キンセンカ (書籍発売!記念SS)
あたし、ヒメノはピンチを迎えている。
「......ツイてない」
「? ヒメノなにか言った?」
「んーん、なんも」
「?」
Bランクダンジョン、「雲泥の湖城」
あたしたちグンキノドンワは二日前ダンジョンへと侵入。攻略が順調に進み、残すは最下層の主を倒すだけとなっていた。
相変わらずこのパーティーの力は凄い。戦闘力だけでいうなら聖騎士の一団と遜色ないんじゃないかな。
ま、あたしの神がかっている剣の腕があるんだからとーぜんっちゃあとーぜんよね。
でも今は戦闘力がどーとかこーとか関係ない。なぜならいま直面している危機的状況の要因は、強力な魔獣や盗賊などではないからだ。
「......はあ、あと少しですんなりと帰れたのに」
「し、しかたないよヒメノ」
トラップで迷宮エリアに落とされた。しかもあたしとレイの二人だけ。
なんでレイと二人なんだよ。あたし苦手なんだよね、この人。
これならフェイルと二人のがまだマシだよ。あいつ全然喋んねーけど。
「レイ、なにしてんの?」
この迷宮エリアは水の壁で囲まれている。このダンジョン自体が水にまつわるモノで、上層でも水壁がいたるところにあった。
レイがよくわからんけど、水壁を触ったり眺めたりしながらうろうろしているので、うっとおしい。
「うん、ちょっと調べてる。 少し待ってて」
「......あ、そう」
調べるもなにも迷宮エリアに落とされたんだぞ。あいつらが入口からマッピングして助けにくるの待つしかないじゃん。
位置もわからないここから動くわけにもいかないしさ。
(あ、でもどうなんだろ。 あいつら捜しにくるのかな)
パーティーリーダーのロキは、いい顔しいの実は冷徹な男だ。上辺では仲間思いの優しいリーダーを演じているけど、窮地になればきっと仲間ですら切り捨てる。
東の国境をまたいださらに向こうにある、アルム高原。昔そこに魔獣討滅へ向かったことがあったけど、その作戦中フェイルが魔獣に連れ去られるってことがあった。
すぐに追えば助けられるという場面。
しかし「全滅するおそれがある」という理由で、彼はあっさり切り捨てた。
まあ、正しい判断だ。リーダーとしてそういう決断はアリっちゃーアリだね。
けど、なんの躊躇いもなくそれを言えるロキがあたしは怖かった。
――でも、そうだ。
この世は弱肉強食。弱さを見せれば利用され、殺される。
だからあたしは誰も信じないし信用しない。
「やっぱり、そうだ」
レイが声をあげた。
「? なしたん?」
「ふむふむ、だとすると水の流れを......ブツブツ」
「ムシしないでよ!? こいつ、マジで」
あたしはレイの脇腹をまさぐった。
「!? え、ヒ、ヒメノ......あはっ、あははっ、やめ! くすぐるのやめて!! あはははっ!!」
「ほらほら、あたしをムシした罰だっ!!」
「ひーっ、ひー、ごめん、わかった、わかったから」
涙目で懇願するレイ。なんか、こいつ......笑った顔、可愛くない?
