第二十話 一刀両断して魔石に触りました
秘宝? なんだそれ、すごくワクワクする響きじゃないか。
しかし、この洞窟に秘宝があるなんてギルドでは聞かなかったぞ。
「これは私が独自に手に入れた情報なんですが、この洞窟の最奥には『邪神の片腕』があるらしんです」
「『邪神の片腕』だと……」
「アスラさん、知ってるの?」
「知らん。なんだそれは」
「アスラさんの反応紛らわしいよ」
邪神とは、確か魔神と共に魔法という概念を生み出した神だったはずだ。
邪神の片腕、名前だけを聞くととんでもない代物だというのは分かる。
だが、そんな物があるのに今の今まで誰も動いていないのは可笑しい。
ギルドの依頼掲示板にも、そんな依頼はなかった。
「『邪神の片腕』は魔神と邪神の遺体の一部で、それはどんな願いも叶えてくれると伝えられています」
「どんな願いも……か」
「す、すごいね。アスラさん。なんでもだって!」
「そうだな」
俺は願いが叶うという話を聞いて秘宝への魅力を感じなくなってしまった。
俺には叶えて『欲しい』願いなど無いからだ。
「それで、その邪神の片腕を手に入れたらどうするの?」
「え、それは……病気の母を治してもらいたいのです」
少しだけ、魔力の流れに乱れがあった。
嘘はついていないが、本当の事も言っていないという感じだ。
しかし、嫌な予感はしないし危険はないだろう。
「報酬は百万キュル用意します。どうか、お力を貸してください」
そう言って地面に頭をつけるフランシスカさん。
その頼み方は卑怯じゃないか。そんな頼み方をされたら
__断れない。
「断れないよね……」
俺の考えている事とリリィさんの言った事が被る。
薄々感じていたが、リリィさんは俺と似たタイプの人なのかもしれない。
「報酬なんていいよ! 私もフランシスカさんのお母さんを助けるのに協力させて!」
「ほ、本当ですか!! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「仕方なしだな。早く最奥まで行くぞ。我が前を守るからリリィは後ろを守れ」
「うん! 絶対に『邪神の片腕』を手に入れようね!」
俺は立ち上がる。それにしても、こんな風に人助けをするなんて前世以来か。
あの時は確か、百合が暴走したせいで色々と大事になってしまったんだったな。
まさか、アメリカンマフィアやFBIにまで巻き込まれるとは思わなかった。
あの時は百合に頼りっぱなしだったからな。今回は俺が頑張らなければ。
「最奥って、どれくらいで着くのかな」
「さぁな、ギルドからの地図には最奥には疫病スコーピオンを生み出している魔石があると書いてあるが」
「過去、この洞窟の最奥にたどり着けたのは数人だけです。それも最後に最奥に行ったのは『黒き夜叉』という特級冒険者が60年前に一度だけ。きっと、『邪神の片腕』が封印されたのはその後なんでしょう」
なるほどな。
って、それってかなり危ないってことじゃないか?
いや、疫病スコーピオンが何十体出てきたとしても対処はできる。
だが、冒険者の最上級である特級が60年前って、それ以降は誰も最奥までたどり着けていないんだろう。それは疫病スコーピオンだけじゃない何かが居るからじゃないか?
