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第三怪 その3

 満月をバックにして、僕そっくりの姿をしたソイツは笑う。


 にやにやと、僕の神経を逆なでするような笑い方で。

 うわ、僕が笑うとこんなに気味が悪いのか。


 自分でもショックだ。これからはあまり笑わないようにしよう。っていうか、五里(ごり)(づか)のやつが言ってた意味が今になってわかった。

 ソイツが浮かべている笑顔は、まるで陶器にひびが入っているかのようだ。

 人間味が感じられない。まるで、人形が人間の模倣をしているかのようだ。


 ただ単に、表情筋をこう動かせば笑顔と定義される表情になるからそうしている、というような(おもむき)を感じさせる。

 おかしいことがあった、楽しいことがあった、そういう感情に(もと)づいて笑っているんじゃなくて、相手に不快感を与えるためだけにコイツは『笑顔』という状態を作っているのだ。


 しかも、僕そっくりの姿で。

 ……こんなに不愉快なことはない。


 真似をされるっていうのは心理学的には親近感を抱くらしいのだが、今の僕が抱いているのは嫌悪感だけだった。

 いや、嫌悪の情だけじゃなくて、怒りも同時に沸いているのだけど。


 「――お前は、一体何だ?」

 「僕はキミだよ。知ってるんだろ? そっくりなのは外見だけじゃない。中身だって同じなんだよ。……もちろん、“心”だってね」


 寸毫(すんごう)も笑顔を崩すことなく、僕そっくりのソイツは言う。

 同じ? そんな訳あるか。


 こんな、にやにやと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべるようなヤツと僕を一緒にして欲しくはない。

 そもそも、僕が二人も居てたまるか。

 例え双子だったとしても、精神までが同じということなんてない。


 とういうか、僕はこんな人の不安を(あお)るような事は言わない。

 不安が、どれだけ人の心を(むしば)んでしまうのかを知っているから。

 目の前のコイツには、その配慮が感じられない。

 いたぶって、楽しんでいる。


 故に、当然のことだが目の前のコイツは僕じゃない。

 おそらくは、何かしらの魔術によって発生しているだけのものだろう。

 なら、手加減する必要も無い。殺しはしないけど、それなりに痛い目にはあってもらう。その後に僕を元の場所に戻してもらったら良いだけの話だ。


 決めたら、あとは実行あるのみだ。


 ぶわり、とまとめている僕の髪が浮かぶ。

 首をやってしまうと死んでしまいかねないから(生死の概念があるのかは知らない)、とりあえず手に狙いを定めて、一気に(ねじ)る。


 ごきん! という鈍い音と共に、僕そっくりの『何者か』の右腕はめちゃくちゃな方向に曲がった。

 同時に僕の右腕も同じような音を立ててひん曲がった。というよりも振り回された。


 「あ? う……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一瞬遅れて痛みがやってくる。


 思わず能力を解除して、膝を突いてしまう。っていうか、視線自体が外れてしまったのですでに能力は行使できなくなってしまったのだけど。

 いや、そんなことよりもだ。


 どうなってるんだ? 僕が能力を使えるように、アイツも同じような能力を使えるっていうのか⁉

 めちゃくちゃに捻られてしまった右腕はすぐに再生が始まる。

 だが、こういうタイプの再生には時間がかかる。


 案の定痛みはあまり引かず、再生するとき特有の異様なかゆみもやってこない。


 「おいおい、そんなに乱暴にするなよ。僕はキミだって言ったじゃないか。僕はキミで、キミは僕。お互いに大事にし合おうぜ? お互いがお互いなんだからさ」


 『何者か』は全く痛みを感じさせない口調でそんなことを言ってくる。

 痛みがあるうちは集中できないので能力は行使できないが、相手の動きがわからないというのはまずいので歯を食いしばって僕は顔を上げる。


 『何者か』の右腕は確かに曲がらない方向に曲がってしまって、だらりと下がっているだけだった。

 今の僕と同じように。

 違いがあるとすれば、僕は膝を突いていて、向こうは嫌な笑みを浮かべて立っているままということだろうか。


 形勢としてはまずい。


 こっちはこの程度の痛みで行動不能に近い状態に追い込まれてしまっているのに、向こうは全然そんなことはないようだ。

 ……なにが、“キミは僕”だ。痛みに対する耐性が全く違うじゃないか。


 もし、僕と同じ能力だっていうのならば視線に依存している可能性は高い。

 なら、痛みに強いかどうかは大きなアドバンテージになってくる。

 まずい。圧倒的に僕が不利だ。


 このままだと、好きなようにいたぶられてしまうのは目に見えてる。

 ぎりり、と奥歯をかみしめる。

 根性見せるときだろ!


