第十九話 貴族を助けて迷宮に迷い込みました
予定では三時間ほど掛けて到着する予定だった洞窟の前に三十分ほどで着いてしまった。
魔王と勇者の初対決、かけっこは引き分けに終わった。
「あぁ〜惜しかったぁ! 同着だよ!」
それにしても、リリィさん。足早すぎじゃないか?
聖剣の力を使って強化魔法まで使ったのに並ぶのでやっとだった。
何か俺の知らない強化魔法を使ったのだろうか?
「リリィよ……。何か身体強化系の魔法を発動したのか?」
「え? 魔法なんて発動してないよ! 駆けっこで魔法使うなんて卑怯者じゃん!」
卑怯……卑怯……ひきょう……。その言葉が俺の心に突き刺さる。
いや、別にかけっこに魔法を使うのは禁止なんてルールはない。
この世界でのかけっこのルールは知らないが、多分無い!
「……。そ、そ、そそうだよな! そんなの卑怯だ!」
「アスラ様……目が泳いでいますよ」
だ、大体、俺が、魔王が卑怯な手を使うのが当たり前だろう。
そう、当たり前、当たり前なんだ。
だからセーフ、卑怯じゃない。
(魔王だからセーフ。卑怯でもセーフ)
「アウトだと思います」
「……さて! ヘルメットと松明を装備したな! 洞窟に入るぞ!」
「あ、誤魔化した」
「あはは、アスラさんと聖剣さんの会話面白いね!」
リリィさんがこちらを見て笑っている。
くそ、こんな事で心を乱してたら魔王になんか慣れるわけがない。
落ち着け、冷静さを取り戻せ。あ、そういえば。
「おっと、伝え忘れていた。この洞窟はモンスター以外にも普通のサソリや毒グモがいるらしい。足元には気をつけておくんだぞ」
「ひっ、そ、それは怖いね」
「アスラ様、できれば私をもう少し高い場所に」
「貴様は剣なのだから虫など関係ないだろ」
「女心を理解できないと背中から刺されますよ」
「アンが言うと比喩に感じられないな」
聖剣だから刺せるしな。それに、前々から気づいていたがアンは一人でも動けるんだろう。
でないと勝手に鞘から出るわけがない。アンに後ろから刺されたら、痛みを感じない状態で傷にも気づに死んでしまうだろうな。
アンのことは怒らせないようにしないとな……。
「出ないね。モンスター」
「あぁ、もうかなり奥まで潜っている筈なんだが……。我達より先に誰かが来て狩っていったか」
「それはないでしょう。それでは周りに戦闘の跡が残っている筈です」
洞窟に入り、しばらく歩いたがモンスターのモの字も出ない。
いるのは蜘蛛やただのサソリだけだ。
しかし、あまり長居したくない洞窟だ。周りから鉄の匂いと腐敗臭が漂ってきている。
鼻を摘みたい気分だ。
「キュルルルルル!!!」
「な、なに今の音!?」
洞窟の音から聞こえてきた謎の鳴き声。
りりィさんは驚いて、鳴き声の方向を見る。
「何かの鳴き声だろうな……まさか」
「スコーピオンも鳴くのでしょうか」
生き物が鳴く時、それは求愛か危険信号の二つだろう。
人間のように知能が発達していれば別だが、これがスコーピオンの鳴き声だったとして知能が発達してるとは思えない。
求愛なら問題はないだろうが、もし危険信号なら……嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「少し急ぐぞ」
「え、うん!」
俺とリリィさんは鳴き声の場所まで来た。
そこには、夥しい数の巨大なサソリがうごめいていた。
「やはりか」
「物凄い数の大きなサソリ!? き、気持ち悪い!」
危険信号、動物界でそれは仲間を呼ぶ手段でもある。
助けを求める声に仲間が集まり、集団となったものは個よりも大きな力を持つ。
そして、この洞窟で疫病スコーピオンに危険信号を出させる生物なんて、人間しかいない。
恐らく、あの疫病スコーピオンの中に人間がいる。
「【サーチ】」
【サーチ】は無属性の魔法で指定した生き物を探すことが出来る魔法。
今回サーチするのは人間だ。
よし、見つけた。
「人……【標的固定】【黒火】【魔法拡散】」
サーチに引っかかったということは、まだ生きている。ならば、助けなければいけない。
【座標固定】という無属性魔法は一定時間、自分より弱い相手の動きを止めれる魔法。これで疫病スコーピオンの動きを止める。
【黒火】は火属性の中級に相当する魔法、俺が開発した黒い炎を砲弾のように相手に飛ばす魔法。聖剣の力で中級相当の威力であるこの魔法も上級相当の威力になる。
【魔法拡散】は一つの魔法を複数に分散する魔法。これで【黒火】を分散させ、動きを止めた疫病スコーピンを全て仕留める。分散させても上級相当の威力を持つ【黒火】なら十二分に疫病スコーピオンを仕留められる。
「黒い炎……」
「晩飯になってしまえ」
