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第十六話 ギルド長と話しました

 決闘が終わり、俺とリリィさんはギルド長の部屋まで案内された。

 ギルド長と名乗る人は仮面を付けているから確証は持てないが、女の人だろう。

 身長は少し低い程度で、緑色の長めの髪を一本に結んでいる。


 それにしてもこの人の魔力、闘技場だと遠目で分からなかったが今まで見てきた人の中でも特に洗練されている。

 漏れ出ている魔力は決して多くないが、濃密さと水の流れの様に自然な事が分かる。それはつまり、魔力の流れや消費に無駄がない事を意味している。

 恐らくだが、単純な魔法の発動動作や発動に使う魔力の効率の良さでは俺以上だろう。


「遠慮せず座っていい」


 ギルド長室と書かれた看板のある部屋に入り、俺とリリィさんは言われるままソファーに腰掛ける。

 真剣な雰囲気だったギルド長が肩の力を抜いて反対側にあるソファーに深く座り込む。


「いやいや、ホンマええもん見してもろうた!」


「関西弁……」


「ん、カンサイベンってなんや?」


「いや、聞き覚えのある訛りでな」


 ギルド長の訛りが前世でよく耳にしていた関西弁に似ているので、つい口から漏れ出てしまった。

 俺は焦りを声や顔に出さないように冷静に返した。別に気づかれてもいいんだが、俺が前世の記憶を持っている事は誰にも話すつもりはない。いらないトラブルに巻き込まれたりする可能性が出るからな。


「あぁ、これはイサンカの訛りや。鬱陶しかったらごめんなぁ」


「イサンカ、確か西の方にある都市だったか?」


「せやで〜」


 イサンカはこの王都に続き人口の多い街だ。独自の文化や風習や料理が有名で、住む人も多いが観光地としても人気を持っている。だが、粗暴な者も多いらしく治安はあまりよろしくないらしい。

 色々な地方の者が来るため、各地の方言が混じった可笑しな訛りをしていると聞いていたが、関西弁……いや、他にもいくつか前世で聞いた訛りが入っているな。


「あ、あの……」


 リリィさんが右手を頭の上にあげる。


「ん、あー、リリィはんやったっけ。どないしたん?」


「アスラさんは分かるんですけど、なんで私もギルド長の部屋に呼ばれてるのかなって……」


 確かに、決闘をしたのは俺とブレイブさんだから、リリィさんは本来ここにいなくてもいい人だ。

 少し不安を表情に出しながら質問するリリィさんにギルド長は少し笑いながら返事をする。


「そんなん、勇者と自称勇者はんに奪い合われた娘はどんな娘なんやろうか気になったからやで」


「あぁ、そういう」


 納得し、安心した表情で胸を撫で下ろすリリィさん。

 リリィさんは本物の魔王だし、何か気づかれたんじゃないかと考えていたんだろう。

 だが、リリィさんは観客として戦いを見ていただけだからな、何かを言われたり何かに気づかれるという場面はなかっただろう。


「にしても、本当に凄い戦いやったなぁ……。でも自分、全然本気じゃなかったやろ」


「なぜ、そう思う?」


 流石、ギルドの長というべきか、俺が加減していた事には当たり前のように気づいていた。

 俺は極力誰にも気づかれない様に手加減をしていたつもりだったんだが……少々驚きだ。


「なぜそう思うて……。そら自分の表情を見てれば誰やってわかるわ。自分、こんなもんなのかって顔してたで」


「ポーカーフェイスには自信があったんだがな」


「あはは、うちが自分の何倍生きてると思ってんの。こう見えてもうち、100歳超えのババアやで」


 ひゃ、100歳!? 魔力の流れに乱れが一切ないという事は嘘でも冗談でもないのだろう。

 だが、顔以外の肌だけでの判断でも十代後半か二十代前半にしか思えない。

 もしかしてスキルか……それか、人間ではないとか。

 俺は驚きを顔に出さないように冷静に話を進める。


「こう見えても何も、仮面をしてるから分からん。だが、100歳とは……人間ではないのか?」


「いや、自分らと同じ人間やで……あ、自分ら人間なん?」


 俺が人間以外に見えるのかと言いたいが自分の力が人外じみている事は重々承知している。

 いや、それよりもギルド長は人間なのか。だが、魔力の流れに少しだけだがブレがあった。

 つまり、噓をついている可能性もある。まぁ、嘘だったとして探りを入れる必要はなさそうだが……。


「人を化け物のように言うな。我は純血の人間だ」


「わ、わわわ、私も、人間だと、思います……多分」


 リリィさんが焦った表情で言う。そう言えば、リリィさんは魔王だが悪魔なのだろうか?