「で、何がわかったのよ?」
「うん。 この水壁ってよくみたら流れがあるんだよ」
「流れ?」
水壁に顔を近づけ目を凝らす。すると確かに微妙に流れのようなものがみえる。
よく見つけたなこれ。観察眼はすごいよね、レイ。
って、だからなんだって話ではあるんだけど。
「それがなんなの?」
「もしかしたら、この流れに沿って歩けば出口に行けるかもしれない」
「え、ばか? 壁伝いにってこと?」
「ううん。 この壁の水をこの袋に入れて.....よし」
レイは飲料水をいれる水袋に壁の水を入れた。すると不思議な事が起きる。
その水を入れた袋がふわりと宙に浮き、ゆっくり移動しはじめた。
「上層も全ての水が出口へ向かって流れていたんだ。 だからおそらくはここの全ての水は、最下層にあるダンジョンの起点に向かって流れているんだと思う」
「え、マジ!? てか上層の水の流れも見てたの? いつの間に」
「うん、まあ。 そしてこの水、魔力濃度が高いんだ。 だから迷わずに出口へ還ると思う......この浮いて移動する水袋についていこう」
水の魔力は元の体へと戻ろうとする性質がある。これを利用してマッピングする魔道士もいる。
「分岐にあたったとしてもこの水袋の進む道を選びつづければでられる、か」
「そう。 多分だけどね」
......ここで待っていてもあいつらが助けにくる保証はない。なら体力のある今のうちに行動したほうが。
「わかった。 いこ」
「うん」
レイの考えは正しかった。あたしたちは迷うどころかあっというまに主部屋の前までたどり着いてしまった。
扉が開いた形跡もないのであいつらはまだ来ていない。
「......は、はっや」
「道中に魔獣がいなかったのもあるけど、結構早かったね。 もしかしたらこのやり方が正攻法なのかな」
思い返せば、こういうことが今までにも多々あった気がする。最終的な決断をくだすのはレイではなくリーダーのロキだからか、レイの印象は薄い。
でも、そうだ......レイは色んな場面でこうした機転をきかせてきた。
つーか、あれだよね。フェイルが魔獣にさらわれたの助けにいったのレイだけだった。
しかも二人で無事に帰ってきたし。
「レイ、あんたさぁ」
「ん?」
「......」
いや、そんなことを言ってどうする?
このパーティー抜けたほうがいいよ、なんてさ。急に困惑しない?
大体ロキとは奴隷の契約して主従関係なんでしょ?譲渡には多額のお金がかかるらしいし......いや、でもあたしなら出せる額ではあるか。
って、なんであたしが?そんなことしたらパーティー内での立場危うくなるよね。それは嫌だ。怖い。
でも、レイは......このパーティーにいるには優しすぎる。
フェイルは無口でわからんけど、ロキとスグレンストは裏でレイの事を色々いってる。あの感じだといずれレイはどうにかされても不思議じゃない。
でも、あたしは......怖い。この輪から排除されればきっと生きていく道がない。
......でも、もしかすると、このパーティーは優しいレイがいるから成り立っているのかも。
優しい。
(......あ、そっか)
今、はっきりわかった。
あたし、レイの優しいところが苦手なんだ。
あいつの優しさに、心をとかされそうになる。
固めた防壁が崩されて、触れられたら......あたしは、きっとそれにすがる。
多分、依存する。
......それがたまらなく怖い。
「ヒメノ?」
「あ、え?」
不思議そうにこちらをみているレイ。
今まで身を護ることで精一杯だったから忘れていたけど、いつも側で助けてくれていた。
戦闘ではいつも私の横にいて......って、冷静に考えてヒーラーの居る場所じゃないんだけど。
普通に横にいて敵の気を引いてくれるから、あたしは攻撃に専念できるんだ。
まあ、いわばペアのようなもんで、このひとが何考えてんのかなんてのはわからないけど、戦闘での動きの相性はかなり良い。言葉にせずとも彼の動きはわかるレベル。
と、そんな事を考えていると、レイがあたしのおでこにふれた。
「ひゃっ!?」
「熱は無いか」
「......な、なに? え、え」
「あ、ごめん、顔赤かったから。 ここ水壁だらけで寒いし、風邪でもひいたのかと......僕の上着着る?」
急に触れられ脚がふらふらになる。
お、男の子に触られたの初めてなんですケド?
「だ、だだ、大丈夫です」
「です!? って、あ!」
――ガコン!
ふらふらと後ろに後ずさりし、後方にあった主の居る部屋の扉を開いてしまう。
いきなりあいた扉にあたしは尻餅をつく。
「いった!」
「だ、大丈夫!?」
「うん、大丈夫......だけど、これ」
――ズズン!
