第十八話 第一回魔王VS勇者駆けっこ大会
突然の出費のせいで所持金が3万程度になってしまった翌日、俺はリリィさんとギルドに来た。
宿暮らしの俺としては3万はすぐになくなる金だ。出来るだけ早急に収入が必要だ。
それにこれからも宿暮らしというのは出費が痛いので早く一人で暮らせるだけの金を溜めなければいけないという話をリリィさんにすると「えっ、私もそうなんだ! お金ないから今は野宿だし、早くお金溜めて家借りたい!」と言われて、明らかに俺より貧しい状況に驚いてしまった。
俺の金は後でいいとして、せめてリリィさんの宿代くらいは確保しなければ……魔王とはいえ女の子が一人で野宿は危険だろう。
という訳で俺達は今、ギルドで良い報酬のクエストがないかを聞いているところだ。
「報酬の良い五つ星クエストとなりますと、数に応じて報酬が変わる《疫病スコーピオン》の討伐などはどうでしょうか。一匹につき二千キュルです」
「二千か……。分かったそのクエストを受けよう」
二千キュル。疫病スコーピオンがどんなモンスターなのか分からないのが怖い所だが、五つ星という事はミノタウロスと同じかそれ以下くらいの強さなんだろう。
前回と違い、今回は討伐クエストだから気は楽だ。
「かしこまりました。疫病スコーピオンの情報を書いたマップを渡しますので少々お待ちください」
「大丈夫かい口だけ強者殿~。疫病スコーピオンは思ってるより強いぞぉ。ミノタウロス数匹に手間取ってるんじゃ殺されちゃうぞぉ。口だけ強者殿は家に帰って近所の子供に読み聞かせでもしてた方がいいんじゃないか~?」
近くにいた男が明らかに馬鹿にした口調で言ってきた。
口だけ強者とは俺についたあだ名らしい。
それにしても、こんな時間から酒を飲んでるみたいだが、クエストを受けなくてもいいんだろうか……。
腰の鞘がガタガタと音を立てて、聖剣が勝手に出てきた。
「アスラ様、あの無礼者を斬りましょう」
「アン勝手に出てくるな。あの程度の罵倒、流せる……それに、我はこんな事で貴様を汚したくはないのだ」
こんな程度の事で人を斬っていたらすぐに死体の山だ。それに俺は人を殺したくない。
それにしてもアンは本当に短気だなぁ。確かに言い方はムカつくけど酒に酔った人の罵倒を真に受けるってある意味真面目なのかな?
「そ、そういう事なら、仕方ありませんね。ふふ、そうですか。私を、汚したくないですか……ふふ、やはりアスラ様は勇者なんですね。道具である私を人と同じに見てくれている少し嬉しく感じますよ」
「そうか……。なんだかよく分からないが喜んでいるのならいい」
「アスラさん! アスラさん! 昨日お店で買った指輪なんだけどどう! 白いお花の模様が彫られてるんだよ!」
リリィさんが俺に指輪を見せてくる。そんな物買う余裕があるなら宿を借りたらいいのに……。
指輪は花の模様が彫られたパールのような宝石のついた物だった。
これは綺麗な造形だ……この世界の技術は意外に進んでいるのかも知れない。
この花、何処か見覚えがある気がするんだよな……。
あっ__
「それは、百合という花だな。百合……百合……ん、百合なら貴様の名ではないか」
「え、私の名前はリリィ・サタ……んじゃなかった! リリィだよ?」
「異国では百合の事をリリィと言うのだ……。そうか、貴様は百合なのか……」
「へぇ、アスラさんって見かけによらず物知りなんだね! 意外!」
見かけによらずって、それは褒めているつもりなのか。もし褒めているつもりなら言葉を習いなおしてくれ。
俺は肩を落としてため息を吐いた。
「貴様は見かけによらず失礼な奴だな……」
「お待たせしました。マップをお持ちしました」
「ん、感謝しよう」
受けつけの女性からマップを受け取りギルドを出る。正直、ギルドの酒と煙草の匂いが充満した空間は好きじゃない。
出来れば外からクエストを申し込みたいくらいだ。
歩きながらマップを開く、マップには赤い点と疫病スコーピオンの特徴の書いた紙が付いていた。
「ねぇねぇ、疫病スコーピオンってどんなモンスターなの?」
