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5.策略のお茶会

 そしてあっという間に作戦決行の日が来てしまいました。私は寝間着ではなくドレスをまとい、そわそわしながら客人の到着を待っていました。ここは私の屋敷の中庭で、目の前にはお茶の支度が整った大きなテーブル。


 今日は私がレオンを招き、内輪の小さなお茶会を開くことになっているのです。ずっと伏せっていて心配をかけた、そのおわびという形で。


 両親には、私たちがこれからしようとしていることをちゃんと話してあります。二人とも変なものでも飲みこんだかのような顔をしていましたが、背に腹は代えられないといって承諾してくれました。今はとにかく、婚約を破棄させることが一番重要なのですから。


 招待客はレオンとマリエラ、そしてセルジュです。「子供の頃から親しくしている兄のような方なので、ぜひレオン様にも一度お会いになっていただきたいのです」と言い訳をしたところ、レオンたちは特に怪しむこともなく彼の同席を承諾してくれました。


 そしてもう一人、タチアナも招待しました。私は彼女とは面識がありませんが、「最近あなたはレオン様と親しいと聞きました。彼の友人なのでしたら、ぜひお茶会にご招待したいと思います」という内容の手紙を送ったところ、彼女はあっさりと食いついてきました。少々不自然な招待であっても、レオンに近づけるせっかくの好機を逃す手はないということなのでしょう。


 今のところは順調です。順調すぎて怖いくらいです。しかし油断はできません。作戦がうまくいくかどうかは、これからの私の頑張りにかかっているのですから。






 やがて、メイドに案内されてレオンが姿を現しました。正装に身を包んだ彼は、豪華なドレスをまとったマリエラをそれはうやうやしくエスコートしていました。その様は親子というよりも、恋人のようにすら見えました。


「アンジェラ、もう具合はいいようだね」


「まったく、あなたまで原因不明の病に倒れるとは思わなかったわ。最近の子は、どうしてこうも虚弱なのかしら。嫌になるわね」


 レオンは優しく、マリエラはうんざりした顔でそう声をかけてきます。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。まだ本調子とはいきませんが、こうして動けるくらいにはなりました」


 私一人でこの二人を相手にするのは骨が折れます。この場から逃げ出したいのをこらえながら受け答えをしていた時、ありがたいことにセルジュとタチアナも到着しました。思わず安堵が表情に出そうになるのを全力で押しとどめます。


「皆様、揃われましたね。それではお茶会を始めましょう」


 全員を見渡して、私はそう宣言しました。いよいよ、ここからが本番です。




 私たちが席に着くと、神妙な面持ちのメイドたちがお茶を注ぎ始めました。彼女たちはその合間を縫って、こっそりと私に目配せをしてきます。準備はうまくいきましたよ、とその目は語っていました。


 パティたちの暗躍により、レオンとマリエラにはタチアナの良い噂をたっぷりと吹き込んであります。彼の屋敷の使用人たちに、二人に聞こえるところで彼女の噂話をするように頼んだのです。もとより交友関係の狭い二人は、それなりに使用人たちの噂を信じているようでした。


 もちろんその噂は根も葉もないものばかりですし、ある意味レオンをだますようなものですが、彼の屋敷の使用人たちは一も二もなくパティたちの頼みを引き受けてくれたのだそうです。


 どうやら、恐ろしい暴君であるマリエラと彼女を無条件に肯定し続けているレオンは、使用人たちにも好かれていないようでした。それも無理はないでしょう。


 ちなみに、念のために同様の工作をタチアナの側にも仕掛けてあります。彼女がレオンに見切りをつけて他の令息のもとに向かってしまわないように、レオンがいかに素晴らしい人物かということをこれでもかと強調しておきました。


 もっとも、他の令息たちから情報を集めていたセルジュによればそちらはあまり心配ないだろうとのことでした。タチアナが今現在手を出している令息たちの中では、レオンがもっとも地位が高いのだそうです。よほどのことがない限り、タチアナはレオンを諦めはしないと、セルジュは断言していました。


 その裏工作が功を奏したのか、レオンはタチアナのことが気になっているようでした。そしてタチアナは、分かりやすくレオンに流し目を送っています。私の存在など、彼女は気にもかけていないようでした。


 そしてそんな二人を観察するように、マリエラが鋭い目を向けています。彼女はまるで、タチアナを値踏みしているようにも見えました。


 私は横に座るセルジュにそっと目配せをしました。彼も小さくうなずき返してきます。


「お兄様、今日は来てくれて本当に嬉しいわ」


 今まで誰にも向けたことのない甘い声と笑顔で、私はセルジュに語り掛けました。呼び名も口調も、いつものものと大きく変えてあります。彼は必死に笑いをこらえているのか、頬が少しばかりひきつっていました。


「ああ。お前といられて、俺も嬉しいよ」


 そう答えるセルジュも、一生懸命に甘ったるく話そうとしています。マリエラの目が鋭さを保ったまま、こちらを向きました。


「やっぱり、私はお兄様と一緒にいると安らぐの。あっ」


 私はわざとらしく叫び声をあげて、たまたま腕がひっかかった振りをしてお茶の入ったカップを倒します。マリエラの眉間にくっきりとしわが寄りました。


 それからはもう、私はやりたい放題でした。偶然を装って色々なものを倒したり壊したり、とにかく考えられる限りの不調法を繰り広げ続けたのです。その間、マリエラが何も言ってこないのがいっそ不思議なくらいでした。


 そしてその間中、私は徹底してレオンを無視していました。その代わりに、ひたすらセルジュの方を向き、彼に甘えるような振る舞いを続けたのです。恐ろしくてマリエラの方を直視できませんでしたが、きっと彼女は恐ろしい顔をしていたでしょう。


 セルジュの方も話しているうちに慣れてきたのか、どんどん自然に振る舞うようになってきました。私を妹のように扱いながら、それでいて少々度を越してなれなれしく接してきます。傍から見れば、私たちは行儀というものをろくに知らない兄妹のように映ったでしょう。実際には従兄妹なのですが。


 一方で、タチアナは淑女として恥ずかしくない振る舞いを崩さないまま、ずっとレオンと和やかに話し続けていました。マリエラの目が、私とタチアナとの間をせわしなく往復しています。


 この短い間に、レオンはすっかりタチアナのとりこになっているように見えました。いつも頼りなさそうに揺れている目にはうっとりとした色が浮かび、鼻の下はこれでもかというくらいに伸ばされています。数々の男性をとりこにしてきたタチアナの手練手管は、まさに恐るべきものだとしか言いようがありません。




 相変わらず何も言わないマリエラに内心おびえながら、綱渡りのようなお茶会は無事終わりました。レオンはタチアナをエスコートしながら退出していきます。すっかり二人の仲は深まっているようでした。こちらは、これでいいでしょう。


 その場に残された私に指を突きつけ、マリエラは今まで聞いた中で一番不機嫌な声で命令しました。


「あなたがここまで不出来な令嬢だとは思わなかったわ。その性根を叩き直さなくてはね。あなたはまだ病み上がりなのだし、私がここに滞在させてもらいます。それならいいでしょう」


 予想外の、そして最悪の命令に私があ然としていると、すぐ横に立っていたセルジュがこちらを見てきました。私と目が合うと、何かを言いたげな顔で小さくうなずいてきます。


 彼が何を言おうとしているのか分かりませんでしたが、私は彼を信じることにしました。どのみち、ここで拒否したところでマリエラは引き下がらないでしょう。


 私は気持ちを奮い立たせ、ゆっくりとマリエラに返事をしました。ただ一言、はい、と。

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