第十四話 目が覚めると勇者さんに決闘を申し込まれました
少しの静寂ののちに聖剣さんが私の頭めがけて飛んできた。
って、いきなり攻撃する事はないんじゃないかな!?
ギリギリ躱せたからいいけど、躱せなかったら死んでたよ!
「えぇっ、いきなり攻撃!?」
「私は聖剣ですよ。魔王が目の前にいて攻撃しないなんてあると思いますか?」
「全くもって正論だよ!」
私が躱したせいで後ろにある木に突き刺さった聖剣さんが言う事に何も言い返せない。
というか、その通りだとしか思えない。
魔王が目の前に居るのに、「あ、そうだったんだ」とはいかないだろう。
あ~、ヤバい。聖剣さんなのに殺気を感じるよぉ。
「形状変化」
木に刺さった聖剣さんが光りだし、形が変わっていく。
アスラさんの腰に差している鞘も光に吸収され、聖剣さんの形が人型になる。
光が消えると、聖剣さんは完全な人間の女の子になっていた。
髪は銀髪でフリフリとした女の子らしい可愛い服を着ている女の子……。
「え、聖剣さん。人間の女の子だったの!?」
私は驚いて目を見開いた。
いやだって、さっきまでナイフの形をしていた聖剣さんが、いきなり可愛い女の子になるんだよ!
流石は勇者の聖剣さんなんだなぁ。
「部分形状変化。死んでください魔王! うぶっ!?」
聖剣さんの右腕が光りだし、右腕だけが刀身のようになる。
凄い! そんな事も出来るんだ! なんて思っていると聖剣さんは私に斬りかかりに来た。
だけど、一歩先にある石に躓いて転んでしまった。
「……大丈夫?」
「うっ、ひっぐ、だ、大丈夫です。私は聖剣ですよ。強いんですよ」
聖剣さんは泣いてしまった。
あぁ、膝を打ったみたいで血が出てきてる……。
ど、どうにかして慰めないと。
「わ、わかったから、ね。一回落ち着いて私の話を聞いて」
「魔王の話に耳を傾ける聖剣がいますか?」
涙目で座り込んだまま真剣な顔で言ってくる。
涙目だけど目には殺意がこもっていて、今にも斬りかかってきそう。
うぅ、こんな小さい子に命を狙われるのは……なんか凄い悪者みたいでショック、いや魔王だから悪者なのかもしれないけど。
「いないと思う。でも聞いて! 私は確かに魔王のスキルを持っているけど、今魔族とかを支配しているのは違う魔王で、私一回も悪い事した事ないよ。だから、仲良くできないかな」
私は勇者を目指している。可笑しな話だと思うかもしれないけど、魔王として生まれた私は昔から勇者になりたくて仕方なかった。
その為に、色々なところで人助けをしたりとか悪い事をしないように気を付けて生きてきた。
魔王っぽい事とかは今の魔王さんがしてるみたいだし、私は一切魔王としての活動をしてない。
これは本当の事で一つの嘘も混ぜていない。
「……それが事実だったとして、聖剣が魔王を見逃すなどあってはいけないんです」
やっぱり……駄目なんだ。どうしよう……私もここで聖剣さんと戦う理由はないし、勇者になりたい私が魔王として聖剣さんを殺すことはできないよ。
でも、聖剣さんの目は本気だ。何か、聖剣さんと戦わないですむ理由は……。
私は横で倒れているアスラさんを見て思いつく。
「えっと……あ、でも、私を今倒したらアスラさんを助けられる人がいないんじゃない?」
「わ、私が担いでいけばいいだけの話です」
聖剣さんだから見た目とか関係ないのかもしれないけど、目で見える範囲ではその細腕でアスラさんを抱える事は出来ないと思う。
もし、見た目に反して物凄い筋力の持ち主なら私は逃げるしかない。
ごめんねアスラさん! なんか利用して本当にごめんね!
