第一怪 その3
高速道路をかっ飛ばして三時間。
普通の人間ならばそれなりに疲労してしまうような運転時間だったのだが、生憎と運転していたのはクリシュナさんだったのでその心配はなさそうだった。
出発時と全く変化のない横顔で運転を続けている。
すでに僕たちは不木坂さんが町長を務める町に到着していた。
それなのに、なぜまだクルマに乗っているのかというと、単純に今日泊まる場所まで案内されている途中だからだ。
……結局、泊まりになってしまいそうだったので、不木坂さんが宿泊場所を提供してくれる運びになったのだ。僕はビジネスホテルでもなんでも良いと思ったのだが、どうもこの町はけっこうな田舎であるらしく、近くにちょうどいい宿泊施設のような場所はないらしい。
ゆえに、僕たちが現在目指しているのは公民館だ。
高校生にもなって公民館に宿泊するハメになるとは思っていなかった。
これならちょっとぐらい遠くてもいいから安いホテルでも探した方が良かった気がする。
「……はぁ」
「なに? どうしたの空木君。彼女とお泊まりデートなのに楽しくないの?」
不思議そうに笠酒寄は横から訊いてくる。
ちなみに、僕と笠酒寄が座っているのは後部座席だ。助手席にはクリシュナさんが外出するときにはいつも背負っているチェロケースが置いてあった。中身には言及したくない。
「……お前なぁ、デートじゃないだろ、デートじゃ。僕たちは『怪』の調査に来ているんだぞ。そのへんははき違えないでくれよ」
「わかってるよ。『怪』の調査もしつつ、初めてのお泊まり……!」
ちがうっつーの。
だめだ。妄想モードに突入した笠酒寄を止める手段を僕は持ち合わせていない。
ちらり、と助けを求めるようにハンドルを握るクリシュナさんを見るが、バックミラーすら見なかった。
ちくしょう。助けはない。
なんで僕はこうも妙なところで追い込まれないといけないのだろうか? 僕の人生の演出家、でてこい。殴ってやるから。
「……あのね空木君、あんまり乱暴なのは、わたしちょっと……」
「聞きたくないし、詰めたくない。だからちょっとだけ黙っててくれ」
「空木様、性行為を行うのにあたって、機密性が高くない場所は好ましくないと思われます。この場合は女性側の意見を尊重して、それなりの高級ホテルでも手配するのが常套手段であると推測します」
聞いていたのか、クリシュナさん。しかし、まったく必要のない助言はいらなかったなあ。
そもそも、まだそういう段階にはない……って、確実にいらん方向になってきている。
軌道修正をしないといけないだろう。
「そんなことよりクリシュナさん。本当にヘムロッドさんは来なくても大丈夫だったんですか?」
そう。今回はヘムロッドさんが同行していないのだ。どこに居るかというと、百怪対策室に残っている。
僕たちは『怪』の正体を聞かされる前に、出発させられてしまったのだ。
先行き不安だ。
「問題ありません。わたしはマスターと通信を行うことが出来ますし、直接空木様たちにお聞きいただくことも可能ですのでご心配なく」
? 携帯電話とかでやりとりするわけじゃないみたいだ。携帯で話すならここまで持って回った言い方をすることもないだろう。というか、クリシュナさんが携帯を使っている情景が浮かばないのもあるだろうけど。
と、そんなどうでもいいことを考えていると、クルマが停止した。
怪訝に思って外に目をやると、クルマはすでに公民館の駐車場に停まっていた。
先導していたよく見るコンパクトカーから不木坂さんが降りてきた。
「どうぞ。あまり快適とは言えないかも知れませんが」
笑顔ではあるのだが、どこか疲れているように見えるのは三時間に及ぶ運転のためだけではないだろう。
このままクルマの中に居座っていてもしょうがないので、僕たちはクルマから降りる。
改めて見てみれば、凡庸というか、特徴のない公民館だった。
特に古いというわけでもなく、際だって新しいというわけでもなく、そこそこに古く、そこそこに新しかった。……今にも倒壊しそうな感じじゃないだけ良しとしよう。
「ご案内感謝いたします。ここからはわたしたち独自の調査を行いますのであとはおかまいなく」
ぴくりとも表情筋を動かさずに(ないだけなのかもしれないけど)クリシュナさんは不木坂さんに言う。
なぜか不木坂さんは安堵の表情を浮かべて一礼すると、そのまま自分のクルマに乗って去って行った。
僕と笠酒寄、そしてクリシュナさんが残される。
「行動方針をマスターと話し合います。中に入りましょう」
一も二もなく、僕も笠酒寄も賛成した。
流石に十二月の気温は堪える。
それに、もう日も暮れて辺りは暗くなってしまっていた。
夜。『怪』が始まるにはちょうど良い時間だ。
「ではマスターとの通信を開始いたします」
