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第一怪 その5

 クリシュナさんから教えてもらった電話番号に電話してから三時間後、統魔の回収班を名乗る人々がやってきて、男性を回収していった。

 目深にフードを被って、まったく肌を見せない服装をしていたので、どういう人物なのかは全く分からなかったが、短く僕にいくつかの質問をした時の無機質な声音からは人間性というやつを感じられなかった。

 回収班も回収班で、どこかしらおかしいらしい。


 暖房も効いていないこの教会で何時間も待っていた僕たちに労いの言葉をかけるわけでもなく、さりとて露骨な嫌悪を示すでもなく淡々と仕事をした統魔の人々に対して、僕はなんとも不気味なモノを覚えたのだった。

 そして、統魔が色々と隠蔽工作をするために教会を封鎖したので僕たちは追い出されてしまっていた。

 十二月の深夜。もちろん気温は氷点下になってしまっている。

 動きやすい服装をしていたので、もちろん寒気が染み入る。……早く休みたい。


 「空木様、笠酒寄様。マスターからの通信です」

 「あ、はい。つないでください」


 クリシュナさんは目を閉じると、数秒後に目を開けた。


 「やあ、空木クン、笠酒寄クン。無事にファフロッキーズは解決出来たかな?」


 クリシュナさんの顔はまったく変化していないにも関わらず、フレンドリーさがやけに強化されてしまっているので、落差について行けなくなってしまうが、なんとか我慢する。


 「はい。ミカエル降臨の儀式を行っていた神父は統魔が拘束しましたし、もってたアイテムも回収していっちゃいました」

 「それはなにより。事前に連絡しておいた甲斐があったね」


 なるほど。統魔に連絡をとったとき、やけに話が手早く進むなと思っていたのだけど、それはヘムロッドさんが根回しをしておいてくれたからか。

 さすがは元最高評議会委員。


 「さてと、空木クン、そして笠酒寄クン。どうするかね? 一応はこれで『怪』は解決したわけだから泊まってきてもかまわないが?」


 正直な話、このまま寝たい気分だ。

 なりそこない吸血鬼とはいっても、それなりに疲労感は覚えるし、この寒空の下で統魔の回収班を待っていた身としては暖かな布団で横になりたい。それが偽らざる僕の心境だった。


 ちらりと隣の笠酒寄をみやる。

 統魔を待っている間も船をこいでいた笠酒寄はかなり眠そうな顔だった。

 ……人狼は夜に活動するんじゃねえのかよ、と突っ込みたいが、昼間は学生生活を送っている僕たちに対してはあまりにも理不尽すぎるだろう。

 それゆえに、これからまだ少しばかり無茶をしないといけないのだけど。


 「いいえ、ヘムロッドさん。僕も笠酒寄も期末テストが近いんで戻らないといけませんよ。授業も期末前の総まとめに入っていますしね」

 「やれやれ、学生というものは大変だね。いいだろう、運転はクリシュナに任せておきなさい。それと、依頼人には私のほうから解決したという報告はしておくから安心したまえ」


 助かる。室長だったらなんて言っただろうか? そんな益体もないことを僕は考えた。


 「では空木クン、統魔からの報告は私が対応する。後は任せて休んでくれ」


 その言葉を最後にして、ヘムロッドさんからの通信は終わってしまった。

 色々と気を回すタイプの人のようだ。多分、室長には手を焼かされていたんじゃないだろうか? 

 何も言わずに、クリシュナさんはクルマまで行って、ドアを開けてくれた。学生の身分でこんなことをされるのはなんとも面はゆいものなのだが、それに遠慮するだけの体力は生憎と残っていなかった。

 なだれ込むように僕と笠酒寄は後部座席に座る。


 座った瞬間から笠酒寄は居眠りを始めたのだけど、僕はそれに対して何も言う気にはならず、一緒にまどろみに落ちることにした。

 最後に、クリシュナさんに一言だけ添えて。


 「安全運転でお願いします」

 「承知しました。空木様と笠酒寄様の睡眠を妨げるような運転はいたしません」


 やはりクリシュナさんは一瞥もくれなかったのだけど、今はそれがむしろ安心感につながった。

 暖房が効き始めた車内で、僕はまぶたを降ろした。



 




 「よーっす、空木。……なんだか眠そうじゃねえか」

 「ん、ちょっと昨日夜更かしが過ぎてね」

 「なんだァ……彼女と深夜までイチャイチャラブラブしてましたってかァ⁉ 自慢か! このリア充!」


 深夜まで、どころか夜明けまで一緒だったのは言わない方が良さそうだった。

 弐朔(にのり)高校、一年教室内。

 あれから、僕と笠酒寄はとんぼ返りしてそれぞれの家に戻ったのだが、流石に時間的にゆっくり眠っている暇がなかった。

 僕はそのままぶっ通しで起きていた上に、クルマの中での睡眠は浅かったのか今一つ疲れが抜けていなかった。

 ゆえに、今非常に眠いし、けだるい。


 今日に限っては一時間目ぐらいから居眠りをしてしまいそうだ。つきまとっている変な噂こそあるものの、僕は真面目な学生だっていうのに。

 自分の席に着く前に声を掛けてきた五里塚に対しての返答もけっこう気力が必要になってしまった。っていうかうっすらと視界がかすんでいるようになってしまっているので五里塚の顔がくっきりしない。どこか薄ぼんやりとしてしまっている。まあ、元々コイツの特徴は坊主頭って言うことぐらいだからそれがわかれば問題ないだろうけど。


