第二話 猪に襲われて老人に会いました
初級魔法を習得して一週間ほどが経った。
一日一つの属性を鍛錬し、今では詠唱を無くしても発動出来る。
まぁ、本にも無詠唱魔法について書いてあったし普通にできる事なんだろう。
「中級魔法。実用的に使える魔法か」
いつもの川辺で鍛錬を開始する。
中級は初級の応用であり、進化形である。
だから、俺は初級を一週間みっちりやった。
「__【バースト・イント・フレイム】」
川の上に火炎が出現する。
熱風が数歩離れた俺にも伝わってくる。
初級とレベルが違う。
そりゃ、注意書きに『人に向かって使用しない』って書いてるわけだ。
「わぁ、凄い!」
「ん、誰だ?」
後ろから女の子の声が聞こえる。
振り返ると、そこには俺と同じ年くらいの少女が立っていた。
この世界では珍しい黒髪の少女だ。
この村の人間ではないだろう。
「綺麗な炎ね。こんなに綺麗な魔法初めて見た!」
少女ははしゃぎながら俺に寄ってくる。
綺麗な魔法? 可笑しい事を言う子だ。
魔法に綺麗も汚いもないだろう。
「__【燃えて】」
少女が川の方に手をかざし唱える瞬間。
俺の出した炎の二倍ほどの炎が轟音と共に発現する。
炎の威力が強過ぎるせいで、川の水が一部蒸発してしまっている。
「私の魔法は汚いから」
彼女の発現させたであろう炎を見ると、確かに微かにだが黒い靄が掛かっているように見えた。
だが、俺にはそれが汚い物には見えない。
むしろ、心の奥を擽る魅力を感じる。
「おい貴様、名はなんと言うのだ?」
「私? 私は《リリィ》!」
「その名、覚えてこう。我の名は《アスラ》だ」
しかし、あの黒い靄はなんなんだ?
「__【バースト・イント・フレイム】」
川の上に炎が出現する。
しかし、俺の炎はリリィの発現させた炎の半分以下しかない。
そして、今まで気にもしていなかったが俺の炎に白い靄が見える。
「やっぱり綺麗ね!」
「色……」
何かが引っ掛かる。
そもそも、魔法の色ってなんなんだ?
火は赤なのか? 黒の方がカッコイイに決まっている。
「黒……黒炎」
黒い炎をイメージする。
「__【バースト・イント・フレイム】」
ボッ、と小さな音を立てて、炎が発現する。
威力は変わっていないように見える。
だが、明らかに変わったところが分かる。
「こ……黒炎!」
「真っ暗な炎……?」
成功した! そうか、今まで火は赤という固定概念を持っていたから赤い炎しか発現しなかったのか。
かっこいい! かっこいいじゃないか!
「どうだリリィ。先程より美しいだろう」
「なんか汚い……。勿体ない!」
「なっ、そんな事はないだろう! 黒い炎だぞ! ロマンだろ!?」
「白い炎の方が綺麗に決まってるよ!」
ダメだ。この子とは分かり合えない。
黒い炎の美しさが分からないなんてな。
カッコいいだろ黒。
「貴様とは分かり合えぬみたいだな」
「そうだね! 私、探してる人がいるから行くよ!」
頬を膨らまし、怒りを含んだ声を出しながらリリィはどこかへ行った。
全く、無駄な時間……いや、そうでもないな。
分かり合う事は出来ないかったが、貴重な情報が手に入った。
「ふっ……」
初級魔法の【フレイム】で指先に小さな火を出現させる。
黒い火。名前を付けないとな。
ダークフレイム? 違うな。
もっとこう、いいのがあるはずだ。
「__【魔王の焔】」
俺がそう唱えた瞬間。先程の少女の発現させた炎の数倍の大きさ、熱量を持った炎が出現した。色はもちろん黒だ。
かっこいい。
川の水は半径数メートルで干上がり。
魚が焼けて香ばしい匂いがする。
腹が空いてきた。
「いいぞ! 素晴らしい完成度だ!」
俺はまた一歩魔王に近づいてしまった訳だ。
「__グルルルル」
俺が歓喜していると後ろから聞いた事のない鳴き声が聞こえてくる。
振り返るとそこには、真っ黒な毛皮をした一見猪にも見える四足歩行の生き物がいた。
「な、なんだ……!?」
この世界に来て、猪やクマといった普通の猛獣には何度かあった事がある。
しかし、こいつはそのどれにも当てはまらない。
見た目、猛獣の類であることは間違いないだろうが、猪やクマに比べても恐ろしさが数段上だ。
「うわっ!?」
予想はしていたが、襲われた。
突進してくる謎の生き物。
紙一重で躱せたが当たってたら死は確定だろうというほどの威力だ。
「__【バースト・イント・フレイム】!!」
謎の生き物に向けて魔法を発動する。
しかし、猪は炎に直撃してもダメージを受けている様には見えない。
次は俺のターンだ! と言わんばかりに俺に突進してくる。
それを再び紙一重で躱す。
まずい、まずい!!
