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6.嵐の一週間

 マリエラは、今日はいったんレオンたちと共に自分の屋敷に戻ることになりました。そして明後日から一週間、私の屋敷に滞在することになってしまったのです。彼女はお茶会が終わるなりお父様の部屋に乗り込み、有無を言わさずあっという間にこの話を承諾させてしまったのでした。


 そうして彼女たちが去った後、私はセルジュと一緒に、いつものように厨房に集まっていました。パティたち使用人も同じように顔を出しています。


「アンジェラ様、今日はお疲れ様でした! 見事な演技でしたよ」


「俺もそう思うよ。お前、あんな甘ったるい声出せたんだな」


「それを言うならセルジュだって、いつもと全然違ったじゃない。すごく優しくて、そのくせなれなれしくって。でもちょっと素敵だったかも」


「お前、ああいうのが好みなのかよ?」


「好みというか、新鮮だったなって思っただけ」


 私たちは口々に互いの健闘を称えながら、疲れた顔で笑い合いました。さすがに、今日のお茶会は恐ろしく疲れるものでしたから。


「今日はうまくいったみたいだけど……問題は、これからのことよね。一週間も耐えないといけないなんて、今から気が重いわ。ねえセルジュ、さっきあなたはうなずいていたけれど、何か考えがあるの?」


「ああ。こうなったらとことんやってしまえばいいと思うぞ」


 明後日にはまたやってくるマリエラの重圧に私がうなだれていると、セルジュはけろっとそんなことを言いました。どういうことなのか、と顔を上げると、彼はいたずらを思いついたような顔で笑っていました。


「俺たちの目的は、一時的にレオンとマリエラを引き離してタチアナがレオンをものにするための時間を与えること、そしてお前がマリエラにとことん嫌われること。そうだよな?」


 彼がその場の全員に向かってそう言うと、パティたちはそろって大きくうなずきました。私も負けじと大きくうなずきます。


「あの感じだと、マリエラが留守にしていればすぐにタチアナがレオンの屋敷にこれ幸いと上がり込むだろう。そしてしっかりと、レオンを完璧に骨抜きにしてくれるはずだ。おそらく、一週間もいらないだろうな。二、三日もあれば十分だよ」


 流れるように語る彼の姿は、まるで演説でもしているかのようでした。胸を張って堂々と話し、みんなを引きつけているその姿に、私は少し誇らしいような気持ちになりました。こんな立派な男性が、私のためを思って力を貸してくれている。そのことが、私の心を温かくしてくれました。


 私がそんなことを考えて微笑みを浮かべている間にも、彼の話は進んでいきます。


「だから、俺たちは数日マリエラをここに足止めして、その間に全員で色々仕掛けるんだ。彼女がアンジェラに愛想をつかしてくれるように」


「ちょっと待ってセルジュ、全員で、ってどういうことなの? 今日のお茶会みたいに、私がひたすら不出来な娘を演じればいいんじゃないの? パティたちは何をするの?」


 思わず一気に疑問をぶつけると、彼はまあまあ、と苦笑しながら手を振ってきました。


「それでもいいんだが、せっかくだしな。そうだな、例えばなんだが……」


 彼はみんなをぐるりと見渡すと、声をひそめて説明を始めました。いつしか私たちは、すっかり彼の話に引き込まれていました。






 そしてとうとう、マリエラがやってくる日が来てしまいました。出迎えるお父様の顔にも緊張の色が濃くなっています。


「さあ、あなたをレオンの妻にふさわしい女性に変えてあげるから、覚悟しなさい」


 高圧的にねっとりと言い放たれたそんな言葉が、嵐の一週間の幕開けを告げる合図でした。




 まず彼女が手をつけたのが、私に礼儀作法を仕込みなおすことでした。それもそうでしょう、私はこの間のお茶会ではとことん無作法に振る舞っていたのですから。


「それでは、お客様の迎え方よ。教えた通りにやってみなさい」


「はーい」


 わざと間延びした返事をすると、マリエラが小さく舌打ちをしました。それはそれで無礼な振る舞いなのですが、今の彼女にはそこに気づくだけの余裕はないようでした。


 私は客人役のマリエラに近づき、数歩手前でわざと自分のドレスの裾を踏み、思いっきり転びました。そのまま彼女の方に倒れかかり、勢いよく押し倒します。


「あっ、ごめん、じゃなかった、申し訳ありません?」


 とどめに砕けた口調で、とことん適当な謝罪の言葉を付け加えると、マリエラは真っ赤な顔をして低い声でうなるようにつぶやきました。


「……全然身についていないようね。これはもっと厳しくしつけた方がいいかしら」


 その言葉に、覚悟していたとはいえ寒気を感じずにはいられませんでした。マリエラの教育は、話に聞いていた以上にすさまじいものだったのです。彼女はずっと怒鳴っていましたし、時折手にした乗馬用の鞭で殴り掛かってくることすらあったのです。こんな恐ろしい教育なんて、見たことも聞いたこともありません。


 しかしマリエラは、さらに厳しく指導する気でいるようです。いったい私はどんな目にあってしまうのでしょうか。


 思わず身震いしたその時、部屋の扉がいきなり開き、パティが顔をのぞかせました。彼女は体を廊下に残したまま、首から上だけを扉の隙間から部屋の中に差し込んでいたのです。


「あ、お嬢様、お茶の用意ができたんで」


「ありがとう、今行く」


 礼儀のかけらもない口調でパティはそれだけを言うと、すぐに首をひっこめていなくなりました。私はマリエラに声をかけることもなく、小走りでその場を逃げ出します。


「待ちなさい、アンジェラ! ……次はお茶の作法を仕込みましょうか」


 そんな冷たい声を後ろに聞きながら、私はパティと二人中庭まで走り抜けました。できることなら少しでも長くマリエラと離れていたい、そんな切ない願いのままに。






 当然ながら、お茶の時間もせわしないものになりました。一から十まで私の挙動に口をはさみ続けるマリエラ、それにはお構いなしに無作法にふるまい続ける私。今ここにセルジュがいたら、きっと笑いをこらえるのに必死になっていたでしょう。


 パティも中々の活躍でした。がちゃんと大きな音を立ててカップを置いてみたり、テーブルの上に砂糖をこぼしてみたり。その合間に、なれなれしく私に話しかけてきます。私が使用人すらまともにしつけられず、それどころか使用人になめられている無能な令嬢であるという印象を、マリエラに与えるためでした。


 他の使用人たちは、さすがにこんな振る舞いをするだけの度胸がなかったので、パティが一人で頑張ることになってしまいました。彼女はこの役目を楽しんでいるようなので、そこだけは良かったと思います。


 こんな風にどうにか三日間を耐え抜いて、さすがのパティにも疲れが見え始めた頃。私たちの作戦は、さらに次の段階に進んでいました。

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[良い点] パティちゃんww( ๑>∀<ノノ"パチパチ 作戦第二段も気になります! しかしマリエラ様乗馬用の鞭って…大事な大事な息子タンの嫁(予定)の身体に傷をつけてもいいのかしら?
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