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第三怪 その1

 統魔の隠蔽(いんぺい)班はきちんとクルマを用意してきてくれていた。

 乗り心地は、ヘムロッドさんの所有しているモノよりも数段劣るものだったが文句を言うべきではないだろう。

 そんなことよりも、僕には気になっている事があった。

 とりあえず、他に誰も聞いている心配がない車内に移動するまでは黙っておこうと思った話が。


 「……ヘムロッドさん、なんで八久郎(やくろう)さんに連絡したんですか?」


 ()(どう)(いん)八久郎。一九〇センチを越える背丈に、筋肉質の肉体をした、オカマの魔術師。


 彼(彼女?)によって、室長は時間ごと凍結させられる憂き目に遭ってしまったのだ。

 いわば、直接的に現状を招いた人物だともいえる。

 そんな八久郎さんに、なぜヘムロッドさんが話を通しに連絡したのだろうか?


 直接統魔に連絡するだけでも十分そうだが、それを選択しなかったということは、何かがあるのだろう。僕の知らない何かが。


 「なに、八久郎は未だに統魔日本支部が自由に動かせる最高戦力であることには変わりないからね。話を通しておいたほうが何かと都合が良い。……あとはね空木クン、八久郎だって心の底からヴィクトリア憎しで動いたわけじゃないんだ。それはわかってほしい」


 わかってる。僕だって、それなりに物事はわかっているつもりだ。

 それでも、どうしようもなく相反する思いが生じてしまう。


 なぜ八久郎さんは室長を見逃してくれなかったんだ? 統魔の定めたルール? それは恋人の忘れ形見を持っていることさえも許してくれないようなガチガチのルールなのか? 


 ……だったら、そんなルールはないほうがいいんじゃないか? 

 そんな風に考えてしまう。

 ぐるぐると、そんな風に相克する考えが頭の中を回っていると、左手にぬくもりを感じた。

 見れば、(かさ)酒寄(さき)が手を重ねていた。


 「空木君が考えてる事、なんとなくわかる。でも、今は考えてもしょうがないんじゃないかって思う。今は殺生石を追わないと」


 ……悔しいが笠酒寄の言うとおりだ。


 目の前の大事に気を取られていると、目の前の小事をしくじる。

 今現在は放っておくしかない。

 だが、殺生石の一件が終わったらきっちりと説明してもらおう。

 結局、僕はそんな風に問題を先送りした。





 

 「……ところで、目的地はわかってるんですか? あの、(ぬえ)? が逃げた場所とか僕には見当もつかないんですけど」

 「問題ないよ。ほら」


 前を見たままで、ヘムロッドさんはポケットから妙なモノを取り出す。

 小瓶に入った……爪、だろうか。

 が、しかし。普通の爪なんかじゃないことは一目でわかる。


 なんといっても、ついさっき指から引き剥がしたかのようにわずかな肉と、血液が付着しているからだ。ちょっとしたグロになってしまっているが、もうすでにこの程度では動揺しなくなってしまっている。悲しい耐性だ。


 「うわー、グッロいですね。剥がしたてですか?」

 「そうだね、笠酒寄クン。ついさっきやりあった人虎(ワータイガー)の一体から拝借してきた」


 なんつう痛みを伴った拝借だ。っていうか拝借じゃなくて強奪じゃないのか?

 心の中でだけそう突っ込んでおく。

 つーか、笠酒寄。お前は平気なのな。こういうのは女子のほうが嫌がりそうなものだけど、意外に笠酒寄お嬢様は興味津々でいらっしゃるようだ。


 「これが、行き先を教えてくれるんですか?」


 そうは見えない。呪い殺すためのアイテムだと言われたほうがいくらかは信じられる。


 「正確に述べるなら、この生爪に宿っている“つながり”が案内してくれるんだよ」


 とうとう生爪って言った。せっかくそのワードを避けてたのに。

 くっそ、余計に気持ち悪くなってきてしまった。


 それでも、どういう仕組みになっているのかは聞いておいたほうがいいだろう。

 いざという時に僕や笠酒寄が使えるように。……聞いても使えるかどうかはわからないけど。


 「“つながり”って、なんですか?」

 「ふむ、そうだね。日本語で表現するなら“絆”かな? 親族でも仲間でもいいんだが、とにかく一緒にいる存在にはそういうつながりが発生している。今追っている鵺にも一緒に行動していた仲間がいただろう?」


