百花繚乱~中編~
「ココロ!! ぼさっとしないの!! 銃は人も殺せる武器なんですよ?? 」
「はい師匠……分かってます……」
「分かっていません! もう一度やり直しです! 」
もちろん銃の教え方なんて分からなかった。でも、ココロ。この子に銃の才能があるのは確かであった。
「少し休憩をしましょうか」
「はい! 師匠!」
「こんな夕方まで修行をして、親御さんには怒られないのですか?」
「お母さんとお父さんは何も言わないよ。遅くまで狩りで帰ってこないもん」
「そう……ですか」
「でもアピーはうるさいね! あ、アピーっていうのは私のお姉ちゃんなんだけど、普段ぼさっとしててドジでのろまで何の役にも立たない癖に、自分が威張れるところだけは威張るの! ずるいよね!」
そうか……この子にも、姉がいるんだ。
「分かります。私も姉がいるのですが、とても自分勝手で、嫌になってしまいます」
「じゃあ私たち、一緒だね! 」
「ふふふ。確かに、似た者同士かもしれませんね」
ココロも笑っていた。
今日は校内で行われる一番大きな決闘大会。
男女も学年も混合になって、ミックスされたペアで決闘を行う。
勿論使用武器だってミックスだ。相性の悪い近接系とだけは当たりたくない。
私は無事に一回戦、二回戦を勝ち抜いて、三回戦目に入ろうとしていた。
「……げ、盾持ち片手剣」
近接中の近接だ。これは困った……。
「今時盾持ち片手剣なんて驚いたか? 」
男は言った。いや、そういう意味じゃなくて……。
「俺は三年A組トリモト・トモナリだ。いざ尋常に、よろしく」
「一年C組アーバンシェンド・リオンです。よろしくおねがいします」
トモナリは長髪を一つに束ねていて、動きやすいように改造された和服を着ていた。
うん。ちょっと変な人、という感じだ。友達いるのか……?
勝負は難航した。何なの!? あの堅い盾は!! 反則級よ!!
やばい……弾切れだ……。トモナリが物凄い勢いで接近してくる。
「……綺麗だ」
トモナリが、私を峰打ちにする瞬間耳元で囁いた。
き、綺麗……ですって……??
私は結果、勝負に負けた。
「……リオン!! いい勝負だった!! 久々に燃えたぜ」
「情けをかけるつもりならやめてください……」
「こんな綺麗な銃士と戦えて、光栄だよ」
トモナリはそう言って私の髪に触れ、キスをした。
「な、な、な……!? なんですか!? 」
これが私とトモナリの出会い。
トモナリは、私のこの白い髪も赤い眼も素敵だと言ってくれた。
私はそれが嬉しくて仕方がなかった。
故郷……サンドルアンダー村ではあれだけ疎まれていた白髪赤眼をこんなに受け入れてくれるだなんて。
私たちは恋人同士となっていた。
トモナリが盾を持つのは、自分を守る為では無くて大切な人を守る為だそうだ。
この人はとても優しい人なのだな、と思った。
しかしトモナリは三年生。
すぐ高校を卒業してしまい、そこからはギルドに入らずソロで狩りを行っていた。
週に二回は必ずカフェで会うと決めている。
そこで私は学校の話を、トモナリは冒険の話をする。それはとても楽しかった。
誰かに恋したのも初めてだった。
リミがいなければ、私はあのサンドルアンダー村できっと殺されていた。
こんな経験をすることもできなかったであろう。
リミ……姉さんに感謝がしたい。でも、今、一体どこに……。
「また姉さんのこと考えてたのか? 」
「え? ええ、まあ……うん」
「見つかるといいな。家族は一緒にいるのが一番だ」
「そうですよね……。妹にも、会いたいです」
「リノちゃん……だっけか? きっと会えるさ! 修行を続けたらな! 」
「会えますかね?? あ、そろそろ寮の門限の時間」
「おう! じゃ、またな! 」
「ココロ!! やるじゃないですか!! 」
ココロの銃の腕の上達は目覚しいものであった。
「ありがとうございます!! 師匠!! 」
「そろそろ二丁拳銃……いや、狙撃銃に移っても……ココロは一番何がやりたいのですか? 」
「全部!!! 」
……ココロらしい答えだ。
「じゃあ拳銃はとりあえずマスターといったところで、次は二丁拳銃に移りましょうか」
「はい!! 師匠!! 」
「とても難しいですよ? 」
「頑張ります!! 」
ココロはとびきりの笑顔で言った。
「ココロ、あなたは何故、銃が撃ちたいと思ったのですか? 」
「かっこいいからですよ!! 」
「そ、それだけ……?? 」
「それだけ!! 」
「まあ、いい理由ですね。かっこいいから銃を撃つ。素敵です」
「でしょ!? 」
「でも修行は、しっかりやってくださいね」
「はーい!! 師匠!! 」
ココロは元気でとても素直な子だった。
リミ姉さんのこと、リノのこと、考えることはたくさんあったけれど、この子が全部癒してくれた。
