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第三怪 その5

 「鵺。この妖怪にはね、正体というモノが有って無いようなものなんだよ」


 先を進むヘムロッドさんは唐突にそう切り出した。


 「本来、存在しているということはだね、確固たる自己を持つということなんだ。他と区別できる自己を持つということ。これはね、自我の問題じゃなくて、実は観測時の統一性の問題なんだよ」


 が、どうにもわけのわからない話になりそうだった。初っぱなから高校生にはヘビー過ぎないか?


 「すいません、意味がわかりません」

 「ふむ。例えば空木クンにはボールが見えているとする。しかし、笠酒寄クンには猿に見えてしまっていたとする。……空木クンと笠酒寄クンが見たモノの正体は何だったのかな?」


 ボールを持った猿?

 いやいや、そんな答えじゃないんだろう。


 ……ああなるほど。観測時の統一性っていうのはそういうことか。


 「観測者によって、その形態……いえ、形態に限らず色々なものが変化してしまう。そういう存在なんですね、鵺は」

 「そういうことだ。鵺が映し出すのは見る者が恐れている自分自身である事が多い。もちろん、自覚していてもいいし、していなくても関係ない。ある種、鏡のような存在なんだよ」


 鏡、か。となると、僕が見たのは僕が恐れる自分自身。


 どこかキスファイアを想起させるような僕だったのもうなずける。

 僕は、ヤツに僕自身の『ありえる姿』を見て戦慄したのだから。


 笠酒寄は一体どんな自分を見たのだろうか?

 ちらりと横顔を見てみるが、いつもの笠酒寄に見えた。

 ポーカーフェイスの上手いやつめ。


 それにしても、中々厄介な能力を持っているようだ。

 恐れている自分自身。聞いただけでもぞっとする。

 つまりは、自分の一番見たくない部分、いや、認めたくない部分を見せられてしまうわけだ。

 一人では勝てる自信がない。


 僕の場合は鵺自身が地雷を踏んでしまうというファンブルを冒してくれた自滅だったのだろう。

 ……けっこうコントロールに難があるみたいだな。そういうもんなのかもしれないけど。


 「つまるところ、鵺対策は簡単なんだよ。複数でかかる。これに限る」


 ま、そりゃそうだ。


 タイマンなら無敵に近いような能力だろうが、相手が複数だと途端に戦力としてはがた落ちになってしまうことだろう。

 他者の助けがあれば、自分を破る難易度は格段に落ちる。


 誰か一人の恐怖を投影したとしても、それが他の人間にも恐怖の対象である保証は全くない。

 いや、限りなく低いだろう。


 例えば僕が恐れる僕を投影したとする。

 僕は確かに動揺するだろう。

 しかし、ヘムロッドさんと笠酒寄には通用しない。

 容赦なく(ぼこ)って終了だ。


 となると、さっきの黒い霧。あれは鵺が僕達を分断するために行使した苦肉の策ということだろうか?

 しかし、すでに一度披露してしまった策が二度通用するようなヘムロッドさんじゃないだろうし、僕も笠酒寄も自分自身に一度は打ち勝っている。

 一度出来たのならば、次はもっとやりやすい。

 相手はすでに王手をかけられているようなものだ。


 「一応忠告しておこうか。もし鵺が何に変化しても動揺しないことだ。相手が複数の場合、鵺が変化するのは知り合いや仲間の姿だ」


 僕や笠酒寄、ヘムロッドさん。もしかしたらクリシュナさんの可能性もあるか。

 が、本人が隣に居る状態で迷うことはあるまい。


 「クリシュナさんはどこに居るんですか?」

 「現在位置は統魔だね。無事に到着している」


 これでクリシュナさんの姿になられても容赦なく攻撃できる。

 ……まあ、しれっとヘムロッドさんはクリシュナさんの位置情報をリアルタイムで把握しているのはちょっと引くけど。

 魔術じゃないよな? だとしたら僕や笠酒寄が室長にかけられている疑いがある。


 「さて、おそらくこの先に鵺がいるだろうね。もしかしたら魔術師も控えているかも知れないから用心するように」


 どんづまりのドア。

 ノブに手を掛けながらヘムロッドさんはそう言い放った。


 「……大丈夫です。準備はできてます」

 「いつでもおっけーです!」


 笠酒寄のヤツはいつも通りに緊張感が感じられない。

 勝手に張り詰めている僕が馬鹿みたいじゃないか。


 「では行こう」


 買い物にでも出発するかのような気軽さでヘムロッドさんはドアを開けた。







 暗い。


 いや、暗いと表現するよりも(よど)んでいると言ったほうが正確な気がする。


 僕達が黒い霧に襲われた倉庫よりもいくらかは大きい部屋。

 とは言っても、雑多に置かれている品々によって案の定視界は悪い。

 だが、何かがいるのはわかる。


 気配というか、熱量というか、とにかく僕達以外に生物が存在しているような気がするのだ。

 最初に天井を確認してしまったのは、きっと合成獣(キメラ)とやり合ったときの苦い思い出によるものだろう。

 しかし、僕の懸念は外れて天井には何かが突入してきそうな穴はなかった。

 これで上は注意しなくてもいい。助かる。


 視線を落として僕は気配を探る。

 訓練を受けているわけじゃないんだけど、なり損ない吸血鬼の五感が頼りだ。


 「隠れても無駄だ。生憎とわたしは戦闘系がからっきしなんだが、探知やら創造系統の魔術には造詣(ぞうけい)が深くてね。……そんな箱の影なんかにいないで正々堂々としたまえよ」


