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第二怪 その5

 変身している人虎とトカゲ人間が突撃してくる。

 計四人。こっちも四人だから戦力的には同等に思えるようだが、ヘムロッドさんとクリシュナさんの格闘能力は未知数だ。っていうか、見るからに向いてないだろう。


 「笠酒寄、足止め頼む!」

 「おっけー! ひっさーつ!」


 人狼全開の笠酒寄が突進してくる四人に向かう。

 一対四。しかも笠酒寄は人狼とはいえ、格闘訓練を積んでいるというわけじゃない。結果は火を見るよりも明らかだろう。……僕がいなけば。

 敵の四人が笠酒寄を迎え撃つために足を止めた一瞬を僕は見逃さない。

 狙いはリーダー格の人虎。


 べきごぎぼぎん!


 なんとも耳障りな音と共に人虎の両足がひどいことになる。

 目にも留まらぬ早さで移動されてしまったらどうしようもないが、捉えてしまったらどうにでもなる。笠酒寄とのバトルからの教訓だ。


 絶叫。


 両足が使い物にならなくなってしまった痛みは僕には想像も出来ないが、すさまじいものだったのだろう。振り絞るような咆哮と共に片方の人虎は前のめりに倒れた。


 「ていやー!」


 そして、残りの三人が動揺したその一瞬で笠酒寄はすでに距離を詰めてしまっている。

 体が動く三人は辛うじて人狼キックを避けられたのだが、倒れてしまっている人虎はどうにもならない。


 もろにその凶悪な一撃を受けてしまった人虎は、声も上げることが出来ないままに地面に埋められてしまった。

 ……あれじゃあ両足が再生しても戦線復帰は厳しいだろう。なら後の三人にしばらくは集中できる。ナイス笠酒寄。


 「次頼む!」

 「りょーかい! まっさーつ!」


 かけ声が物騒なのは突っ込まない。今は戦闘中だし。

 笠酒寄は残っている人虎のほうが厄介だと判断したのか、それともトカゲが嫌いなのかはわからないが、人虎のほうに向かった。つまりは、残りのトカゲ人間は必然的に僕に向かってくる。


 「シャアアァァァァア!」


 ヘビの威嚇のような声を上げて二人のトカゲ人間が向かってくる。だが、こんなのにくらべたらキスファイアのほうがまだ恐ろしかった。更に言うならこの程度のスピードでは僕の視線を切ることはできない。相手の能力を知らないということは非常に危ういことだと身を以て教えてくれた。


 「空木様、伏せてください」


 感情を感じさせないクリシュナさんの声が聞こえるのと同時に僕は玉砂利の上に伏せていた。


 「七・六二ミリ非殺傷用弾頭、ご堪能ください」


 パダダッ! パダダッ! パダダダダダダダダダダッ!

 最初の三点バーストで正確にトカゲ人間に命中させて、動きを止めてから確実に連射を叩き込んでいく。

 今回はそんなに長時間の連射じゃなかったので弾切れは起こしていないのだろうが、それでも弾丸をしこたま食らったトカゲ人間達は声も上げずに失神した。


 ん? 失神?


 そう。肉片にジョブチェンジしてしまっても不思議じゃないぐらいの弾丸を食らったはずのトカゲ人間二人には特に外傷もなく、立ったままで気絶しているようだった。


 「失神の魔術を物質化させた特製の弾丸です。ヴィクトリア様謹製でございます」


 ……なるほど。こんな弾を作るのは室長だろうな。

 まあ、無力化できたのだからよしとしよう。室長が製作したモノならしこたま性質(たち)が悪い可能性はあるだろうが、効果はてきめんだろう。

 そして、笠酒寄の方も見事なアッパーが人虎の顎に決まっていた。

 人虎の巨体が三メートルも縦にぶっ飛んだのだからその威力や推して知るべしだろう。


 ざしゃり、と派手に玉砂利を跳ねさせて人虎は落下した。……ぴくりともしないところを見ると、死んでしまったんじゃないかと心配したくなってしまうが、この程度でくたばるようなら僕は笠酒寄の時にあんなに苦労はしなかっただろう。

 つまり、人虎はまだ生きてはいるが復帰には時間がかかる。


 パダダッ!


