第八話 聖剣の名前を決めて旅に出る事が決まりました
家に帰る帰路の途中、布に包まれた聖剣がずっとガタガタと震えていた。
いや、確かに神様の作った物なら意志持っていても可笑しくはないが……怖い。
だって、剣が喋るんだぞ……マイクやスピーカーが内蔵されてるわけでもないだろうし、どこから喋ってるのかとか、そもそもなぜ意志を持つ必要があるんだ? いらないだろ。
「__んー! んんー!!」
布に包まれた聖剣が何かを言っているが無視だ無視。
家に帰り着くと、俺はお母さんにただいまも言わずに部屋に入る。
さて、この聖剣をどうしたものか……。取りあえず鞘から抜くか。
「__いきなり仕舞うとは、流石に少し驚きってまたっ!!」
俺はそっと鞘に聖剣を仕舞った。
神父の言動からして聖剣の声が聞こえるのは俺だけみたいだし、ここで聖剣と喋っていたら見えない誰かと喋っている可哀想な人になってしまうんじゃないか?
俺が手を額に当てて考えていると、聖剣がガタガタと小刻みに震えだし、独りでに鞘から抜けた。
「__いい加減にしてください!! なんですか仕舞ったり抜いたり仕舞ったり抜いたり!! 私は貴方の事を十五年も待っていたのに!!」
「……す、すまない」
聖剣の声だけでもわかる怒りに反射で謝ってしまった。
聖剣はガタガタと震えて、多分刀身全てを使って怒りを表しているんだろう。
「すみませんじゃないですよ全く! 私が優しい聖剣じゃなかったら切られてますからね!!」
まず、優しくない聖剣とかいるのか……いや、心の中で留めておこう。
これ以上怒りを増幅させてもいい事はないからな。
「取りあえず、これから私は貴方の剣なのです。それを受け入れて肌身離さず保持してください」
「肌身離さず……トイレとか風呂はどうすればいいんだ?」
「そ、それは……特別に対象外にして差し上げます」
良かった、流石にトイレや風呂は俺が恥ずかしいからな。
それにしても喋る聖剣と毎日一緒にいなければいけないのか……いや、鞘に入っている間は喋れないみたいだし、大丈夫か。大丈夫だろう。大丈夫であってくれ。
俺はこの世界に来てだいぶマシになったが、誰かと喋るのは苦手なんだから普段から会話するとか無理だぞ。本当に。
「ともかく、これからよろしくお願いします。使い手様」
「あぁ……それと、我の事はアスラと呼べ」
「アスラ様……ですか?」
「あぁ、その名は我が魔王となった時に襲名する名だからな。今のうちから呼んでおけ」
「え、魔王? 申し訳ありません。おっしゃている事の意味が理解できません」
「我は魔王を目指している。そして、魔王になる事は確定している」
簡潔かつ簡単に説明したつもりだ。
これで理解できないのであれば、一緒に生活をしながら徐々に説明するしかあるまい。
「えっと、つまりライト様は、勇者の身でありながら魔王を目指しているという事なのでしょうか?」
「あぁ、その通りだ」
「えっと……無理ですよね」
「我に不可能はない」
「えぇ……。あ、もしかしてですが、その黒系統の色で揃えられた服も」
「魔王の嗜みというものだな」
魔王を目指すのなら、服装や見た目から魔王を意識しなければいけないからな。
俺は誇らしげな顔になり、聖剣を見る。
「あぁ、そうですか……。いえ、年頃なのですよね。私は応援致しますよ……一応」
「ふ、感謝しよう……」
名前を呼ぼうとしたが、聖剣というのは名前ではなく言わば種族名みたいなものなのではないか……?
人間に対して、人間という名前は付けないだろう。
「聖剣よ。ふと思ったのだが、名はあるのか?」
「え、名前ですか? えっと、聖剣……は少々違いますね……」
悩んでいるという事は、決まった名前はないんだろうな。
なら、俺が決めるべきだろう。この聖剣は俺の為に作られ、俺の物となったのだ。
武器であり、仲間になる存在……カッコいい名前を付けなくては……。
俺は机から紙とペンを取り出し、考え始める。
「何を、なさってるんですか……?」
「貴様の名を考えている」
「えっ、いい! いいです! アスラ様、絶対にとんでもない名前を付けるでしょう!!」
「案ずるな。我のセンスは完璧だ」
「服の時点で完璧じゃないのが分かってるから嫌なんですよ!」
うるさいな。俺は耳障りな聖剣を鞘に戻した。
そして、勝手に出てこないように布で巻き付け、俺は名前を考え始める。
聖剣……聖剣と言えば《エクスカリバー》か《天叢雲剣》だが、魔王が聖剣とは可笑しいのではないだろうか。聖魔剣とでもしていた方がいいな……。
しかし、カッコいいのはカッコいいんだが聖魔剣だけだと少々味気がない。
ここは、当て字を使用するか。
魔王が持つのだから無敵でなくては駄目だな……そして聖剣でありながら魔が付くのだから堕ちた聖剣とでも呼称して……
__聖魔剣
なんていうのはどうだろうか!
うん、カッコいいでじゃないか!
