パラサイト ドリーム
みなさん「夢」はお持ちですか。
生き苦しい現代を生きるには必要不可欠。
当店では子供の頃のかなわぬ夢からささやかな夢までよりどりみどりでございます。
そんな夢を見るための商品「PD」を是非とも体験してみてください。
さらに本日より8日間はスーパードリームセール、今なら全商品30パーセントオフこんなチャンス滅多にありません。
お求めの際は広告記載の電話番号をおかけください。当店よりお客様の元まで行かせていただきます。
怪奇会社付夢工房 ×××-×××-××××
今日は表か、我ながら運がいいのか悪いのかわからない。
3日前私は仕事を辞め、社会から離脱した。
別に仕事がいやだとか、家族もプライベートも関係ない。ただ、働く意味、生きる意味がないことに気づいてしまった。
普通ならこれから仕事をして、お金を稼いで、いい人を見つけて結婚とかして子供を授かり、家族となり、人生を終えるのだろうが、私にはその意味が見い出せない。
特別な人生を歩もうにも夢もなく、夢を見つける気力もない。完全に八方塞がりだ。
かといってそこまで死にたい気持ちもない。なので毎日10円玉を投げ、10が描いてる面を表、平等院鳳凰堂が描いている面を裏として表が出たら生きる、裏が出たら自殺を1回試みている。
2日目に裏がでて首を吊ろうとしたが、苦しくなってやめた。死ぬのも生きるのと同じくらい難しいと実感した。
さて今日はどうしようか、食事は取ったので生きる義務は完了したので眠ればよいのだが、残念ながらおめめはぱっちりと見開き、活動を求めている。仕方なく、散歩でもしようと外を出るついでにポストを確認する。
そこには
みなさん「夢」はお持ちですか。
生き苦しい現代を生きるには必要不可欠。
当店では子供の頃のかなわぬ夢からささやかな夢までよりどりみどりでございます。
そんな夢を見るための商品「PD」を是非とも体験してみてください。
さらに本日より8日間はスーパードリームセール、今なら全商品30パーセントオフこんなチャンス滅多にありません。
お求めの際は広告記載の電話番号をおかけください。当店よりお客様の元まで行かせていただきます。
怪奇会社付夢工房 ×××-×××-××××
といった怪しさ満点の広告が投函されていた。
どうせならうさんくさい宗教団体でも洗脳された方がましだと思っていたが、この広告も宗教も同じだと思い、電話をしてみる。
「はい、こちら怪奇会社付夢工房です。何かご用でしょうか」と男性の声が聞こえる。
「雲下といいます。商品に興味があって電話したのですが、どこで買えますか」
とりあえず普通の客のように振る舞い、答えた。
「それはそれは誠にありがとうございます、それではそちらへすぐ向かいますので、○○市○○5-5-5へ来ていただけますか」
「わかりました」
住所から自分の家の近くであることがわかり、返事をする。
「それでは失礼いたします」
電話が切れる。
住所を調べてみるが何度調べてもそこは何年も空き地であり、建物などないように見える。
やはりただのいたずらなのか、もしかしたら車で拉致されるのかと思ったが、今さらどうだっていいだろう。散歩がてらに行くことにした。
広告記載の住所へ行くとそこには木のツタに支配され、今にもコウモリが飛び交いそうな幽霊屋敷があった。
恐れずして入っていくと店内は意外にも明るく、ショーケースが並んでおり、青いバラが飾られていた。すると奥の方から初老の男性が現れた。
「雲下様ですね。お待ちしておりました。さあこちらへおかけください」
怪しい雰囲気を感じつつも言う通りにする。
「本日はどういった商品をお求めですか?」
男性が営業スマイルで聞いてくる。
「あなたの売る夢とはなんなんですか、変な情報教材か、それとも聞いたこともない神の話でもしてくれるのですか?」
私は意地悪く質問してみた。
「いいえ、私どもの商品は文字通り「夢」、野球選手になりたいとかYouTuberになりたいとかそういったものです。それらを「PD」ならみることができるのです」
「よろしければ、商品をご覧になっては?」
男性が奥から札がついたUSBのようなものを持ってきた。