 今し方、トドメのように打ち込まれた特製弾丸のおかげで更にしばらくは目を覚まさないだろう。

 なら、残りを始末するだけだ。

 未だに変身もせず、魔術を行使するでもない二人の女性に目線を移す。


 わずかな時間で数的優勢は逆転してしまった。

 こっちは弾薬の消耗ぐらいで、体力もまだ有り余っている。

 対して、向こうの戦力は単純計算でも三分の一だ。

 伏せた状態から立ち上がって、僕は残っている二人に宣告する。


 「投降してください。僕もあまり女性を傷つけたくはないんです」


 大きめの声で言ったから聞こえなかったということはないだろう。

 が、反応は冷たいものだった。


 「ふうん。確かにそっちは中々やるけど、こっちはもう勝ってるんだよ」


 未だに自信満々なのは一体なぜなのかという疑問はあるのだが、交渉が決裂してしまった以上、僕がやることは一つだけだ。

 ぶわり、とまとめている髪が浮くのがわかった。


 「AaaaAAaaAAAaaaaaaaaaAaaAaAaaAAッ!」


 二人のうちの一人、長い黒髪の女性が突如すさまじい大音声で叫んだ。

 声こそデカいが、なんてこともない叫び、だったはずだった。

 がくり、と膝から力が抜ける。


 なん、だ?


 何かの攻撃だったのか? 


 いや、魔術だっていうのならばヘムロッドさんやらクリシュナさんが警告しないはずがない。二人からは何の警告もなかった。

 未だに、悪夢のような叫びは続いている。

 まずい、視界までかすんできた。


 なりそこない吸血鬼の僕でもこの状態なんだ。人狼の笠酒寄や、ゴーレムのクリシュナさんも怪しいが、ヘムロッドさんはもっと深刻だろう。

 なんとか動いてくれる首を無理矢理に動かして、ヘムロッドさんの様子を伺う。


 「ふむ。生物に対しての殺傷……には至らないものの、悪影響、か。叫びを起点として発動することといい、片方はバンシーだな」


 すげー普通にしているヘムロッドさんとクリシュナさんがいた。

 なんでだよ⁉


 クリシュナさんはともかくとして、ヘムロッドさんはおかしいじゃねえか⁉

 くそ、問い詰めたい気分ではあるのだが、今はそんな場合じゃない。この叫び声をどうにかしてもらわないと、僕も笠酒寄もやばい。

 殺傷には至らないとヘムロッドさんは言っていたが、現在進行形で頭がぐわんぐわんする。

 この調子だと気を失っても不思議じゃない。


 「ヘム……ロッド、さん……どうにか……」


 なんとか声を振り絞る。


 「ん? ああそうか。一応は空木クンにも有効か。仕方ない、無力化しようじゃないか。……クリシュナ」

 「はいマスター」


 パダダッ!


 ヘムロッドさんの呼びかけで、情け容赦のないクリシュナさんの弾丸がバンシーに襲いかかる。

 が、その弾丸は命中しなかった。

 具体的に言うと、残っていたもう一人の女性がバンシーをひっつかんで躱したのだった。


 嘘だろ⁉ 銃弾ってよけられるものなのか?

 だが、そのおかげでバンシーの叫びは中断された。

 すぐさま元通りにはならないが、それでもかすんでいた視界は元に戻る。


 「笠酒寄! 大丈夫か⁉」

 「うーん、……だめ」


 呼びかけたが、だめそうだ。

 聴覚に優れる人狼の笠酒寄は僕よりも影響が強かったと見える。長所が仇となってしまった。

 ま、視界が回復してくれたのなら僕がどうにかできる。


 銃弾を躱せても、視線を完全に切ることはできまい。 

 三度(みたび)、僕は能力を発動させるために集中する。

 しかし、結局僕の能力は不発に終わった。

 黒い、霧のようなものが発生し、視界を遮ってしまったのだ。


 (なんだこれ⁉)


 霧を発生させているのは、未だに能力が不明の女性だ。

 その体から、真っ黒な霧がすさまじい勢いで発生していた。

 だめだ。僕の能力は完全に視線が通っていないと発動できない。ちょっとでも邪魔されてしまうと不発に終わってしまう。

 となると、頼りになるのはクリシュナさんだけだ。


 パダダダダダダダダダダッ!


