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第二怪 その2

 殺生石。


 なんとも物騒な名前なのだけど、実際の所は付近から有毒ガスが生じているために近づいた鳥やら獣やらがバタバタ死んでしまったために名づけられてしまった、というどうにも締まらない由来だ。

 あくまで、一般的に知られている情報では。


 「殺生石の伝説ぐらいは聞いたことがあるだろう?」


 少なくとも僕はなかった。

 中学二年生を過ぎたぐらいの頃からそういった伝承やら伝説やらに関する興味はとんと失せてしまっていたからだ。

 まあ、結局の所そんなうさんくさい伝承やらと大して違わない事件に遭遇しまくっている辺り、僕の興味と運命は平行線上にあるらしいことぐらいはわかった。


 「ふむ。日本ではそれなりに有名な伝承だと思ったのだが、それでもなかったらしいね。私も情報収集が足りない」

 「いえ、空木君がそういうのに対してとってもひねくれたスタンスを取っているからだと思います」


 おい笠酒寄、僕を超絶にひねくれてるヤツみたいに言うのは止めろ。……多少はひねくれている自覚はあるが、堂々と隣で言われると僕もかちんと来るものがあるぞ。

 笠酒寄に睨むような視線を送るのだが、当人は涼しい顔をしていた。

 そんな僕と笠酒寄を見ながら、向かいのソファに座っているヘムロッドさんは何かを思案しているような顔をしていた。


 「えー、っと。まあ、僕が知らないのは分かって頂けたと思いますから、一応説明していただけませんか?」

 「わたしも知りません」


 笠酒寄、お前……自分も知らないのに僕をあんな風に評したのか? その図太さは尊敬に値する。


 「とは言っても、伝承がそのままなんだよ。ええと、なんと言ったかな……。そう、(たま)()(まえ)。いや、九尾の狐だったかな?」


 あ、それならなんとなく聞いたことがある。

 妖狐の中でも非常に強力な力を持った存在なんだっけ?

 まあ、僕の場合はゲームとか漫画からの知識になってしまうんだけど。それは笠酒寄だって同じだろう。


 「どうやら聞いたことぐらいはあるようだから詳細は省くが、その九尾の狐は存在したんだよ。当時の人間によって討伐されてしまったがね。その時に流した血を吸ったのが殺生石だ」


 そりゃあ、大層な怨念でもこもってそうだ。

 ぶっ殺される時の感情なんてものは知らないけど、相当なものであろうという推測ぐらいはできる。しかし、確か……。


 「九尾の狐が悪さをしてたのは相当に昔だった気がするんですけど」


 そう、少なくともつい最近ぶっ殺されてしまった、なんてことはないだろう。創作に登場するような九尾狐はどれもこれも、千年を経た妖狐みたいなキャラ付けだし。……キャラ付けとか考えてしまっている辺り、僕もだいぶ室長に毒されてしまっている気がする。


 「そうだね、おおよそ千年ぐらいは前の事だね」


 もし僕に前世があったとしても、それよりも昔だろう。一〇世紀前の事かよ。


 「そうだね……強力な妖怪、その断末魔の怨念を血と一緒に吸った石は未だに強烈な毒気を放っている。統魔の日本支部でもB指定の物品だね」 

 「はあ……でもそれなら統魔が管理しているはずなんじゃ?」


 僕の質問に対して、ヘムロッドさんは皮肉げな笑みを浮かべた。


 「統魔の歴史は魔術の歴史に比べてみたら非常に浅い。一応、日本には日本独自の組織があったのだけど、管理体制としてはあまりよろしいものじゃなかった」


 いやーな予感がしてきた。ずさんとか、いい加減とか、そういう単語は聞きたくない。


 「殺生石を管理していた組織は、無力化しようとしたんだろうね。殺生石を砕いてしまった。が、そんなもので拡散してしまうようなら苦労はしない。結果、砕かれた殺生石は管理が余計に難しくなり、持ち出しが容易になってしまう。あとはわかるだろう?」


 よからぬ事を考える人間はいつの世だっているものだ。興味本位で危険物を持ち出してしまうやつだっているだろう。統魔という組織があってもそうなのだから、コンプライアンスが未成熟だった昔のことなら尚更だろう。

