第二怪 その1
期末テストという名前の魔物を何とかやり過ごし、そろそろ冬休みも近くなってきたその日。近づいたクリスマスに、どこかそわそわした雰囲気が町全体に、いや、世の中全部が染まり始めたその頃、僕と笠酒寄はいつものように百怪対策室への道を歩いていた。
最近のクラスメイト達も付き合っている男女を気にするより、クリスマス当日の過ごし方に対しての関心が強くなっていたので、束の間、僕はほっとしているのだった。
……五里塚は相変わらず無謀なアプローチを仕掛けては玉砕を繰り返しているようだったが、そのうち良いことがあるだろう。とりあえずは振られた次の日に別の女子に告白することは止めた方が良いと思うのだけど。
そんな隣の席の友人の蛮行について考えていると、隣を歩いている笠酒寄に腕をつつかれた。
「なんだよ?」
「空木クンさぁ、彼女が隣にいるっていうのに、別のこと考えてたでしょ」
図星ではある。たしかに今の僕の思考には笠酒寄が介在する余地はなかった。
しかしながら、だ。
「彼女が隣にいたら彼女のこと以外は考えたらダメなのかよ?」
「うん」
日本国憲法をガン無視してくる笠酒寄様だった。
思想の自由はどこにいった。
軽い頭痛を覚えつつも、僕はあまりにも狭量すぎる笠酒寄の方針について反論する。
「いや、無理だろ。なんだよそれ。僕の思考活動に関しての権限はお前にはないだろ」
「あるの! だって、彼女が隣にいるのになんで他のこと考えるの⁉」
うっわ、一気に感情論と論点ずらしに来やがった。
しかし、妹を持つ僕としてはこんなことは日常茶飯事だ。逆に言ってしまうと、この程度でひるんでいるようだった小唄の相手はしていられない。……あれを一般的な女子だとは思いたくないが。
「まてまて、論点がずれてるって。例え彼女が隣にいてもだ、他のことを考えるぐらいはあるじゃないか」
「ない」
おお、むくれてきた。
上目遣いで、やや頬を膨らますように見られてしまっては、免疫のないヤツはイチコロなのだろうが、そんな戦法は僕が十歳になる前に飽きるほど味わったので効きはしない。
「なあ、笠酒寄。例えばだ、お前の目の前に大好物が山ほどあるとする」
「うん」
「その大好物を味わっている間に、他の事を一切考えないなんてことはあるかもしれない。しかしだ、その状態の時にふと何かしらの考えがよぎったりはしないか?」
「考えないよ。わたしは一直線だもん!」
元気に答えてくれる笠酒寄だったが、すでに僕の術中にはまっている。本人は気付いていないのかも知れないが。
「そうか? ちなみにお前の大好物ってなんだ?」
「伊勢堂のクリームマカロン!」
ほら、詰み(チェックメイト)だ。
「ふーん、なら想像してみろって。お前の目の前には山ほどのクリームマカロン。食べても食べてもまだ尽きないクリームマカロンの山だ」
「ぅ~ん……じゅるり」
「さあ、お前はクリームマカロンの山を蹂躙せんとするわけだ。そのときにふとよぎらないか? 『太っちゃうかも』という考えが」
「……」
今にもよだれを垂らしそうにだらしなく緩んでいた笠酒寄の顔が、やけに沈痛なものに変化する。
ふ、わかってくれたようだ。
「そういうことだよ。僕にとってお前が隣にいるっていうことはとれもうれしいことなんだけど、ふとした弾みでそれに水を差すような考えが浮かんでくることだってあるんだ」
「むぅ……被告の異議を認めます」
コイツ、裁判が関係するタイプのゲームやってるな。笠酒寄の口から自然にそういう言い回しが出てくるなんていうことは、ない。それなりに付き合いが長くなっているからわかる。
ま、しかし。大人しく矛を収めてくれたのはいいことだろう。このまま道端で無益な議論を続けていてもしょうないことだし。っていうか、弐朔高校の人間に見られたら何かしらの変な噂になりかねない。これ以上の妙な属性をくっつけられてしまうのは勘弁して欲しい。
嘆息。
高校一年生にして、こんな事に悩まないといけないとは。僕は前世でどんな悪いことをやったんだろうか? 天罰なのか?