「はあ!? リオン、お前弟子がいるのか!? 」
「はい。懇願されまして。一応師範免許は持っているので基礎から教えています」
「何でもっと早く言わなかったんだよ……驚いたぜ」
「すみません。言うタイミングが無くて」
「まあいいけどさ。それよりこれ。リオンに似合うと思って」
手渡されたのは、レインボームーンストーンのブレスレットだった。
「素敵……。ありがとう。トモナリ」
「照れるとお前はため口になるんだな」
「いやっ、こ、これは……すみません。あの、ありがとうございます……」
「赤くなってるぞ」
「な、なってません……!! 」
「進路選択……かあ」
私は高校三年生になっていた。いくつかのギルドの見学には行った。だがどこもピンとこない。
「アーバンシェンドさんっ! 」
ふいに声を掛けられた。短い髪を無理矢理ツインテールにした黒髪、丸眼鏡に和服を着ていた。
「えっと……あなたはたしか……カグラザカさん? 二刀流の」
「そうそう! 覚えてもらえて光栄です! 学校ナンバーワンさんに!」
「ちょっと……やめてください。それで、何の用ですか? 」
カグラザカさんは私の真っ白な進路希望調査の紙を見て言った。
「ねえ。アーバンシェンドさん。私と二人で、ギルド作らない? 」
「……は、はあ!? 」
「私のこと、知ってるでしょ? カグラザカ・アイク! 二刀流の! 」
アイクさんはとても威勢のいい声で言う。
「ま、まあ……はい」
「えーっ!! そんな程度なの!? 私学校ナンバーツーだよ!? 」
「はい。凄腕の実力の持ち主だと、聞いていますが」
「よかったよかった。で、どう?? 私と二人で、ギルド作らない?? 」
「……少し考えさせてください」
悪い話ではないと思う。彼女の実力は折り紙付きだ。
性格の方も……まあ、明るいし勧誘なんかも任せられるだろう。
ただ、私にはココロのこともあった。
「ギルド!? いーじゃないですかー!! 私、入りますよ!! 」
ココロは即答だった。
「お家のギルドの方は大丈夫なの? 」
ココロの家は家族経営でギルドを営んでいる。
「大丈夫大丈夫! やったー! あの家出られる口実にもなった! 」
「まったくもう……。分かりました。明日カグラザカさんに伝えます」
「弟子!? しかも十二歳!? え、待って待って、私も十二歳の弟子いるんだけど!! 」
ココロのことを伝えたアイクさんは、思ってもみなかった反応を見せた。
「……そうなのですか? ではさっそく、ギルドメンバーを二人確保ですね」
「アーバンシェンドさん──!! もう、大好き!! 」
「リオンでいいですよ。そちらの方が慣れています」
「じゃあ私のこともアイクね!! よろしく!! 」
「よろしくお願いします。マスター」
「え!? 私がマスターなの!? 」
「……?? 言い出しっぺだから当然なのでは?で、マスター。ギルド名はどうします?? 」
「はーい……サブマス。ギルド名はねー、えっとね、アイデアがいくつかあって……」
「やっとだあ……つ、疲れた」
「……やっとですね。アイクちゃん。はい、水」
「ありがとう。リオン。ココロ、モモもありがとね」
「『ドリームイリュージョン』始動だ──!! 」
私たちは小さな雑居ビルの一室を借りて、そこを事務所にした。
これからどんどん稼いでギルドを大きくして、もっといい事務所にして寮も完備するんだ。
私は自分の出自のことも忘れて、リミ姉さんのこともリノのことも忘れて、単純に楽しんでいた。
自分の人生を、自分で切り開いて、楽しんでいた。
「ギルドを作っただあ……!? 」
「はい。ギルドを作りましたが。私がサブマスターです」
トモナリに会うのは久々だった。
「何で俺に相談しなかったんだよ……」
「タイミングがありましたし……」
「タイミングタイミングってな、お前は自分勝手過ぎるぞ!! もう俺はついて行けない!! 別れよう!! 」
「え……」
「別れるって言ってるんだよ。もうお前にはついて行けない……」
「わ、分かりました……」
生まれて初めての失恋だった。とても悲しい。
けれど、こういうときどういう反応をすればいいのか分からなかった。
『分かりました』なんて言いたくなかった。
「でも、一つお願いがあります。……と、トモナリはソロですよね?だから私たちのギルドに入って欲しいんです。今すぐにとは言いません。ソロだと大変なこともあると思います。その、気が向いたらでいいので……」
「……はあ。分かったよ。検討させてもらう」
「よろしくお願いします」
トモナリと別れた後、私は一人で泣いた。
とても胸が痛くて。悲しくて。寂しくて。
こんな気持ちは初めてだった。リミ姉さん、リノと別れたときとも違う。胸が締めつけられるような気持ち。
つづく