第一怪 その2
ファフロッキーズ。
ヘムロッドさんはこれから持ち込まれる『怪』のことをそう呼んだ。
聞いたことがない。っていうか何語なんだ? 英語か?
「何語なんですか? ラテン語? 英語? それともエスペラント語?」
なんでお前はそんなに興味津々なんだよ笠酒寄。僕は何語なのかよりも、どういう『怪』なのかのほうが気になっているんだけど。っていうかエスペラント語ってなんだ。
「一応は英語なんだけど、いくつかの単語をつなげて省略したものだから造語ということになるかな」
ヘムロッドさんも真面目に答えなくても良いと思う。
話が脱線し始めてきたので、僕が無理矢理にでも戻さないといけないのだろう。遺憾なことながら。
「ええと、そのファフロッキーズっていう『怪』の依頼が来るんですよね?」
「そうだよ、空木クン」
ヘムロッドさんはいちいち僕をいじる、という無駄なことを挟んでこないので話が早くて
助かる。
「なら、『怪』の正体もわかってるんじゃないんですか? だったら――」
「残念だけどね空木クン、ファフロッキーズの原因となり得る事は非常に多岐に亘る。ゆえに直接話を聞かないことには原因を断定することは難しい」
とっとと終わらせようとする僕だったのだが、機先を制されてしまった。
しかし、原因が多岐に亘るとはまた、なんとも面倒くさい一件に発展しそうな気配がぷんぷんする。正直言って関わり合いになりたくない、と以前の僕ならば言っていたことだろう。
しかし、今は違う。
何者かによって室長がハメられてしまった以上、わずかな手がかりでもいいから欲しい状態だ。『怪』には何らかの理由がある。その理由が室長をハメた人物の足跡の可能性もあるのだ。
ゆえに、放置はできない。
解決出来ることは解決していかないと、どうにもならない。
「……わかりました、ヘムロッドさん」
「その依頼人さんはいつ来るんですか?」
そんな風に僕は割とシリアスになっているつもりだったのだが、笠酒寄のほうはいつもの緊張感の欠片もない調子でヘムロッドさんに尋ねる。僕はちょっとだけお前がうらやましいよ。ついでにスポンジケーキの欠片が唇の端についてるぞ。
「ああ、それなら……そろそろだね。ちょうど空木クンと笠酒寄クンがやってくるであろう時間帯に合わてもらったからね」
高級そうな腕時計をちらりと確認してヘムロッドさんが言う。
同時に、いつもの呼び出し音が室内に響いた。
「どちら様でしょうか? 姓名をお告げください」
とてもゴーレムだとは思えない滑らかな動作で対応用の端末まで移動したクリシュナさんが、さきほどの音声の録音のような対応をする。
……これ、人間じゃあとても真似できないな。
しこたまどうでもいいことを僕は考える。
どうやら依頼人だったようで、クリシュナさんはそのまま入ってくるように促した。
……あ、嫌な予感がする。
「ヘムロッドさん、僕、ちょっと依頼人さんを迎えに行ってきます」
「ん? 別に依頼人は幼子というわけじゃないよ? 立派な成人どころか、聞いていることが本当だとしたら老年期に入っているような人物だが」
「だから心配なんですよ」
ヘムロッドさんも笠酒寄も頭の上に?を浮かべたままだった。クリシュナさんは無表情だった。
ヘムロッドさんはともかくとして、笠酒寄。お前は一度やっているからわかるはずだろうが。
どうにも笠酒寄のヤツも百怪対策室、というか超常的なモノに染まり始めているようだ。これからは学校でもしっかり見ていないといけないのかも知れない。
頭が痛くなってきたので、僕は何も言わずにソファから離れて玄関に向かう。
応接室のドアを開けて、廊下に出ると僕の予想通りの光景があった。
百怪対策室のドアを開けて、そのまま固まってしまっている初老の男性。