 つうことは、持ち出されてしまった殺生石はけっこうありそうだ。そして、適当に売り払われてしまったやつの中には、一般人が所有することになってしまったものだってあるだろう。


 なるほど。今回の依頼とやらの原因が段々と見えてきた。

 どうやら僕の推測は当たっていたらしく、ヘムロッドさんは一回頷いた。


 「そう、今回の件は一般社会に出回ってしまった殺生石の回収なんだよ。しかし、統魔が介入するためには確信が必要になってくる。しかし、今回はそれが難しいらしい」


 なんだそれは? 

 世界中の魔術と魔術師を管理する団体である統魔に難しいことがヘムロッドさん個人で可能なんだろうか?

 いや、そもそも統魔が調査程度にてこずるのか? 魔術を使わないとしてもだ。

 どうにも難しい顔をしてしまっていたらしく、隣の笠酒寄が「大丈夫?」と言いながら僕の顔をのぞき込んできた。


 「大丈夫だよ。それよりも、ヘムロッドさん。統魔でも調査が難しいっていうのはどういうことなんですか? それって個人でどうにか出来るような問題じゃなくっているような気がするんですが」


 統魔の手にあまるような案件に、ヘムロッドさんならともかく、僕や笠酒寄が必要になってくるとは思えない。っていうか巻き込まれたくはない。絶対にろくな事にはならないだろうし。

 そんなことを考えていた僕の思考を読み取ったかのように、ヘムロッドさんは言った。


 「殺生石らしきモノを所有している人物は極端な人間不信らしくてね。非常に疑り深い性格に加えて、どうにも独善的な性格だそうだ。統魔の調査班が接触しても門前払いを食らってしまったらしい」


 えぇ……しょぼい。主に理由が。

 そんなもんでめげてしまうのか、統魔。


 いや、あまり強硬手段をとってしまうと色々と勘ぐられてしまう可能性があるのがまずいのか。統魔は魔術を一般社会からは隠し通すのが基本方針だし。

 と、なると。僕たちはその統魔でも手を焼く偏屈な人物に取り入っていかないといけないのか? またミッションの難易度が上がってしまった気がする。やめてくれ。


 無理難題をふっかけられているのはわかっているのだが、それでもやらないことには始まらない。なんとも理不尽だ。


 「……ヘムロッドさんには秘策とかありますか? 僕はそういう懐柔には不向きな性格をしてますし、笠酒寄のほうは口が達者というわけでもないので、ヘムロッドさんが頼りになってしまいます」


 クリシュナさんに関しては言わずもがな、だろう。大体見た目が怪しすぎる。……男子のくせにポニーテールにしてる僕が言えた話じゃないのだろうが。


 「任せたたまえ。伊達や酔狂でヴィクトリアと一緒に学んだわけじゃない。白林檎の(その)第一期生の鮮やかな腕前を披露しようじゃないか」


 ヘムロッドさんは非常にいい笑顔でそう言ってくれたのだが、『白林檎の園』という単語で、すでに僕には嫌な予感しかしなかった。

 僕が一生足を踏み入れないと誓った魔境。その卒業生というだけで僕が警戒するには十分だろう。っていうか、当然のように第一期生なのか。





 さて、統魔からの依頼を受けると決めてからの僕たちの行動は早かった。準備が必要なのはヘムロッドさんとクリシュナさんだけなので、当然と言ったら当然なのだけど。

 クリシュナさんが運転するクルマに四人で搭乗し(僕と笠酒寄は後部座席だ)、殺生石があるという話の場所に向かったのだった。

 クルマをぶっ飛ばしてわずか一時間。


 わりと近い距離にあったのでまだ日が昇っているうちに到着することが出来た。

 田舎町なので、クルマを停める場所には困らなかった。

 クルマから降りると、地図も見ずにヘムロッドさんとクリシュナさんは歩き出す。その後ろから僕と笠酒寄は付いていく形になった。


 っていうか、クリシュナさんはまた『あの』チェロケースを背負っているので非常に不安だ。その中身を突きつけたり、ぶっ放すことがヘムロッドさんの秘策ではないことを祈る。