それらを見ると「教師 20万円」、「政治家 300万円」など職業と値段が書かれたものや「跳び箱を3段跳ぶ 100円」、「共通テストで9割取る 5万円」といった目標のようなものが何個も出てきた。中には同じ職業、目標でも値段に差のあるものがあった。
「気に入ったものはございましたか?」
「もし、これを買ったらその職業になれるのですか?」
「いえ、これらの商品の効果はあくまで夢をもつこと、特殊な技能などは全く手に入りません。いうならばモチベーションでしょうか」
「そうですか、じゃあ次の質問、値段の差は? 夢っていうのは平等ではないのですか?」
あまりにも普通に対応されるのでまたも意地の悪い質問をする。
「ふふふ、お客さまのご指摘もごもっとも。もちろん皆様の持つ夢にどれが上だ下だなど思うことはございません。しかし、この「夢」は別。小学生の思う野球選手の「夢」と甲子園球児の思う野球選手の「夢」はモチベーションが違いますし、サラリーマンの「夢」と大企業の取締役の「夢」とでは価値が違います。あくまで商品ですのでご了承ください」
男が笑みを浮かべて説明する。
これ以上何かを聞いても煙に撒かれそうな気がしたので適当に商品を買って切り上げることにする。
「じゃあそれをください」
私は「ギターを弾けるようになる 10万円」とかかれた「PD」を指した。
「お買い上げありがとうございます」
「それでは使い方のほうを……」
一通りの使い方を教えてもらい店を出る。
それにしてもこんなところに店があったとは、案外衛星からの情報も当てにならないものだと思いながら振り返ると、そこには事前に調べた通りの景色、空き地があるのみだった。
あの奇妙な空間から家に帰り、眠りにつこうとする。しかし、まだ眠気は来ず、休めそうにない。
せっかくなのであの胡散臭い商品を使ってみることにした。
使い方はたしか「PD」についてるキャップを取り、接続部をこめかみあたりにつけて、10秒ほど待つ。
使い方から察するに店主がサイバーパンクなSF好きであることが見てとれる。
さて実際にやってみたが特に変化はない。
「やっぱり詐欺か」
まあ自分が死ぬ前に経済を回したと考えることにする。
「少し横になろう」
いつのまにか寝ていたらしい。
スマホをとり、時刻を確認すると17:00を示していた。それにしても仕事を辞めてから時間が余って仕方ない。
とりあえず、何日分かの食料を買い溜めようと近所のスーパーへ出かける。
適当におにぎりやパンを買った帰り道、ふとリサイクルショップが目についた。
普段気にしたことはなかったが時間もあるので入ってみる。
店内にはテレビ、冷蔵庫等の家電やブランドものの時計やネックレスがあったがそれらには目もくれず、足は奥の楽器コーナーへ自分を運んでいく。
朝の出来事のせいかギターの展示に心身ともに吸い込まれいくように感じた。
素人の自分にはどれがよいギターかはわからないが、子供の頃に連れて行ってもらったおもちゃ屋にあるおもちゃのようにどれもが輝いて見えた。
いくつかのギターを眺めた後店員さんと相談し、必要なものをそろえ店を出る。
家に帰るとさっそくギターを取り出し、スマホで「ギター 初心者」、「ギター 弾き方」などで検索をかける。
だいたい弾き方はわかったので「まずはこれを弾けるようになろう 初心者向け10選」と紹介されていた曲をひたすら練習していく。
「やはり何かを学ぶのは楽しいものね」
検索履歴がギターのサジャストで埋まったところで朝日が昇っていることに気づく。
まさか一晩中練習することになろうとは。幸い現在隣人はおらず、管理会社に注意されることはないことに安心する。
ようやく生きる意味をみつけたのだからそれに水を差されるようなことは避けなければならないと自分を戒める。
とりあえず先の曲はすべて弾けたので今日は中級編と行こう。
日課のコイントスも忘れギターに熱中する。
「この時間がずっと続けば良いのに 」
私は誰も居ない部屋で一人つぶやいた。
今日は表か。
いま、裏が出ていたら死ねるような気がしたが、どうも神も仏も自分とは会いたくないらしい。