そして、扉が閉じた。
......ヤバい。これは非常に。
岩だらけの広い部屋。
そして中央には広がる水たまりと、その上に大きな水の塊。
ふわりふわりと浮くそれには魔力が凝縮されていて、ぐにゃぐにゃと色々な形に変わっている。
「ヒメノ」
「......なに」
「とりあえず僕が先に行く......攻撃パターンを読もう」
「は? え、戦うってこと?」
「うん」
「む、無理でしょ......あいつBレート以上なんだよ。 スグレンストがいないのにどうやって攻撃受けるのよ」
「大丈夫、全部かわす」
か、かわす?いやいやいや、わかってんの?Bレート相手に一人で向かうって自殺行為なんだけど。
最低でもスグレンストがいなきゃ戦いが成立しない。
「やれるわけないでしょ! 死ぬよあんた!」
「でもこのままだと確実に死ぬ。 皆が来てももう扉は閉ざされてるから入れないし」
「それは、そうだけど」
一度侵入者が入り閉じられた主部屋の扉は開かない。
ふと、微かに感じた魔力の高まり。
痺れを切らしたかのように水の塊が揺らいだ。
「「!!」」
ズガァン!!
あたしとレイの間に水の刃が突き刺さった。
それを皮切りにレイが敵へ向かっていく。
レイは素早い。剣聖であるあたしの横でサポートしながら動ける事自体すごいことなんだけど、更には後方や前方のスグレンストのカバーもする。
多分、運動量はパーティーで一番だ。
――ズガガガッ!!
幾重にも水の刃を回避し、水の塊の周りを駆けながらその攻撃パターンを見極めようとしている。
(水の刃を飛ばすだけ......じゃないよね)
レイがより近づこうとしたとき、水の塊は姿を変えた。
それは魔獣にしては小さいが、あたしの二倍もあろうかというほどで。
水の塊から、二匹の魚のような魔獣が形作られた。長い体の魚。
あたまから触手のようなタテガミが後ろに伸びる。
「レイ、こいつ」
ヤバい、と言いかけた時。一匹が弧を描くようにぐるぐると回転し始める。それは渦を巻き起こし、吸引力を生む。
「!!」「なっ」
近くにいたレイが引き込まれはじめた。
「レイ!!」
凄まじい力で引っ張られるレイ。宙に浮かされるほどに勢いは強い。
そしてそのタイミングを狙うように、もう片方の魚が口から水弾を撃っている。
宙に浮かされたレイに避ける事はできない。
(――直撃する!)
水弾に込められた魔力量は多く、これはおそらくガードしたスグレンストでも盾ごと吹き飛ばされる威力。
あたしはレイの死を予感した。
しかし、あたしの予想ははずれる。
レイは吸い込まれながらも、地面にある僅かな岩のひっかかりを蹴り、スレスレで水弾をかわした。
それと同時に身をひるがえし、岩の一つに掴みかかり、その陰へと隠れる。
ズガガガ!!と水弾をレイの隠れている岩へ打ち込み続ける魔獣。
「ヒメノ! これアスピランティーロの変異種だ!」
「アスピランティーロ!」
【アスピランティーロ】レートB+
水の塊の様な姿で、遠距離では水で作った刃を飛ばし、形態変化で水弾を連射する魔獣。
(魚の形で、しかも相手を吸い寄せるなんて個体は初めて見た......! でも、こいつがアスピランティーロなら、弱点は)
「ヒメノ! 僕が気を引くからコアを!」
「わかった!」
あたしは二つの剣を抜く。
漆黒の剣【スクレッツァ】
深紅の剣【スカルラッティーノ】
クロノス家、剣聖を宿した者に受け継がれてきた宝剣。
剣に魔力を込める。それと同時にレイが魔獣の気を引くよう走り出した。
ギリギリでかわし続けるレイ。けれど、どれも紙一重。
(っていうか吸い寄せ続けられているのに、なんで攻撃かわせるのよ!)
