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第二怪 その4

 「では少しの間眠っていただきます。その間にあの石を処理してしまいますので。ご心配なく。起きたときには全てが終わっていますよ」


 柔らかな微笑みを浮かべて言うと、ヘムロッドさんは空中に妙な図形を描いた。


 「眠りもたらす精霊よ(サンドマン)


 まるで糸を切られた操り人形のように間沼さんが倒れそうになる。だが、クリシュナさんが見事に支えて、そのままお姫様抱っこに移行した。

 ……普通は女性が男性にされるモノだと思うのだが、この場合は緊急事態だからいいだろう。っていうか初老の男性がお姫様抱っこされている絵は中々シュールだな。


 「クリシュナ、間沼さんをどこか横になれる場所に運んでおけ」

 「承知しました、マスター」


 短く返答すると、クリシュナさんはそのまま間沼さんを抱えてどこかに行ってしまった。

 これで人払いはOKというわけだ。犯罪臭がするけど。


 となると、これからこの殺生石を運んでしまうのだろうか? まあ、そうなるんだろうけど。

 いざとなったら、僕の能力で運んでしまってもいいだろうし。……その場合、僕はかなりの距離をとって運ぶ安全策をとらせてもらう。正直、近づきたいモノじゃないからだ。


 と、そんな風に僕が考えていると、ヘムロッドさんはおもむろにジャケットのポケットから携帯電話を取りだした。

 そのまま番号を呼び出し、コールする。


 「ヘムロッド・ビフォンデルフだ。所有者は無力化した。回収班を回して欲しい」


 いきなり目的を告げると、そのままいくつかのやりとりを経て何かしらの決定が成されてしまったらしい。

 携帯をポケットにしまうと、ヘムロッドさんは小さく息を吐いた。


 「……あの、ヘムロッドさん? 一体何がどうなっているんでしょうか?」

 「うん? ああ、統魔の回収班を回してくれるように頼んだんだよ。瘴気への対策はしていないからね。回収の専門家に任せるのが一番だろう」


 完全に肩すかしを食らってしまった。

 てっきり、僕や笠酒寄がふうふう言いながら殺生石を運ぶ事になると思っていたのだが、そんなのは杞憂だったらしい。っていうかはじめっから言っておいてくれ。そうしたら無駄に緊張感を持つ必要はなかっただろうに。


 「あくまで統魔が困っていたのは魔術を用いることなく間沼さんに上手く接触できないことだからね。回収するのは慣れたものだから心配する必要はないよ」


 ヘムロッドさんは涼しい顔でのたまう。

 おお……もう……なんだこれ。


 くっそ。なら僕が来る必要ないじゃないか。っていうかヘムロッドさん一人で十分すぎたじゃないか。なんならヘムロッドさんとクリシュナさんでやってきて、僕と笠酒寄はとっとと(きた)るクリスマスに備えてデートプランでも練っていたほうがいくらかは有意義な時間だったんじゃなかろうか? 

 そんな考えが浮かんでくるぐらいには、がっくりきた。


 「空木君、そんなに気落ちすることはないよ。何事にも備えておくことは大事だからね。私とクリシュナだけだといざという時の戦力としては頼りない。キミ達は用心棒のようなものだ」


 いや、室長と同期の魔術師なんかに護衛が必要だとは思えない。

 はあ。しかし、今回は室長の一件に関しての手掛かりはなさそうだ。

 焦りは禁物だということはわかっているのだが、それでも一刻も早く室長を解放してあげたい。恋人の形見を持つことも許されないなんていうのは、あまりに不憫(ふびん)だし、それを利用した『何者か』にもそれなりの代償を払ってもらいたい。


 気が滅入ってくる。しかし、それでも僕はそう決めたんだし、笠酒寄ともそう誓った。

 だから、僕はやる。

 そんな風に決意を新たにしたり、気分の悪そうな笠酒寄の調子を尋ねたり、ヘムロッドさんに室長のやらかしたエピソードを聞いていたときだった。


 ざくざくざくざく、という複数人の足音が、した。

 一気に全身が警戒モードに入る。


 いつでも能力を発動出来る状態で体ごと振り向く。

 そこにいたのは六人の男女だった。

 一見すれば、ごく普通の格好をした若い男女のグループというように見えただろう。


 しかし、僕にはわかっていた。こいつらは、一般人じゃない。

 なんせ、いきなり間沼さんの庭に侵入してきていることもそうだが、見るからに高校生の男女と、老紳士に、メイド服っぽい格好のチェロケースを背負っている若い女性、なんて集団を見ても全く動揺していない。