 ……通報されてしまったら逃げ切れる自信は無い。元々外国人のヘムロッドさんやら戸籍のないクリシュナさんはどうにでもなるだろうが、純粋日本人である僕や笠酒寄は困る。指名手配なんぞされてしまったら一巻の終わりだ。

 この年で犯罪者なんぞになってしまったら死んだおばあちゃんに顔向けできない。


 そんな不安に(さいな)まれてしまっている僕なんぞ何処吹く風、とばかりに笠酒寄のヤツは上機嫌だった。

 さっきからクリシュナさんと一緒にその辺の風景を自撮りしていやがる。無駄に女子力を発揮するんじゃない。っていうかクリシュナさんも一緒になってやらないでほしい。 

 そんな妙な状態で十数分ほど歩いた頃に、僕たちは大きな日本屋敷の前に立ち止まった。


 〈間沼〉


 立派な表札には堂々と書いてあった。

 うっわー。面倒くさいニオイしかしない。ヤクザとかそっち関係じゃなさそうだけど、こういう由緒正しい感じの家は高校生には敷居が高い。

 が、ヘムロッドさんには微塵もそんなものは存在していないようだった。


 堂々としたたたずまいの門の脇にあるインターホンを迷うことなく押した。


 キン、コーン。


 百怪対策室と同じ音なのだろうが、どことなく品格を感じさせるのは門構えの違いか。

 ぷつ、という音の後に家の人であろう音声が聞こえた。


 「はい、()(ぬま)でございます」


 上品そうなご婦人の声だった。


 「こんにちは、×××××」


 インターホンに顔を近づけて、ヘムロッドさんは挨拶をした後に何かを言ったのだが、僕には聞き取れなかった。


 「……はい、御用の向きは?」

 「ご主人に会わせて頂けますか? ちょっとお伺いしたいことがありまして」

 「……はい、少々お待ちください」


 ぷつり、という音と共に、インターホンは沈黙した。

 いやいやいやいやいや。待った。


 「ヘムロッドさん、今、魔術を使いませんでしたか?」

 「使ったよ」


 あっけらかんと答えてくださる。


 「いやいや! 『使ったよ』、じゃないですよ! まずいじゃないですか⁉ 何使ってるんですか⁉」


 統魔にバレたらどうなるのかわからない。

 っていうか統魔の依頼で、統魔の方針に反することをやらかすとは思っていなかった。

 が、ヘムロッドさんは平然としていた。


 「空木クン、こういうのはね、バレなければいいんだよ」


 うっわ、悪い大人だ。 


 思わず僕は頭をかきむしってしまうが、あまり済んでしまったことを悔やんでもしょうがないだろう。っていうか、笠酒寄のヤツも平然としているのだし、僕の方がおかしいのか? クリシュナさんは微動だにしていないし、やっぱり僕がおかしい気がしてきた。


 ああ、もう!

 いっそのことヤケになってしまいたいぐらいの心境なのだが、生憎と今まで(つちか)ってきた僕の性分がそれを許してくれなかった。世の中を渡っていく自信がガリガリと削れていく。

 なんでこんなに僕が苦悩しないといけないのだろう。世は不条理だ。


 「空木君?」


 ああ、笠酒寄。お前はあんまりその辺は悩まなさそうで良いな。うらやましい。


 妙な動作をしている僕を心配している笠酒寄にまで、そんな風に噛みつきたくなってきてしまった。なんてこった。

 深呼吸を、する。


 平静を保てない時には一度深呼吸をすることだ。


 深く吸って、深く吐く。

 ゆっくりと肺の中の空気を入れ換えるイメージで。

 数度、繰り返しているうちに多少は平静を取り戻せた。


 「……心配してくれてありがと、笠酒寄」


 無理矢理にでも笑ってみせる。

 けっこう、笠酒寄はこういう時には敏感だ。心配をかけてしまったのはなんとも不甲斐ない。


 「お腹痛いの?」


 違う。


 お前、ここでその勘違いはやめてくれよ。


 「いや……まあ、いいよ」


 結局、僕が脱力しただけで終わってしまった。


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