本当に回避力、凄いねレイは。
――トンッと、あたしは飛んだ。
魔獣の懐に侵入するため、自ら引き寄せられる。
こちらに気がついたアスピランティーロがレイからこちらにターゲットを切り替えた。
水弾が宙に浮くあたしに放たれるが、全て剣で斬り落とす。
接近戦になると見た魔獣が体を一つに合体する。
最初の水の塊に戻った。
「レイ!」
吸い寄せが無くなり、その隙にレイが敵に接近する。
すると水たまりから無数の刃が現れ、レイに斬りかかった......が、回避力は一級品。全てを見切り、簡単に避けきる。
そしてあたしはレイの影から姿勢を低くし、魔獣の懐へ。狙うは水の塊......ではなく、下。
水たまりの中にある、魔石。
「もらった!!」
――ズがッッ!!
双剣で刃を叩き落し、ついに奴の命である魔石に刃が刺さった。
その瞬間、レイがあたしを抱き寄せた。
「えっ、な!? なっ」
ボンッッ!!という破裂音。
(......あ、そ、そうだ)
この魔獣アスピランティーロは、核である魔石を破壊する事で倒せる。
しかし、魔力の溜め込まれた核は攻撃すれば、魔力残量に応じた破壊力の爆発を引き起こす。
だから、アスピランティーロを倒すときは盾になれるタンクが必須なのだ。
「......レ、レイ」
「ぐっ、はっ......だ、大丈夫? ヒメノ......」
は?あたし?何いってんの!?
あんたのがヤバいじゃん!!
「ヒ、ヒール!」
爆破により吹き飛ばされたレイの背。焼け焦げた剥き出しの筋肉、骨がその魔法の一言でみるみる修復された。
「......ご、ごめんヒメノ。 ヒールしちゃったから」
「わかってるわよ。 回復するまで休憩ね」
「......ありがとう」
いや、それはこっちの台詞でしょ。
『助けてくれてありがとう』
......ッ。
そう思っているのに、口に出せない。
明確な借りをつくれば.......弱みを作ればつけこまれる。
そんな染み付いた思考が、あたしの口を塞ぎ気持ちを妨げた。
(ていうか、二人でB+の魔獣を倒しちゃった......やば)
◆♢◆♢◆
あたしはレイが動けるようになるまでの間、ぼんやりと思い返していた。
今まで経験した数多くの戦闘。そしてそこでのレイの姿を。
......レイのお陰でたすかった。またレイに助けられた。
けれど
レイが自分自身を囮にし、時には犠牲にしてしまう姿を思い浮かべる。
今までの戦いで彼は何度も、時としてあたしたち以上に危険な作戦を強いられ、命を落としかける事もあった。
......多分、彼はこのパーティーにいればいずれ死んでしまう。
そうはっきりと意識すると、想いが言葉となる。
「......レイ、グンキノドンワやめたら?」
「え?」
「あんた、このまま続けてたらいつか死ぬよ」
あんな容易くあたしの為に身を投げるなんて。
いつか利用されて殺される。
「あはは、確かに......前にフェイルにも言われたよ。 でも、ここが僕の居場所だからさ。 頑張りたいんだ」
居場所......確かにその気持ちはわかる。あたしもこの【剣聖の加護】を授かって家に居場所が無くなった。分不相応、なぜ女のお前が、その加護を死して還しなさい、色んな事をいわれたな。
でも、そこしかなかったから、あたしも頑張った。
そっか。
レイの気持ち、わかるわ。
それじゃあ、あたしもちゃんとするね。
......その時がきても受け入れられるように。
お互いに、さ。
「......あっそ。 じゃあ、ご勝手に」
「うん、頑張る」
あたしは心に走る痛みを殺した。
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