークが呆れた顔をしてクロエを見て言った。
やっていることは貴族の令嬢とはかけ離れている。
「何考えているんですか!おばかですか!」
「庶民的って言ってくれない!?」
おばかと言われて、クロエは言い返す。確かにやっている事は、平民のすることそのものだ。
もしも、貴族の令嬢だったら刺繍でもやっていただろう。クロエにそういった才能は全くない。
「なんで、勉強はそこそこできるのに、変にガサツなんですか」
「ガサツなのは、仕様?なのよ。仕方ないわ」
ガサツと言われてもクロエは怒る様子もない。事実だからだ。前世の自分そのままなのだから仕方ない。これでもかなり努力している。
令嬢として、全く適応できていない自分を見ながら、あの時に死んでいてよかったとクロエはしみじみと思う。
生き残っていたら窮屈な生活で一生を終えることになっていただろう。
クロエの代わりに貴族になった弟のキセルには申し訳ないことをしてしまった。と、心の片隅には思うけれど他人事だ。
「貴族になんて生まれてこなければよかったわ」
「もう、やめてくださいよ」
けれど、生まれ変わって自分が貴族になるなんて、思いもしなかった!
氷神ライムと戦った時よりもクロエは追い詰められていた。婚活戦争に……。
お見合いが失敗した。
「だけど、またよ?またダメだった。雑巾でも縫わないとやってられないわ」
「雑巾とかいいので、早く、旦那様に、お見合いがダメだったと話に行ってください」
クロークの雑な対応にクロエは項垂れる。
お見合いが失敗したのは一回や二回じゃなかった。
権力を持つ貴族との縁談ではないので失敗しても咎められることはなかった。
しかし、チリも積もれば。だ。
いつも父は怒らないが流石に今回は怒るかもしれない。
家族を大切にする父を心配から怒らせることは、クロエにとっては良心が痛むことでしかなかった。
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