 自分を叱咤するのは苦手だが、そんなことを言ってる場合じゃない。

 個人的には、精神論なんてのは古くさいっていうスタンスを取っていたかったのだけど、打開策が思いつかないのだからしょうが無い。


 全力で、僕そっくりの『何者か』に向かってダッシュする。

 相手が何らかの能力持ちだっていうのならば、接近戦に持ち込んでしまうのがいい。

 なり損ないとはいっても吸血鬼。そうそう遅れは取らない。


 手が届く距離までは数秒。そして、そこからは殴るだけだ。

 未だに動いてくれない右腕は使えないので、慣れない左手での打撃。

 素人のテレフォンパンチと(あなど)るなかれ。僕の身体能力から繰り出される一撃は、見てから反応できるような代物じゃない。


 「やめなって。暴力はあんまり好きじゃないんだ。それはわかってるんだろ?」


 あっさりと、『何者か』は僕のパンチを躱す。

 ついでのように、足をひっかけて転ばしてくる。

 勢い余って転げそうになってしまうけど、そこはなんとかこらえた。

 それでも、体勢は崩れる。


 「ぐ!」


 思いっきり腹に鈍い痛みが走る。

 膝蹴りを入れられたとわかったのは、地面に倒れてからだ。


 「ほら、そんなもんじゃないだろ? 僕はだれよりもキミのことをわかってるんだから」


 顔を蹴られる。

 意識が吹っ飛びそうになるけど、叫ぶことによって回避。

 同時に、動く部分をフル活用してヘッドスプリングみたいに体勢を立て直す。


 器械体操なんて苦手だったんだけど、身体能力の向上はそういう部分も克服してくれていた。

 お互いの距離は、三メートルほど。

 僕にとっては間合いの中だと言ってもいいのだけど、それは相手も同じのようだ。


 ……どうやら、格闘能力は向こうに分がある。


 能力も同じようなモノ、身体能力は互角ぐらいだろうけど、技術の差は明らか。

 まずい。

 手詰まりに近いんじゃないのか、この状況。

 躊躇した一瞬だった。


 一気に相手が間合いを詰めてくる。


 「っ⁉」


 体を捻って、襲ってくる前蹴りを躱す。


 がつん、と頭部に衝撃。


 視界がくらくらするが、何が起こったのかは理解できた。

 前蹴りを躱された瞬間、向こうは無理矢理体を回転させて僕の頭を蹴ってきたのだ。


 無茶苦茶にもほどがある。人間だったら関節がイカれてしまっても当然と言えるような動きだ。

 だが、人間じゃないなら問題も無い。

 火花が散っている視界の端で何かが動くのがわかった。


 とっさに伏せる。


 鋭い風切り音と共に頭上を何かが通過していった。

 もはや、迷っている時間は無い。

 伏せた状態からブレイクダンスでも踊るように足払いをかける。

 ばしん、という感触と一緒に、足を払われた『何者か』は宙に浮いた。


 チャンス!


 立ち上がる勢いそのままに、頭突きをかます。

 どうやら腹に当たったようで、感触は固いものじゃなかった。

 それでも、『何者か』は派手に吹っ飛ぶ。


 当然だろう。僕に全力で頭突かれてしまったのだから。

 最悪、内臓破裂とかになりかねない。


 派手な音と共に、ジャングルジムに叩きつけられた『何者か』は力なく地面に落ちるが、すぐさま立ち上がってくる。

 なんてタフなんだよ! 人狼並みかよ!