ギターを買ってから数日が経った。
あれから中級、上級さらにはネットにはほとんど上がらないような難易度の高い曲も「弾けるように」なってしまった。
昔からそうだ。他人にできることで自分にできないことがないと言えるほどの「才能」に自分は見初められていた。
ギターを買ったときの高揚感はどこかへ消え、また無気力な数日前の自分に戻ってしまった。
あの商品の副作用なのか以前にも増して生きる気も死ぬ気もない。
しかし、前と違うのはこの商品には効果があるとわかっていることだ。
「もう1度かけてみるか」
着信履歴にある最新の番号に電話をかける。
「もしもし、以前「PD」を購入した者ですが、また別のものを買いたいのですが来ていただけますか?」
「これはこれは雲下様 ええ、もちろんですともすぐに参上いまします」
「以前と同じ場所でよろしいですか?」
「はい、お願いします」
そして以前と同じ場所に同じ建物が建っていたので再び店内へ入っていく。
「いらっしゃいませ、雲下様本日はいかようで?」
最初に入店したときの店員が現れる。
「新しい商品が欲しくなってそれを買いに来ました」
と申しますともう以前の商品は「使い終わった」ということですか」
その質問にうなづきかえす。
「私長らくこの仕事をしておりますが、これほど早く商品を「使い終わった」お客様は初めてでございます」
「それでは商品を持ってきますのでしばしお待ちください」
「お待たせいたしました なかなか手に入らないレアものもございますのでどうぞご覧ください」
そう言われて見てみると、以前にはなかった「公認会計士 400万」、「弁護士 300万」などなるのが難しい職業がショーケースに並んでいた。またそれらの並ぶものとは別に店の奥にもショーケースがあった。
なかでも目を引いたのは「宇宙飛行士(火星へ行く) 1000万円」とかかれたものだ。
「さすが、雲下様お目が高い、そちらの商品私も取り扱ったのは20年ぶりの超レアものでして、当店の目玉商品でございます」
ととびきりの営業スマイルで呼びかけてきた。
実際に効果を知らない以前の自分なら子供ですら引っかからない詐欺だろうと思っていただろう。
しかし、効果を実感した今は1000万の商品に手を出していた。
宇宙飛行士を選んだ理由はまず試験が他のものに比べて段違いに難しいこと、そしてその試験の開催頻度は極めて少ないことだ。
これで当分、もしかすると一生夢を見続けられるかもしれない。
「お買い上げありがとうございます」
店員から渡された商品を受け取るとふと奥にある埃や傷がついたぼろぼろのショーケースが目に入った。
「それと少し気になったのですが、あそこにあるショーケースには何が入っているのですか」
と気まぐれに聞いてみる。
すると店員の顔が一瞬曇る。
「あれはある種の欠陥品でして、昔いた従業員が違法な方法でPDを作成しまして、かといって処分もできないものでして困っているのですよ」
「もちろんそいつはとっくにクビにしましたがね」
「まあお客様や他の商品には関係ございませんので安心してください」
いつも笑顔のあの店員がばつ悪そうにしていたのでよっぽどのことがあったのだろう。
しかし店員の言うように私には関係のない話だ。
私は商品を受け取り店を後にする。
帰宅し、さっそくPDをこめかみにあてスイッチを押す。その瞬間これまでの憂鬱な気持ちがなくなり、以前使用したときよりも晴れやかな心地になった。
1度効果を実感していたからなのか、それとも値段が100倍もしたからなのかわからないが、効果があることに安心感を覚えた。
さてまずは理系の大学院へ入学するために勉強をしなければならない。
いくら宇宙飛行士の募集要項で文系理系不問とはいえ、自分には実務経験がない。
計画としては院へ入学し、その後理系就職して実務経験を積みながら宇宙飛行士試験の対策する、これが良いだろう。
幸いお金は学生時代起業し、事業譲渡で得たものが残っている。これからどんな苦労や挫折が待ち受けてるか非常に楽しみで仕方ない。
10年後、私は暗闇に包まれた世界にいた。
「カレン、見てみろよ ついに俺たちは母星を飛び越え、広大な暗い空へ到達した。子供の頃の夢見たあの場所にだ」