それに、心なしか奥に行くに連れて腐敗臭や鉄臭さが強くなっていっている。
そんな事を思いながら歩いていると何かに躓き、下を見る。
するとそこには人間の頭蓋骨があり、こちらを見ていた。
お、おぉ……流石にこれは驚くな。
「アスラさん」
「ん、あぁ、12体。いや、16体だな」
洞窟を進んでいくと、疫病スコーピオンを発見する。
ここからは、100メートル以上離れているから気付かれてはない。
さて、先程と同じ倒し方でいいだろう。ギリギリ射程距離内だしな。
「アスラさん、ここは私がやるよ。さっきはアスラさんに任せちゃったし」
「ん、大丈夫か?」
まぁ、リリィさんなら余裕だろうけど、一応聞いておく。
聞くとリリィさんはニコッと笑いながら、
「余裕だよ!」
と言い、疫病スコーピオン目掛けて走り出した。
「ごめんね。【__】」
「ん……?」
リリィさんがどんな戦い方をするのか気になり、注意深く見ていたがリリィさんが発動した魔法の名前が聞き取れなかった。
いや、聞き取れなかったのとは違う。まるで他の何かからその瞬間だけ耳を塞がれた感覚。
聞き取れなかった魔法を発動したリリィさんの腕には黒い、俺が【色彩変化】で変色させた色とは違う
本物の黒い魔力が集まっていた。
あれだ。俺がずっと目指している魔王の姿がそこにはあった。
リリィさんが腕を横に振る。その瞬間、疫病スコーピオン全てが真っ二つになり絶命した。
黒い魔力の残留が、空気中を漂い俺はそれに触れようとしたが、すぐに消えてしまった。
「つ、強い……。あの数の疫病スコーピオンを瞬殺」
「ん、あの程度一級冒険者レベルなら出来るのではないか?」
「そ、そんな! 確かに一級冒険者の方なら疫病スコーピオン16体を無傷で倒す事くらいは出来ると思いますけど……瞬殺で反撃の余地も与えないなんて、それこそ特級冒険者の方でもないと」
え、そんなに弱いのか冒険者。つまり、俺やリリィさんは冒険者としては特級以上確定って事か。
いや、フランシスカさんの認識が間違っているという可能性はあるが、魔力に少しの乱れもない。
自身を持って、そうだと言える根拠があるという事だ。
「さて、先を急ぐか。尾の毒針だけ回収しておこう」
「了解~!」
「私も手伝います」
毒針を全員で回収したら、また歩き出す。途中で何度か十数匹の疫病スコーピオンの群れを見つけたが特に手古摺ることもなく倒して毒針を回収した。
一~二時間ほどで歩いていると、疫病スコーピオンの群れを見つけた。
それも、今までとは桁が違う。100以上は居るだろう。うむ、流石に気持ち悪いな。
「うへぇ~、何あれ、すごい数だよ」
「恐らく、魔石が近いんだろう」
「あ、あんな数の疫病スコーピオン……。流石に無理です。引き返しましょう。幸いまだあちらはこっちに気づいていないようです」
フランシスカさんは完全に怖気づく。足が震えている。
まぁ、当然だろう。今日、一度殺されかけたんだから、ここまでこれただけでも勇気はある。
リリィさんは余裕があるんだろう。気持ち悪そうな顔をしてはいるが不安は感じない。
ここは、安心させるために一つ大技を出すか。
(行くぞ。アン)
(やっと私の出番ですね)
折角だし、アンの試し切りの相手になってもらうか。
俺は一応剣術の修行もしてきたが、これからは聖剣を使った戦闘が増えていくだろう。
今の剣術じゃ、実践不足すぎる。
いくら武器に力があっても持ち主の力量不足で錆びた剣になってしまう。
「【身体強化】【魔力強化】【千里眼】」
聖剣を構える。相手の動きを見逃さず、相手の動きを予想し、想像する。
全ての敵を一撃で切り捨てる自分の姿を……。
魔法は想像力を具現化する。その魔法の最大の力を発動するには想像力が一番大事だ。
「__【一刀両断】」
無属性の上級魔法。剣術の最終奥義の一つと言われる魔法。
その一刀の斬撃は、どんな硬い装甲だろうと切り裂き、その威力は使い手の技量次第で海をも割れる。
説明分が妙にカッコよくてなんとなく覚えた魔法だったが、使う時が来るとはな。
「い……一撃……」
「アスラさん凄いね!!」
フランシスカさんは腰を抜かして、その場にへたり込んでしまっている。
リリィさんはニコニコとした表情で称賛を送ってくれる。
しかし、やっぱり体が耐えきれないか。俺は指の骨を数本折ってしまった。
威力が強すぎて、反動もでかい。
「さて、先に行くぞ。また魔石から疫病スコーピオンが出てきたら面倒くさいからな」
「……は、い」
「フランシスカさん大丈夫? おんぶしようか?」
「いえ、大丈夫です。少し、腰を抜かしてしまっただけです」
俺は無言でライトヒールを折れた指に使う。
再び歩き出した俺達は、流石にこの数の毒針を抜くのは時間がかかりすぎるからと諦めた。
疫病スコーピオンの屍の上をしばらく歩いていると、壁に埋め込まれている紫色の大きな宝石の様な物を発見した。
「これが、魔石か」
「うん、それとここが一番奥だね。先の道はないよ」
周りを見るが、宝箱なんか無い。というか、魔石以外に何も見当たらない。
「……そんな、無い。『邪神の片腕』が無い」
絶望した顔で膝から崩れ落ちるフランシスカさん。
同情はするが、無いものは仕方がない。
デマに踊らされたということだろう。
しかし、魔石って思ったより大きいな。
見た目はアイオライトの様な普通の宝石だが、見ただけで分かる魔力保有量。久々に見たな。
俺よりも魔力の多い物を。
俺はそっと、魔石に触れた。瞬間
「良く来た。入ってくるがいい。愚かな者よ__」




