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知らなければ幸せだった、知ったから幸せになれた
茹だるような陽も、近頃はすこし、息を潜めるようになってきた。目覚めた時の額に広がる滴はない。それでもまだ、空の中心を見上げると汗が滲む。秋の足音はまだ聞こえない。夏の匂いが遠のき、日陰を探すこともない。僕はいま、1人だ。
時計の秒針が定期的なリズムを保って音となって耳に届く。静かな夜。国道沿いに佇む築年数が僕の年齢とさして変わらないこのアパートで、その音しか響かない。車の走行音も、隣人カップルの声すら聞こえない。ベッドとテレビと小さなテーブル、殺風景な7畳のワンルームで常夜灯の明かりを頼りに煙草を探す。箱の中から一本取り出し、フィルターを口にくわえた。ヤスリ式のライターを擦るときの音が好きだ。火を灯す。小さななにかを潰すような音。小さな火種を灯し、煙を吸い込む。1日一本だけ。今日が終わる間際、僕はこの行為をやめられない。今日で空箱になったセブンスターを見ながら、思い出す人がいる。彼は元気だろうか。