こんがり焼けて美味しそうな匂いがする。
この世界では貴重なタンパク源だ。
前の世界なら食べたいとは思わないだろうが、今の俺は普通にうまそうだと思う。
「今からじゃお昼ご飯じゃない?」
確かに。
「……昼飯になってしまえ」
「そんなやりとりをしていないで倒れてる人助けた方がいいんじゃないですか?」
「あっ、ほんとだ! 助けないと!」
しまった。最初の目的を忘れていた。
駆け寄るリリィさんに続いて倒れている人に近づく。
倒れている人は、俺と同い年くらいの金髪の女性だった。
傷が酷いな。全身の至る所からの出血、真っ青な顔色、おそらく様々な疫病に同時に感染したせいで体が可笑しくなっているんだろう。呼吸のリズムも可笑しい。
全力の【ライトヒール】を使って治るか……。そもそも、【ライト】という回復魔法は病などの体の中を回復をする為の魔法。
しかし、全力で魔法を使うのは久々だ。
「我が回復魔法を使おう。【ライトヒール】」
「うっ……うぅ……」
俺が【ライトヒール】を使用すると女の人の体は光に包まれ、傷口がどんどん塞がっていく。
聖剣を使用しての魔法操作はやっぱり難しいな。魔力量も効力も桁外れになっている。
一歩間違えば、この人を殺してしまう。
回復魔法は適切な回復量でないと、逆に体に害を及ぼす。
昔は回復魔法による事故死は多かったと師匠から聞いた事があった。
まぁ、成功だ。しばらくすれば起きるだろう。
それまでに、やることを済ましてしまうか。
「さて、とりあえず、昼飯の準備とスコーピオンの尾を回収だ」
疫病スコーピオンの討伐の証は、尾を持ち帰る事だ。
尾と言っても大きすぎる為、先端の毒針部分だけでもいいとギルドからの討伐依頼書にはそう書いてあった。
全部合わせて15匹。三万キュルか。前の依頼ではあんだけ苦労してと思ったが、今回はこんな簡単に三万も手に入っていいのかと思う。
女の人の意識が回復するまで待つことにした俺たちは、疫病スコーピオンを軽く解体して、食べれる部分を取りだし、焚き火で焼いて食べる事にした。
意外な事にリリィさんは躊躇せずに食べた。
「エビやカニの味に似てるかと思ったら鳥だな。中々美味だ」
「うん、美味しいね。調味料とか持って来ればよかった」
しかし、この女の人はなんで一人で洞窟にいたんだろうか。
もし、危ない人だったら起きた瞬間襲われるかもしれない。
あまり、気乗りはしないが、警戒は大事だ。
__【鑑定:ステータス】
名前>
年齢>
性別>
職業>
経歴>
ステータス>
スキル>
なんというか、人のステータスを勝手に見るのは罪悪感があるな。
心の中で”ごめんなさい”と謝りながら、タッチパネル式のステータスを一つづつ見ていく。
前の失敗から、経歴だけは開けない。
名前<フランシスカ・カード
年齢<16歳
性別<女
職業<学生
経歴>
ステータス<
体力:平均以上
魔力:平均以上
攻撃力:強め
防御力:強め
俊敏性:早め
運:良し
スキル<
・即算
『計算速度が倍増』
・貴族の血
『すべてのステータスを小強化』
貴族でございましたか。しかし、スキルも色々あるんだな。
こういうのを見ると、自分や師匠がどれだけ逸脱したスキルを持っているか分かる。
だが、即算とかは役に立ちそうだな。
「ううぅ、何この香ばしい匂い」
「あ、起きたよこの人!」
フランシスカさんが目を覚ました。
困惑しているようで辺りをキョロキョロと見渡して、俺達の方を見る。
「あなた方は?」
「私はリリィだよ。こっちがアスラさん」
リリィさんが俺の分の紹介までしてくれたから、俺はする必要ないだろう。
とりあえず、なぜ貴族の方がこんな所で倒れていたか聞くか。
あ、でも、貴族だって知ってたら可笑しいか。ここは、冒険者だと思っていると思わせるか。
「貴様が倒れていたので助けたんだ。なぜ一人でこんなところにいたんだ? 冒険者は二人以上での行動が義務付けられているんだろう?」
「それは。危ないところを助けていただきありがとうございます……一人でいたのは私が冒険者ではないからです。理由は、あまり言いたくは」
「そうか……」
まぁ、知ってるけど。
しかし、やはり訳ありか。貴族が一人でこんな洞窟に入る時点で予想はしていたが。
「それより、この大量の疫病スコーピオンはあなた方が?」
「私達というか、全部アスラがやっちゃったんだけどね」
多分、リリィさんも同じことをできると思うけどな。
「そうなんですか。お強いのですね。もしや、一級冒険者の方なのですか?」
「我達はまだ冒険者になったばかりでな五級冒険者だ」
「ねぇ、アスラさん。一級とか五級とか何の話?」
え、リリィさん。冒険者なのに階級のことを知らないのか?