 焦りは魔力にも出ているが、この焦りが人間ではない故にくる焦りなのか、それとも自分が人間であるか確証を持てない故にくる焦りなのか。


「まぁ、人間でも人間やなくてもうちのギルドに所属してるなら関係ないわ! で、自分なにもんなん?」


 ギルド長はリリィさんの焦りなど気にせず、マイペースに話を進めていく。

 流石、大きな組織の上に立つものは器が大きいという事なんだろう。それか単純にそういう正確なだけか。

 まぁ、どちらでなくともリリィさんの焦りを掘り下げられなくてよかった。リリィさんは自分が魔王だとバレる事を望んでいないみたいだからな。

 それで、あぁ何者なのか……か。そんなの自分の中での返答は決まっている。


「魔王だ」


「魔王……そか! あはは! いいなぁそれ! うちのギルドの期待の新星は魔王か!」


 ギルド長は腹を抱えて笑い、ソファーに倒れる。

 その声はどこか嬉しさが混じっているように感じられた。


「まぁ、今はまだ違うがな。次期魔王だ」


「え、アスラさんって魔王になりたかったの?」


 リリィさんが驚いた顔で俺の顔を見る。

 あれ、そう言えばリリィさんには言ってなかったっけ。


「今まで50年以上ギルド長やっとったけど、こんな面白い奴に会うのは初めてやで! 大口を冗談半分で叩く奴ならおったけど、実力もあって本気で言ってる奴は初めてや! うちすっきやでそういう馬鹿みたいな奴は!」


「ば、馬鹿……。いや、まぁいい。ギルドの長よ、一つ頼み事があるのだが」


 馬鹿というセリフは聞き捨てられないが、今回だけは聞かなかったことにしてやる。

 バカじゃないし……。それより、俺はギルド長に気に入られたようだ。

 折角だし、一つ頼みごとをしておこうと思う。


「なんや、うちをここまで楽しませてくれたんやから、ある程度は聞いてやるで」


「ブレイブが負けた事は口外しないで欲しい。今回の勝負は、我が負けたという事にしておいて欲しいのだ」


 俺がそう言った瞬間、場の空気が凍り付いた。主に、ギルド長から発せられる威圧的な魔力で。

 俺とリリィさんはそこまで気にならないが、先程から部屋の隅の置物の裏に隠れている人には効くんじゃないか?

 あ、目が一瞬合ってしまった。


「……自分、それ本気で言うてるんか?」


「あぁ、本気だ」


「それはブレイブに対する冒涜やで。敗者に情けをかけるにしてもやり方がある」


 確かに、これがブレイブさんに対する情けなら侮辱もいい所だろう。もし、俺が逆の立場なら怒りを抑え込めるか不安だ。

 ギルド長が怒るのも無理はない。負けた相手に勝ちを譲るなど真剣勝負の世界ではタブー中のタブーだからな。

 だが、ブレイブさんに対する情けや同情の気持ちから勝ちを譲る訳ではない。むしろ逆だ。

 今回の決闘でブレイブさんに情けをかけるつもりは、ほとんどない。


「この申し出はブレイブに対する情けではない。見た所、ブレイブの強さはこのギルドではかなり信用されている。そんな奴が負けたとなれば混乱が起きる。名だけだとしても勇者なのだ。負けは口外すべきではない。それと、もし今の申し出がブレイブに対する情けでも、敗者であるブレイブは甘んじて受け入れ