 こんなへんちくりんな集団がこんな立派な屋敷にいたらそれなりにいぶかしむはずだ。それなのに、こいつらにはそれが見られない。

 つまりは、そういう『変なの』に慣れているということだ。


 「ヘムロッド・ビフォンデルフさんですね。統魔の回収班の者です」


 六人の男女の先頭に立っていた鋭い目つきの男性が頭を下げながらそう言ってきた。

 確認するように、僕はヘムロッドさんの方を見る。


 「……ふむ。そうだね、私がヘムロッド・ビフォンデルフだ。キミ達が回収班かな?」


 平常通りの調子でヘムロッドさんはそう尋ねる。


 「はい。殺生石の回収班です。このたびはお手数をおかけしました」


 対するリーダー格らしい男性も穏やかなものだ。

 どうやら僕の早とちりだったらしい。どうにも室長の一件があって以来、統魔に対して過剰に反応しすぎているきらいがある。


 「では殺生石の回収に入らせていただきます。後は我々にお任せください」


 一歩、リーダー格の男性が踏み出した瞬間だった。


 「待ちたまえ」


 制するようにヘムロッドさんが声を上げた。


 「どうかなさいましたか? 我々に落ち度があったのならば謝罪しますが」

 「いやいや、別に落ち度はないさ。しかしね、一つ気になることがあるんだ」


 ポケットから携帯を取り出してヘムロッドさんは不敵に微笑んだ。


 「気になること? なんでしょうか?」

 「なぜキミ達が来たのか、だよ。回収が目的ならば、なにもキミ達のような存在がやってくる必要はないと思うんだけどね。あまりにも、戦力過剰だ」


 きりきりと空気が絞られているかのように、息が詰まってくる。 

 統魔の回収班を名乗る男女とヘムロッドさんによって、この場の緊張感はどんどん高まっていた。


 どういうことなんだ? この人達は統魔の回収班じゃないのか?

 というか、ヘムロッドさんは携帯なんて取り出してなにをするつもりなんだろう?


 「キミ達の姓名を教えてくれないかな? 今、統魔に確認を取ってみる」


 何とか体が動いてくれたのは僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない。

 ヘムロッドさんが携帯で統魔の番号を呼び出そうとした瞬間、リーダー格の男性がすさまじい俊敏さで突っ込んできたのだった。

 まるで獣のようなその突進を躱すために、僕はヘムロッドさんのジャケットを掴んで大きく横に跳んだ。


 布地が破ける感触があったのだが、今だけは容赦して欲しい。長身ではあるが痩せ型のヘムロッドさんがあれを食らってしまったらひとたまりもないだろう。

 絡まるようにして、僕とヘムロッドさんは玉砂利の上を転がる。くそ、制服に思いっきり泥が付いてしまった。これは後で洗濯だな、などといったどうでも良い考えは隅に追いやって戦闘モードに頭を切り替える。


 「ヘムロッドさん! 大丈夫ですか⁉」

 「ああ、大丈夫だよ。ジャケットは新調しないとダメだろうけどね」


 ……経費で落ちることを祈る。


 「笠酒寄! フォロー頼む!」


 気付いては居るだろうが、一応は笠酒寄にも声を掛けておく。


 「うん! わかった!」


 元気の良い返事が返ってきたのを確認したら、僕は能力を発動させるために突進してきた男性を視界に入れようとして……。


 「がっ!」


 派手に吹っ飛んだ。

 が、流石の吸血鬼の回復能力。吹っ飛んでいる最中にすでに再生が始まってしまっている。

 地面に削られながらも、僕はなんとか体勢を立て直す。


 そして、僕の目に映ったのは、人間じゃなかった。

 直立した虎、というか、人間と虎の間のような生物。


 獣憑き(ライカンスロープ)だ。

 笠酒寄が人狼(ワーウルフ)なら、こっちは人虎(ワータイガー)といったところか。


 ソイツは大きく咆えた。


 まずい!


 僕の嫌な予感は的中したようで、後ろに控えていた残りの五人も戦闘態勢にはいる。

 二人はトカゲのような姿に変わり、一人はリーダー格と同じ人虎に。

 残りの女性二人は変身せずに構えただけだった。


 くそ、少なくとも姿が変化した奴らはまずい。

 人狼状態の笠酒寄と戦ったことがある僕にはわかる。獣憑きの運動能力は人間じゃあ絶対に敵わない。なり損ない吸血鬼の僕でも、純粋な身体能力では劣る。

 それが最低でも四人。変身していない二人は変身できないのか、それともしないのかわからないけど、人数は向こうが勝っている。

 直接に殴り合ったら、僕たちに勝ち目はない。


 なら、僕の能力で速攻を仕掛けるしかない!

 だが、それすらも遅かった。

 すでに、ヘムロッドさんに手が届く距離にいた人虎がその膨大な破壊力を秘めた豪腕を振り上げたところだった。

 だめだ、間に合わない!


 「どきたまえ」


 目がくらむほどの、いや、目が潰れかねない光が、ヘムロッドさんから発せられた。

 防御し損なってしまったので僕も目をやられてしまったのだが、もっと近くにいた人虎はひとたまりもなかったのだろう。悲痛な咆哮が聞こえた。

 僕の視力が回復したとき、すでにヘムロッドさんは人虎のそばにはいなかった。

 少しばかり距離をとった場所で、クリシュナさんと一緒に悠然(ゆうぜん)(たたず)んでいた。


 「空木クン、笠酒寄クン、こいつらは統魔の者じゃない。おそらくは何らかの目的で殺生石を横取りしようとする勢力だ。どうやら統魔の回収班はすでに壊滅しているだろうね。……ふん、統魔に肩入れする気もないんだが、拘束しないとならないだろう」


 言われるまでもない。僕と同じように光に目をやられていた笠酒寄も復活したようだし、こっちの戦力はこれで全部だ。

 なら、あとはやるしかないじゃないか。

 目の前にいるやつらは何かしらの情報は持っているだろう。もしかしたらそれは、室長をはめたやつにつながる情報なのかも知れない。

 後ろでまとめている髪が浮かぶのがわかった。


 「全員、殺せ」


 リーダー格の人虎の号令で、敵は全員動き出した。



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