公民館内、広間、っていうか畳が敷き詰められた一番大きな部屋でクリシュナさんは宣言した。
到着してからすでに一時間ほど経過している。
まあ、腹ごしらえのために多少の買い物をしていたのでしょうがない。
時刻はすでに夜の八時を過ぎてしまっていた。
ちなみに、クリシュナさんと僕と笠酒寄で三角形を描くように座っている。
……メイド服っぽい服装のせいでしこたま畳にマッチしていなかったが、置いておこう。些細な問題だ。
正座しているクリシュナさんは静かに目を閉じる。
十数秒そのままだったが、いきなり、かっと目を見開いた。
「やあ、空木クン、笠酒寄クン。聞こえているかな?」
口を開いたのはクリシュナさんだったが、口調はまるっきりヘムロッドさんのものだった。
「あ……はい」
「はーい」
笠酒寄のヤツは動じねえな。僕はかなり引いているんだけどな。
「うん、どうやらきちんと魔術は起動しているようだね。安心したよ。では、これからの活動方針というか、向かう場所を教えよう」
反応からして、ヘムロッドさんの方にもこちらの様子は伝わっているようだ。僕の微妙な顔も見えているのだろうが、特に言及されないのは幸か不幸か。
いやしかし、向かう場所?
どういうことだ? 今回の『怪』の元凶に対して、ヘムロッドさんは何かしらの確信を得ているのだろうか?
「向かう場所はこの町唯一の教会だ。そこに今回の『怪』を引き起こしている犯人がいるはずだから、拘束の後に統魔に連絡しなさい。連絡先はクリシュナが知っている」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 『怪』の正体もわからないままに教会に向かえなんて言われても、はいそうですか、とはいきませんよ」
これでやるべき事はやった、と言わんばかりのヘムロッドさんに思わず反論してしまう。
笠酒寄から見たら、僕がクリシュナさんに食ってかかっているように見えるだろう。なんとも奇妙な光景だ。
「ん? ああそうか。空木クンたちにはまだ今回の『怪』の正体を話していなかったね。ついついヴィクトリア相手と同じ対応をしてしまった。すまないね」
なんだろう、煽られている気がするのは僕だけなのか? 笠酒寄のヤツはぽやんとした顔をしているし、独り相撲の様相を呈しているような気がする。
が、ここでそのまま引き下がってしまったらまずいことになりそうな気がする。ヘムロッドさん自身が言ったように、僕や笠酒寄では室長との能力差は顕著だ。
それこそ、大人と赤子ぐらいの差はあるだろう。その差異は解決にあたって、確実に影響してくる。ヘムロッドさんやら室長やらの魔術師にとっては常識の事だって、僕や笠酒寄には非常識でしかないのだ。僕たちは魔術師じゃない。統魔で教育を受けたわけでもないので、いままでなんとかこなしてきた『怪』相手の経験だけが頼りになってくる。
なんとも心許ない。わずか十回を超える程度の経験で何がわかるというのだろうか? いわんや、今回のシュール過ぎる『ファフロッキーズ』をや、だ。
どうやらヘムロッドさんもその辺りはあまり頭になかったらしい。向こうからの通信を中継しているであろうクリシュナさんが、しばらく沈黙していた。
「……さて、となるとどこから話そうかな? まあ核心からいこうか。今回の『怪』の正体。摩訶不思議なファフロッキーズの正体は……ミカエルの召喚だ。熾天使ミカエル、四大天使の一角。神に似たもの、という意味を持ち、天秤で魂の善悪を測る。そのミカエルだね」
壮大にぶっこんできたな。っていうか、そんな存在を召喚しようだなんてよく考えたな。僕だったらビビって手を出そうだなんて思いもしないだろう。
いや、まてまてまてまて。
「いや、ヘムロッドさん。なんでそんなに壮大な感じになってしまうんですか? もっとこう、こぢんまりとした原因の可能性はないんですか?」
今までの『怪』の原因はほとんど個人的なモノだった。
しかし、そんなやけに強力そうな存在を呼び出そうとしている動機がしょぼいものである保証はない。というかしょぼい理由で呼び出して欲しくない。
僕たちの手に余るような犯人だったとしたらまずい。
そういうことをやらかすからには、犯人は魔術師だろう。最悪、統魔に連絡だけして僕たちはとっとと逃げるのが正着手のように思えてしまう。っていうかそんな大それた存在を召喚しようとしているヤツがヤバくないわけがない。
だが、ヘムロッドさんは特に動じた様子もなく続ける。
「安心したまえ。犯人は大した魔術師じゃない。ただ、統魔としては接触を規制しているはずの物品を所持しているはずだ」
僕と笠酒寄に緊張が走る。
統魔が接触を規制しているというとは、間違いなくA指定以上のアイテム……いや、もしかしたら室長が封印される原因になってしまった抹消指定のアイテムだろうか?
