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第四話 罠にかけて悪魔に会いました

 さて、そろそろ時間だろうか。心の準備は出来ていると思う。

 自信はない。ここまでの戦いは初めてだ。

 それも、これほどの劣勢。負ける確率の方が高い。


 師匠は魔族を誘導する為、一旦別行動になった。

 俺は草原の真ん中で魔物達を待っている。待っている間、暇なので空でも眺める。

 今気づいたが、この世界って月が三つもあるんだな。

 紫の月、白い月、黄色い月。なんで今まで気づかなかったんだろうか。

 他の事に夢中になっていたいからか?


 この世界に来て、魔法が存在する事に気づいてからは魔法の事しか考えてなかったしな。

 正直、他の事は二の次三の次くらいに考えていた。それにしても、月が三つあるのに気づかなかったとは我ながらアホとしか言えないな。

 彼女が見たらどんな反応をするだろうか。っと、いけない。

 彼女の事は忘れておかなくては……。


 それにしても魔物千体、師匠が言うには悪鬼(オーガ)やゴブリンがほとんどと言っていたが、どれほどの強さなのだろうか。

 伝承(でんしょう)をそのまま信じるのなら、悪鬼(オーガ)は人間の武器を使う事の出来る鬼であり、人間の数倍の力を持っている魔物。

 ゴブリンはすばしっこく、集団での攪乱攻撃(かくらんこうげき)を得意とする魔物。


 __ザッザッ……。


 足音が聞こえてくる。足音は全方位から聞こえ、俺を取り囲んでいる。

 魔物には(あらかじ)め、勇者が草原で鍛錬をしているという情報を掴ませる算段だった。

 つまり、師匠は作戦を成功させた訳だ。


「__初めまして初めまして、勇者殿」


 俺を取り囲み、ゴブリンや悪鬼(オーガ)が近づいてくる。

 逃げ場は無い訳だ。まぁ、これも予定道理だが。

 馬にまたがった。見るからに親玉だろうという悪鬼(オーガ)が話しかけてくる。


「そして、さようなら」


 ありきたりなセリフだ。だが、ありきたり故のカッコよさは認める。

 今度、俺も言ってみよう……。

 最前列にいるゴブリンが、弓を構える。


「放てえええええええええっ!!?」


 罠発動。


「落とし穴。見事に成功だな」


 俺の周りの土が砕け、突如として出現した落とし穴に、(およ)そ数百体の魔物が落ちていく。

 穴の深さは三十メートルほど、おっと安心してくれ。もちろん、それだけではない。

 下には岩でできた槍を上向きに設置してある。串刺しだ。

 あぁ、もちろんそれだけでもない。

 槍にはこの森に住む、猛毒を持つ(かえる)の毒を塗ってある。

 ん、それだけかって? そんな訳がないだろう。

 ダメ押しに、魔物にとっては毒より毒な聖水を流してある。

 だが、それだけでは死なない魔物もいるだろう。だから最後に__


「穴は埋めねばな」


 上級土属性魔法を使い、穴の上から土を被せる。

 さて、これで相手戦力は半分近くになっただろう。


「ぐっ、なんて酷い事しやがる!」


「それが人間のやる事か!!」


「ゴブリンや悪鬼(オーガ)にだけは言われたくないな」


 そもそも、先に構えてきたのはそっちだろう。

 正当防衛だ。いや、少々過剰防衛かもしれないが。

 そこは、念には念を入れた結果だ。仕方ない。

 あとは、生き残った雑兵(ぞうひょう)の処理だけだな。


「くっ、こんなガキくらいなら俺でも!!」


 ゴブリンの一体が俺の方に槍を突き立て、突撃してくる。

 指揮官の居なくなった部隊が一番してはいけない。単独での行動だ。

 そんな雑兵の中でも愚兵な奴には、爆弾になってもらおう。


「ぐべっ__!?」


 迫ってきたゴブリンを生き残っている魔物達の群れまで殴り飛ばした。


「最上級魔法を見せてやる」


 最上級魔法。師匠が十数年かけて編み出したオリジナルの魔法。

 魔法の欠点である。魔力の消費を最小限にし、上級並みの魔法を使う為に編み出された魔法。

 魔法は上級に上がるにつれて、魔力の消費が桁違いになってくる。

 俺は魔力が多い方だが、上級を二回も使うと倒れてしまう。

 因みに昔、俺が作った【魔王の焔(ルシフェル・ブレイズ)】は上級に相当する魔力を使う。


「我が魔力で爆散しろ__【死神の一方的取引デスハンド・トランザクション】」


 最上級魔法。【死神の一方的取引デスハンド・トランザクション】は触れた相手の魔力と自分の魔力を一瞬で合わせ、相手の魔力で自分の魔法を発動する魔法。

 ほとんどの魔力を相手の魔力で(おぎな)うからこそ、上級並みの魔法を使用しても自分が消費する魔力は初級レベルという恐ろしい魔法だ。

 因みに、名前は俺が付けた。カッコいいだろう。


