第十七話 ブレイブに後を付けられ、焼き肉を奢らされました
安息日。俺は王都を散策する事にした。
リリィさんに「一緒に遊ばない?」と誘われたが、最初の安息日は一人で過ごそうと決めていたので断った。
今はメインストリートの立ち並んである沢山の屋台を色々と見ている。
美味そうな料理から怪しすぎる装飾品までなんでも売っている。
こういった賑わいには前世から縁が無かったから慣れないが、楽しい物だな。
だが、素直に楽しみ切れない。理由は一つ。
宿を出てから俺の後ろをブレイブさんがずっとついて来ているからだ。
なんなんだ。尾行のつもり……な訳ないか、もし尾行だとしたら下手過ぎる。というか隠れてなさすぎる。
思いっきり後を付けてきてるし、パーソナルスペースが無いのかと疑うほど近い。
周りの者から見たら知り合いだと思われるだろう。いや、知り合いだけど。
「ん、ここのポテト美味いな……。ところで貴様、なぜ我の後をついて来ている?」
「気にするな。そして私に話しかけるな」
俺は屋台に売っていたポテトを食べながらそれとなく聞いたが、ブレイブさんはぶっきらぼうに気にするなと返してきた。
いや、気にするなは流石に無理だろ。気になるだろ。
だが、問い詰める気もないので言われた通り無視するようにしようと決めた。
「ふむ、いい造形だ。加工は貴様がしているのか?」
「は、はい! 私が作りました! はい!」
俺は指輪などの売っている屋台の前に来た。
俺も自作で指輪を作ったことがあるが、やはり売り物にするレベルになると装飾や造形のレベルが違う。
エメラルドの指輪なんて、貴族が付けていても不思議じゃないぞ……。
「美しい女性が美しい物を作る。その2つが合わさってこんなにも美しい指輪が出来た訳ですね……。では、この指輪とこの指輪をください。先行投資という事でお釣りはいりませんよ」
横にいるブレイブさんが十万キュルを店主に渡す。十万キュル……気前がいいな。
選んだ指輪は青色の宝石を使った指輪と赤色の宝石を使った指輪。
値段をチラッと見てみるが、2つ合わせても3万きゅる程度だった。
本当に女性の事が好きなんだな。
「じゅ、十万キュルも!? ありがとうございます! ありがとうございます!」
「気前が良いのだな」
「私に話しかけるな」
店主に見えない角度で俺に不機嫌な表情を見せながら言ってきた。
か、可愛くない……。いい人なのは分かるけど、男性に対しては悪い人だ。
「クレープか……」
「おっ、お兄さん食ってくか! 美味いぜぇ~!」
「そうだな。小腹も空いたところだ。この魚のクレープを貰おう」
この世界にもクレープなんてあるんだな。前世ではあまり口にする機会がなかったが、折角だし食べるか。
__く~。
ブレイブさんからお腹の鳴る音が聞こえてきた。お腹空いてるのかな。
俺を睨みつけながら顔を赤くするブレイブさん。いや、今のはブレイブさんが悪いでしょ。
俺、ただクレープ買っただけだよ。
「くっ!」
「貴様は買わんのか?」
「わ、私に話しかけるな! 先程の買い物で有り金がなくなったんだ……」
顔を赤くしながら答えるブレイブさん。
もしかして……この人は馬鹿なのかな。
気前がいいのはいいけど、それで食事代までなくなるとか、馬鹿としか言えない。
バカなブレイブさん、略してバカイブさんだ。
「馬鹿なのか貴様は……。すまない今頼んだクレープをもう一つ」
「分かったぜー」
「だ、誰が恵んでほしいと言った!」
「貴様の腹だな」
俺はクレープを一つ渡す。意外にも素直に受け取ってもらえた。
しかしこの人、本当になんでついて来てるんだろう。
原因として考えられるのは俺に復讐をしようとしてるか俺に何かを聞きたいのか、もしくはリリィさん目当てなのかだな。
「ば、馬鹿にするな!」
「馬鹿なのだから仕方ないだろう。早く食え、冷めてしまうぞ」
「くっ、私とした事が……」
ブレイブさんは悔しそうな顔でクレープを一口食べると、強張った頬が段々と緩んでいき、微笑みを浮かべた。
余程美味しいのか、効果音を付けるならモグモグパクッモグモグパクッとそれは咀嚼が少なすぎるんじゃないかというペースで食べていく。