このままじゃ殺されるぞ!?
謎の生き物がこちらに突っ込む体制に入る。
くそっ、こうなったらやけくそだ!
「__【魔王の焔】」
謎の生き物の真下から火柱が上がる。
謎の生き物の真下から出現した黒炎は、先程よりも威力を上げて、まるで俺を守るかのように燃え上がる。
謎の生き物はうめき声を上げながら、悶える。
こんがりと香ばしい匂いが俺の鼻を抜ける。
「し、死んだか?」
恐る恐る、謎の生き物に近寄ると最初から黒かったから分かりにくいが、焦げて絶命している事が分かる。
「__おいー、ライト! こっちに黒猪が逃げて……。おい!? どうしたんだ! ボロボロじゃないか!?」
お父さんが駆け寄ってくる。
ボロボロ? 俺は下を向いて自分の体を確認する。
黒炎の威力が強すぎたせいか、服のあちらこちらが焦げてボロボロだった。
「な、黒猪!? し、死んでるのか?」
「はぁ……__」
俺はその場に尻もちをついた。
思い返せばあっけない戦いだったが、初めての命を懸けた戦いだ。
死ぬかと思った。
「大丈夫か!?」
「あぁ、情けないが腰が抜けてしまった……」
「そ、そうなのか!? よし、今すぐ負ぶって村の医者まで連れていく!」
俺はお父さんにおんぶされる。
あぁ、そう言えば前世を含めてもおんぶされたのなんて今が初めてだな。
俺は、魔力の使い過ぎによる疲労からかおぶられたまま寝てしまった。
★ ☆ ★ ☆ ★
目を覚ますと知らない天井があった。
アルコール特有の匂い。病室か?
俺は天井から右に視線を動かす。
「初めましてじゃな」
知らないおっさんが居た。
おい、ここはお父さんお母さんが居て、よかった! って言いながら抱き着いてくる所だろ。
なんで寝起きに白髭のおっさんの顔を見ないといけないんだ。吐くわ。
「チェンジ」
「お前さん、意外に失礼だな」
頭がガンガンする。
魔力切れって奴か?
「お前さんの父親と母親は、そこで寝ているぞ」
老人の指さす方を見ると、そこには寝ているお父さんとお母さんが居た。
「貴様、医者か?」
「貴様ってお前さん……。いや、違うぞ。わしはお前さんの倒した黒猪を飼ってた者じゃ」
「あの黒い化け物をか? すまないが、正当防衛だ。慰謝料などは無理だぞ?」
「違うわい」
老人は立ち上がり、顔を俺の顔に近づける。
な、何すんだ。気持ち悪い!
俺はのけ反る。
「やはりお前さん。とてつもない才能の塊じゃな」
「何を意味不明な事を言っているんだ……」
「改めて名乗らせて貰うぞ。わしは元王国魔導士団指導役の《マージ・ハマル》じゃ」
マージ・ハマル? いきなり何を言い出すんだ。
王国魔導士団? 聞いた事もない。
「あれ、驚かんのか?」
「あぁ。で、そのマージ・ハマルとやらが何の用だ? 謝罪をしてほしいとかか?」
「あぁ、確かにあの黒猪はわしの最高傑作じゃ」
マージ・ハマルさんの最高傑作を燃やしてしまった訳か。
王国魔導士、聞いた事はないが響きがカッコいいし名前からして王国の軍隊みたいなものなんだろう。
そんな、所の指導をしていた人の最高傑作。
これは、少しマズい事をしてしまったかもな。
「じゃが、謝罪はいらないぞ。その代わりと言ってはなんじゃが、お前さん。わしの弟子にならんか?」
「__は?」
後で、お父さんとお母さんから聞くと、黒猪を倒した時にマージ・ハマルさんは俺の事を見ていたようで、だったら助けろよと言いたいが。
それで、俺に才能を感じたらしく、自分の持っている技術を俺に詰め込めたいらしい。
そして、王国魔導士とは世界でも選ばれた魔法使いしかなる事の出来ない職業らしい。
正直、あまり乗り気はしないが、一人で学んでも時間が掛かるのも確かだ。
国のトップを指導してきたマージ・ハマルさんに教えてもらえるのは悪い話じゃない。
その日のうちに結論を出すのは無理だと判断して、後日また来てもらう事にした。
「__で、どうじゃ? わしの弟子になる気になったか?」
後日、うちに来たマージ・ハマルさんが少年の様に目をキラキラと輝かせて俺に聞いてくる。
「あぁ、我は貴様の教えを受けよう。だが、貴様を超えた瞬間弟子であることをやめるからな」
「うむ、それでもいい! 王宮でもお前さんのような教えがいのありそうな奴はおらんかった! お前さんに師匠と呼ばれるのは少しの間だけだろうが、それまでにわしのすべてをお前さんに叩き込んでやるぞ」
マージ・ハマルさんのテンションが最高潮に上がっている。
俺の手を握る握力は老人とは思えないほどの力だ。
「分かった。よろしく頼むぞ師匠__」