まあ、普通の人がいきなりこの内部をみたらそうなるよなあ。僕だってそうだったし、笠酒寄だってそうだったはずなのに。
「……あ」
人間が出てきたことで安心したのか、白髪交じりの男性からはやっとの様子で声を漏らした。
「お気持ちはわかりますが、とりあえず何も言わないで靴を履き替えてください。説明はしますし、害を加えたりはしませんから」
かなり不安そうな顔だったが、男性はなんとか僕の指示には従ってくれた。
「ど、どうも、始めまして。わたくし、不来坂峰一と申します。このたびは、なんというか……妙な話を持ち込んでしまって申し訳ありません」
「いえいえ、こちらはその奇妙な話の解決を仕事にしているのですから、お気になさらないでください」
にこやかにヘムロッドさんは応じるが、不木坂さんの顔が微妙にひきつっているのを僕は見逃さなかった。っていうか、不安を覚えるのは当然だろうけど。誰だって普通のアパートの中身がでっかい屋敷みたいになっていたら不安になる。っていうか自分の正気を疑う。
老年期にさしかかっている、という情報には間違いなかった。だが、不木坂さんはまだまだ髪もふさふさしていたし(さすがに白髪は混じっていたけど)、背筋もぴしりと伸びていた。
同年代と比較しても、おそらくは若々しく見えているんじゃないかと僕は思った。
「さて、早速ですが詳しくお話しいただきましょうか。貴方の出会った奇妙な話を」
ほんの少しだけ前傾姿勢になってヘムロッドさんは話を聞く体勢に入る。
それでも長身なので、威圧感はあまり変化なかったが。
す、と不木坂さんは黙ってテーブルの上にあるものを置いた。
「……手袋、ですか」
そう、僕たちが囲んでいるテーブルに置かれたのは手袋だった。
材質は皮か? 丈夫そうで、作業とかにも使えそうなぐらいにはちゃんとしたものだった。
ちなみに現在、ヘムロッドさんと笠酒寄が僕の対面、不木坂さんが僕のとなりに座っている。
クリシュナさんはさっきから僕の後ろに佇んだままだ。超コワイ。
「失礼」
一言短く断ってから、ヘムロッドさんは手袋を手に取り検分を始めた。
検分、とは言ってもためつすがめつ見ているだけだが。
室長のように魔術を用いて調べる、みたいなことはしないようだ。単に依頼人が見ているからかも知れないけど。
「ごく普通の手袋に見受けられますね。……これが降ってきたのですか?」
「ええ、半年前に降ってきたモノの一つです」
はて。ヘムロッドさんは僕が事情を知らないということをご存じないようだ。僕はエスパーじゃないし、ファフロッキーズなる『怪』のこともよく知らないんだが。
「はいはい! 何のこと言っているのやら全くわかりません!」
元気よく挙手して笠酒寄が不木坂さんとヘムロッドさんの会話に割って入る。
普段なら黙らせているところだけど、このときばかりは僕も同じ意見だったので特になにもしない。
説明しないのは室長もヘムロッドさんも共通のようだった。
「ん、そうだったね。笠酒寄クンも空木クンも事情を知らないんだった。では説明してもらおうか。依頼人に」
僕と笠酒寄とヘムロッドさん。三人の視線が依頼人である不木坂さんに集中する。
「え⁉ あ、いや……わかりました。説明させていただきます」
助かる。
こほん、と咳払いを一つしてから不木坂さんはいまいましそうな視線をテーブルに置かれた手袋に注いだ。
「一年前、わたくしが町長を務める町に、無数の生姜が降り注ぎました」
は?
なんだそれ。
いや、ホントに意味がわからない。
なんで生姜なんだよ。
いや、っていうかなんで生姜が降るんだよ! もっと他のモノが降れよ! 明日の天気は曇りのち生姜、とかいう天気予報があったらテレビをぶん殴るだろうが!