「ぐぎゃあああああああ!!!」


 殴り飛ばしたゴブリンが大爆発し、爆発に巻き込まれた魔物達も吹き飛ぶ。

 返り血が俺の方まで飛んでくる。ゴブリンも、血は赤いんだな……。

 一瞬吐き気を感じたが、喉の奥に押し込めた。

 獣ではない知性を持った者を、自分の手で初めて殺した。気分は最悪だ。


「このおおおお!!!」


 また一体のゴブリンが突っ込んでくる。


「ぐべっ!?」


 そして、また殴り飛ばした。殴り飛ばされたゴブリンの周りから逃げる魔物達。

 また爆発すると思っているんだろう。だが、今回は【死神の一方的取引デスハンド・トランザクション】を使わずに、普通に殴った。

 殴られたゴブリンは震えながら、(うずくま)っている。震えるほど恐怖を感じているならすぐに逃げればいいものを……。


 俺は近くに落ちている石を拾い。自分を中心に半径一メートルほどの円を書く。


「これは警告だ。この線から中に入ってみろ……。次は手加減なく、お前らを武器として使う」


「ひぃ……!!」


 一匹のゴブリンが一歩後ろに下がる。出来れば、そのまま立ち去って欲しい。

 一匹倒して分かったが、こいつらは弱い。確実に、黒猪よりはるかに弱い。

 俺は弱い者を倒すのが嫌いだ。それが悪であっても。


「に、逃げるな!! 魔王様のご命令だ!!」


「うぅ、先輩……でも」


「うおおおおおおおおおお!!!!」


 魔王様のご命令……。そうか、そう言えばこの世界にはすでに魔王が居るんだったな。

 立派な忠誠心だ。死を確信してなお忠義(ちゅうぎ)を果たそうとする。

 だが、それは愚行(ぐこう)だ。円の中に入った瞬間、ゴブリンの頭を掴み持ち上げる。

 ゴブリンの身長は八歳の俺と同じくらいだ。重さは三倍くらいだろう。


「うっ!? は、離せ!」


「今、撤退を宣言すれば放してやる。最後の慈悲だ」


「ふ、ふざけるな! 撤退などしたら俺が魔王様に殺されてしまう!!」


「何故だ……? 勝てない相手と戦い兵を無駄にするより、撤退し兵を整える方が妙策であろう」


「確かにそうかもしれない。だが魔王様は、役に立たない者は切り捨てるお方なのだ! 妙策であろうと逃げ帰った兵は八つ裂きにされる!」


 ……そうか。つまり、この世界の魔王は……優しくない魔王なんだな。

 まぁ、魔王とは本来そうあるべきものなのかも知れないが。許せない。

 王として、民を使い捨てにするだんて……許せない。

 俺の、俺と彼女の理想を汚す魔王なんて____。許せない。


「お前らに提案だ。我は不服にも勇者であるが、魔王を目指している」


 驚き。この空気感を説明するには驚きという言葉が一番適切だ。

 まぁ、仕方ないだろう。勇者が魔王を目指すなんて、おとぎ話でも無い話だ。


「我は現魔王を倒し、貴様らは時期我の配下(はいか)になる。これは決定事項だ。ならばその命を我に渡しておかないか?」


「な、何を言ってる!? 勇者が魔王を目指すなどという世迷(よまよ)い言を信じろと言うのか!?」


「あぁ、だからこそ言う。悪鬼(オーガ)もゴブリンも我の民になるのだ。それが遅いか早いかの違いだ。さぁ、我に忠誠を誓え____」


 我ながら駁論(ばくろん)もいい所だと思う。これは、ただ単に俺がゴブリンや悪鬼(オーガ)を殺したくないから言っている逃げの言葉だ。

 正直、これ以上殺すと俺の精神が壊れる。今でもかなり限界だ。


「そんな事できるか!! それに、貴様! 勝ちを確信しているようだが、我々には数百の後方部隊がいる」


「__大変だ!! 後方部隊が全滅した!!」


「はぁ!!?」


 一体の悪鬼(オーガ)が知らせに来る。恐らく、師匠の仕業だろう。

 あの人は俺と違い、昔魔物達と戦っていた人だ。魔物を殺すのに躊躇しなかったんだろう。

 俺は、掴んでいるゴブリンの頭を離す。いきなり離され、尻もちをつく。


「今すぐここで死ぬのと、我に忠誠を誓い生き長らえるのと、どちらが良い?」


「……あなたに、従います」


 これは(なか)ば脅しと言えよう。だが、それでもいい。

 無駄な死を見ないですむなら、脅して生きさせる方が数倍ましだ。

 周りのゴブリンや悪鬼(オーガ)も戦意を喪失し、武器を落とす。


「今すぐ、後方部隊がある場所まで連れて行ってくれ」


「は、はい!」


 魔物達が道を開ける。あ、これ魔王様っぽいかも。

 案外、呆気(あっけ)なく勝利できてしまった。一応、周りを警戒しながら歩いてはいるが、この状況で俺を攻撃できる奴なんていないだろう。

 死を覚悟していたが……。その必要はなかったな。

 しかし、こいつらに忠誠を誓わせたは良い物のどうしよう。村に連れて行ったら大騒ぎになるし……。いや、しっかり説明すれば大丈夫か?