俺は食べるペースに圧倒されて見入ってしまう。
「__美味しい……」
半分ほど食べたところで出てきた言葉を聞いて俺は自分が見入っていた事に気づいた。
美味しそうにご飯を食べる人って見てるだけで腹が膨れてしまう。不思議だ。
「で、貴様は何故我の後をついて来ている。暇なのか?」
「クレープをくれたから特別に教えてやる……。貴様の後をつけていた理由は貴様が何者なのかを知るためだ。あれほどのひからをどうやっへ手にひれたのかをひるためだ」
後半の方は口にクレープを含みながら喋っていて、ほとんど聞き取れなかった。
まぁ、つまりあれか。俺が何者なのか知りたい訳だ。
何者なのかと聞かれても魔王を目指している者か勇者としか答えられないが、どちらを言っても信じてもらえそうにないな。
ここは適当に流すか。
「なるほどな。クレープもう一ついるか?」
「貴様がどうしてもというなら貰ってやらんこともない」
「……可愛げのないやつだ」
俺はまだ食べていない自分のクレープを渡し、ブレイブさんの事を見る。
見た目は男っぽいけど、女性と言われれば確かにと思う。
多分、故意的に男性のような恰好をしてるんだろうけど、そこまでして男性を寄せ付けたくないのか。
「クレープ、美味しい」
「いや、可愛げがない事はないか……」
「何をじろじろと見ている。不快だ」
「……可愛さが帳消しにされたな」
俺の事を睨んでくるブレイブさんを見てため息を漏らす。
この人の、この男は全て悪っていう価値観を直さない限り、ブレイブさんとは分かり合えそうにないなぁ。
本当は一人でのんびりと歩き回るつもりだったんだが、多分だけどブレイブさん宿に帰るまでついてくるつもりだろうなぁ。
一人での行動は無理と判断して、俺は仕方なく王都から少し離れる事にした。
近くの山、この間ミノタウロスを倒しに行く途中で見つけた広くて川がそばにある草原を見つけた。
折角だし、久々に鍛錬をしよう。
「こんなところまで来て何をするつもりだ」
まるで俺がブレイブさんを無理矢理連れて来たみたいな言い方しないでくれ。
というか、まさかここまで付いてくるとは思わなかった。流石に王都を離れれば警戒して付いてこないと思ったんだけど、警戒しながら付いて来たよ。
「貴様が勝手について来たんだろうが……。魔法の鍛錬をするだけだ」
「魔法の鍛錬……貴様ほどの実力があっても鍛錬などするのか?」
「当たり前だ。我の力は日々の鍛錬があって初めて完成する……貴様も我の後を付けている暇があるのなら鍛錬をするべきだと思うぞ」
「そうか……貴様ほどの奴でも鍛錬するのだな」
なんだか、嬉しそうな声を出すブレイブさんを横目に俺は二つの魔法を発動する。
これは、小さい頃に師匠から教えてもらった魔法操作の鍛錬だ。
まずはフレイムで指先からマッチ程度の火を発生させ、ウィンドでそよ風を俺の周りに発生させる。
フレイムが風で消えないようにし、尚且つウィンドも止めないように発動し続けるだけという単純な鍛錬だ。
だが、単純故に難しく精神力もいる。気を抜けば火が消えるか風が止まる。
逆に気を入れすぎるとバランスが取れなくなり、火が消える。
魔法操作は全魔法に使える技術であり、例え同じ魔法を出したとしても技術の差では上級魔法と中級魔法並みの差が出来てしまう。
だから、俺はこの鍛錬だけは今も続けている。
「【フレイム】【ウィンド】」
「火と風属性の魔法……貴様、一体いくつの属性魔法を使えるんだ」
「闇以外はすべて使える」
「なっ……!? なぜ、初級魔法の練習なんだ。上級魔法も使えるんだろ」
ブレイブさんが一瞬驚いた表情をするが、すぐに冷静な顔を作って質問してきた。
確かに、俺も初めて師匠にこの鍛錬をやれと言われた時、ふざけてるのかと思った。
上級魔法で直接練習した方が効率が良いに決まっていると本気で思っていたが、今思えば馬鹿だったと気づく。
上級魔法なんて1日にそう何発も使用できる物じゃない。それに比べて初級は魔力の都合だけなら1日中でも発動できる。
その2つを比べた時、最終的にどちらの方が効率が良いかは明白だった。