るのが礼儀だ。敗者に冒涜だなんだと言う権利はないのだからな」


 そう、これはギルドの為であり、決してブレイブさんの為ではない。

 俺はいつもより真剣な顔で言った。もし、ここまで説明しても申し出を受けてもらえなかった場合は、ギルドよりも先に俺が負けた情報を広める。

 まぁ、最初はそうするつもりだったから、特に苦には感じない。


「なるほど、そういうことかいな。わかった! 勝者の望みや、聞いたるで」


 少し悩むしぐさを見せたが、明るい声で了承してくれた。

 良かった。これで面倒くさい作業をしなくて済む。

 俺が一瞬横目でリリィさんを見るとリリィさんが驚いた顔をしていたのが見えた。

 俺は気になり、そのまま顔をリリィさんの方に向ける。


「アスラさんって、頭の回転早いんだね……意外」


「それは我に対する冒涜だな。聞き流すのは一回だけだぞ」


「あっ、いやごめん! つい口が滑って……」


 口が滑ったって、それはフォローになっていないぞ。

 表情から謝っている気持ちは伝わるが、謝るのが下手なのか。

 俺は心の中でため息をついた。


「あははっ! あんたらおもろいなぁ」


 そんな俺の内情を知るわけもないギルド長は俺とリリィさんの方を向きながら楽しそうな声で言った。

 リリィさんは少し照れていたが、別に褒められている訳ではないと思うぞ。



 ★ ☆ ★ ☆ ★



「__うちの名前は、ラットや。しっかり覚えとくんやで〜」


 うちの部屋から出て行く二人を手を振りながら見送る。

 あぁ、しんどいわ。なんやあの二人、化け者かいな。

 冷や汗ダラダラや。


「いいんですかラットさん」


「おっ、シノ。いいって何がや?」


 背後からいきなり、私の秘書でありこのギルドの副ギルド長でもある《シノ》が現れた。

 この子は、もしかしてずっとこの部屋に隠れてたんか?

 《シノ》は隠蔽系の魔法が得意で、本気で隠れられたらうちでも分からんくらいや。


「あの者たちの事です。あの者たちの力は明らかに常軌を逸しています。恐らく、隠れていた私にも気づいていたと思います。一度、目が合った気がしたので……」


「確かになぁ。うち、80年ぶりに絶対に勝てないって思ってもうた……。あはは、まだ足が少し震えてるで」


 シノの言う通り、あの子ら常軌を逸してるで……。強くなることだけを考えて生きてきたうちより強いんが二人同時に現れるとか、悪い冗談にもほどがあるっちゅうねん。

 でも、いいなぁあの二人。うちのギルドにあんな子らが来てくれたのは嬉しいわ。


「では、なぜあの者たちの素性を詳しく聞かなかったんですか?」


「それは、そっちのが面白そうやからやな!」


「は、面白そう……?」


「おう! うちの中のイサンカの血が言っとんのや。聞かん方がおもろいことなるってなぁ」


 イサンカ人の血液に刻まれた面白いもんを探求する心が疼いたってことや。

 理解出来ないという顔でシノがうちを見ているけど、そんなの気にせんでー。


「ラットさん……あなたのその短絡的行動は後悔を生むことになりますよ」


「あはは、それは怖いなぁ。じゃ、賭けよか……うちの言った通りおもろなるか。シノの言う通り後悔す

る結果になるか。かけ金はそうやな……超高級焼肉奢り! でどうや」


「じゅる……いいでしょう。乗りました」


 シノはよだれをふき取り、(うなず)く。

 食べ物の事になると、シノは簡単に乗ってくれる。まぁ、そこが可愛いんやけど。

 でも、食べ物につられて変な男について行かんか心配やわ。


「言っとくけど、うちの勘は当たるでぇ。外したのなんか一度しかないんやからなぁ」


「一度外してるんですね」


「そらそうや! 失敗のない人間なんかおらんよ。特に、うちみたいに長生きしてる人間にはな」


「そうですか……」


 シノはうちの《失敗》について知っているから、深くは聞いてこない。

 シノは厳しいけど優しい子やからな。うちは自分の付けている仮面を触り、誰にも見えないが少しだけ悲しい顔をしてしまう。


「にしても、あの魔王になるゆうた子はどれくらい強いんやろなぁ。うちの【鑑定】でも測れんって事はうちより強いゆう事やろ。うちでも勝てんって事は黒龍クラス……いや、夜空王ウルフと同じくらいかもなぁ!」