 ヘムロッドさんの一言で、何者かが動揺したのがわかった。

 心臓の音が聞こえるわけでもないのだけど、やはり吸血鬼の五感は鋭いようだ。

 そして、人数は一人。


 もしかしたら隠れているのがいるのかもしれないけど、こっちは三人いるのだから不意打ちは成立しづらい。

 そんなことを考えていると、ヘムロッドさんの言葉通りにやけに大きな段ボール箱の影からゆっくりと誰かが出てきた。

 瞬時に僕は能力を発動しようとして……できなかった。


 なぜなら、出てきたのは室長だったからだ。

 百怪対策室の本来の主、ヴィクトリア・L・ラングナーだったからだ。


 「……ぇ」


 漏れた声は僕のだったのか、笠酒寄のだったのかはわからない。

 だが、動揺したのは確かだった。


 「なんだコダマ、笠酒寄クンも。そんな顔をしていると『怪』につけこまれるぞ。ま、コダマの顔に今一つ締まりがないのは今に始まったことじゃないがな」


 室長の姿をした『何者か』はそんなことを言う。

 いかにも室長が言いそうなことだった。


 記憶にある室長と全く同じの、不敵な笑みを浮かべて、『室長』はゆっくりと僕達に近づいてくる。


 本物? いや、鵺? どっちなんだ?


 混乱する。


 室長を助けるために、『怪』を追っていて、室長に遭遇するだなんてことは考えていなかったが故に。

 どうする? どうしたらいいんだ?

 迷っている間に、『室長』はヘムロッドさんの目の前にまで迫っていた。 


 「ようヘム。元気そうじゃないか。百怪対策室を任せてしまった済まなかったな。後は私に返してくれれば良い」


 親しげに、『室長』はそう言って手を差し出す。

 握手を求めるように。


 「浅知恵だね」


 死刑宣告のようにヘムロッドさんは断じると、いつの間にか持っていた金属片を放った。

 空中に投げ出された金属片は、途中で重力に逆らうように停止すると、そのまま『室長』の首に突き刺さった。


 「……かっ……ぁ……」

 「姿形(すがたかたち)は完璧だね。私、空木クン、そして笠酒寄クンの三人から見た総合的なヴィクトリアの姿を借りることが出来るとはね。……しかし、知っておくと良い。ヴィクトリアは握手が嫌いなんだ」


 僕にはヘムロッドさんの顔を見ることはできない。しかし、その背中からはほんの少しだけ怒気が漏れていた。

 『室長』は、いや、室長の姿を借りた鵺は首に刺さった金属片を引き抜こうとするが、まるで生きているかのように金属片は徐々に内部にめり込んでいった。


 ……えぐい。


 「安心したまえ。そのゴーレムは殺傷が目的じゃない。一週間ほど動けなくなるがね」


 人間だったら死にます。

 っていうか、あの金属片もゴーレムなのか。何でもありだな。


 鵺はまるで首をかきむしるようにして、金属片を取り出そうとしていたが、やがてその動きは停止した。

 興味は無い、とばかりにヘムロッドさんは室長の姿をした鵺を蹴り倒すと、潜んでいた段ボール箱の影に向かっていった。

 動けなくはなっているのだろうが、一応は警戒しつつ僕も笠酒寄も鵺の横を通ってヘムロッドさんの後を追う。


 鵺が潜んでいた場所、そこにはなにかの魔方陣のようなものがあった。

 僕にはそういう風にしかわからない。笠酒寄だって似たようなものだろう。

 しかし、ヘムロッドさんは素早くその隣に何かしらの文字を書き足し始めていた。


 「なんなんですか? それ」

 「転移術式の魔方陣だね。すでに発動済みだ」


 転移? 何を転移したんだ?

 そう考えてから、そんなものは一つしか無いことに気付く。


 「まさか、殺生石⁉」

 「そのまさかだろうね。瘴気を(ほとん)ど感じないからある程度は予想していたんだが」


 まずい。あんな危険なモノが行方不明になってしまうのは非常にまずい。

 しかも、おそらく殺生石を狙っていた奴らの手に落ちている。


 僕達は、遅かったんだ。


 後悔しても、取り返しはつかない。

 痛いぐらいに拳を握りしめても、何も変わらない。起こってしまったことを悔やむよりも、対策を練らないといけないだろう。

 ヘムロッドさんは未だに何かを書き足している。


 「なにを……やっているんですか?」

 「追跡だよ。この魔方陣は一度発動してしまうと次は使えないんだが、座標はわかるからね。即席では正確な転移先を辿(たど)ることはできないが、近くまではいける。まだ発動してから時間経過も少ないから殺生石を追うには今しかない」


 希望と言うには余りにもか細い。しかし、僕には十分だ。

 もちろん、隣の笠酒寄だってそうだろう。

 ちらりと見ると、笠酒寄は力強く頷いた。


 「来るかね?」


 一も二もなく、僕達は頷いた。



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