 そのくらいのことはお見通しだったらしく、クリシュナさんは躊躇(ためら)うことなくトリガーを引いていた。

 すでに敵二人を黒い霧が包んでしまっているので目視はできない。

 しかし、それは向こうも同じ事だ。

 何十発も撃ち込まれる銃弾を躱すことは出来ないだろう。


 黒い霧を穿(うが)ちながら、非殺傷の弾丸が飛んでいく。

 何発かは着弾した感じだった。

 あれだけの巨体だったトカゲ人間も、人虎も気絶させてしまうような弾丸だ。比較すると小柄だった女性二人には十分すぎる威力だろう。

 クリシュナさんが撃ち尽くしてしまってから、数秒静寂があった。


 正直、僕は敵の二人がぶっ倒れていることを確信していた。

 だが、それは希望的観測というか、願望に過ぎなかった。

 それを裏付けるように、未だに晴れない霧の中からなにかが飛び出してきた。


 「!」


 僕のほうに飛んできたので、思わず避ける。

 派手な音を立てて玉砂利に突っ込んだソレは、気絶したバンシーだった。

 僕もヘムロッドさんも、そしてクリシュナさんもそちらに注意が向いた瞬間、もう一つ霧の中から飛び出してきたものがあった。

 なんとも形容しがたいソレは、一見すれば虎の様に見えた。しかも、一直線に殺生石のほうに向かっている。


 まずい!

 即座に反応した僕は立ち塞がろうとするが、肩に何かが噛みついた感覚に足を止めてしまう。

 ヘビ、だった。

 巨大なヘビが僕の肩に噛みついていたのだ。


 またヘビかよ!


 掴んで、力任せに引き剥がす。

 牙が折れて刺さったままになってしまったが、今はそんなことにかまっていられない。

 クリシュナさんは弾切らしく、肉弾戦に持ち込むために走っている。笠酒寄はバンシーの音波攻撃からまだ立ち直っていない。ヘムロッドさんはポケットからなにかの金属片を引き抜いている。


 間に合うのか?

 全力で僕は走るが、流石に人型よりも獣の形をしているほうが足は速い。

 立ち止まって、能力で制圧しようとも考えたが、高速で移動しているのならばちゃんと捕捉できる自信がない。

 全力で、跳ぶ。


 相手の進路は一直線だから、その予想点に跳び蹴りをかますことを選択したのだった。

 当たったら僕の足も無事では済まないだろうが、それでも殺生石を持って行かれてしまうよりもマシだろう。すぐに治るし。

 僕は、蹴りが当たる直前にそんな甘いことを考えていた。

 僕の足が命中したのは、虎のような姿の奇妙な獣ではなく、地面だった。


 蹴りが当たる直前、獣は予想していたかのように軌道を変えたのだ。

 派手に砂利が散って、僕の顔にも当たる。

 すぐさま体勢を立て直そうとするが、右足が完全にいかれてしまっていて立てない。

 這いつくばって、なんとか視界に獣の姿を収めようとするが、それも叶わなかった。


 「Go!」


 聞こえたのはヘムロッドさんの声だった。

 察するに、さっき引き抜いていた金属片を投げたかなにかだろうか?

 どごん、という爆発音も聞こえた。

 だが、奇妙な獣のうめき声とか、何かが倒れたような音はしなかった。


 その代わりに、やけに大きな羽ばたき音が聞こえた。

 どうなったんだ?

