Epi.3: Knight
まるでその人の純真な心を表したような眩しいほどの純白。所々に薔薇の装飾が施された鎧は高貴さを引き立たせている。鎧だけではない、肩甲骨辺りまで伸びているであろうその髪ですら鎧に引けを取らない白さだ。腰に携えた剣でさえ綺麗な白に染まっている。
純白の鎧に対になる漆黒のマントをなびかせ、棍棒を楽々と受け止めた。その棍棒を奪うとなんと、その棍棒をホブゴブリンに向けて投擲した。
そのまま振りかざした時より威力が高そうな棍棒は空気抵抗を忘れたかのように真っ直ぐと変わらない速度でホブゴブリンの腹部に直撃した。家屋を突き破って飛んでいく様子を見て自分なら……と身震いするような様子を思い浮かべた後そんな想像をかき消した。
きっと俺を助けてくれた…。と、そう信じたい。
ボスが吹き飛ばされたことにより他のゴブリンは蜘蛛の子を散らすようにあっという間にいなくなってしまった。
抑えるゴブリンがいなくなって力が抜け、しりもちをついた。
「無事ですか?」
「あ……」
言葉が上手く出なかった。
身体中白い中煌めく、兜の隙間から覗く紅色の瞳は真っ直ぐ俺を見つめる。あまりにも真っ直ぐな瞳だからだろうか、こちらも目線が外せない。
彼女がおもむろに視線を外すとこちらの視線も簡単に外れた。何となく違和感を感じて目を擦り、立ち上がる。
「それにしてもあなたは何者ですか?それに、この地形や建物はなんですか?」
「え、えっと…」
問い詰められるがそれは俺も同じことだ。
何も無い空っぽな胸に手を添えた。
「俺も…分かりません。自分がなんなのか、なぜここにいるのか名前も思い出せないんです」
彼女は眉をひそめ、口元に指を添えて考える仕草をした。
「そう、でしたか」
「でもここは━━」
その続きの言葉に詰まってしまった。一瞬思考にノイズが走りついさっきまで出そうとしていた言葉が出てこない。
どこか、頭の中が空っぽになったような気がした。
「ここは?」
「……なんでもないです」
「そう」と一言漏らし一瞥した後、俺の全身を見渡した。何となく悪寒がしてゾクリとして身体を震わせた。
「えっと、貴女は?」
「失礼、まだ名乗っていませんでしたね。私はシルム、シルム・ローズライです」
ピンと伸びた背筋、腰にたずさえた剣の鞘に手を添え、少しのズレもなく真っ直ぐ見つめる視線は彼女の性格や性分、生き様を表しているようだった。
彼女から目が離せない。
「すみません、貴女みたいに名乗れる名前はありませんが、助けてくれた恩はいつか必ず返します」
「助けるのは当たり前です。私は騎士ですから」
これからはどうするか。まだ寝床と食料の調達が出来ていないからこれから探しに行かないと。
ちょっと疲れたからか、体がだるくて思うように体が動かない。
「顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。問題……な……い」
剣を杖がわりにしても立っていられなくなってそのまま地面に倒れて、視界は真っ黒に染まった。
なんとも言えない不快感が込み上げているがそれを覆すぐらい眠気が襲っている。体が痛くて寝返りを打つのも一苦労だ。
そこにちょっとひんやりとした感触が気持ちよくてもっと触れていたいと擦り寄った。
一体これはなんだろうと目を開けると助けてくれた白騎士がいるではないか。彼女は鎧も兜を着ていなかったがすぐに分かった。
「俺は、一体……」
「あなたは毒矢を受けて倒れてしまったのです。すでに解毒薬のおかげで毒はほとんど抜けていると思います」
確かに倒れる寸前までの記憶はある。するとこの体調不良は毒のせいだろう。
朦朧とする意識の中で彼女に申し訳なくなる。
彼女の格好からおそらく私服、しかもここは彼女の家だろう。
「助けてもらったばっかりなのに迷惑をかけてしまってすみません」
「気にしないで。ゆっくり休んでください」
優しく微笑む彼女はその美貌と相まってまるで、女神のようだ。記憶を、名前を失い、右も左も分からないこの状況で彼女に会えたのは幸運だった。
そんな奇跡に感謝しながら再び目を閉じる。
━━ぐううううぅ。
鳴り響くお腹の音は数秒の時を支配した。閉じた瞼が開かないのは目の前にいる彼女がどんな反応をしているのか分からなかったからだ。
静寂が気まずくなってきた頃、くすっ、と吹き出すシルムの姿があった。
「そうですよね、あんなことがありましたもんね」
「......」
すると食べ物を持ってくるとシルムが椅子から立ち上がった。
ふかふかのベッドに暖かい毛布。体が痛かったせいで分からなかったが質の高い寝具を改めて実感する。
このままベッドに沈みこんでも良かったがこれからやってくるご飯を食べなければ今日は眠れない。
申し訳ないという気持ちと食欲が戦った結果、見事に食欲の勝利である。仕方ないと頭の中で繰り返し、不可抗力という名の免罪符を手に入れた。
何が来るのかとわくわくしているとシルムがお盆に何やら沢山の皿を乗せてやってきた。
ほんの僅かに口角を上げたシルムから「一緒に食べませんか」と嬉しいお誘いを頂いた。
ちなみにメニューはシチューとパン。そしてサラダだ。
「いただきます」
シチューをすくって口に運ぶ。一口、また一口と夢中で食べ進める。止まることを知らない手は延々と口にシチューを運び、時々パンに齧り付いた。
毒で弱っていた体は一体どこに行ったのか。自分でもそう言いたくなるほど元気に食事を食べていたということだ。
「美味しい...! こんなに美味しいもの初めて食べた気がします」
「喜んでいただけて何よりです。それで、その」
シルムが何かを言いたそうにしているのを感じ取った。
「何か言いたいことでも?」
そう言うとシルムは覚悟を決めたように一度深呼吸して俺の目を見て言った。
「本当は今すぐ伝える必要はないのかもしれませんが、事情を説明する必要もありますからね」
「実は、あなたの身柄を騎士長議会が拘束することになりました」