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 ピルルルルルルルルッピルルルルルルルルッピルルルルルルルルッピルルルルルルルルッ……

「耳痛い、耳痛い」

 五機ものスマホが一斉に鳴り出すものだから、鷸成が悲鳴を上げた。突然として鳴り出したスマホを、いち早く開いたのは箕輪だった。

 通話ボタンを押すと、何故か他の者のスマホも鳴り止む。鷸成がほう、と胸を撫で下ろした矢先、キーンとスピーカーの音割れが響き、鷸成はよろける。夜風の支えでなんとか持ち直した。

「アイシテミル?」

 スピーカーから流れてきたのは女性の声。とても辿々しい日本語なのに、はっきりとそう問いかける。はっきり言って、不気味だ。

「何? どういうこと?」

 戸惑う鷸成に誰も答えられずにいると、一人の男が動いた。

「そんな、軽いもんじゃないよ。僕らの『フェイス』は」

 そう告げた彼は、瞳に歩み寄った。倒れた瞳を抱き起こし──爽は、抱きしめた。

「瞳、瞳、聞こえるかい? いつかの言葉をもう一度言うよ」

 爽がとても優しい瞳で瞳を優しく諭す。

「瞳ちゃんはあのとき死ぬはずだった何十人もの人を救ったんだよ。一人死んじゃっても、トラックの運転手が死んじゃっても、大勢の人を守った。それは『正義』とは呼べないかもしれないけど、人の命を救ったことに変わりはない。瞳ちゃんはヒーローなんだよ」

