Epi.4:Judge
「いろいろ聞きたいことがあるんですが、何か犯罪行為を行ってしまいましたか?」
身柄を拘束するということで真っ先に思いついたことがそれだった。
シルムの国にはシルムの国の法律がある。それを知らない俺が知らずに犯罪を犯してしまった。という可能性は大いにある。
「いいえ、あなたが罪を犯した訳ではありません。ただ、出で立ちが問題なのです」
出で立ち、と聞いて真っ先に思い浮かぶのはあの謎の街で目覚めた時のことだ。
「なんとなく言いたいことはわかりました」
「それを説明するにはまずこの国についてから説明する必要がありますね」
長話になるのだろう。お茶を淹れてきます、と食べ終わった後の食器をまとめて持って行ってしまった。
程なくしてティーカップ2つとポットを持ってきた。
カップに注ぎ、俺に渡して準備が整うとゆっくり話し始めた。
「ここはノーラス。大陸の3大大国のひとつで1番北にある国です。大陸の国の中でも圧倒的軍事力を誇る大国です」
空中で何かを操作すると大きなウィンドウが表れて地図を表示して分かりやすく説明してくれる。
確かにノーラス王国は他の国に比べ大きい。
「その軍事力の背景にはアビスが関わってきます」
「アビス……?」
「はい。アビスはテーマに沿って生成される構造物のことです。大きさや形もそれぞれで場所も地下と地上規則性はありません」
そこまで話して口が乾いたのだろう。乾きを回復させるため、紅茶を1口含む。
「アビスからは深淵の民と呼ばれる不思議な生物が湧き出てきます。あなたが戦った緑色の生物たちも深淵の民です。そして、あなたもご存知の通り深淵の民を倒すとコインが手に入ります」
シルムが何も無いところから銀色の、表面には幾何学模様が刻まれたコインを出した。
確かに、俺がゴブリンをたおした時もいくらか手に入れた。そのアビスとやらから深淵の民が出てくるのなら、資金が稼げるということになる。
だが、いくつか疑問点も思い浮かぶ。
「それは分かりますがそのコインが手に入ったって...」
「確かに、消費せずにいればただ増え続けて価値が無くなることでしょう」
「消費?」
「はい。ステータスを開き、いくつかタブがあるうちのそこにストアがあります。ストアの中身についてはまた複雑なので今度説明しますが、こちらで購入した場合、貨幣を消費━━消えてなくなります」
素直に驚いた。
湧いてくるの資金に、その資金が消えてなくなるというストアの存在。
何かの使い道があるとは思っていたが、それでも軽く戦慄を受ける。シンプルだがそれが故に強力。
「つまりここ、ノーラス王国には複数のアビスを所持しているか容易に攻略できるアビスがある。あるいはその両方か……」
「ご明察です。ノーラス王国の東西に1つずつ、北西と北東に1つずつの計4つのアビスがありました」
「ました……?」
「ええ。新たに南部に超大型アビスが昨日発見されました」
目を見開く。確かに見覚えのない、いや別に見覚えのあるものなど特にないのだが、謎の建物たちが並んでいたあそこがアビスの中だと言うのだろうか。
「そしてすみません。あなたのステータスを見させてもらいました。私にはその権限がありますので」
特別見られて困るものではないから別に気にしていないが、そのステータスに何かあったのだろう。でなければ彼女がここまで険しい顔はしないはずだ。
「あなたのレベルは1でした。レベルというのは人の成長に伴って自然と上がっていくものです。あなたぐらいの人であれば深淵の民を倒さずとも15位はあるでしょう……」
「なのに、俺はレベル1。それは……つまり」
鼓動が少しずつ早くなっていく。つまりだ。つまり、俺は目の前にいるシルムと違う━━
「あなたはアビスで生まれた。深淵の民である、ということです」
━━人間ですらない。
後日、俺はシルムに連れられて巨大な塔に連れてこられた。