 見える体勢じゃなかったので、何が起こったのかが分からない。

 ひどいことになってしまった右足がなんとか立てるぐらいには再生してから、僕は即座に立ち上がる。


 ……殺生石が、なくなっていた。


 ヘムロッドさんとクリシュナさん、そして笠酒寄は無事のようだったが、目的のものは持ち去られてしまったようだ。

 まだ痛みが完全には引かない右足を引きずるようにして、僕はヘムロッドさんのところに行く。


 「ど、どうなったんですか?」

 「……やられたよ。まさか(ぬえ)を人間に合成しているとはね。しかも、鵺だけじゃなくて、他にも合成している。……明らかに抹消指定の魔術を用いているね」


 抹消指定。


 統魔においては表向きには存在していない指定。

 その痕跡さえも抹消するために行われる指定。


 ヘムロッドさんのように、永く生きている魔術師は存在を知っている者もいるが、若い魔術師には知られてすらいないらしい。

 もちろん、非常に危険なアイテムや魔術、そして魔術師だ。

 そんな抹消指定の魔術を用いていた正体不明の敵。


 ……単なる回収依頼がとんでもない事になってきてしまっていた。

 もはや、僕たちが出る幕じゃないだろう。すでに、少人数でどうにかできる規模を越えてきてしまっている。

 転がっている人虎や、トカゲ人間の隠蔽も考えないといけないだろうし。

 頭が痛くなりそうだ。


 「マスター、いかがなさいますか?」


 全く崩れない無表情でクリシュナさんはヘムロッドさんに尋ねた。

 対して、ヘムロッドさんは何も言わずに携帯を取り出し、どこかにコールした。

 数十秒の呼び出しの後に、やっとのことで相手は電話にでたようだった。


 「やあ、元気かな? ……用? そうだね、抹消指定の魔術を用いている輩を発見してしまってね。統魔に取り次ぐ前に、キミに一言断っておこうかと思ったんだよ」


 相手は誰だ? 統魔の人間じゃないのか?


 「ふふ。キミも意外に疑り深いね。意に沿わぬ任務をあてがわれてしまった統魔への背信を気にしているとは思えないのだけどね」


 なんだろう……ヘムロッドさんは気さくに話しているというのに、相手の緊張が伝わってくるかのようだ。


 「……そうだ。おそらくは、ね。だから、これからクリシュナを向かわせるから日本支部の評議員達に取り次いでくれ。その先はクリシュナに伝えておく」


 クリシュナさんを伝言役にするということだろうか? しかし、それならわざわざクリシュナさんを使わなくてもヘムロッドさんが直接に言ったほうが説得力を帯びてくるというものじゃないだろうか?


 「……ああ、私はこれから追跡する。このままだとろくでもないことに発展するだろうからね。現状で打てる手は打っておく必要がある。安心したまえ、空木クンと笠酒寄クンもいる」


 追跡? ああ、そうか。殺生石を奪われてしまったままというのはまずい。そのためには現場から近い僕達が行くのが最良というわけだ。試練というやつは一個やってくると、連続してやってくるみたいだ。

 逃げたいが、あんな危なっかしい物品を盗まれしまったのは油断していた僕達の責任でもあるのだろうから、ある種は自業自得なのかもしれないけど。


 「……そうだね。隠蔽班にはクルマを用意するように言ってくれないかな? 私のクルマでクリシュナが向かうからね。こっちは足がなくなってしまう」


 確かに。僕達は一つのクルマに乗り合わせてきたのでクリシュナさんが統魔に向かっている間、どこにも移動できなくなってしまう。

 追跡には時間が大事だし、そのためには移動手段は必須になってくる。

 そのためにヘムロッドさんはクルマを頼んだのだろう。

 どうやらそれで話は終わったようで、ヘムロッドさんは話しの締めに入った。


 「……うん、それでいい。なるべく早く頼むよ。事態は一刻を争う可能性があるからね。……ではよろしく、八久郎(やくろう)


  出た名前は、ある意味では僕が最も聞きたくない名前だった。


 


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