「……何か勘違いしてるな。中級や上級を鍛錬するより、初級を鍛錬した方が効率は良い。確かに、初級は戦闘には使えないレベルの魔法だが、初級を極めれば中級や上級も楽に使える」
「どういう事だ。言っている意味が分からん」
「フレイムは小さな火を起こすだけの魔法だが、この火をどれほど消さずにいられる。数秒か? 数分か? 我は最高で2日灯し続けられるぞ」
「ふ、2日……!? 噓をつくな! そんな芸当、王宮魔導士でも不可能だ!」
確かに、俺も2日目まで持った時は師匠に本気で驚かれたのを覚えている。
あの時の師匠の顔は今でも鮮明に思い出せるからな……。今度、絵にしてみるか。
なんてことを考えながらもこの鍛錬をやり続けている成果で集中を切らす事が無くなった。
4年ほど前までは会話すら出来なかったからな。
「それを出来るようにするのが鍛錬だ。我も最初は一二時間が限界だったが、一月やり続ければ2日を経っても灯し続ける事が出来た」
「一月……」
「確かに、上級魔法を鍛錬した方が目に見えた成長が出来るかもしれない。だが、本当に魔法を極めようというのなら、初級魔法の継続時間を延ばす鍛錬をした方が何倍も効率が良い」
「本当に、その鍛錬をしたら貴様並みに強くなれるのか……?」
ブレイブさんがどこか不安の混じった声で聞いてくる。俺並みにか……。
もし、優しい人ならここで「あぁ」と答えてあげられんだろうけど、生憎俺は魔王だ。
真実はきっぱり伝えるし、優しい噓などついてやるつもりはない。
「無理だろうな。だが、今より確実に我に近づくだろうな」
俺より強くなるのは不可能だろう。逆にもし俺並みに強くなられたら俺は凹むぞ。
だが、今のブレイブさんよりかは確実に近づく。
そうだな。本気で鍛錬し続ければ1年やそこらでうちのゴブと互角程度にはなれるだろう。
ブレイブさんは俺ほどではないが才能がある。俺ほどではないが。
才能のある者が努力した時の成長は底知れない。あ、なんだかワクワクする。
そうか、師匠が俺を弟子にしたいって言った理由が少し分かった……。
「……【フレイム】。言っておくが貴様のパクリではないからな。ただ、貴様の鍛錬など私なら簡単にこなせると証明するだけだからな」
「ふっ、そうか。好きにすればいい」
ブレイブさんがフレイムを使い俺の隣で鍛錬を始めた。
ブレイブさんが負けず嫌いだという事が判明し、俺は少し微笑む。
その後ブレイブさんは喋らなくなる。そうそう、簡単そうに見えて実は喋る余裕がないくらい大変なんだよな。
汗が滲んできている。これは三十分持つか怪しいな。
「__くっ! はぁはぁ……、思っていたよりキツイな。魔力量に問題は無いが、吹く風や火の揺らめきを読んで火の操作をしないといけないのが難所だ。貴様、よくデュアルで出来るな……。それも風と火では互いに邪魔するだろ」
息を切らし、汗を流しながら言ってくるブレイブさん。
俺は内心驚いている。三十分どころか一時間は火を灯し続けたな。
俺と比べれば少なく感じるかも知れないが、一時間は本当に凄い記録だ。
最後の方は意地だけで操作しているように見えたが、それでも一時間というのは常人には無理な記録。
正直、なぜブレイブさんが勇者に選ばれたのか不思議だったが、やっと少しだけ納得できた。
「ん、そうだな。これは魔法操作能力を上げる鍛錬、故に操作の難易度を上げる目的でわざと同時に鍛錬している」
「結局私は一時間程度しか灯し続ける事が出来なかった……やはり私は貴様より圧倒的に劣っているのだな」
「そうだな。今の貴様と我では圧倒的に力の差があるな……」
悔しそうな表情を浮かべながら、俺の方を見てくる。
力の差は仕方がないだろう。俺は自分で言うのもなんだが、ブレイブさんの数十倍の鍛錬をしてきたと思う。
若い頃には実戦も経験したし、黒龍や夜空王ウルフとも戦った。
経験の数が違うというのは、力の差を生み出す。
だが、俺とブレイブさんの育った環境が逆だったら、俺はブレイブさんより弱かったかもしれない。
それにしても、なんでブレイブさんは俺との力の差を気にするんだ?