 その言葉に瞳の目に光が戻ってくる。

「私が、ヒーロー……?」

「そうだよ」

 抱きしめていた腕をほどき、爽は微笑んで周囲を示した。

 心配そうに顔を覗き込む箕輪、瞳の目に光が戻ったことに歓喜を滲ませる睦、微笑みを向ける夜風、にかっと笑う鷸成。

 そして、一番傍には、爽がいる。

「見えるかい?」

 爽が瞳に問いかけ、宣告する。

「『僕らはヒーローになれる』そう言って、『フェイス』を立ち上げて、仲間ができた。瞳がみんなを引っ張るリーダーで、一番最初のヒーローなんだ」

「そう、か……そうだったな」

 瞳の口元に、不敵な笑みが灯る。

「すまない、みんな。情けない姿を晒したな」

「何言ってんのさ~」

 鷸成がいつもの調子で軽く言う。

「そういうときは『ありがとう』でしょ~。おかえり、リーダー」

「……ははっ、鷸成の言う通りだ」

 瞳は朗らかに笑った。

「ありがとう、みんな。……ただいま」

 瞳がそう言うと同時、車内放送がざーっとノイズを流した。気づけば、瞬き一つの後に、車両は元のグリーン席に戻っていた。

 ピンポンパンポーン。

「ご乗車、ありがとうございます。まもなく、駅に到着します。転倒などのないよう、お気をつけくださいませ」

 ピンポンパンポーン。

 相変わらずの淡々とした語り口の女声と、妙にリズミカルなお知らせ音に気が抜ける。瞳は床に座っていたし、爽はその前に座っているから……

「ん? なんだか嫌な予感がする……」

「不穏なことを言うな鹿谷」

 列車のスピードが緩んできたのを感じ、全員がおっとっと、と近場のものにすがった。

 プシューと列車が停止する。睦は開いたドアを見て歓喜の声を上げて振り向く。

「開いたよ! こんなところからもうで、よ……」

 予感的中、というか。

 慣性の法則により、床ぺたんこ座りだった二人がなかなかな格好になっていた。

「何を赤くなっている? 特に爽」

「ヤダイケメン……」

 蚊の泣くような睦の声をガン無視で、瞳はそそくさと押し倒していた爽から退いた。

 茹でダコのリーダー補佐さまはとりあえず場ののりを踏まえ、こっそり「もうお嫁に行けない」と言ったので、唯一聞こえた鷸成が大爆笑した。

 全員が降りると、程なくして、ドアはウィーンと閉まり、謎の幽霊列車は走り去って行った。

 コンクリートの壁に手を突き、はぁー、と盛大な溜め息をこぼす瞳。どういう仕組みかわからないが、精神的に一番きつかったのは瞳であることに変わりない。

 停車時の出来事ももう水に流したらしい爽が瞳の背中をさする。瞳は小さな声でありがとう、と呟いた。

 他四人が各々集まり、話し始める。

「さっきの何だったんだろうね~?」

「『映写機』と仰っていましたが……」

「過去を映すの? なんか市瀬さんとかの様子を見てると実際にあったことっぽいしね」

「幽霊列車なんだから、何があってもおかしくはない」

 まあ、まとめてしまえば夜風の言う通りだ。何があってもおかしくはない。百鬼夜行並の魑魅魍魎を乗せて走る列車だ。

 間違いなく言えるのは、アナウンスが言っていた「特別車両」というのは「映写機」のことを指していると見てかまわないということだろう。

「確かに、さっきのは実際にあった過去の話だ」

「ひーちゃん、大丈夫ですかぁ?」

 瞳は苦々しい表情を浮かべ、皆の方を見た。

「まあ、なんとかな。まさかあのとき死んだやつの弟の霊まで出てくるとは思わなかった」

「与り知らぬ話なんだから、気にしなくていいよ」

 爽が瞳の頭をぽんぽんと撫でる。やめろ、と反抗している辺り、調子は戻ってきているようだ。

「二度と思い出したくなかった……」

「まあ、目の前で人があんな死に方するなんて、トラウマ以外の何者でもないからね~」

 鷸成はさらりというが。瞳も思い出したくなかったとは言うが、目を背けていただけで、記憶の底にはいつもあったのだろう。

 爽以外は瞳がそんなものを抱えているなんて知らなかった。瞳が目を逸らしていたのもあるが、そんな素振りを一切見せなかったからだろう。

 改めて考えると、みんなのことをあまりよく知らないなぁ、と睦は考えた。睦はフェイスのメンバーを頼りこそすれど、個々の事情を知ろうとは思わなかった。

 フェイスの距離感は何というか奇妙なのだ。頼ったり頼らなかったり、一定の距離感は取りつつも信頼しているというか。

「まあ、いつかは乗り越えねばならないことだった。……みんなが助けようとしてくれたことは忘れない」

 瞳がそういうと、皆、笑顔になった。一人で抱え込みがちなリーダーは周りをあまり頼らない。だからこそ、瞳のこの言葉は嬉しかった。

 もしかしたら、これは契機なのかもしれない、と睦は考えた。おそらく、さっきの一号車での出来事は、この幽霊駅と幽霊列車の仕様なのだろう。何故一号車で瞳の過去が映されたのかはわからないが、この先も先程のような映写機を使った罠が仕掛けられているのかも。

 ……となると、車両と人数が合わない気もするが。

 睦がむむ、と思考に行き詰まっていると。

 ピンポンパンポーン。

 また気の抜ける音がした。しかし、これくらい続くともはや動揺はない。慣れとは恐ろしいものだ。

「まもなく、列車が参ります。皆さま、白線の内側までお下がりください」

 ピンポンパンポーン。

 下降するメロディラインがやはりなんとも間抜けだが、気を引き締めねばならない。先程のようなことがまた起こるかもしれないのだから。

 そこで鷸成が首を傾げた。

「次は何号車がいいんだろう?」

 この空間全体が霊的空間で、列車の音が邪魔して、鷸成は幽霊の声を聞き分けられない。瞳の視力も列車が来なければほとんど使い物にならないため、予測を行わなければならない。

 が、それに対して至極あっさり解答を出した二名がいた。

「八号車だよ」

「八号車だね」

 睦と爽である。睦の方が爽より早かったため、爽が尋ねる。

「睦くんはどうして八号車だと思ったの?」

 聞かずともわかるだろうに、という空気がそこに流れるが、きっと爽が聞かないと誰も聞かないだろう。

 睦は元気いっぱいの笑顔で答えた。

「勘!」

「ですよね」

 頭を抱える爽。けれど、意見が割れているわけではないので文句は言わない。

 鷸成が頭上に疑問符をたくさん浮かべる。

「なんで八号車なの? 爽兄」

「説明したいけど、列車がもう来るね。中に入ってから話す余裕があるといいんだけど」

 そう、また先程のように映写機で誰かが過去に囚われ、説明などの余裕がなくなるかもしれないのだ。

 鷸成がごくりと生唾を飲む。さすがの爽も、何故一号車で瞳が選ばれたのかはわからないらしい。

 次は誰が先程のようなことになるのか。覚えていたくもない過去をほじくり返されて、苦しむことになるのか。

 何もわからない中、睦がへら、と笑った。

「次は何も起きないよ。きっと」

 睦の言うことには悉く根拠がない。全て勘だ。けれど、睦の勘は外れたことがなく、自身で持ち込んだ厄介事を解決する糸口まで掴んだりすることがある。

 根拠のない自信というのは不安で堪らなくなるワードだが、睦の勘に限って言えば、これ以上安心できるものはないのだ。

 そう考えているうちに、列車がこちらに向かってくるライトが見えた。

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