「おい、なんか降ってきてるぞ!!」


「え……」


 一体のゴブリンが叫ぶ。咄嗟(とっさ)に俺も上を向いた。確かに何かがこちらに降ってきている気がする。


「【千里眼】」


 俺は無属性魔法【千里眼】を発動させる。千里眼は夜でも目が見えるようになり、二キロ先まで見えるようになる魔法だ。

 弓使いであるお父さんに教えてもらった魔法。

 千里眼で、降ってきている物を見た……。槍__!?


「なっ!? 全員離れろ!! 【ストーム】!」


 ストームという暴風を起こす中級魔法を使い周りの魔物を吹っ飛ばす。そして俺も吹っ飛ぶ。

 その直後、地鳴りと共に槍が俺の居た場所に突き刺さる。槍の突き刺さった場所を中心に周りの土が抉れている。

 危なかった。あと数秒判断が遅れていたら死んでいた……。


「__避けてはいけないのですよ」


 前方から、高めの男の声が聞こえてくる。


「初めまして、さようなら。おやすみなさい勇者様」


 一日に二度も「初めまして、さようなら」なんて言われると思っていなかった。

 暗闇から姿を現した男は、スーツ姿で人間に近い容姿をしているが背中に生えているハエの様な翼が人間ではない異質な何かだという事を証明し、体から漏れ出ている黒い魔力が今まで会ってきた誰よりも実力を持っている者だと察しさせる。


「自己紹介です。私は【ベルゼ】魔王様直属の護衛隊。悪魔【ベルゼ・ビュート】です。以後お見知りおきを……。以後はありませんがねっ!!」


 ベルゼと名乗る男が地面に突き刺さっている槍を引っこ抜き投げてきた。情緒不安定かっ!?

 間一髪避けた。しかし、服の一部が裂けてしまっている。

 おいおい、この威力はマズいぞ。俺は本格的に臨戦態勢に入る。


「おっと、また避けましたね。すばしっこい。まるでハエの様です」


「ハエはお前だろう」


「あ、確かに。あ、そう言えば、なぜ勇者の周りにゴミ共がいるのですか?」


「ひぃぃ!!」


 魔物達が悲鳴を上げる。その反応を見るだけで、こいつがヤバいやつだというのは分かる。

 絶対に目を離さない。隙を作らない。

 こんなに、本気の戦闘は初めてだ。緊張で手に汗が(にじ)んでくる。


「まぁ、ゴミ掃除は後にしましょう。グング二ール戻って来なさい」


 先程、槍が飛んで行った方向から槍が戻ってくる。

 グングニール? もしかして、グングニルの事か?


「おっと、この槍が気になりますか? これはですね。昔勇者のなり損ないみたいな奴が持っていた神具ですよ。投げれば必ず命中し、持ち主の手元に戻ってくるというね。勿体ないので私が貰ってあげたんですよ。まぁ、本来の持ち主でない分命中率が下がってしまいましたがね」


 そんなのありかよ。グングニルと言えば神オーディーンが使っていたとされる最強の槍じゃないか。

 悪魔のお前が持ってちゃ駄目だろう。

 誰だ。こんな最強武器を持っておきながら負けた奴。恨むぞ!


「さて、次は当てますよ……ふっ!!」


「っ!!」


 今回も間一髪で避ける。槍自体のスピードには反応できないが、こいつの予備動作で投げる場所が分かる。

 あとは、投げる瞬間に避けるだけ……なんだが。

 腹部から血液が流れる。(かす)ってすらいないはずなのにダメージを受けるとか……勘弁してくれよ。


「おぉ、また避けましたね。やはり、老体とは反応が違う訳ですか」


「__老体?」


「はい。後方部隊を全滅させていた老体ですよ。貴方の知り合いでしょう?」


 ……う、嘘だ。師匠がやられた?

 にやにやと薄っぺらい笑みを浮かべる悪魔。こんな奴にやられたのか……師匠が?

 ベルゼの手元にグングニールが戻ってくる。その槍の先端には血痕が残っている。

 悪魔の槍だ。血痕くらいあっても可笑しくはない。だが、その血痕が俺を真実に叩き落す。


「__殺したのか」


「えぇ、邪魔だったので」


「__最後に何か言っていたか?」


「いえ、有無も言わさずに即死させました」


 頭に血が上る。マズい。キレる。冷静さを保て。

 心拍数が上がり、脳に血が上り、冷静な判断など出来るわけもない。

 次の瞬間、俺の口から出た言葉は……


「あああああああああああああ!!!!!」


 獣の様な、叫び声だった____。

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