 決闘中に【鑑定】という無属性魔法で、魔王になるって言った子の……たしか名前はライト、でもリリィちゃんはアスラ言っとったな。じゃあ、アスラか。

 アスラの力を勝手に見ようとしたが、見る事が出来んかった。【鑑定】は自分以下のステータスの者の力を見る事が出来る。

 アスラの力が見れんかったって事は、うちよりアスラの方が強いって事や。

 うちの強さは自慢やないけど、黒龍という世界の上位種を倒せるくらいある。

 そんなうちが見れんって事は黒龍以上の強さは確実に持っているって事やろ。


「夜空王ウルフ……噂に聞く世界最強の魔獣ですか。流石にそれは、言いすぎなんじゃないですか?」


「あはは、そうな。夜空王ウルフは言い過ぎたわ。もし、夜空王ウルフに勝てんなら魔王を目指す事なんてないんやもんなぁ」


「はい、夜空王ウルフは歴代の魔王が束になろうと勝てないと言われています。もし、夜空王ウルフよりも強いのなら、魔王など目指すまでもない存在のはずです」


 推測やけど、アスラの力は黒龍以上魔王未満って事やな。

 魔王とは会った事ないから比べようがないけど、黒龍の数倍は強いんやろう。

 夜空王ウルフはその数倍……いや、数百倍の力は持ってるやろな。


「うち、一度だけやけど夜空王ウルフに会った事あんねんけど、地に頭を付けて殺さないでもろうたんやで、あははは! 強いなんて次元の存在やなかったで……あれはな。理不尽な強さを詰め合わせたみたいな存在や」


「ギルド長が手も足も出さずに敗北した相手ですか……絶対に会いたくないですね」


 うちは、あの日の事をずっと後悔しとる。笑い声を出して誤魔化してはいるが、仮面の中は悔しさで歪んでいる。

 若い頃、周りより才能が有って強かったうちは調子に乗っていた。

 そして、世界最強と言われている夜空王ウルフに手を出してしもうたんや……結果は惨敗、いや敗北ですら無かった。

 うちは夜空王ウルフのひと睨みで負けを認めさせられた。


「もう80年以上前の話やけどな。あの日が無ければうちは不老不死になんて手を出さなかったんやろな……」


「……ギルド長が昔おっしゃっていた不老不死になった原因って」


 悔しくて悔しくて仕方なかったうちは、時間があれば修行して強くなって夜空王ウルフに勝てると思い不老不死に手を出してしまった。

 あの時の事は今でも毎晩思い出して後悔してる。

 今、限界に達したうちやから分かる事やけど、いくら努力していくら強なっても夜空王ウルフには近づけない。

 うちは不老不死になる為に、いくつもの物を犠牲にした。

 友、親、師……そして、人間としての自分……。


「せやで、夜空王ウルフを倒す事や……。まぁ、そんなん20年以上前に諦めてんけどな。永遠に生きて鍛錬し続ければいつか夜空王ウルフに勝てるなんて甘ったるい考えしてた自分をぶん殴りたいわ……」


 うちは、悪魔にまでなったのに夜空王ウルフの足元さえ見えなかった。

 その時、この顔に刻まれた悪魔の紋、これのせいでうちは顔を隠す生活を80年続けている。

 もし、この紋を誰かに見られたら、うちはその人の事が好きにlikeじゃなくてloveの方の好きになってしまう呪いが掛かっているんや。効果は一人限定やけど、うちは心底惚れた相手に見てもらおうと決めている。

 まぁ、不老不死だからって気長に考えて、心底惚れたどころか普通の恋愛もまだなんやけどね。


「ギルド長……」


 心配した表情でうちの事を見るシノ。あっ、やってもうた!

 うちとしたことが、雰囲気に流されていらん事喋り過ぎや!

 ものごっつ辛気臭いやん! 取りあえず、この後飯でも連れてって帳消しにせんと!!


「おっと、辛気臭くなってもうたな! すまんすまん! あの子ら見てたら昔を思い出してもうたんや……。楽しみやなぁ。あの子らならもしかして、夜空王ウルフにも届くかも知らんからなぁ……」


 うちがギルドを始めた理由はただ一つ、うちの代わりに夜空王ウルフを倒してくれる奴を見つける為や。

 やっと見つけた嬉しさにうちは歓喜していた。うちのうちの願いがやっと叶う。

 あの二人なら、倒せるかもしらん。それに、アスラって結構イケメンやったし、この際指導とかこつけて男と話す練習もせんとな!

 流石に、恋愛経験ないまま200歳とかなりたくないわ……。

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