3.協力者がもう一人
私を見舞いに来た人がいる。その知らせを受け、私は大急ぎで自室に戻りました。誰が来たのか知りませんが、外の人間に仮病がばれてはいけません。
しかし本当に、今さら誰が来たのでしょうか。レオンは見舞いの手紙をよこしたきり一度たりとも訪ねてきません。うっかり病人に近づいて、病をもらってしまったら大変だというマリエラの考えによるものでした。
そして他の令嬢たちは、私が仮病を使っていることに感づいているでしょう。無事に婚約が破棄されるまで、仮病の邪魔をしないようにそっとしておいてくれる筈です。実際友人たちからは「事情は分かってるわ。頑張ってね」という手紙をもらいました。
そんなことを考えながらあわてて寝間着に着替えて寝台に飛び込み、髪を軽く乱してずっと寝ていたように見せかけます。息を整えて深呼吸してから、私は客人を呼び入れました。
その客人は部屋に入るなり、寝台の傍まで駆け寄ってきました。よほど取り乱していたのか、あいさつも何もなく。
「アンジェラ、ああ良かった、思ったよりは元気そうだ」
「セルジュ? どうしてあなたがここに?」
客人は、従兄のセルジュでした。分家の令息である彼は私の一つ上で、小さい頃はよく一緒に遊んでいました。けれど大きくなるにつれてだんだん疎遠になり、最近ではせいぜい年に一度会うかどうかといったところでした。ずっと彼になついていた私は、そのことを寂しく思っていたものです。
彼はよほど心配していたのか、大げさなほどほっとした顔をして寝台のすぐ横にひざまづきました。端正なその顔が、すぐ近くに迫ってきます。
「どうしてって、お前が重病でずっと寝込んでいると聞いたからに決まっているだろ。最初は見舞いも断られたんだが、俺がどうしてもってお前の親に頼み込んだんだよ。一目だけでいいから、お前に会わせてくれって」
仮病がばれないように見舞いは断ってくれと両親に頼んでいたのですが、彼がこうやってここにいるということは、両親は彼の熱意に根負けしたのでしょう。そこまで私のことを思いやってくれたことに、胸がふんわりと温かくなります。
「……万が一病がさらに重くなったら、お前と二度と会えなくなるかもしれない。そんなのは嫌だったんだ」
セルジュはひざまづいて私と目線を合わせたまま、深刻そうな面持ちで肩を落としています。彼のミルクティー色の柔らかなくせ毛が、私の目の前でふわりと揺れました。
返答に困っている私の前で、彼は顔を上げると間近で私の顔をまじまじとのぞきこんできます。とても真剣な灰色の目に、思わず息を呑んでしまいました。
確かに、私たちは子供の頃は親しくしていた間柄ですし、その頃はこんな風に近づくこともよくありました。けれどお互いそろそろ結婚の話が持ち上がる年頃です。今の私たちの距離は、あまりにも近すぎるのではないでしょうか。
恥ずかしくなった私がそろそろと毛布をひっぱって顔を隠そうとしたところ、その手をセルジュがつかんで止めました。どうやら、無意識の行動のように見えました。
「なあ、気のせいかもしれないが……お前、かなり顔色が良くないか? それにこの手も温かいし、肌に張りもある。ずっと病に伏せっていたようには見えない」
私の目を見つめながら、セルジュが問い詰めるように言葉を重ねていきます。私を心配した上での行いだというのは明らかでしたが、私は彼の灰色の目を見返すことができなくて、手を取られたままそっと目をそらしました。それくらい、彼の目は熱を帯びていたのです。
「こんなことを言うとお前の気分を害するかもしれない。でも、言わせてくれ。もしかしてお前の病は、仮病なんじゃないか?」
図星を刺された後ろめたさに、思わず肩をびくりと震わせてしまいました。それを見逃さなかったらしい彼は、さらに熱心に迫ってきます。
「やっぱりそうか。お前が無事で良かったが……でも、そんなことをするのには何か理由があるんだろう? お前さえ良ければ、少しだけでも話してみないか。何か、俺にできることがあるかもしれない」
子供の頃から頼りになったセルジュは、今でも頼れる男性のようでした。そのまっすぐな言葉に、思わずほだされそうになってしまいます。
けれど、レオンにまつわる裏の事情を、必要以上に広めてしまうのも気が引けます。彼から逃げた令嬢たちの名誉にかかわるというのもありますが、もしうっかり噂が広まって、そしてその出所がばれてしまえば、こちらが何らかの制裁を受けてしまうかもしれません。遥か格上の公爵家に対する醜聞をまき散らすことは、かなりの危険を伴うのです。
私が迷っているのを察したのでしょう、セルジュが困ったように目をそらしました。少しでも彼を安心させたくて、ほんの少しだけ説明することにしました。
「……私が仮病なのは本当よ。でも、どうしてそんなことになったのかについては、あなたは知らない方がいいと思うの」
「知らない方がいい、というからには、そうとう面倒な事情があるんだな? だったらなおのこと、俺に教えて欲しいんだ。……もうじきよそに嫁いでしまうお前に、最後に何かしてやりたいんだよ」
気のせいでしょうか、そうつぶやいたセルジュがひどく切なげな目をしています。子供の頃から明朗快活で、さっぱりとした分かりやすい性格をしている彼が、こんな表情をしているのは初めて見ました。
その目に引き込まれてしまった私は、観念して全てを話すことにしました。絶対に他の人には話さないで、と念を押してから。
私が仮病を使っている理由について一通り聞かされたセルジュは目を丸くし、次いで思い切り眉をひそめていました。
「まさか、そんな事情があったなんてな。マリエラ様は俺たち貴族の令息の間でも噂にはなってたが、そっちの話の方がよっぽど恐ろしいな」
「マリエラ様が噂になってたって、どんな噂?」
「ああ、あの人は息子であるレオン様の交友関係に口出ししまくってたんだよ。彼女の眼鏡にかなわない令息がうっかり彼に近づこうものなら、ものすごい剣幕で追い払ってしまうんだ。あなたには息子に近づく資格なんてないわ、あっちへお行き、って言って」
そう説明しながら、セルジュはどこかおどけた様子で震え上がってみせました。私が思わず吹き出すと、彼はそんな私を優しい目で見ながら苦笑しました。
「で、お前は他の令嬢と同じように、レオン様から逃げようと仮病を使ってたって訳か」
明後日の方向を見ながら彼はそうつぶやくと、困ったように微笑みながら一つ大きくうなずきました。と、その目がまたこちらに向けられます。
「なあ、何か俺にできることはないか? 今回も仮病でうまくいくとは限らないし、何か月も家に閉じこもりっきりになるなんてあんまりだろ」
今度は迷いませんでした。私は寝台の上に身を起こすと、セルジュの目を正面から見すえました。
「ええ、お願い。既にみんなに頼んで動いてもらっているんだけど、人手は多い方がいいから」
「ああ、俺に任せとけ」
そう答えた彼の顔に浮かんでいた満面の笑みは、やんちゃな子供の頃のものとちっとも変わっていませんでした。