確か、冒険者登録を済ませた時に説明書をもらったはずだけど。
もしかして、読んでないのか?
「……リリィよ。貴様はギルドで貰った説明書を読んでいないのか?」
「あ、あはは、間違えて焚き火に焚べちゃった」
「アスラ様、この人は馬鹿です」
アンが俺の言いたい事を言ってくれた。
「うっ……そんなストレートに言わなくても」
涙目で落ち込むリリィさん。仕方がない。
説明するか。
「はぁ、冒険者には階級がある。我達五級は最下級の冒険者、受けられるクエストも五つ星までだ。そこから四級・三級・二級・一級と階級が上がるにつれて受けられるクエストも増えていく。ちなみに特級という階級もあるそうだが、この国には2チームしか居ないらしい」
確かチーム名は『疾風』と『乱撃』だったか。
なんでも、二級以上の冒険者になるとチーム名というものが国から与えられるらしい。
もし、俺にチーム名がついたら『漆黒の魔王』とか『最強の闇』とかだろうな。ふふふ。
「へぇ、どうやったら階級が上がるの?」
「さぁな、説明書には実績を積めとしか書いていなかった」
「この大量の疫病スコーピオンを無傷で倒した実力を見る限り、アスラさんのお力は二級や一級レベルだと思います」
「まぁ、あまり階級に興味は無いんだがな」
「野心がないんですね」
「ふっ、野心なら誰よりもある。ただ、その野心に階級などといった細々しい物は入ってないだけだ」
「冒険者が階級を細々しいですか……。強い方というのは変わり者が多いのですね」
か、変わり者……。そうか、俺は変わり者なのか。
少し落ち込んでしまうな。
「さて、疫病スコーピオンも討伐した事だ。そろそろギルドの戻るか。フ__」
報酬も十分だし、そろそろ帰ろうかと立ち上がった。ついでにフランシスカさんを出口まで送ろうと思ったが、危ない。名前を呼ぶところだった。
フランシスカさんが名乗っていないのにフランシスカさんの名前を呼んだら可笑しい。
「貴様の名は何というのだ?」
「あっ、名乗り遅れて申し訳ありません! 私は『フランシスカ』と申します」
まぁ、知ってるけど。
「そうか。フランシスカよ。ついでだ。出口まで送っていこう」
「ありがとうございます。ですが私、もっと洞窟の奥まで行かないといけないのです」
「ほう、先ほど死にかけたのに無謀な事を言うのだな。何をしたいのか知らないが、目的を果たす前に死ぬぞ。確実にな」
こういう場合、勇敢とは言わない。ただの無謀を成そうとしているフランシスカさんを軽く睨んでしまう。
俺は昔、彼女の無謀を止められずに見殺しにしてしまった。
だから、目の前の無謀を止めなければいけない。今度は見殺しにしない。
「あ、アスラさん、そんなにキツく言わなくても」
「いえ、アスラさんの言っている事は正しいです。ですから、アスラさん達に頼みたいのです」
「私の護衛を頼めないでしょうか?」
「護衛か……」
「別にいいんじゃないアスラさん?」
確かに、別に断る理由はないしな。
だが、俺達のように力のある存在が、なんでも簡単に引き受けていたら周りに利用しようとする奴が現れるかもしれない。
それに、なぜ洞窟の奥に行きたいのか理由を聞かないと、どんな危険があるかわからない。
「もちろん、報酬はお支払いします」
「わかった。その代わり一つ聞かせろ。なぜ、洞窟の奥に行こうとするのだ?」
もし、これで答えてくれなければ悪いが断るしかない。
「それは……」
少しだけ言うのを躊躇うフランシスカさん。
だが、何かを決意した顔で口を開いた。
「この洞窟の最奧にある秘宝を手に入れるためです__」
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