一話
「……龍沢さん。これ、収支あってません」
その言葉が発せられた瞬間、その場の空気が更に淀んだ。
「……ホントに? 計算間違いじゃないの……?」
その言葉が発せられた途端、その場の空気がほんの少しだけ良くなった。
「私も何かの間違いじゃないかなと思って、十回は計算しなおしたんですが……」
その言葉が発せられた途端、一気に空気がどん底まで落ちた。何か悪魔でもいるんじゃないかってくらいに。
「……そっか。今日も泊まりになりそうだね。頑張ろっか」
私は聞いてきた彼女、カエデさんの方を向くわけでもなく、虚空に向かって、励ますように呟いた。
こっちに来てからも、同じような生活になるんだなぁ。どこでもこういう仕事は変わらないのか……。
翌朝。私は仮眠を摂るために会議室にいた。周りには私の同僚が呻りながら寝ている。多分、私も呻りながら寝ていたんだと思う。その証拠に、今ものすごく眠い。家に帰って、ベットで、ゆっくりと眠りたい衝動に駆られる。
けど、そんな時間はない。すぐに仕事に取り掛からないと、決算日に間に合わない。
私はみんなを起こすために、体を揺すった。けれど、みんなは中々起きない。そりゃそうだ。まだ寝て二時間くらいしか経っていないのだから。
でも、ここで踏ん張らないと、更に地獄を見ることになる。だから、私はみんなが絶対に起きるであろう、「決算日が過ぎた」と耳元で呟いた。