 二体のトカゲ人間と、人虎。なるほど。


 「その一体から拝借してきたこの爪はね、鵺とのつながりをまだ保持している。それを使って、導いてもらっているんだよ。役に立つね、肉体っていうヤツは」


 ゴーレム法の権威の発言だと違う意味に取られかねないが、黙っておこう。

 じっと、小瓶に入っている生爪を見る。

 見えない何かに引っ張られるように、爪は一定の方向に向かっていた。


 ……まさか自分の爪をGPS代わりにされるだなんて、あの人虎も予想していなかっただろう。合掌。死んでないけど。


 「さあて、見えてきたね。おそらくあの施設だ」


 ヘムロッドさんはハンドルを回して、山道のほうに入っていった。

 入る直前、山の頂上にホテルのような何かを僕は見た。


 鵺が逃げ込んだのはあの場所なのか?

 考える間もなく、ヘムロッドさんが運転するクルマが立ち入り禁止の看板を跳ね飛ばしたので僕は法律を守って欲しいと抗議する羽目になってしまった。

 ……なんでこうも魔術師は日本の法律を破りたがるんだ。それとも器物破損の概念がないのか?






 「ふむ。ここから先はクルマでは無理だね。まあ、私のクルマじゃないから壊しても問題はないのだけど、色々と後から面倒くさいことになるのは勘弁願いたいからね」


 借り物をそんな風に評価しながらヘムロッドさんはクルマを停めた。

 統魔の予算が心配になってしまうような発言の後に、ヘムロッドさんは速やかにクルマから降りる。

 どうやらここからは歩きになってしまうようだ。僕と笠酒寄もヘムロッドさんに(なら)って降車し、先に続く狭い道を見た。

 本来はクルマが通れるぐらいには道幅があったのだろう。しかし、どうやら長期間放置されてしまっているようで、現在はその三分の二は植物に覆われてしまっていた。


 辛うじて露出しているアスファルトもかなりボロボロだ。一体どのくらいの期間手が入っていないのか気になってしまう。

 確かに、このひどい道をクルマで通行するのはかなりの無謀だろう。そのまま谷底に落下してしまっても文句は言えない。……死にはしないだろうけど、痛いのは嫌だ。


 しっかりと施錠してから、僕達は枝やら這っている蔦やらを踏みながら登り始めた。

 数十分後、目の前にはなんともうらぶれた感のある建物が姿を現していた。

 っていうか廃墟だろ。

 所々にはヒビが入り、縦横無尽に植物が這い回っているのはなんとも不気味だ。

 ホラー映画とかの舞台にしたら、さぞかしB級な作品が撮れることだろう。


 「この中だね」


 小瓶に入ってる生爪の反応を確認してヘムロッドさんはそんなことをのたまう。

 予想はしていたんだけど、気は進まない。散々ホラーな体験はしてきているんだけど、未だに苦手なんだ。

 待っているのはホラーじゃなくて、十中八九バトル展開だろうけど。


 「……わかりました。待ってるのは鵺だけなんでしょうか?」

 「だろうね。そうじゃないなら山道で奇襲を仕掛けてきてもよかった。ここは多分、前線基地のようなものだろう。本拠地じゃない」


 更に本拠地があるのならば、そこに戻られる前に決着はつけたい。

 笠酒寄に目で合図をしてから、僕達は建物の中に足を踏み入れた。



 