「うむ、サソリ型のモンスターで体長は三メートルほど、尻尾に毒針が付いていて刺されると疫病に掛かる。疫病の種類は様々で一番厄介なのが疫病は伝染するという点らしい」
刺されると強制的に疫病になるという訳か……物によっては毒よりも凶悪だな。
疫病と聞いて思いつくのはインフルエンザやノロウイルスだが、もしペストやエボラなんていう感染力が高く致死率も高い疫病なんかになったら厄介どころじゃないぞ。
この世界の治療はほとんど魔法だよりだからワクチンを開発してる可能性も低いしな……。
「あと、疫病スコーピオンは洞窟の特殊な魔石から発生するモンスターと書いてあるな。つまり、魔石を壊さない限り無限に出てくるという訳だ」
「そうなんだ……。あっ、じゃあさ魔石を壊しちゃえばいいんじゃない? そしたらモンスターも湧かないし!」
「いや、魔石を壊すのは駄目らしい。なんでも疫病スコーピオンは貴重な資源らしいからな完全に居なくなられるのは困ると書いてある」
毒を除けば食料としても使えると書いてある。なるほど、牛などを育てられないんだからこれも貴重なたんぱく源な訳だ。
サソリの肉なんて食べた事は無いが見た目エビっぽいし多分美味いんだろう。
ゲテ物は味がいいと昔から言うしな。
「なんかめんどくさいね。倒さないといけないのに倒しきったら駄目だなんてさ。もういっその事洞窟ごと壊しちゃえばいいのに」
「このサソリの討伐は数調整も兼ねているんだろう。目的は根絶させることではなく、数を抑える事であり、人間の勢力よりモンスターが強くならない為のクエストなんだろうなまぁ、めんどくさいという気持ちは分からなくもないがそういう仕事も必要なんだろう。増えすぎても減り過ぎてもダメ、それは人間の都合でしかないが、人間とは大半が脆弱であるからな。強い者には怯え、臆病になり、慎重に行動するものだ」
リリィさんはなんだか納得いかないという顔をしている。俺も同じだ。
納得はしていない。ただ生きようとしている生物を殺さないといけないというのは可哀想だと思う。
だが、もし増えすぎた場合、このモンスターはきっと人間の天敵となる。
そうなった場合、今度は数の調整ではなく完全に根絶させなければいけなくなる。
「洞窟までは少し距離があるな。走るか……」
「あ、だったら駆けっこしようよ! 勝った方が負けた方に命令できるってルールでさ!」
「元気だな貴様……。分かった。貴様との勝負は初めてだから、本気で行かせて貰うぞ」
「うん! 私も負けないよ!」
リリィさんは優しい人だ。このどんよりとした空気を和ませようと言ってくれたんだろう。
駆けっこなんて前世でもした事は無いが、少し手を抜いても勝てるだろう。
だが、やるなら全力だ。__【身体強化】【風の羽衣】【疾風俊足】。
笑顔で走る為の準備運動を軽くしているリリィさんの横で俺は無詠唱で3つの魔法を発動した。
「よしっ! じゃあ、よーい」
王都の門の前で開催される第一回魔王VS勇者駆けっこ大会。
ゴールは疫病スコーピオンの洞窟、お互いに一番スタートダッシュの出来る体制になる。
リリィさんの魔力も明らかに先程より研ぎ澄まされている。
「__どんっ!」
「んなっ!?」
__それは例えるなら疾風、もしくは雷、目にも止まらぬ速さでリリィさんはその場から消えた。
俺が一歩踏み出すより早く、俺の目の前から消え、あまりの速さに発生した強風で門番と俺は体制を崩してしまう。
しまった! そうだ。初めてリリィさんにあった時、俺はリリィさんに攻撃を止められたんだ……。
あの時の俺の速度は聖剣を抜いていたから、いつもの数倍以上だったはずなのに……。つまり、あの速度に対応するだけの速さをリリィさんは持っているという事。なら、通常状態の俺がリリィさんに速さで敵う訳はない!!
俺は一瞬でそう判断し、聖剣を抜いた。
「アン、全力で行くぞ」
「……何くだらない事に私を使っているんですか」
俺はアンの呆れた声を無視して走り出す、にしてもリリィさん全力過ぎるだろ。
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