表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

第四怪 その1

 1


 魔方陣が輝いて、その光の強さに僕は反射的に目を(つむ)ってしまった。


 すぐに光は収まり、こわごわと目を開いた僕は驚いた。 

 なにしろ薄暗い倉庫の中ではなく、竹林にいたのだから。


 隣には笠酒寄。そして、すぐ目の前にはヘムロッドさんの背中があった。


 「二人ともいるかな? いるね。ではいこうか」


 振り向いたヘムロッドさんはそれだけ言うと、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく歩き始める。

 慌てて僕と笠酒寄はその後を追う。


 「ちょ、ちょっとヘムロッドさん。何処に行くっていうんですか? っていうか、転移したのは確実なんでしょうけど、正確な位置はわかっていないんですよね? なら、ここから先はどうやって追跡していくんですか?」


 早口でそうまくし立てたのだけど、ヘムロッドさんはまったく歩みの速度をゆるめることはなかった。なんならちょっと早くなったぐらいだ。

 返事はない。


 なんとも居心地が悪い。

 もしかしてなにか気分を損ねるようなことを言ってしまったのかと危惧(きぐ)したのだけど、すぐにその心配はなくなった。

 とても立派な日本屋敷が見えたのだから。


 「あれが目的地だ」


 静かにヘムロッドさんは言った。僕に聞かせるように、僕が自制を利かせられるように。

 すぐ後ろにいる笠酒寄が袖を握ったのがわかった。

 不安なのは僕も一緒だ。


 なんてったって、これ以上無いぐらい『悪いことしてるヤツ』の本拠地だったのだから。

 だがそれでも、行くしかないだろう。このまま目の前で殺生石をいいように利用されてしまうのはまずい。なによりも後味が悪い。


 「では二人とも、臨戦態勢で行ってくれ。穏便には済まないだろうからね」


 ヘムロッドさんは何かを確信しているようだった。

 それが闘争の確信だったのか、それとももっと別種のものだったのかは僕にはわからなかった。






 「止まれ!」


 竹林から降りて日本屋敷に近づいた僕達を迎えてくれたのは、歓迎の言葉なんかじゃなくて警戒心もあらわな一言だった。

 まさに悠然とした佇まいの門には不釣り合いで、なんともちぐはぐな印象を受けてしまう。


 そんな言葉を発したのは、一人の青年だった。

 まだ、若い。僕が言えたような年じゃないんだけど。


 「何者だ、名を名乗れ!」


 時代劇でしか聞いたことがない台詞をまさか聞くことになるとは思っていなかった。

 なんと言ったものだろうか? 「この屋敷に殺生石が転送されてきているのでそれを回収しにきました」なんて言っても無理だろ。

 はいそうですかと、通してくれそうにはない。っていうか、高校生二人を連れた初老の男性っていう時点で怪しいんだけど。


 「なに、ちょっとした捜し物でね。とある物品がこの屋敷にあるはずなんだ。私達はそれを探している。……立ち入り調査というヤツだよ」


 ヘムロッドさんはストレートど真ん中だった。もうちょっとオブラートに包んでもいいんじゃないですかね?


 「……貴様、ここがどこだかわかっているのか?」


 見張りをしていた男性はかなりの不快感を示していた。

 そりゃそうだろう。いきなりやってきて、『調査のために中に入れてくれ』なんてのは喧嘩を売っているようにしか聞こえない。……もしかしたら実際に売っているのかも知れないけど。


 しかし、ヘムロッドさんは向けられてる悪感情など何処吹く風とばかりに歩み寄る。


 「もちろんわかっているよ。統魔日本支部統括、木角(きのかど)利連(りれん)の屋敷だね。知ってる知ってる。もちろん知っているよ。……だからこそ私はここにやってきたんだからね」


 後ろにいる僕にはヘムロッドさんの表情はうかがえない。

 しかし、懐から何かを取り出したのはわかった。


 「こういうことだよ。理解したら大人しく通してくれたまえ。時間が無くてね」


 ヘムロッドさんが何を示したのかはわからないが、それでも男性の顔色が一気に変わった。

 いや、顔色だけじゃなくて、全体が。


 刺々しかった雰囲気が一気に収縮してしまって、代わりに現れたのは……恐怖?

 一体、ヘムロッドさんは何を見せたのだろうか?