 が、『何者か』は立ち上がっても襲いかかってはこなかった。

 ただ、今までと変わらない嫌な笑みをまだ浮かべていた。

 警戒は解かない。何かしらの能力を保有しているのは確実なんだ。しかも、それはある程度の距離を無視して発動できる。


 「……ふふ、ちょっとは素直になってきたみたいじゃないか。僕は僕が素直になってくれてうれしいなァ」


 ひびが広がるように、『何者か』の笑みが深くなる。

 くっそ、めちゃくちゃキモい。

 なんなんだよ、コイツは。


 「お前、何なんだよ?」


 思わず、考えていたことが漏れてしまっていた。


 「何を言ってるんだよ。言ったろ? 僕はキミだって」


 いや、わかんねーよ。電波かお前は。

 これ以上の問答は無意味そうだ。

 改めて僕が接近戦を仕掛けようとした瞬間、『何者か』は言った。


 「思ったことはないのかい? “僕は確実に優れている存在だ。そんな僕はもっと横暴に振る舞っても良いはずだ”ってね」


 足が、止まる。


 「お前……」

 「何度も言わせないでくれよ。僕はキミで、キミは僕。なんでも知ってるし、隠し事はできない」


 僕そっくりのソイツは、まだ笑みを崩さない。

 どこか……キスファイアと重なるその笑みを。


 「疑問なんだろう? 何で自分が凡庸(ぼんよう)なアホ共の為に身を粉にして、苦しい思いをして、痛い思いをして解決してやらないといけないのか、って」


 ソイツは、流れるように続ける。


 「僕は、特別なんだよ。身体能力は人間の領域を越えてるし、そんじょそこらの存在じゃまったく敵わないような能力だって持ってる。そんな僕がなんで平凡な人間なんかにへーこらしないといけないんだ? 単純な能力の比較なんて意味が無い、なんてのは劣っている人間が提唱するだけの言い訳だっていうのはキミの考えだろう?」


 僕は何も返さない。


 「クラスの奴らだってそうだよ。あいつらは所詮人間。僕や室長みたいなとんでもない存在についてくることはできない。……例外は笠酒寄ぐらいなものだけど、アイツは馬鹿だからね」


 笠酒寄。その名前が出た瞬間、僕の中でどす黒い感情が燃え上がるのを感じた。


 「人間社会なんてのは大声を上げることができる愚者の尻拭いを善人が引き受けているだけに過ぎないんだよ。そんなのは善人が、賢人が損じゃないか。なら、多すぎる愚劣を間引いてしまえば、少しは社会も良くなるんじゃないのか?」


 ああ、そうだ。夏休みにキスファイアとやり合った後に、そんなことを考えてしまったことはある。

 だけど、僕はそれを自ら否定した。

 結論としては、僕は特別というよりも単にちょっと違っているだけ、とうものだった。


 そう、身体能力が優れているとか、念動力があるとか、そういうのはちょっと違っているぐらいのものでしかない。

 そう結論づけて、片付けたはずだった。

 終わったはずだった。封じ込めたはずだった。捨てたはずだった。


 その考えは、二度と至らないと決めたはずだった。


 なのにコイツは、その考えを、僕しか知らないはずの僕が考えたことを知っている。

 ぞっとする。


 『怪』なのだろうか? 妖怪とかの類いなのか? だとしたら、どういう『怪』なんだ?

 僕の考えを看破してしまうぐらいだから、“サトリ”とかの読心の能力を有しているタイプか?


 わからない。向こうは僕を知っているようでも、僕は全くコイツを知らない。

 不安は膨らむ。だが、それ以上に笠酒寄を馬鹿だと侮辱されてしまったのは……許せない。


 「ん? なんだよ、笠酒寄を馬鹿にしたのを怒ってるのかな? でも、それだってキミが思ったことだろ? キミのことなら何でも知ってるんだよ」

 「……そうみたいだけど、知ったことじゃないな。彼女を馬鹿にされて怒らないほど僕はクソ野郎じゃないんだ」


 (にら)む。

 それはもう、視線で人が殺せるのなら殺せるぐらいには。


 人の心を好き勝手に暴いて、それをなぶって悦に入ってるようなヤツは嫌いだ。

 いや、正確には他人を格下と断じて好き勝手に蹂躙(じゅうりん)するようなヤツは、だ。

 コイツは、間違いなく当てはまってる。

 もしかしたら、コイツはかつての僕なのかもしれない。未来の僕なのかもしれない。


 でも、知ったことか。


 今の僕は、しこたまむかついているんだ。

 ぶっとばす!