 そんな僕を怪訝そうに見ながら、五里塚は「ま、いっか」なんて呟いていた。

 ……まるで僕が変なヤツみたいな反応は止めてくれないかな? 地味に傷つくんだよ、それ。

 今一つはっきりしてくれない脳みそを叱咤(しった)激励(げきれい)しつつ、とりあえず一時間目の準備をする。

 いきなり苦手科目の一つである世界史っていうのはなんとも過酷だけど、やりこなさないといけないだろう。


 嘆息。


 アルバイトをしている高校生っていうのはこんなもんだろうか? 僕の場合はバイトが特殊すぎる気がしないでもないが。

 そんな風に思いつつも、世界史の教科書とノートを準備していたときに、笠酒寄が教室に入ってきた。


 「ぅはよー」


 こっちも眠そうだった。

 笠酒寄の席は僕の席と離れているので、座ってしまえば距離が開く。

 隣から事情を聞き出そうとする女友達からの追求をかわしながら、笠酒寄はこっちに視線を送ってきた。

 どこか責めるような、不満そうな視線を。


 僕が何をした?


 そして、その視線を女友達に見つかってしまい、僕との関係をいじられ始めた。


 「おい空木……今の視線はどういうことだ? お前! まさか⁉」


 隣でヒートアップし始めた五里塚をどうやって沈静化させようかと、僕は頭を抱えた。







 百怪対策室内応接室。


 クリシュナが運んできたコーヒーを一口含んでから、ヘムロッドは統魔からの要請書を見ていた。


 〈ヴィクトリア・L・ラングナーの資産移譲の要請及び空木コダマ並びに笠酒寄ミサキの身柄の引き渡しについて〉


 長々とした見出しに眉を動かすこともなく、ヘムロッドは無駄に固い文章を読んでいく。

 数分で目を通し終わったヘムロッドは要請書をくしゃりと潰してからクリシュナに投げる。

 そうあることが決まっていたかのようにクリシュナは受けとると、潰された要請書をゴミ箱に放り込む。


 「よろしかったのですか、マスター。一応は統魔から正式な要請書では?」


 咎める、というよりも確認するようにクリシュナはヘムロッドに尋ねる。

 冷め始めたコーヒーを飲み干すと、ヘムロッドはソファに背を預けてから返答した。


 「かまわん。要請の根拠が全く以てナンセンスだ。弟子の責任は師匠が負わねばならないが、師匠の責任を弟子に求めることは間違っている。それがわかっていない統魔ではないと思っていたんだが、期待を裏切られた」


 つまらなそうに言うと、ヘムロッドは紙巻きタバコをくわえて、火を点ける。


 「ラングナー様の資産移譲に関してはまだ納得できますが、空木様と笠酒寄様の身柄引き渡しという点についてはどうお考えですか?」


 ヘムロッドが飲み終わったコーヒーのカップを回収しながらクリシュナは尋ねる。

 細く、長い煙を吐き出しながらヘムロッドは答えた。


 「わからん。ヴィクトリアが何かしらの情報を渡していると推測しているのか、それともなにかに利用するつもりなのか……そうはさせないが」


 ほんの一瞬だけ、ヘムロッドの視線が剣呑なモノをはらむ。

 古い付き合いの友人から託されたものを譲る気にはなれなかった。

 そも、統魔自身がその友人を拘束しているのだ。対応に関しても未だに疑問が残る部分が多い。十中八九、統魔の中にヴィクトリアを(うと)ましく思っている存在がいるはずだった。

 そして、それは単なる好き嫌いではなく、何らかの利害によるものだろうとヘムロッドは推測していた。


 (利害……なら目的はなんだ? 何をやろうとしてヴィクトリアが邪魔になる?)


 今は時間ごと凍結させられて、統魔に保管されている親友の事を考える。


 (まだ、手掛かりが足りないか。だがね、私達を敵に回したことを後悔させてやろうじゃないか。そうだろう? ヴィクトリア)


 くつくつと邪悪な笑みをこぼしながら、ヘムロッドは過去を思い出していた。

 白林檎の(その)第一期生、ヴィクトリアと共に『悪夢の一期生』と呼ばれていた頃の事を。


 「マスターがされている笑みは、一般的に悪巧み、もしくは謀略を抱いている人物が浮かべるモノであると推測します。マスターの描かれる計画はどのようなモノでしょうか?」

 「……クリシュナ、これは過去に思いを馳せている顔だ」

 「承知しました。そのように記録しておきます」

 「やめなさい」


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