船員のアレックスが興奮を抑えきれずに語りかけてくる。
「大事なミッション中よ、あなたの宇宙冒険スピーチなら地球に帰ったらメディアがいくらでも聞いてくれるから今は集中してちょうだい。ねえ、船長」
カレンが子供に諭すように言う。
「まあいいじゃない、楽しめるのなら楽しんだ方がいいかもね」
私はアレックスに賛同する。
これから我々は火星に降り立つ最初の人類となる。これ自体わくわくすることだが、それ以上にうれしいのは宇宙飛行士の「夢」をかなえたがギターのときのように効果が消えていないことだ。
仮初めの夢であったがこれこそが私の生きる意味なのかもしれない。
「さあ、降り立つぞ 忘れ物はないだろうな」
アレックスが先導する。
ドクッドクッと心臓が脈打つ音が聞こえる。緊張を沈めるように一息深呼吸する。
ついに火星の地に人類の重力がのしかかる。
「え?」
私は困惑した。今まであったものがなくなったからだ。
「俺が火星のヴァージンを奪ったぞー、見てるかー」
「ちょっと下品な表現しないでよ まったく、ゆりも言ってやってよ」
「ええ、そうね とりあえず調査を進めましょう」
「?」「?」
カレンたちが驚いたようにこちらを見てくる。
その後1ヶ月の調査を終え、地球へ帰還した。
地球に降り立ち、周りの職員に抱えられながら、重い身体で思った。
「これでもダメか」
火星から地球に帰り、報告、リハビリをした後メディアのインタビューなどには応じず、私は訓練中使っていた家で休んでいる。
アレックスやカレンは心配してくれたが、体の健康面は問題ないことを伝え、気丈に振る舞いそれ以上の追求をさせないようにした。
訓練していたときのことが嘘のように虚無感のみが心を包む。
この虚無感から逃れるにはまたあの商品を使うしかないようだ。客観的に見ると薬物中毒者となにも変わらない。
しかし、この中毒症状というデメリットがあっても仮初めの夢を持ち、叶え、幸福になりたい。
ただそれだけだ。
そして私はあの番号にかける。
「私です、雲下です いまアメリカのヒューストンにいるんですが、来ていただけますか?」
「雲下様いつもお世話になっております, 直ちに向かわせていただきます」
なるべくはやくお願いしますね」
「承知いたしました」
数分後施設を出たところの路地裏にある一坪の空き地へ向かう。
そうしたら案の定見慣れた店が建っていた。
いつものようにドアノブに手をかけようとしたところ、向こうからドアが開いた。
「ようこそお越しくださいました。さあ入ってください」
いつもの初老の男性が私を迎える。
「雲下様のご活躍は私の耳にも入ってきてますよ、火星ではずいぶんと……」
「そんなことはいいですよ、今日はちょっと話があって」
男性の世間話を無理矢理断ち切り話を進める。
「商品を買うとき説明になかったですよね、副作用があること」
「副作用?」
男性が驚いたように聞き返す。
「ええ、まあ今更返金しろとは言わないですけど」
「それはどういった症状ですか?」
「どういったもなにも商品を使い終わったとき、そう夢を叶えたとき無気力になったりすることですよ」
「そのような症状はこれまで聞いたことがありません」
「えっ」
「これまでこの商品を買われた方は多くおられましたが、そのようなことを訴えてきた方はおりません。加えて申し上げるなら、商品を使い終わった方の大多数は満足されるか、新たな夢をご自分で見つけられます」
「そのような状態になっているのは雲下様個人の問題ではないかと思われます」
目の前の景色が揺れ、足下が崩れていく。
かすかに自分を支えたものが瓦解していく。
「雲下様、大丈夫ですか」
「はは……ハッハッハッハッハッハッハッハッ」
「あーあ、くだらない」
静まりかえった店内で店員がこちらをポカンと見つめている。
そんな中私の目にはいつかのぼろぼろのショーケースが映った。
「そういえばあのケースの商品、不良品なんでしたね、私が買い取りますよ」
「いやしかし、あれこそどういった副作用が出るかわかりませんよ」
「頼むよ、常連客の最後の願いなんだからさ」