もしそうだとしたら、また八久郎さんが出張ってくることになるのか? 今度は、僕と笠酒寄が八久郎さんとバトるハメになってしまうのか?
……そんなのは、ゴメンだ。
「ふむ。安心したまえ。抹消指定のアイテムじゃない。しかし、A指定ではあるだろうがね」
安心できるような情報じゃない。夏休みのフランケンシュタインの怪物騒動はA指定のアイテムが原因になったようなものだ。
嫌な予感だけがブーストして襲いかかってきている。
……っ、くそ。僕は室長を解放するために頑張るって誓ったはずだろうが!
弱気な考えを振り払うように僕は頭を振る。
「……一応は聞かせてもらえますか? そのA指定のアイテムの詳細を。その内容如何によっては僕と笠酒寄だけじゃ手に余ります」
「大した物じゃない。おそらくは召喚系列のアイテム、もしくは魔術書だろうね。何度かファフロッキーズが起こっていることを鑑みるに、おそらくは後者だろうが」
失敗? どういうことだ? 今回の『怪』は単なる失敗なのか?
「あのー、ヘムロッドさん。ファフロキーズ自体が失敗なんですか? それともファフロッキーズを起こすことが目的なんですか?」
……笠酒寄の言いたいことはわからないでもない。
だが、解読するのは一苦労しそうだ。
「そこもまだ確定しないんだが、おそらく、ファフロッキーズは失敗の成果だね。過去に降り注いだ物品がそれを示している」
この町に起こった過去のファフロッキーズ。つまりは生姜と手袋か。
いや、関連性なんて見えないんだけど。
かたや食料、かたや服飾品だ。別になくても死にはしないっていうことぐらいしか僕には共通点は思いつかない。
「ふむ、思いつかないかな?」
うっわすっげむかつく。
喋っているのはクリシュナさんなだけに余計にむかつく。明らかに年上の男性の姿をしているヘムロッドさんのままならそこまででもないんだが、年若い女性の姿のクリシュナさんに言われている現状としてはどうしてもむかついてしまう。
ちらりと横目で笠酒寄を見ると、首を捻ってうんうん唸っていた。
……大人しく降参した方が良いか。
「……わかりません。笠酒寄のほうも野生の勘は働かないみたいですし」
笠酒寄のヤツがへそを曲げるかと思ったけど、当の本人は精一杯考えている最中らしくガン無視だった。
「いいだろう。生姜と手袋。一見すると共通点のないこの二つにあるものを加えると、共通点が見えてくる。あるものとは鵞鳥だ」
生姜と、手袋と、鵞鳥……手品でもするのか?
クリシュナさん、もとい、ヘムロッドさんは続ける。
「それぞれを英語のスペルに直したとき、共通しているのは単語の最初がGで始まるということなんだが、この三つのGはね、ミカエルを象徴する三つなんだよ。」
Ginger,Glove,Goose.
確かに、単語の最初はGで始まっている。いや、確かにそうなんだけど、誰が知っているんだ? 熱心なキリスト教徒でもないと知らないだろうに。日本でそんなに熱心なキリスト教徒がそんなにいるとは……あ。
「気付いたようだね空木クン。そう、今回の『怪』は密接にキリスト教と関わっている。そして、天使の降臨なんていうことを考える連中なんてものも限られてくる」
初めからヘムロッドさんはたどり着いていたのか?
「キミ達がそちらに向かっている間に私も調べてみたんだが、その町ではあまりキリスト教は根付いていないようだ。……数十年前に建設された教会周辺を除いてはね」
ソレを調べるためにヘムロッドさんは残ったわけだ。なるほど、ある程度は納得できた。
……移動中にスマホで調べたらいいじゃねえか、という突っ込みをするのは野暮だろう。
「じゃあ、その教会にいる人が犯人っていうことですか?」
「その通りだよ、笠酒寄クン。まあ、おそらくは神父だ。憐れな鵞鳥が降り注いで町が羽毛で埋め尽くされる前に拘束したまえ、以上」
かくん、とクリシュナさんがうなだれる。
ヘムロッドさんからの通信は終わりらしい。
だが、やることははっきりした。
「マスターからの通信は以上のようです。空木様、笠酒寄様、向かいましょう」
何処に行くか? そんなのはわかっている。教会だ。