 そうと決めたら行動は早かった。

 足元の土を抉るように掴んで投げつける。

 握り潰しておいたので、砕けた塊は煙幕のように空中で広がった。


 僕も相手もお互いに視認できなくなる。

 これでいい。これが狙いなんだ。

 そのまま土煙の中を突っ切るように突進。


 土煙を抜けた瞬間、能力が襲ってくるのはわかっていた。

 だから、僕は動く左腕を突き出すようにして突進した。


 左腕があらぬ方向にひん曲がる。

 痛みが走る前に、『何者か』が能力の対象を移す前に、すでに僕は至近距離まで近づいていた。


 「くったばれぇえええええ!」


 両腕が使い物にならなくなってしまっているので、使えたのは頭だった。

 相手の顔面のど真ん中に額を衝突させる。

 メシメシと相手の鼻骨が折れる感覚が伝わってきたのだけど、今だけは闘争心が増幅しただけだった。


 『何者か』はジャングルジムに寄りかかるように背中をつく。


 逃すか!


 今度は突き刺すように前蹴りを食らわす。

 柔らかな内蔵が、なんとも不快な感触をくれる。


 知ったことか!


 再びの頭突き。

 頭突き、頭突き、頭突き、膝蹴り、膝蹴り、膝、膝、頭突き。


 最後にもう一撃全力の頭突きをかますと、『何者か』は後頭部を派手にジャングルジムにぶつけた。

 最早見られた顔じゃなくなっている。僕も垂れてきた血で片目は塞がっている。

 それでも、残った目は相手から全く離していなかった。


 白目をむいて、『何者か』は崩れ落ちた。

 ぴくりととも動かない。 

 荒い息をつきながら、僕はそれを見下ろしていた。


 「……なんだったんだ、お前は」


 結局、最後までそれはわからなかった。


 しかし、どうしたものだろうか?

 なぜ夜の稲木公園にいるのかさえもわからないし、そもそも何がどうなっているのかが把握できていない。

 唯一の情報源らしき人物も、今は気絶している。流石に死にはしていないだろう。


 まいった。どうしようもない。

 このままこの場所でぼーっとしているわけにはいかないのに。

 途方に暮れそうになっているそのとき、僕の耳は微かな音を、いや声を聞いた。


 「……ん。……ぎ……くん。うつぎ……ん」


 笠酒寄の声だ。

 間違えるはずもない。

 はっきりとは聞こえないけど、笠酒寄の声だった。


 「笠酒寄? 笠酒寄なのか⁉」


 叫ぶけど、返事はない。

 何処なんだ? 何処から呼んでいるんだ?


 「空木君! しっかりして!」


 今度ははっきりと聞こえた。

 何処から僕を呼んでるんだ、笠酒寄?


 「こっち!」


 僕の目の前に、ほのかに輝く炎のようなものが突如として出現した。

 笠酒寄の声がしているのは『これ』からか?


 僕は手を伸ばす。

 炎のようなものに触れた瞬間、僕の意識はフェードアウトした。





 「空木君! 空木君! しっかりしてよ!」


 笠酒寄の声が聞こえる。

 同時に、僕の胸に連続して衝撃がやってくる。

 まるで、殴りつけられているかのように、っていうか殴っていやがる。


 「……おい笠酒寄、なんで僕の胸をそうも執拗(しつよう)に殴ってくれているのかな?」

 「空木君⁉ 起きた! よかったぁ!」


 涙目で笠酒寄が抱きついてくる。

 ぐえ、人狼のパワーでやってやがるから首が絞まる。


 みっともなく暴れることで僕は笠酒寄をなんとか振りほどく。

 そこで、僕は自分が床に寝ていることを知った。


 どうなってるんだ?


 一体何が起こったんだ?


 周りを見てみれば、笠酒寄の他にもヘムロッドさんが居た。

 というよりも、僕が稲木公園に飛ばされる直前にいた、あの倉庫らしき場所だ。

 夢、でも見ていたって言うのか? 僕が? なんで?

 どうにも腑に落ちない状態だったのだが、ヘムロッドさんがゆっくりと近づいてきたことで思考は中断された。


 「おはよう空木クン。どうやらキミは自分に打ち勝ったようだね。これで鵺は恐るるに足りないな」


 鵺……そうだ、鵺だ。僕達は鵺を追っているんだ。

 先ほどの激戦が嘘のように、起き上がった僕の体に痛みはなかった。


 「聞きたいことは山ほどあるだろうから、行きながら説明しよう」


 そうしてくださると助かりますね。

 心の中だけでそう言って、僕は立ち上がった。



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