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第二怪 その3

 からり、と戸が開いて、姿を現したのは初老の男性だった。


 それはいいのだが、異様なのはその顔貌(かおかたち)だった。

 頬はこけ、目は落ちくぼみ、肌の色も青白い。

 そんな中で、ぎらぎらとした光を放つ双眸(そうぼう)だけが異様に目立っていた。


 病気……いや、『怪』が原因か?

 見た感じ、僕たちにどうにかしてもらうことよりも先に病院を勧めた方がいいような気がしたのだが、こちらの目的は殺生石なのだからそっちを優先することにしよう。

 心は痛むのだが仕方ない。


 「こんにちは、ご主人。私はヘムロッド・ビフォンデルフと申します。こちらの三人は私の助手です」


 (うやうや)しく頭を下げるヘムロッドさんに従って、僕たちも頭を下げる。


 「私は間沼源次(げんじ)といいます。ご足労頂いたところ悪いのだが、生憎と私は忙しい身なので帰っていただけ……」

 「まあまあ、そう言わずに、×××××」


 再びのヘムロッドさんの魔術によって、間沼さんの目がとろんとしたものになる。

 なんだこの魔術。絶対に危険なヤツだろ。っていうかヘムロッドさんが使えるってことは室長が使える可能性も高い。……警戒すべき事が増えてしまった。くそ。


 「私は……そうですね、旅の占い師のような事をやっているのですが、この家からはなんとも不吉な気配を感じてしまいまして。少しばかりお役に立てたらと思って声を掛けさせていただきました」

 「そう……ですか」


 聞いただけで追い払いたくなる文言を並べ立てられても、受け入れてしまう見るからに病気の初老の男性。僕たちはいつの間に詐欺師集団になってしまったのだろうか? 警察が見たら速攻で僕たちを拘束するだろう。


 「もし良かったら家の中を拝見させて頂けませんか? そうしたら原因になっているモノがわかるかもしれません。どうも、ご気分だけでなく、お体の様子もおかしいようですし、お役に立つ自信はあります」

 「……なるほど。……では、中へどうぞ」


 足取りはしっかりしている状態なのだが、それでもどことなく心配になる様子で間沼さんは母屋のほうに向かっていた。

 これで説得されてしまうのだったら、統魔の調査班ぐらいには魔術の行使を認めてしまって良いと思うのだけど、そこは統魔にしかわからない線引きがしてあるのだろう。理解はできないが。


 「さて、行こうか。殺生石を探しに」


 飄々(ひょうひょう)としか感じで言うのは止めて欲しいのだけど、そんな願いが聞き届けられることはないのだろう。あんまり考えると変な風に自問自答することになってしまうので、僕は何も考えないことにして、黙ってついていった。



 


 「ふむ。建物内じゃないね」


 屋敷の中に入ってから、ぼそりとヘムロッドさんはそう呟いた。


 「わかるんですか?」


 横に並んで、僕は尋ねる。


 「ああ。殺生石なんてモノがあったら瘴気がもっと濃いはずだ。しかし、屋敷内はほとんど正常。となると……外だろうね」


 ほとんど、というのは個人的にはひっかかるのだが、今はそういう細かい部分を詰めている場合じゃない。一刻も早く、この積層的に増えていく罪状から離れないといけないだろう。

 というわけで、僕はとっとと殺生石を見つけるためにヘムロッドさんに促す。


 「だったら、早く外に行った方がいいんじゃないですか? 屋敷内でうろうろしてても埒があきませんよ」

 「そうだね。ご主人、いえ、間沼さん。私の見立てになってしまいますが、庭が怪しいかと」


 ヘムロッドさんの呼びかけに対して、間沼さんはびくりと身を震わせた。

 ……なんかあるって言ってるようなもんだ。


 「……そう、ですか。やはりわかるお人にはわかるようですね」


 振り返った間沼さんの顔は、なぜかほっとしているように見えた。

 嘘も方便というか、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというか、言ってみるもんだ。


 「ご案内します。私は信じないのですが、家内は非常に気にしてましてね」


 その独白にも似た言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。





 間沼さん宅、庭。正直、広すぎて庭というよりも公園の一角みたいになってしまっているのだが、この場所に殺生石があるのだろうか?


 僕はヘムロッドさんの顔を横目で見る。

 いつも通りの表情に見える、だろう。よく知らない人には。

 だが、少なくとも僕には多少緊張が走っているのがわかった。いや、緊張と表現するよりも警戒しているというほうが正確か。


 「……空木君、ここ、なんか嫌だよ」


 珍しく、笠酒寄のやつがしおらしい感じで僕に寄り添ってきた。

 普段の様子からは全く想像できないのような態度だが、女心と秋の空と言うぐらいだし、気にしないほうが……とはいかない。

 なぜならば、僕も感じているからだ。背中に走る悪寒を。


 別におぞましい形態をしている庭、というわけではない。しかしなんというか、寒気を覚えるぐらいに空気が禍々(まがまが)しいのだ。

 どうも、殺生石とは限らないが『なにか』があるのは間違いないようだ。

 僕も笠酒寄も、そしてヘムロッドさんまでもが単なる勘違いをしている、という確率は考慮しなくてもいいぐらいに低い。

 っていうかそんな事態になってしまっているのならば、確実に何かしらの『怪』が関わってくるだろうし。


 敷き詰められている玉砂利を踏み鳴らしながら、僕たちは瘴気が濃い方を目指していく。

 嫌な感じが強くなっていく方向に歩いて行けば良いのだから簡単だった。

 そうして、枯山水になっている一角に到着する。


 いくつかの岩が並べられている中の一つが、それだった。

 黒く、不思議につやのない岩肌。形は特別に奇妙というわけではない。

 しかし、見てわかるぐらいにはその岩からは瘴気があふれ出していた。


 その岩の周りだけ、どす黒くなっているように見える。おそらく、そんなことはないんだろう。僕が感じてしまっている嫌な感じが反映されてしまっている結果、このように見えてしまっているのだと推測は出来る。隣の笠酒寄も同じみたいだし。