ブレイブさんは女性を守るという目標を持っている。別に俺は女性を傷つけるつもりもないし、、傷つけた事も……多分ないと思う。
なぜ、そんな俺に張り合うんだ。単に負けず嫌いなのか?
「だが、それがどうした? 貴様は女を守るために強くなるのだろう。我は理由もなく女に手を出す事は無い。貴様が我に劣っていてもなんの問題も無いだろう」
「貴様は、女に手を出さないのか? 誓ってそう言えるか?」
「相手の女が悪者だった場合を除けばな……」
「そうか……」
ブレイブさんの安心した声を聞いて、俺も安心した。なるほど、この人はちゃんと話せば分かってくれるのか。
正直、男の話などすべて嘘! ってタイプの人かと思っていた。
俺が女性の敵であるかどうかが分からなかったから、自分より強者の俺の後を付けて確かめた訳だな。
ブレイブさんの安心した顔を見て、今日はそれを聞きたかったんだろうという事が分かった。
ブレイブさんは思ってないかもしれないが、今日でブレイブさんとかなり親しくなれたと感じる。
だから、俺からも気になっていた事を聞く。
「俺からも一つ聞きたいんだが、貴様に協力者はいるのか?」
「協力者だと? そんなものはいない……勇者である私が他力本願ではダメだろ」
「そうか」
やっぱりか。という気持ちが表情に出てしまう。
「なんだその顔は……何か言いたい事があるなら言え」
「貴様は本当にバカなのだな」
「なんだとぉ!?」
ブレイブさんが顔を赤くして怒りながら立ち上がり俺の前に立つ。
「勇者が他力本願で何が悪い。貴様一人で全てをなせるのか? 貴様が守ろうとしている物はそんなに軽く一人で支えられるのものなのか?」
「そ、そんな訳が無いだろう!! 私が守ろうとするものは重い! だが、これは私一人で支えなければいけない物なんだ……!」
ブレイブさんの表情には迷いが感じられた。そして、漏れ出ている魔力にも迷いが感じられる。
ブレイブさんの言っている事は正直分からなくはない。他人の力を借りるのは駄目だと思ってしまう気持ちは痛いほどわかってしまう。
俺も昔、彼女に言われるまでは一人で頑張らなければと思っていたから。
「誰かに頼る事の出来ない育ち方をした者は、何をするにも頼る事が悪と感じるようになる。頼るのは悪い事じゃない。と、偉そうに言ってみるが友の言葉をそのまま言っただけの言葉だ。我は貴様を勇者とは認めないが貴様の正義は綺麗な物だ。それで男を卑下するのは可笑しいと感じたがな」
「な、なんなんだ! 結局貴様は何が言いたいんだ!」
「まぁ、あれだ。もし、頼れる者が居ないのなら我が手を貸してやってもいいぞ」
ブレイブさんとは出会って数日程度、それもブレイブさんの俺に対する印象は最悪だろう。
それでも、俺は言わずにはいられなかった。そのわけは昔の自分を見ているようで痛々しかったからかもしれないし、自分が彼女に助けられた時の思いをブレイブさんにも感じて欲しかったからかもしれない。
俺が一人で何かをしようとしている時、彼女は俺がブレイブさんに言った言葉を俺に言って、強引に手を貸してくれた。
それから、作業効率や不安や重圧が苦に感じないくらいになった。それまで一人でやらなければと思っていた自分が馬鹿らしくなり、それから俺は頼る事を覚えた。
「……な、何を言っている! 私が男である貴様に頼るわけないだろう……!」
「意地を張る必要もないだろう。我は善意で言っているんだ。貴様の正義には手を貸すだけの価値がある」
「本当にふざけた奴だ。次そんな事を言ったら殴るからな! 本当に殴るからな!」
照れた顔でそっぽを向きながら怒るブレイブさん。
今の俺の見た目からだったら兄妹に見えなくもないだろうが、精神年齢的には親子だったとしてもおかしくはない。
若い子の照れる姿というのは可愛い物だ……。自分で思っといてなんだが、なんか爺さんみたいだな。
「ふっ、そうか。ならば肝に銘じておくとしよう」
「こ、こんなに不快な気持ちにされたのは初めてだ! フッ__」
俺の指に灯している火に顔を近づけ、一息で消してしまう。
あぁ、もう少しでノルマの二時間だったのに!?