 かつん、かつんと先を行くヘムロッドさんの靴音が建物内に反響する。


 中は想像通りにがらんと、はしていなかった。

 どうやらホテルかなにかだったようで、それなりには高級だったであろう家具の残骸やら、調度品が散見された。

 今現在においては単なるゴミと見分けが付かないぐらいにはボロボロになってしまっているが、元々は価値のあるものだったのだろう。諸行無常を感じさせてくれる。


 「笠酒寄、何か聞こえるか?」

 「ううん、わたし達以外の音はまだ聞こえない」


 尋常じゃない聴覚を発揮する笠酒寄は生体レーダーみたいなものだ。だが、こういった入り組んだ建物内なんかではその精度はがくっと落ちてしまう。

 それでも、僕なんかよりもよっぽど頼りにはなるが。


 「空木クン、笠酒寄クン。おそらく鵺は最上階だろうが、一応は用心しておいてくれ。罠をしかけている可能性は十分にある」


 フロントの中をのぞき込みながら、そんな忠告のような言葉が飛んできた。


 「罠?」

 「そうだ。敵は単独、もしくはごく少数だろうが、待ち伏せをしてはいけない法律はないからね。いや、数で不利だからこそやるんだが」


 なるほど。合成獣(キメラ)のときと同じか。

 あのときは仕掛けていた人物が魔術師として二流だったおかげでしょぼい罠しかなかったが、今回もそうだとは限らない。

 てぐすね引いて待ち構えている可能性の方が高いのだ。


 そうなってくると、もっと慎重に歩を進めたほうが良さそうに感じてしまうのだが、先頭を歩いているのはヘムロッドさんであり、後ろでは笠酒寄がレーダーとなっている。

 そして、距離があるのならば僕の能力で捕縛するだけの話だ。

 正直、そう易々(やすやす)とは奇襲されない自信がある。


 「ふむ、流石にエレベータは使用不可能か。となると階段を上るしかないか」


 カチカチと何度かボタンを押してから、至極残念そうにヘムロッドさんは言った。

 僕としても、エレベータが使えるのならば使いたい所だったが、密閉空間に罠が仕掛けられている可能性を考えると、使用自体は躊躇していただろう。

 結局、エレベータが動いていようがいまいが、階段だったのだろうけど。


 しかし、ここでも同じ問題が発生してくる。

 階を移動する手段が階段しかないのならば、そこを無防備なままで放っておくだろうか? 僕の解答はNOだ。

 敵が通るとわかってる場所にはたんまりと罠を仕掛けておく。相手は仮にも殺生石なんて代物(しろもの)を盗んでいるんだ。そのぐらいの頭は回るだろう。


 確実に、何かはある。

 従業員用のドアを開けて、見つけた階段を見ながら僕はそんな風に考えた。


 「……どうしますか? 絶対に罠はありますけど、まさか天井をぶち抜いて上の階に移動する、なんてことは言いませんよね?」


 室長ならやりかねないが。


 「ふふ、そうだね。罠は確実。なら、私達が引っかからなければ良いんだよ」


 言うが早いか、ヘムロッドさんはポケットからペンを取り出していた。

 そのまま階段の手すりに迷うことなく何かを書いていく。


 Emeth


『真実』を意味するその言葉は、ゴーレムの核になるものだ。

 そして、ヘムロッドさんはゴーレム法の権威でもある。

 ぎぎり、と頑丈そうな鉄の階段が(きし)んだ。


 「さて、お前にかかっている魔術を全て開示しろ」


 ヘムロッドさんの命令に従って、ゴーレムと化した階段がまた軋む。

 よくよく観察してみると、浮かんでいた錆がぐねぐねと(うごめ)いて文字を形作っていた。

 気持ち悪っ!


 僕の後ろで笠酒寄も表現しがたいうめき声を上げていた。 

 生爪は平気でもこういうのはあまり得意じゃないらしい。こいつのダメなラインがわからない。

 そんな風に引いてしまっている僕達を置いて、ヘムロッドさんはさっさと解読作業に入ってしまっていた。


 「……なるほどね。仕掛けたのはそれなりにはできる魔術師みたいだね」

 「それは、なんとも嫌な感じですね」


 相手が魔術師だというだけでも嫌なのだが、その上に鵺という妖怪までいるのだ。これで上機嫌になるほうがどうかしている。

 いや待て、鵺自身が魔術師じゃないという保証もない。その場合、多少は楽になる。


 どうやっても、一度に出来ることの限界はある。

 二人なら同時に攻撃される可能性もあるが、一人なら行動は一つしか取れない。分身でもできるっていうのならばともかく。


 「解呪(ディスペル)


 階段に触れているヘムロッドさんの手がほのかに光った。

 いやまあ、何かの魔術を行使したのだろうが。


 「階段に仕掛けてあった魔術的な罠は全部解除した。行こうか」


 あっさりと敵の目論見は破綻した。

 まだ階段以外の罠は残っているだろうが、注意を払う場所から階段が除外されてしまったのは大きい。

 ヘムロッドさん、笠酒寄、そして僕の三人の目から完全に逃れての不意打ちはほぼ不可能だろう。

 仕掛けた人物には申し訳ないが、ちょっばかりずるをさせてもらおう。


 「上る順番はどうしますか?」

 「私、空木クン、笠酒寄クンでいこう」

 「わかりました」

 「はーい」


 ほのぼのしてるが、要は魔術的な罠はヘムロッドさんが見つけて、その他は反応して躱せということだ。力業にもほどがあるが、純粋な人間がいないこの三人だからこそやれることだろう。

 かつん、というヘムロッドさんが階段に足を乗せた音で廃墟攻略は始まった。


 最奥に待つのは鵺か、それとも魔術師か。それとも両方か。



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