これから騎士長議会で俺の処分が決まるらしい。シルムは何とかすると言っていたがどうなるんだろうか……。
塔は外から見ても巨大だったが、その下まで来るともっと巨大だ。高さも大概大きいが面積もかなりある。
建物の中には沢山の人がいるがシルムが入った途端、全員の視線がこちらに向いた。
俺はシルムから借りた頭まですっぽり入るローブと、シルムは女性で、男物の服なんか持っているはずもなくなるべく男が着ても不自然にならない服を借りた。
お陰で視線から隠れることが出来たがその分怪しさは増しただろう。
「人気者なんですね」
「……物珍しいだけですよ」
シルムの顔に陰がさす。あまり触れてほしくないことだったらしい。視線は憧れと好奇心が主だったが、それが嫌なのか。それともその反面、見えないところには……かもしれない。
エレベーターに乗って最上階に登る。
塔の高さから多少時間がかかってしまうが、それでも階段で登るより圧倒的に楽である。
「着きました」
エレベーターの扉が開くとそこには2人の男が円卓に座っていた。
1人は赤い髪をオールバック、ガタイが良い。鋭い視線は獅子を連想させるが、その奥には知性が見える。粗暴に見えるが書類を黙々と処理しているその姿からはそんなこと微塵も感じなかった。
もう1人は柔和なほほ笑みを浮かべている。輝く金髪に優しげな表情をしている。テーブルにかけられた黄金の剣は特に目を引くものだ。見た目は大人しそうだが、隙は全く無かった。
「奥の赤髪の彼ははディライト・ローン。その隣はレーイン・フィルマート。どちらも騎士長でです」
「揃ったようだな」
「来て早速で申し訳ないんだけれど、今日の議題について話そう。この後予定があってね、早く終わってくれると助かるよ」
姿勢やものを片付けるとすぐに会議が始まった。
全員の視線が俺に集まるのを感じる。
「君が例の?」
「ああ。……すまない、貴方も騎士長だったな。口調を改めた方がいいか?」
するとレーインは目をぱちくりして吹き出した。
「あっはははは。口調を気にする深淵の民なんて聞いたことないよ!いやいや、すまない。改める必要なんて無いよ」
「そうか、わかった」
「話が逸れたな、それでお前の今後の処遇についてだ」
ディライトは机の上にあった書類を何枚か取り出し、書類を見ながら続きを話し始めた。
「ここ数年、深淵の民の活動が活発になっている。アビスから出てきた深淵の民だけでも被害が出始めている」
「いくら軍事力が高いノーラス王国と言っても人の数にはかぎりがあります」
「更に南部に現れた超巨大アビス。あの存在は大きい。いまだに全容が明らかになっていないあれはノーラス王国の驚異となる」
俺の処遇からアビスの、ノーラス王国の現状について話し始めた。遠回しな言い方だ。
つまりはノーラス王国のアビス問題の解決の一手に俺を利用したいということだろう。
「どういう方法で利用するのか知らないが役に立つかどうか分からないぞ?今だってレベル1だし」
「そのレベル1が希望の光なのですよ」
レベル1が希望?
大抵の人間は成長と共にレベルが上がる。だからレベル1なのは生まれた時だ。だから逆に今レベル1なのは珍しいのは分かるが……。
「だが、そこそこ強いでは困るぞ。その程度であれば危険視の方に傾いて処刑されかねん」
「そうだね、シルムの考えていることは大体分かったけどそれでは足りないんじゃないかな?」
話に置いていかれているので分からない。活かしてくれるのかと思ったが物騒なことを言っているので完全擁護では無いのだろう。
「成長曲線の操作を考えています」
「レベルアップによる成長は生まれた時、つまりレベル1の数値に依存する。だからレベル1の今、必死こいて鍛えれば成長曲線は急激に上がる。か」
「だろうね。だけどどの程度の見込みなんだい?正直、中途半端で終わると思っている」
「多少の数値で覆せるわけないのは分かってます。ですから、彼には2つのジョブを保持させます」