俺は、ブレイブさんを睨むように見る。
「なっ、貴様! 火を消すのはやりすぎだろう!」
「知るか! 私はこんなに不快にされたんだ。詫びの代わりに飯を奢れ」
照れ隠しにしては強引過ぎじゃないか。
飯をほぼ知り合ったばかりの奴に飯を奢れなんて初めて言われたぞ。
俺は空を見上げる。確かに、空はもう暗いし、腹の空き具合から夕飯どきだという事が分かる。
仕方がない。金なしの女性が腹が減ったと言っているんだ……少しくらいなら恵んでやってもいいだろう。
「貴様、めちゃくちゃだな……。分かった。まぁ、貴様は手持ちもないからな。飯くらいは恵んでやる……何を食いたい?」
「焼き肉……」
「遠慮を知らんのか貴様は」
俺が男だからか分からないが焼き肉とは……。この世界の焼き肉は前の世界程安くは提供されていない。
理由は生産職のほとんどが麦や野菜で、食用の動物を育てている場所がほとんどないからだ。
俺の村でも、農作物以外を育てている所なんてなかった。
食用の動物を育てる場所がない理由は、食用の動物を育てていいのが神に選ばれた者のみなんて決まりがあるかららしい。
「男に対する遠慮など父と一緒に燃やして埋めたわ」
「えぐいな貴様……」
いくら父親に恨みがあるからって、そこまで言うか。
「あと、私は貴様ではなくブレイブだ! 次に貴様と呼んだら、貴様の悪評を広めてやるからな」
「……やる事が陰湿だな。あと、貴様……ブレイブも我の事を貴様と呼んでいるだろ」
「わ、私はいいんだ!」
「やはり貴様は勇者というにはわがまま過ぎる……」
「さぁ行くぞ! 私は腹が減った!」
「あぁ、分かった」
俺はブレイブさんに手を引かれて山を下っていく。
手を握られるのは初めてだ……。ここまで男を嫌っているブレイブさんが触れてくれたという事は、それなりに嫌われてはないという事だろうと俺は勝手に解釈した。
本気で嫌われていたら手など引かないだろう。
ライト・コレクト。五万の散財。俺は焼き肉屋から出てため息を吐いた。
俺は昔から小食な為、あまり食べなかったが、ブレイブさんが思っていた数倍食べた。
え、そんなに食べるの!? と驚いてしまうくらい食べた。
お店の人も俺達が来るまで普通だったのに俺達が来てから明らかに忙しそうだった。
「__ふっ、まぁまぁだったな」
「人に奢らせておいて随分な言いようだな……」
怒る気力もない。それにこんな事を言っているが、食事中は「美味しい」や「最高!」の連発だった。
全くもって、天邪鬼という言葉がぴったりな人だ。
「店員が男だったのが駄目だったな」
「味じゃないのかよ。はぁ、まぁいい。我はもう宿に帰るからな」
明日は金の入るクエストに行こう。今の俺の手持ちは三万キュルも無い。
このままじゃ、宿代も払えなくなってしまう。
俺は明日の為に早く寝ようとその場を離れ、宿に帰る。
「あっ、待て!」
ブレイブさんが俺のマントを掴み、俺を止める。
まだ何かあるのかと振り返ると、ブレイブさんは顔を赤らめもじもじと下を向いていた。
「ん、なんだ?」
「貴様がさっき言っていた事だが……」
「言っていた事?」
なんだ。さっき焼き肉屋で言った「タンは片面だけ焼くのが美味いんだ」ってやつか?
あれは、前世の知識だがこの世界でも通用するはずだぞ。
それともあれか、「肉はレアくらいが丁度いい」と言った事か……確かにあれは派閥があるからな。俺の価値観を押し付けたのは駄目だったかもしれない。
「手を貸すという件だ!」
あ、そっちか……。
「もし、万が一……いや億が一……いや、那由他が一の確率で貴様に頼らなければならなくなった時……その時は頼む」
那由多って……10の60乗だったか。どんたけ頼りたくないんだよ。
1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000分の1って事だろ。
数字にするととてつもないな……。まぁいい、少しでも頼る気があるなら安心だ。
俺はニヒルな笑顔を決める。数年間研究した魔王らしい笑い方だ。
「あぁ、頼まれてやる……。さらばだ__」
体調を崩して投稿を休んでいました!←どうでもいい。
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