18の朝
ボクは捨て子だった。
だったというからには拾われた訳で、今は幸せに暮らしている。
いや、ボクは幸せなのだろうか?
人としての幸せなんてわからない。何故ならボクは…
「イルナよ、貴様ももう18になるか…早いものじゃな」
ボクに話しかけたのはセスという名の神鳥だ。
神鳥って言うのはなんかすごい鳥らしい。喋るし。大きさも、6.7m程でとても大きい。
何を隠そうボクを拾って育ててくれたのはセスだ。セスには本当に感謝しているし、ボクとセスには種族を超えた絆があると思っている。
「ボクにとっては長かったけどね。
それと約束、ちゃんと覚えてるよね?」
「ああ…18になったら旅に出たいというやつじゃろう?
もちろん覚えているとも、我も同行するからの」
そう。ここはマルハイ山と呼ばれている山で、人族のひの字もない場所なのだ。
ボクが何故ここに捨てられたのかはわからないが、この山はおろか、この山があるトーラには人族は暮らしていない。
だからボクは、この目で他の人族を見たことがないのだ。
「っていうか、付いてくるの!?聞いてないよ!?」
「……何が、というかなんじゃ?」
「そこには引っかからなくていいよっ!
それより、付いてくるって本気なの!?神鳥はみんなこの山で暮らしてるんじゃなかったの!?」
「む?この山を出ていった者も少しはおるぞ?」
「そうだったんだ…」
こんな反応をしているが、ボクはセスに付いてきて欲しくない訳では無い。
でも、なんて言うか……
「それよりほれ、今日の晩飯じゃ」
これだ。セスは過保護なのだ。ボクだってもう一人でやっていけると思うのに、いつまでも世話を焼いてくるのだ。
「ありがとう…」
しかし、それを突っぱねる理由も無く、ボクはセスの優しさに甘んじてしまっていた。
ダメだ。このままセスといるとダメ人族になってしまう。早くなんとかしないと…
「とにかく!ボクは一人で旅…に……」
ボクがそう言いかけると、セスは今までに見たことのない表情でこちらを見つめてきた。
「……嘘であろう?イルナが我を拒絶するなど…
教育を間違えたのかっ!?だが、あれほど優しく手間をかけて育てたではないか!?」
……そう言いながら、セスはめちゃくちゃ泣きそうな顔をしていた。
なんかこれ、ボクが悪いみたいじゃないか…
「ち、違うよ!もちろんセスの事は大好きだよ!」
「ならば、付いていっても良かろう!?」
「う、うん!そうだね!ははは…」
「なんじゃ!脅かすでない!思わず嫌われたのかと思ってしまったわい!」
セスのあまりの勢いに思わず同行を許可してしまった。
取り消すことは…もう無理だよね…なんか踊り始めちゃったし…
「ひゃっほぃ!実はわし、外界に興味があったんじゃよ~
イルナの同行ともあれば、真祖様の許可も出るじゃろう!わははは!」
なんでも神鳥は真祖様というのがいて、神鳥のトップらしい。
神鳥は皆真祖様の子なのだとか。強さも格段に違うらしいが、セスですらめちゃくちゃに強いのに、真祖様はどれだけ強いのだろうか…
「とにかくそうと決まれば出発じゃ!ほれほれ!」
そう言いながら、セスがイルナを急かした。
「いや、18になるのは明日だし…
それを抜きでも今晩飯用意した所でしょ」
「む?おお!忘れておったわい!がははは!」
自分で用意した晩飯を忘れるってどういうことだよ…とも思ったが、黙っておいた。
こんなに機嫌のいいセスを見るのは初めてかもしれない。そんなに外界に興味があるのだろうか?
…まあ、外界に興味があるのはボクも同じなんだけどね。
「やっぱり、強いモンスターとかいっぱいいるのかなあ」
「ここのモンスターはかなり強いらしいと聞いたことがあるがのう。
それよりわしは、美味いものを食いたいのう!」
「わかる!もうここの食べ物は飽きてきちゃったよ」
「何を言うか!まだ18年ぽっちではないか!
わしなんてもう150年程は同じもんしか食っとらんのじゃぞ!」
ボク達は、そんな風に外界の話で盛り上がりながら晩飯を食べるのだった。
☆☆☆
「さて、まずは真祖様の場所に行くわけじゃが…」
セスがそう言うと、地面に降りてクチバシで簡単な地図を書き始めた。
「ここがわしの巣があるサガイじゃな」
サガイというのはマルハイ山に生えている大木で、高さは25~30mある。
とても多くの葉をつける事が特徴で、雨風を凌ぐには持ってこいの場所だった。
「だいぶ遠そうだね?」
セスの書いた地図では、現在地と真祖様の場所はまさにマルハイ山の端から端といった感じだった。
「うむ。わしは海を眺めるのが好きだったからのう。
真祖様は島を管理するためになるべく内側に巣を作ったそうじゃ」
「最初から小さな旅みたいな感じだね」
セスのテリトリーから出たことが無かったイルナは、マルハイ山とはいえ初めての外出にワクワクしていた。
なぜテリトリーから出たことが無かったかというと、もちろんセスの過保護っぷりだった。
セスの過保護っぷりはすごく、イルナが10の時に旅に出たい!と言った時は大喧嘩をした程だった。
しかし、一度認めてからは旅の準備を全力で手伝い、稽古の相手になったり魔法を教えたりとイルナはセスからかなり鍛えられていた。
「むむう…しかし、この山はイルナには危険すぎはしないかのう?」
それでもセスは心配が尽きないようだった。
「いやいや…拳法に魔法、投擲もかなり鍛えたし、それに加えてセスの羽で作った防具だよ?
むしろこの防具だけでも生きていけるくらいでしょ…これ着るのすら大変なんだからね」
イルナの言う通りで、神鳥の羽で作った衣服はとても軽く、それでいて触れた相手を切り刻む程の鋭さがあった。
「というか、いざとなったらセスがいるじゃん」
そもそも神鳥はこの山の主なので、イルナにはセスが何を心配しているのかがわからなかった。
「イルナはわかっとらんが色々厄介なモンスターが多いんじゃよ。
真祖様ですら手こずる相手すらおるんじゃからな」
「嘘だあ」
二人は平行線のまま議論を続け、結局何も噛み合わないまま翌朝を迎えるのだった。
☆☆☆
「それじゃあわしは空を旋回しながら進んでおくぞい」
「うん。何かあったら呼んでね」
「それはこっちのセリフじゃい」
当初はイルナがセスに乗って行く予定だったのだが、イルナが耐えられるスピードに合わせるのが気持ち悪いというセスの意見でバラバラに進行することになった。
セスが飛んでいったのを確認すると、イルナもご機嫌に出発した。
「いやー、一人で旅してるって感じがしていいね!」
イルナは腰にセスの羽を何本かこしらえ、それ以外は衣服だけとかなりの軽装だった。
それは、そもそも神鳥の巣で暮らしていたこともあり持っていくものが最初から無かったからだ。
飲食も拠点もその日暮らしな旅に、イルナはかなりワクワクしていた。
実際、方向はセスの方に向かって進み、飲食はセスに頼る事が出来るのでかなり楽な旅であることに間違いは無かったので、イルナにとってそれは楽しい旅だろう。
しかし、本当にそんな覚悟で生き残っていけるのか。
その答えは、このマルハイ山の旅が物語ることだろう。