謎は尽きない。
「……ねぇ空木君。ヴィクトリアさん、どうにかできるかな?」
突然、笠酒寄がそんなことを訊いてきた。
だが、それは僕がどうのこうのできるような問題じゃない。
統魔という組織に関わる事案だ。
あくまでも魔術師見習いに過ぎない僕や笠酒寄では手も足もでない。もっと高度な政治的な駆け引きによって成り立っている世界の話だ。
未成年の僕には、なんとも言い様がない。
「……ヘムロッドさんが色々やっているはずだからそれを信じるしかないだろ。僕もお前も」
冷たく突き放すようになってしまったのは、きっと僕が自らの無力さにあきれかえっているせいだったのだろう。しかし、それを笠酒寄にぶつけても仕方がない。それなのに結局、僕は自分を制御できなかった。くそ。
「うん……そうだよね。ヘムロッドさんを信じるしかないよね」
消え入りそうな笠酒寄の言葉は、思いの外、僕の心に刺さった。
まるで、夏休みの終わりに刺さった棘のように。
ハイツまねくね二〇一号室、またの名を百怪対策室。
いつものように僕はインターホンを押す。
キン、コーン。
いつもの呼び出し音に続いて、未だに慣れないクリシュナさんの声が聞こえてくる。
「どちら様でしょうか? 姓名をお告げください」
「コダマです。笠酒寄も一緒です」
「承知しました。鍵は開いておりますのでお入りください」
クリシュナさんの対応は全く変化がない。録音の音声を聞いているかのようだが、この人(?)はこういう感じなのだということは分かってきているので、僕と笠酒寄はさっさと中に入る。
靴を脱いで、いつものように一番手前の右側の扉、応接室のドアを開ける。
一番目立つように配置されているテーブルと、向かい合うように配置されているソファ。
その一つには長身痩躯のスーツ姿の銀髪紳士、ヘムロッドさんが難しい顔をして座っていた。
はて? ヘムロッドさんがこんな顔をしているのは初めて見る。とは言っても、そこまで長い付き合いというわけでもないのだけど。
「こんにちは、ヘムロッドさん、クリシュナさん」
「お待ちしておりました、空木様、笠酒寄様」
丁寧に一礼するクリシュナさん。相変わらずメイドみたいな服装をしているが、もはや気にならなくなってきてしまっている自分が怖い。
そして、肝心のヘムロッドさんは難しい顔のままでテーブルに置いている手紙のようなモノを睨むように見ていた。
「あの……ヘムロッドさん?」
僕の再度の呼びかけで、ヘムロッドさんはやっと僕たちに気付いたようだった。
「やあ、空木クン、笠酒寄クン、こんにちは。散歩はしてみているかな? 日本の風習はあまりよく知らないんだが、どうにも浮かれ気分が蔓延しているようだね。その割には皆やけに忙しそうだが」
いきなり風刺気味の挨拶をするのは魔術師の礼儀作法か何かに含まれているのだろうか?
「……はあ、まあ、そうですね」
微妙に返答に困る挨拶っていうのは止めて欲しい。室長とは違った面倒くささがある。
なんとも曖昧な返事をしてから僕と笠酒寄はソファに座る。
ご丁寧なことにクリシュナさんがコーヒーを運んできてくれたので、丁重にお礼を言っておく。
「なんか、難しい顔をされてるみたいですけど、どうしたんですか?」
大抵はこういう時には厄介事が転がり込んでくると決まっているのだけど、訊かないことには始まらない。訊くも地獄、訊かぬも地獄な気がするが、覚悟が出来るだけ前者の方がマシだ。
「ああ、そうだね。どうせこれも受けないワケにはいかないから二人にも話しておこうか」
ぴらり、とヘムロッドさんはテーブルに置かれていた手紙のようなモノを上下反転させてから僕たちのほうに寄せてきた。
〈百怪対策室への協力要請〉
最初に書かれているその一文だけで送り主がわかってしまった。統魔だ。こんなお堅い役所みたいな文書が百怪対策室にやってくるときには統魔が関わっている。
しかも、協力要請ときたものだ。ずいぶんな上から目線じゃないか。室長をあんな目に遭わせておいて、どの面下げてこんな文書を送ってきたのだろうか?
