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なぜだか隣の家の転校生の好感度が高すぎる。  作者: 鞘月 帆蝶
第2章 そして彼女は動き始める。
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第23話 そして彼ら彼女らは一歩踏み出した。(すずと亮の場合)

     ◇◇◇◇◇



「はぁ……」



 昼休みがもう終わってしまう。

 そんな現実に、私はまたため息を溢した。


 今日はいよいよ生徒会選挙当日。あと一時間後にはきっと、私も全校生徒の前で演説をしているんだと思う。


 想像して、全身に鳥肌が立った。


 こんなことをしている場合じゃないとは分かっているのに、どうしても怖気づいてしまう。


 もう数十分はトイレの個室に籠っている。


「そろそろ行かなきゃ……」


 こんな時に思い浮かぶのは、憎たらしくも愛おしく感じてしまう幼馴染の顔だ。


 どうせあいつのことだから、私が全校の前で演説なんてできるわけないと高を括って、生徒会長になれたらサッカー部に入ってもいいだなんて言ったんだろう。


 私だって、分かっている。あいつが私のことをどことなく遠ざけていることだって知っている。


 でも――だからってこの想いは止まらないんだ。十年以上想い続けてきたんだから、どこまでだって想い続けてやる。


 そう覚悟を決めたはずなのに、私の本質はどうしたって変わらない。


 小さいころから、ずっと人見知りだった。


 頼りになるのはいつだって隣りにいるあいつ。憎たらしいことも言うけれど、友達も多くて優しいあいつのおかげで、初対面の人ともそれなりに話せるようになった。


 今の私があるのは間違いなくあいつのおかげだ。


 それでも、大勢の前に出て話すということだけは、どうしても克服できなかった。


 この高校に転校してきたときだって、クラスの数十人の前での自己紹介ですら、内心とてつもなく緊張していた。声は若干震えていたと思うし、名前以外に何を言えばいいのかも頭からすっかり飛んでしまっていた。


 あのときはたまたま、あいつが大声をあげて立ち上がったからなんとか切り抜けられたけれど、それがなかったらきっと、たじたじになっていたと思う。


 そんなレベルの私が、何百人の前で演説するなんて無理に決まってる。


 そして私はまた、ため息を吐いた。


 これで今日何度目だろう。いつまでもここでこうしているわけにはいかないのに、膝は震えるし、手足はしびれる。


 足のつかない沼にゆっくりと沈んでいくような、そんななんとも言えない気持ちの悪い感覚だ。


 誰かが、私をここから引っ張り上げてくれるとしたら、それはきっと――。


「…………!」

「――おい! いつまでそうしてんだよ! 早く出てこい!」


 どんどんどんっ!


 個室の扉が叩かれた音で、私は我に返った。


「もうみんな移動し始めてるぞ!」


 扉越しに聞こえてくるのは聞き違えようもない、あいつの声だ。


「……って、あんたここ女子トイレよ⁉ 男子が入ってくるとか何考えてんの⁉」

「だからさっきから、藤宮が声かけてただろうが! ずっと無視してぶつぶつ一人で言ってたのはどこのどいつだよ!」


 言われてみると、だいぶ前から何か話しかけられていた気もする。


「まあなんだ……とりあえず出てこいよ」


 癪ではあるけれど、あいつの声を聞いていたら、自然と震えは収まった。手足からも変な感覚は消えていた。


「……悪かったわよ」


 私は扉を開けて、ちらりとあいつの目を見る。


 あいつはいつにもまして真剣な眼差しで私を見つめて、そして優しい声で言った。


「目ぇ逸らしたって現実は変わらねぇぞ? お前がやるって決めたんだろ? だったら自信もって行ってこいよ。今言いたいこと、伝えたいことを全部吐き出してこい」

「…………うん」


 私の返事なんて聞きもせずに、あいつは走り出す。私の腕を引いて。


 もう廊下にも教室にも、誰も残ってはいなかった。


 静かな空気を切り裂いて、角を曲がり、階段を降り、体育館へと駆ける。


 駆ける。


 そして、目の前まで来て一度足を止めると、私たちは息を整えた。


「……気合い入れて行けよ?」

「あんたこそ」


 私は精いっぱいの虚勢を張って、体育館へと一歩踏み出した。

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