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なぜだか隣の家の転校生の好感度が高すぎる。  作者: 鞘月 帆蝶
第1章 なぜだか隣の家の転校生の好感度が高すぎる。
9/152

第9話 なぜだか俺の記憶はミジンコレベルらしい。

◇◇◇◇◇



「奏太。これ昨日あんたが休んでる間に渡された二年生の球技大会の選手名簿。とりあえず全部まとめなおして今週中にリストにするようにって」

「あぁ、ありがとう」


 かおりのお見舞いのおかげか、風邪もすっかり良くなった学校復帰早々。


 朝から俺の教室に来た茜に、書類を渡される。


「まったくもう、あんたが休むと姉の私が面倒ごと押し付けられるんだから。しっかりしてよね。私はあんたと違って部活もやってるんだから」


 なんだかんだ言いながらもいつも世話を焼いてくれる茜は、そんな捨て台詞を吐いて教室から出ていった。


「生徒会の仕事?」

「うん。まあ家でぱぱっとできる量だし、パソコンに打ち込むだけの単純作業だけどね」

「茜ちゃんも生徒会なの?」

「うん。あいつは俺とは違ってちゃんと運動部に入ってるけどね」


 かおりが続けてしてきた質問に、俺は間を置かずに答える。


 そう。俺が帰宅部いられるようにと生徒会に誘ってくれたのは、何を隠そう茜なのだ。


「球技大会、夏休み前にあるんだっけ?」

「うん。正確にはあと三週間とちょっとかな」


 一応は俺も生徒会の端くれなので、生徒会が主導で運営する球技大会にもそれなりには詳しい自信がある。


 もちろん開催日程も一般生徒よりは把握していたので、特に悩まずにかおりに答えた。


「かおりはなんの球技にしたの?」

「ソフトボールだよ。希望者も少なかったし」


 俺は自分のクラスの名簿を確認して、「ほんとだ」とそれに返す。


 クラスが四十人でそのうちソフトボールの希望者は男女合わせてちょうど十人。

 一番人気はバスケのようでその倍の人数だった。


「去年もそうだったけど、なんで試合に出る人数が一番少ないバスケに、こんなに選手が集まるんだろ」

「なんでだろうねー」


 別にいいけどさ、と付け足して、名簿に一通り目を通していく。


「――ってあれ⁉」

「どうしたの?」


 俺を覗き込むようして聞いてきたかおりに俺は答えた。


「いや、俺ソフトボールで登録されてるんだけど……」


               ◇◇◇◇◇


「水瀬行ったぞ!」

「オッケー」


 パンッ。


「ナイスキャッチ―」


 グラブにボールが収まった乾いた音がグラウンドに響いた。


 そう。今はそれぞれが出場する球技に分かれての体育の時間を使った球技大会の練習中だ。


 今日は雨も降らず曇りだが、昨日までの降雨でグラウンドはところどころ水たまりが残っている。


 まったくこんな梅雨のさなかに球技大会の練習をしようだなんて、どうかしてるぜ!


 バスケが人気な理由をなんとなく察しながら、俺はベンチまでだらだらと走って戻った。


「奏太、お前上手いのな。経験者か?」

「まあちょっとね」


 ベンチに腰を下ろすと、その隣に座った亮が珍しく俺を誉めてきた。

 俺はなんだか照れくさくなって、使い古されたグラブを何度か拳でたたいてそれをごまかす。


 今でこそ俺は帰宅部だが、中学まではわりとしっかり野球をやっていたのだ。

 そりゃあ馬鹿みたいに上手いわけではないが、そこら辺の素人と比べるくらいなら一目でわかるくらいには違いがあるだろう。


「奏太、昔は野球やってたもんね」


 ふいに、かおりが亮とは反対側の俺の隣に座って話に入ってきた。


「まあね」


 さぞ知っているのが当たり前のようにかおりが言うので一瞬驚いてしまったが、なるべくそれを表に出さないようにと平静を装う。


 小学校時代には地元のチームで活動していたから、クラスメイトだった彼女もたまたま知っていたのかもしれない。


「なんで野球やめちゃったの?」

「……なんでだろうな」


 思えば中学校時代、それはもうひたすらに野球に打ち込んでいた。俺には野球しかないんだと、そんな考えに支配されていた気すらする。


 ――あの日までは。


「中学の最後の試合でさ、ひどい負け方をしたらしいんだよ……」

「らしい?」


 言葉通り。何も間違っていない。

 俺が言えるのはひどい負け方をしたらしい、とただそれだけだ。


「うん。実のところさ、俺もよく覚えてないんだよ。その試合のこと」


 試合の中盤まではなかなか得点の入らない投手戦だった……はずだ。


 俺が覚えているのはせいぜい試合の半分くらいまでで、いったん途切れたその次にある記憶は、負けて帰ってきたらしい自室のベッドの上だった。


 それ以来、俺が野球をすることはもうなかった。


 中学最後の試合のことといい、かおりとの小学校時代のことといい、俺の記憶力は俺が思っている以上にミジンコレベルなのかもしれない。


「まあ、昔のことだけどね!」


 空気が暗くなってしまったので、あえて大げさに明るく言ってみせた。

 

「水瀬! 次のバッターお前だぞー」

「おう! じゃあちょっと行ってくるよ」


 チームメイトの男子に呼ばれて、俺はバットを持って立ち上がる。


「奏太、打てよ」

「頑張れ!」


 二人に声をかけられて入った打席。

 ピッチャーが投げた山なりの初球を振りぬいた打球は、どんよりとした雲を切り裂くように高く舞い上がった。


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