 「さ、通してくれるようだから進もうじゃないか。時間は有限で刻限は近い」


 もはや見張りの男性をちらりと見ることもなく、ヘムロッドさんは悠々と敷地内に入っていた。

 なんとなく気まずい感情を覚えながらも、僕と笠酒寄も続く。


 門を越えた瞬間、ヘムロッドさんが見覚えのある金属片を放った。

 自由落下の後に、いきなり鋭く飛翔したそれは、僕達の後ろに飛んでいった。

 僕は目で追う。


 「がっ!」


 いつの間にか僕達のすぐ背後にいた見張りの男性の額に金属片が張り付いていた。

 みしみしと音を立てて金属片は額にめり込んでいく。


 ちょっとばかり衝撃的な光景に僕は駆け寄ろうとするが、男性の手に短刀が握られていることに気付いて足を止める。


 ……え?


 笠酒寄も僕と同じように驚いているようだった。 


 「浅はかだね。奇襲を仕掛けるのならば相手が油断している時を狙うのが常識だよ。最も、私はこの屋敷で油断することはないだろうけどね」


 屋敷に向かう足を止めないままでヘムロッドさんは残酷に宣言した。

 立ったまま、白目を剥いて男性は気絶してしまい、倒れる。


 呼吸は出来ているので死にはしないだろう。

 どうやら、この屋敷には人を入れたくないような何かがあるらしい。十中八九殺生石が絡んでいるのだろうけど、それだけではない気がしていた。


 「空木クン、笠酒寄クン、あまり離れると危ない。すでに敵地なんだからね」


 その呼びかけで、ちょっとばかり遠い場所に行ってしまっていた僕と笠酒寄の意識は戻ってくる。

 そして、慌ててヘムロッドさんに追いつくために小走りで追った。


 

 2



 「あの見張りの人、とっても慌ててたみたいですけど、一体何したんですか?」


 やけに手入れの行き届いている庭園を横切っている途中、笠酒寄は唐突に尋ねた。まあ、僕も訊きたかったことなのだけど。


 「なに、ちょっとこれを見せただけだよ」


 そう言いながらヘムロッドさんが取り出したのは、白い林檎が描かれているペンダントだった。しかも、その林檎には大きく傷が入っている

 それには僕も笠酒寄も見覚えがあった。


 八久郎さんが持っていたペンダント。

 忘れるはずもない。


 後からヘムロッドさんから聞いたのだが、これは統魔のかなり上の人間からの密命であることの証明らしい。

 だが、ヘムロッドさんは現在統魔に所属していないはずだったのでは?

 そんな疑問は見透かされてしまっていたらしい。


 「これは個人的な依頼でね。統魔本部の最高責任者からの頼みなんだよ。八久郎に命令を下したのは日本支部の人間だろうがね」


 ああ、そうなのか。

 ヘムロッドさんは室長の頼みと統魔の上の人間の依頼、両方を果たすためにはるばる日本にやってきたわけだ。


 それなら、なんとなく合点がいく。

 最高評議会なんて仰々(ぎょうぎょう)しい肩書きを捨ててまで日本にやってきたヘムロッドさん。


 旧友の頼みっていうだけでそこまでやるのかと常々疑問に思っていたのだが、それならなんとなく納得も出来そうだ。

 そして、八久郎さんに命令を下した日本支部の人間というヤツも大体見当がついてくる。

 さっき名前が出た人物。


 「木角、利連」

 「そう、おそらくはヴィクトリアをはめた人物は彼だろうね。何を企んでいるのかは大体見当がついているんだけど、ね」


 その声音に、どこか哀愁を感じたのは僕の勘違いだろうか?


 「……一体、何を企んでいるっていうんですか? 八久郎さんと室長を戦わせて、そんなことをしてまでその人は何をやろうとしているんですか?」


 少しばかり語調が強くなってしまった。

 それでもヘムロッドさんは気分を害した様子もなく答えてくれた。


 「悪いこと……いや、彼にとっては良いこと、だろうね」


 飄々(ひょうひょう)としたその回答は反駁(はんばく)したい部分もあったのだけど、きっと木角利連に語らせるつもりなのだろうと、僕は考えた。

 庭園は終わりに近づいていた。

 屋敷は不気味なぐらいに静まりかえっている。

 これからの波乱を予感させるように。 


 「ふむ、迎撃態勢は今一つか。日本人の悪いところだね。黙っていれば都合の悪いことが勝手に去ってくれると信じる。なんというんだったかな? 触らぬ神に祟りなし、だったか。……神なんていうものは、征服してこそだ」


 (うそぶ)くヘムロッドさんが本心でなかったことを切に願う。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