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葬送の旅

作者: にわとり


雲を数えている。

か細く繋がっている小さな雲たちは1と数えるべきか否かを考えていると、隣から声をかけられた。ともに故郷に帰る友人だ。


「マルコ、寝てるのか?」

「寝てないさ。なあ、あの雲繋がって見えるか?」

「どれどれ…」


馬車の荷台の上で揺られながら、ゆったりとした時間が流れていた。

子供だけでよくここまでこれたものだ。

バスクの港町で人攫いにあい、ハンブルクに売り飛ばされた時にこいつと出会った。

農家で奴隷のようにこき使われたが、主人が代替わりしたタイミングで盗賊から略奪にあい、その時こっそり2人で逃げた。

その後大きな都市で盗みを覚えたり、娼館で働かされたりしたが、少しずつ南へと降っていき、ついにアヴィニョンまで辿り着くことができた。

2人でお金を出し合い、商人の馬車の荷台に乗って、あと数日で故郷に着くはずだ。


「お前は帰ったら家族はいるのか?」

「いないなぁ。マルコはお父さんがいるんだっけか」

「うん。俺ん家靴屋だから、うちで雇ってやるよ」

「ありがとなぁ、でも俺やりたいことがあるからいいや」

「やりたいこと?何だよ」

「妹がいるんだけど、置いて来ちゃったから、どうなっているか見に行かないと」

「家族いるじゃん!妹は美人か?」

「お前よりはな」

「適当に答えやがって!まあいいさ、うちサン通りの靴屋だからさ、妹と一緒にこいよ!」

「マルコは良いやつだなぁ。お父さんも良いやつなんだろうな」

「いやいや鬼のように怖いぜ。覚悟しとけよ」


妹がいると聞いて安心した。どうもこいつには気合いが足りないような感じがする。旅の途中も幾度も「ここで諦めよう」と誘ってきた。

その度に、こいつのケツを引っ叩いて連れてきたが、気合いが足りないやつだと正直手を焼いていた。

それでも、こいつの冷静さには幾度も助けられた。大事な友人だ。

2人でなければここまで来れなかったと思う。


「坊主ども!もうすぐ休憩するからな、準備しとけよ!」

「はーい!ほら行くぞ」

「はいはーい」












妹は足が悪かった。

母親が死んでからは、妹と2人で山奥の小さな小屋に住んでいた。

母は「まじょ」だったらしいが、よく知らない。ある日突然知らない男の人たちに連れて行かれた。

妹も、その時に足を折られた。医者にみせる金がなく、真っ直ぐになるように木の枝で固定したら変になって歩けなくなった。

俺は「ごめん」と泣いたが、妹は「大丈夫、お兄ちゃんがいるもん」と笑っていた。

2人で穏やかに暮らしていた。


ある日、川に水を汲みに行ったら、暗い顔した男たちと目があった。男たちが言うには「上玉だ」とのことだった。

家に逃げ帰ったが、推し入られ、妹に乱暴し始めた。やがて動かなくなった妹を置いて、俺は箱に入れられた。

そこから何日経ったかわからない。どこかへ運ばれ、外に出されて全身を洗われた。その時に男だと言うことがバレた。

殺されるかと思ったが、農家に売られることになった。

その辺りは、あまり記憶がない。


いつも妹のことを考えていた。

あれから何日経ったのか、わからない、妹は、わからない。

とにかく早く帰らなければと考えた。脱走も何度か試みたが、2回目に見つかった時に死んだ方がマシだと思えるほど痛い目にあったので、そこで逃げ出す勇気がなくなった。


マルコとは農場で出会った。良いやつだ。こいつがきてから、少し頭がはっきりしてきた。

マルコが来てから1週間くらい経った時、賊が農場を襲ってきた。逃げ出すチャンスだった。

2人で夜の山道を登りながら、笑えてきた。

やった、出られた、やった!

そんな気持ちでいっぱいだった。初めて妹のことを忘れられた時だったかもしれない。

しかし、そのあとすぐに思い出した。

逃げたと言うことは、帰らなければならない。

現実が襲ってきた。

もうわかっていたので、きっと妹は死んでいる。

その死体を葬るために家に帰らなければならない。


マルコと2人で街を転々としながら、俺は生きる気力がなくなっていた。

人と喋らず、言われたことを淡々とこなす生活を過ごしていた。

マルコはいいやつだ。俺は悪いやつだ。

俺がしっかり木で支えてやれば、俺が川に行かなければ、家に逃げ帰らなければ、妹が、目の前で、されている時に、助けてやれる強さがあれば。

妹は生きていたのに。



俺は悪いやつだ。だからマルコの分も稼ごうと思った。何でもやったし、何でも聞いた。

おかげで子供ながらに旅費を貯めることができた。

種まきの後に攫われて、今が大体収穫時期だから、マルコといたのは3ヶ月ほどだろう。

そして後数日でマルコの故郷に着く。そこでさようならだ。

俺は妹を葬るために帰らなければならない。

それを終えるまでは生きていると決めたのだから。

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