と、まあそう叫びたかったのだが、ぐっと呑み込む。
そういう『怪』なのだろうから。
「一応はわたくし達も警察に届けましたし、自分達で色々と調べてみました。しかし、降ってきた生姜はどれも普通の生姜でした」
……普通じゃない生姜ってなんだろう。そんなどうでもいい疑問を抱いてしまう。
だが、そんなうろんな考えをしている僕をよそに不木坂さんの話は続く。
「降った生姜の量は……数えたくもありませんでした。町中に降り注いだ生姜のおかげでしばらくは皆、生姜を見ることも嫌になっていましたから。それが一年前でした」
まだあるのか。勘弁してくれ。
「半年前、今度降ってきたのは手袋でした。皮も、ゴムも、布も。大きさも、材質も、形状も、まったく統一性はありませんでしたが、町中を埋め尽くす勢いで降りました。前回の生姜と違って腐って悪臭を放つ、ということはありませんでしたが、廃棄に尋常ではないコストがかかりました」
生姜の次は手袋ときたか。
シュール過ぎて最早コメントできない。こういう時には真っ先に切り込んでいく笠酒寄でさえも沈黙している。
沈痛な表情の不木坂さんには悪いが、なにかのクスリを町の人々がキメたようにしか思えない。
いや、ここに実物がある以上は否定できないのだろうが。
なるほど。そういう『怪』なわけだ。
「ファフロッキーズという怪現象はね、空から降ってくるはずがないモノが降ってくるという怪現象なんだよ。色々と原因については考察もあるし、有力な説もあるが決定打になるものがない。そういうものだね」
原因は多岐に亘る、とういうのはそういうことか。
未だに原因については特定されていない。そういった不安定な状態の事物というヤツは『怪』の温床になりやすい。っていうか今回がそうか。
なるほど。今回はそのファフロッキーズの原因を探って、解決したらいいのだろう。
となると、やはり実地調査が必要になってくる。
流石のヘムロッドさんも、生姜が降ってその後に手袋が降った、なんていう手掛かりだけじゃあ原因はわかるまい。
じゃあ、不木坂さんの町に赴かないといけないのだろうが、正直、数日後に期末テストを控えている身としてはかなりの不安を抱えることになる。理数科目はいいだろうが、問題は文系科目だ。暗記は苦手なんだ。
そんな、しょーもない考えを僕は展開していたのだが、ヘムロッドさんは何かを考えているようだった。
どこからともなく取り出した小さなパイプを左手に、右手を顎に当てて黙考していた。
しぶい。
室長がやっても、中二病を拗らせてしまった女子中学生にしか見えなかったのだが、長身でスマートな男性がやると非常に様になる。推理小説に登場する名探偵のようだ。
室長と同期というだけあって、それなりに似ている部分もあるようだ。
しかし、ヘムロッドさんは沈黙したまま何も言わない。
身体の動きだけを静止させて、思考だけに全てを費やしているのだろうか? 僕にはどんな思考が展開しているのかはわからないが、それでも、今回の『怪』について考えていることぐらいは想像できる。
……室長ならとっとと『怪』の原因にはたどり着いて、その上で僕をどうやってからかうかを考えているようなもんだったのだが、ヘムロッドさんならその心配はないだろう。
僕は待つ。ヘムロッドさんの解答を。笠酒寄も、不木坂さんも待っていた。
「マスター、もったいぶるのは良くない癖です。マスターが解答にたどり着いているにも関わらず、それを開陳しないのはこれで三四二回めです」
緊張感を伴った沈黙を引き裂いたのはクリシュナさんの一言だった。
それに呼応するかのように、ぱちんとヘムロッドさんが指を弾く。
「そうだね、クリシュナ。ならばさっさと解決することにしよう」
しぶい、という前言は撤回する。この人も室長と同じ人種だ。
隙あらば他人をからかうタイプだ。
「……」「……」「……」
僕と笠酒寄と不木坂さんの沈黙がヘムロッドさんに刺さる。僕に至ってはいつでも能力を発動できる状態になっていた。
「……さて、冗談はこのくらいにしてとっとと本題に移ろうか」
微妙に効いていたらしく、すっとぼけるヘムロッドさんの顔もどことなく哀愁が漂っていた。
「では空木クンと笠酒寄クン。そしてクリシュナには現地に向かってもらおう」
……やっぱりそうなってくるか。