ふつふつと怒りが湧いてくるのがわかる。
それは隣の笠酒寄も同じのようだった。っていうか、見えている指先に獣毛が生え始めている辺り、笠酒寄のほうが怒っているのだろう。あんまりにも感情が昂ぶってしまうと、たまに笠酒寄は人狼を制御しきれなくなってしまう。
「落ち着けって笠酒寄。いまここで暴れてもしょうないだろ」
「……うん」
笠酒寄が元気なく返事をすると、指先を覆っていた獣毛が溶けるように消えて、元に戻る。
改めて、僕は統魔からの要請書のほうを見ようとするが、なんとも難解な文字列が並んでいるので非常に読みにくい。国語は苦手なんだ。っていうかこれ日本語じゃないから国語じゃないけど。
がしかし、ヘムロッドさんから助けの手は差し伸べられた。
「統魔からの要請の内容はだね、統魔が回収したいアイテムらしきモノがあるんだが、それに接触できそうにないから私達にどうにかしてくれ、という内容だね」
なんだそれは?
「いや、ヘムロッドさん。統魔が回収したいアイテム『らしき』モノってどういうことですか? すさまじく意味がわからないんですけど」
統魔はかなり巨大な組織だ。全世界に支部があるらしいし、日本にももちろん存在している。そして、一般社会にもある程度の影響力はあるし、魔術を一般社会から隠す、ということにもある程度は成功し続けている。
それぐらいには強力な組織がどうにかできないものが僕たち、というか百怪対策室にはどうしようもない気がするんだけど。
その疑問は笠酒寄も同じだったみたいだ。
「あのあの、統魔ってそんなにしょぼい組織なんですか?」
ぶっ込むなあ。一応はヘムロッドさんも最近まで統魔の最高評議委員だったというのに。
しかしながら、ヘムロッドさんは特に気を悪くした様子もなく笠酒寄の質問に答える。
「統魔の存在意義というというか、お題目は『魔術の継承と発展』だからね。そのためには魔術を使うわけにはいかないんだよ。それゆえに私……いや、百怪対策室にお鉢が回ってきたというところかな」
いや、全然答えになっていない気がするんだけど……。
と、そんな考えがどうも顔に出てしまっていたらしい。
ヘムロッドさんは肩をすくめながら言った。
「空木クンの考えはわかる。だがね、例えてみれば良いかな? 『木』というものを隠すために『森』を作るわけにはいかないだろう?」
なるほど。
魔術の痕跡を隠すために、魔術を行使していたら結局の所いたちごっこになってしまうということか。
確かに、僕が知っている統魔の隠蔽工作は現実的な、言い換えてしまったら常識的なものだ。
情報操作が主なものではあるけど、きっとそのほかの工作活動も一般的な人間が行える範疇に収まっているのだろう。
しかし、今回はその『一般的な』手段が通用しないということか?
魔術を行使する必要が有るけれども、統魔としてはそれをやるわけにはいかないということなのだろうか?
それって、単に百怪対策室に厄介事を押しつけているだけじゃないか。
僕の心情としては受けたくない。
統魔に対してはあまりいい印象がないのだ。もちろん、笠酒寄だってそうだろう。
ヘムロッドさんもそのへんがわかっているからこそ、こうやって難しい顔をしていたんだと思う。
統魔という組織と、僕たちとの板挟みだ。
室長あたりなら簡単に依頼を蹴っていたのかも知れないけど、現状の僕たちは結構まずい状態らしい。
辛うじて、ヘムロッドさんの弟子という形で処分保留と言うことになっているのだが、それでも向こうとしては室長の関係者ということだけで拘束したいものらしい。
……どれだけ警戒されているのかという話なんだけど。
それはさておき、目下の所考えないといけないのは統魔からの依頼だ。
統魔でも手を焼くような厄介な案件。
想像もしたくないが、どうせ巻き込まれるのは決定しているようなものだ。
あまりヘムロッドさんに無駄な心労をかける必要はないだろう。
「ヘムロッドさん、依頼を受けてください。もしかしたら室長の一件に関わりのあることなのかも知れないですから」
隣でこくこくと笠酒寄が頷いているのがわかった。ちょっとだけうれしい。
「……そうかね。君達がそう言ってくれるのなら助かる」
何かを決心したような顔で、ヘムロッドさんは手紙を丁寧な動作でしまった。
「で、一体どんな案件なんですか? 超凶暴な魔獣とかじゃないですよね?」
バトル展開はこりごりだ。
そんな僕に、ヘムロッドさんは目線を合わせずに言った。
「目的のモノはね、殺生石だ」