自分で言うのもあれだが、俺のセンスって常人とは違うな……ふふふ。
俺は布を剥がし、聖剣を鞘から出した。
「名が決まったぞ」
「う、はい……」
「ここより貴様の名は『聖魔剣』だ」
「長ッ!? ダサッ!? 拗らせ過ぎです!!」
「ふっ、我の芸術的センスが常人に理解できぬのは仕方ないか」
「え……えぇ……」
しかし、長いのは確かに認める。ダサくはないがな。
そうだな、聖魔剣だから、最初の二文字を取って……
「アンと呼ばせて貰う」
「いやアスラ様も長いと思ってるんじゃないですか!」
「すまない。もう一度言ってくれ」
「うわっ、聞こえないふりですか!?」
都合の悪い事は聞こえない……それが魔王の耳だ。
因みにクラスの隅などで行われる悪口などは聞こえているからな、傷つくからやめろ。
俺は聖剣のグリップ部分を掴み、そのまま立ち上がった。
流石俺の為に作られたというだけあって、握り心地は最高と言える。
「これから共に魔王道を歩むぞ。聖魔剣」
「うぅ……なんか色々と納得いきませんが、分かりました。宜しくお願い致しますアスラ様」
あ、今思い出したがアンって全ステータス強化みたいな能力があるんだよな。
俺は部屋にある鏡で自分の姿を見る。
「【鑑定:ステータス】」
目の前に文字が浮かび上がってきた。
~~~~~ステータス~~~~~
体力:逆に死ぬの?
魔力:魔王三個分
攻撃力:強化魔法必要ないよね
防御力:ダメージって知ってる?
俊敏性:君、攻撃受ける気ある?
運:生きてれば良いことあるさ。
~~~~~~~~~~~~~~~
俺はそっと目を閉じた。
正直、ツッコミたい部分は沢山あるが今朝の様に取り乱しては魔王として不甲斐ない。
あ、でも二つだけ言いたい。魔王を個数換算するな。
そして、運の方……むしろ悪くなっていないか?
「どうかしましたか?」
「何でもない……」
俺はため息を喉元で押さえ、聖剣の質問に答えた。
「ライトー! 帰ってきてるんでしょー! ちょっと来てー」
物音を立て過ぎたからか、俺が帰ってきている事にお母さんが気づいた。
俺は、呼ばれたのでアンを鞘に戻して母の居る部屋まで向かう。
しまう際に「あまり乱暴に入れないでくださいね……痛いですから」と言われたのでそっと入れた。
しかし、聖剣にも痛覚あるんだな。
「呼んだか母よ」
「えぇ、呼んだわよ息子」
「成人おめでとうライト」
お母さんの居るリビングに着くと、お父さんも居た。
「そして、成人を迎えたお前に言わなくちゃいけない事がある」
「なんだ……?」
お父さんの表情は真剣なもので、恐らく大事な事なのだという事は雰囲気で分かった。
お母さんも、いつもより笑顔が薄い気がする。
「魔王を倒す旅に出ろ」
「……は?」
いきなり何を言い出すのかと思えば、魔王を倒せって……いや、タイミング的には言われても可笑しくはないのか。
聖剣を授かり、力も順調に蓄えられている。
むしろ、旅に出るには絶好のタイミングだな。
「まずは王都のギルドという施設に向かうのがいいだろう。魔王に会うにはそこで成果を出すのが一番早いからな」
「荷物は玄関にまとめてあるわ……悲しいけど、今日からしばらく会えないわね」
「きょ、今日から出発しなければいけないのか!?」
「悲しいわ。しくしく」
くそ、絶対に悲しんでないだろこの夫婦!
悲しんでいる奴が自分の口からしくしくなんて言うわけないだろ。
あぁ、道理で今朝家を出る時に大きなカバンが玄関にあると思ったんだ!
準備万端じゃないか!
「本当は昨日伝えるはずだったんだがな。忘れてた! わっはっは!!」
「忘れるなそんな大事を……。分かった。旅に出よう。荷物がまとまっているだけマシだ」
いきなり過ぎる気もするが、旅なんて大抵がそんなものだろう。
行く場所も決まっているし、荷物もまとまっている分、だいぶ良心的だ。
俺は、仕方がないとリビングの扉から出て行こうとする。
「__ライト……楽しみにしているぞ」
出て行こうと扉に手を掛けた瞬間、父から言われた。
全く、お気楽なお父さんだと思いながらも俺は自分の頬が緩んでいる事に気づく。
「あぁ……。楽しみにしておくがいい」
「__行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます!」
俺は部屋を出る。
当分、家には帰れないだろうが帰ってきたら土産話を沢山してやろう。
俺は一旦、自分の部屋に戻り必要な物を持ち、玄関に置いてあるカバンの中に入れ、カバンを担いで家を出る。
「__アスラ様、どこかに向かわれるのですか?」
家を出ると、丁度うちに来たゴブリンと遭遇する。
「ゴブか」
こいつの名前はゴブといい、数年前俺に脅されて忠誠を誓ったゴブリン達のリーダーだ。
ゴブは俺と共に危険な修行に付き合ってくれたり、対戦相手になってくれたゴブリンである。
そのおかげでこいつは、俺が昔倒した悪魔並みの力を持っている。
「旅に出る事になってな……。しばらくお前らにも会えなくなる」
「なっ……! そ、そうですか……」
ゴブが泣きそうな顔をする。
「いつかはこんな日が来ると分かっていましたが……。やはり、悲しゅうございます」
「泣くな。我が居なくともお前は強い。我が返ってくるまで他の者達を守ってくれ」
「はっ! このゴブ……命に代えても」
「頼んだぞ」
俺はゴブの頭を撫でる。角があるせいで撫でにくいがすべすべして気持ちがいい。
ゴブは照れ臭そうに嬉しそうな顔をする。
ゴブは本当に強い。ここら辺のモンスターとは比にならないくらいには強いから、こいつになら村の者の事も任せられる。
「それじゃあな。鍛錬を怠るなよ」
「はい。どうかご武運を!」
さて、この村に未練はあるが、去るとしよう。
俺は晴れた空を見上げ、いきなり始まった旅に不安を抱きながらも歩き出す。
この世界に来てから、俺の順応能力上がったな……。
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