彼らは私の顔を見て察すると、黙って商品を渡してくれた。
「ありがとう、少しの間だけど「夢」を見れたよ」
私は背後に居る人たちに手を振り、店を後にする。
店からの帰り道、空を見上げるといつも以上に澄んでいた。
「ここの道ってこんなに広かったのか」
迷いから吹っ切れたのか、世界が広く、暖かく感じる。
まるでこれから私に起こることを見守ってくれているかのようだ。
薬局へ行き薬を購入し、施設へ帰る。
部屋に着くとポケットに入れていた商品を取り出す。
「せっかくだし、最後に使ってみるか」
いつものようにこめかみに当て、使用する。
しかし、いつもと違い何か気持ちに変化はなく、少し頭痛がするだけだった。
「何だ、ただの不良品か」
そう思い、薬を取り出し、準備をする。
「お姉ちゃん、どこか悪いの?」
どこからともなく少女の声が聞こえてくる。
しかし、部屋には自分を除いて誰もいない。
「風邪だったら寝るのが1番ってお母さんが言ってたよ」
声は依然と聞こえるがその発生源がまったくわからない。
「誰かいるの?、どこ?」
「うーん、なんていったらいいんだろう?そうだお姉ちゃん目つむってみて」
なにがおこっているのかもわからず、少女言うとおりに目をつむる。
すると目の前に声の主であろう少女が暗闇の中に立っていた。
「これで私のこと見える?」
少女の容姿は髪が肩までかかり、花柄のワンピースを着ていた。
「ああ、見えてるよ、しかしあなたはなんでこんなとこに? それにこの空間は何?」
「うーん私もよくわからないんだ、気づいたらここにいて、お姉ちゃんが見えたから声かけたんだ」
原因は間違えなくあの商品「PD」のせいだろう、これが店員の言っていた欠陥のせいなのだろうか。人の夢、頭に当てる、少女の人格だけが私の体にある、もしかしてそういうことか。
しかしそうなるとあの少女は……
「そういえばお姉ちゃんはなんであんなにお薬を飲んでいたの?」
「それはこれから死ぬためだよ、オーバードーズっていって不整脈が起きてって言ってもわからないか」
普通ならごまかすところだがそれをする余裕がないため簡潔に答える。
「死ぬってなんで? 何かつらいことがあったの? それでもだめだよ」
少女が諭すように言う。
「何かあったってよりはむしろ何もないからよ、やりたいこともないし、無理矢理やりたいことを作ってもすぐに達成してしまってだめなんだ」
「お姉ちゃんが苦しんでるのはわかったよ、でも……うーんどうしよう」
「そうだ。こうしよう」
ピコンッという擬音が聞こえてくるようで少女が何か思いついたようだ。
「今から私が好きな歌を歌うからそれでいいなあって思ったら死ぬのはやめて。これでどう?」
少女が自信満々に言ってきた。私は苦笑いしたが少女からは肯定だと受け取られたようだ。
「それじゃいくよ」
少女は元気に歌い出した。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「どうだった?」
満面の笑みで少女が感想を求める。
正直に言うと同年代の子と比べると少し上手い程度で世間のいうところの天才少女には当てはまらなかった。
ただそれだけだ。何か心を揺さぶられることはなかった。
しかし、その前に聞きたいことがあった。
「あなたは歌手とかになりたいの?」
「うん! だって私が歌ったらお母さんもお父さんも友達も喜ぶの!」
「だからもっともっと上手くなって世界中の人を私の歌で元気にしたいの!」
少女が飛び跳ねるように答える。
「そう、感動したわ、だから死ぬのもやめる」
もちろん嘘だ。でも夢のない者が夢のある者から夢を奪ってはならない。
「本当!よかった!」
「でもその前にあなたの体を見つけないとね」
「やっぱりこれはお姉ちゃんの体なのかー、じゃあちょっとの間お邪魔するね」
「そういえば自己紹介がまだだったね、私は雲下ゆり」
「私の名前は上空楓花、よろしくね!」
未だに自分の生きる意味は見つけられないが死ぬ方の理由はなくなった。
夢を持つ同居人がいる。今はそれだけだがいつかこの理由が増えるような気がする。
それまで私は他人の夢に寄生することにした。