 「……これ、でしょうか?」

 「だろうね。詳細は調べてみないとわからないけれど、可能性は非常に高い。というか、瘴気の発生源はこの岩みたいだし、とりあえずは回収しないとまずい」


 ヘムロッドさんに確認するように呟いたのだが、やはりこの岩で間違いないようだった。

 なんで今まで放置されていたのかは気になってしまうのだが、サンジェルマンの石みたいに偶然紛れ込んでしまった、とかだろうか。

 いや、そういうことに気を回すのは後からでいいだろう。


 とっとと回収するために間沼さんに許可をもらうのが先決だ。

 ちらり、と僕は間沼さんを見る。

 殺生石らしき石を見る間沼さんの目には、恐怖が浮かんでいるのがわかった。


 信じていない、とは言っていた。

 しかしその様子を見るに、間沼さん自身もこの瘴気を感じていたとまでは行かなくとも、どことなく嫌な予感を覚えていたのは事実なのではないだろうか? 家内は信じている、ということは、間沼さん自身は信じたくないという心情の現れだったのだろうか? そうであってもおかしくないと思う。


 単なる岩に人間が恐怖しないといけないだなんて、僕も百怪対策室に関わる前には思いもしなかった。自分が知らない、知りたくもない世界が存在していることを知ってから、初めて信じる事が出来るようになったのだ。

 知識、いや認識が広がったことで、危険を正しく認識することが出来るようになったのだ。

 それが、間沼さんにはまだない。いや、一般人には必要ない。それゆえに、現在の間沼さんはわけのわからないモノを抱える羽目になってしまった。

 餅は餅屋に。『怪』は百怪対策室に、と言いたいところなのだが、今回は統魔に任せることになってしまうのだろうが。それでも、間沼さんの悩みが解決するようならそれでもいいと思える。


 ……そもそも統魔が管理すべき物品なのだろうし。


 そこまで考えて、僕はあることに気付く。

 この殺生石、どうやって運んだらいいんだ?

 破壊するというのはないだろう。なぜなら殺生石は砕いても毒気が弱まることはなかった。つまり、運びやすくはなるが、全部回収することは余計に難しくなってくる。


 なら、このまま運ぶか? 僕や笠酒寄、そしてクリシュナさんの筋力なら運べないこともない大きさだ。だが、こっちも問題は残る。

 少年少女が、成人男性でも数人がかりで持ち上げるような大きさの岩を運んでしまったら非常に悪目立ちする。っていうかこの大きさだと重機を用いるんじゃないだろうか? 


 その辺を突っ込まれてしまった場合は取り繕い様がない。情報操作は統魔の得意とする処理なのだろうが、生憎と百怪対策室にはそういうノウハウはない。室長ならあるのかもしれないが、少なくとも僕にはない。

 さて……僕はすでに手詰まりなのだが、ヘムロッドさんはどうするつもりなのだろうか?


 「間沼さん、この石が元凶ですね。貴方が感じていらっしゃる嫌な感じはこれが原因です。解決は簡単。取り除いてしまったらよろしい」


 淡々としたヘムロッドさんの声が聞こえた。

 隈がくっきりと浮かんだ目を向けて、間沼さんはヘムロッドさんの言葉を聞いていたのだが、口の端を嫌な感じに曲げた。


 「……そう、ですか。なるほど、やはり貴方はなにかをご存じらしいが、私には未だに信じることが出来ないのですよ。このようなモノが存在しているという事実を。人間がたんなる石ころごときにおびえないといけない、などということは」

 「それは貴方がご存じないからだ。知らないということは、正確な対処を妨げる。貴方はこの石に対してどうしていいのかわからない。そうでしょう?」


 あくまでヘムロッドさんは平静に問う。

 事務的にさえも感じられてしまうようなその口調は、下手をすれば相手の神経を逆なでしかねないようなものだった。しかし。


 「……知らない。そう、なのでしょうね。私はあの石についてわからないことばかりですよ。ただの石にしか思えないのに、確実に私は生物的恐怖を覚えている。なんとも不本意なことに」


 漏らすような間沼さんの言葉は、きっと真実だったのだろう。その証拠に、自分が殺生石に対して恐怖を覚えていることを吐露(とろ)した間沼さんはなにかを吹っ切った様に見えた。


 「そうですね。貴方は知らない。そして知る必要もない。不必要な知識は身を滅ぼすだけです」

 「……なら、私はあの石に一生おびえていろと?」

 「いえ、私、ヘムロッド・ビフォンデルフにお任せください。我々の仕事はこういうモノの対処ですので」


 胸に手を当てて、そう言うヘムロッドさんは非常にうさんくさかったのだが、その一方でなんとかしてくれそうな感じがしていた。

 間沼さんはしばらく悩んでいたのだが、結局ヘムロッドさんに全てをまかせることにした様だった。 

 頭を下げて、言った。


 「ミスター・ビフォンデルフ、お願いする。あの石をどうにかしてくれ。私を、家内を解放してくれ」

 「(うけたまわ)りました、ミスター・間沼」


 契約は成立した。 

 この場合、契約対象が悪魔じゃなくて魔術師ではあるのだが、少なくとも室長と契約するよりはマシだろう。




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