「あなたの筋力的に無理なんじゃない?」
「……王都についてからあなたを倒します」
よ、良かったぁ。悔しそうな顔で私を睨む聖剣さん。
私の予想は的中してたみたいで、聖剣さんの筋力じゃアスラさんを王都まで運ぶことは出来ないみたい。
そうだよね。もし、アスラさんを運べるんだったら私が来る前に急いでアスラさんを運んでいただろうし、アスラさんが倒れたままだったって事は運べるだけの力が聖剣さんにはないって事だもんね。
「うん、それがいいよ!」
私は内心ほっとしているのを気づかれないように聖剣さんに笑顔で返した。
アスラさんを背負い、山を下っている。
アスラさんの体重は見た目に反して結構軽いから、王都までなら休憩なしで行けると思う。
というか、アスラさんの来ている服の素材って何なんだろう。
背負っているだけなのに着心地の良さが分かるくらい気持ちがいい。
それに、素材になった生き物のものなのか魔力が微量だけど漏れ出ている。
「そういえばさ、アスラさんって何者なの?」
私は何気なしに隣を歩いている聖剣さんに聞いた。
私が聞くと聖剣さんは一瞬不思議そうな顔をした。
「何者と聞かれましても、アスラ様は貴方と真逆の存在《勇者》ですよ」
「えっ! アスラさん勇者なの!?」
足を止めて驚いてしまう。
ゆ、勇者なんだアスラさん……。
いや、でも確かに勇者だったら体から漏れ出ている白い魔力とか強力な聖剣を持っているのも理解できる……。
「はい、ちなみに私は神によって作成された唯一無二の聖剣です」
自信満々な顔で言う聖剣さんを可愛いなぁなんて思いながら見る。
そうか……聖剣さんは神様に作られた本物の聖剣さんなんだね。
私の聖剣は……なんか昔、貰った物だからよく分からないや。
「そうなんだ。アスラさんが勇者……見た目通りだね」
「そ、そうですか? 見た目だけなら貴方の何十倍も魔王っぽいですよ。魔王っぽさが一人歩きしてる感はありますが」
驚いた顔で言う聖剣さんを見て笑ってしまう。
確かに、アスラさんの恰好は魔王というか、悪者というか、物語に出てくるいい感じのラスボス感が出てるけど、内包している魔力や動きの一つ一つが洗練されてて今まで努力をしてきたのが伝わってくる。
それに、私と比べたら駄目だよ。私、勇者目指してるから出来るだけ清純そうな服を着てるし、魔王っぽさはないと思うよ。
「まぁ、服装だけならそうだけど、体から漏れ出ている魔力が綺麗だよね。白くてキラキラしてて、羨ましいなぁ」
「そういう貴方は黒くてギラギラしてて禍々しいですよね」
聖剣さんの精神攻撃、私に一万のダメージ……。
この聖剣さん、剣だけにグサグサ言ってくるよ。
確かに、私の魔力は“少しだけ”禍々しいかも知れないけど、それは魔力であって私の内面はじゃないからね!
私の内面は……い、いい人だと思う!!
「うっ、もう少し薄紙に包んだ表現できないの?」
「魔王に情けとか慈悲とか与えるつもりはありません。口から針を出すつもりで喋りますよ」
「私、串刺しにされそう」
「もしそうなったら、そのまま網の上に置いてバーベキューでもしますね」
「聖剣の発言とは思えないよね。今まであった悪魔と比べても一番悪魔っぽい発言してるよ」
「悪魔と一緒にするな」
悪魔にもいい子はいるよ? と言おうと思ったけど、聖剣さんに言っても聞いてもらえそうにないので言わなかった。
それに、聖剣さんは悪魔を倒すために作られたわけだし、悪魔を肯定してもそれ以上の否定で返してくると思う。
私を見ている聖剣さんの殺気交じりの怖い顔を見て、聖剣さんがどれだけ悪魔が嫌いなのかを理解する。
「に、睨み顏怖い……。可愛い顔が台無しだよ。女の子なんだから気をつかわないと」
「私は武器ですよ? 女の子とか男の子とかいった性別の概念はありません」
「そうなんだ。じゃあ、男の子の姿にもなれるってこと?」
「なれますけど……絶対に見せませんよ」
意地悪な顔をしながらそう言う聖剣さんの顔は、いたずら好きの子供みたいで可愛かった。
そんな話をしながら話していると、思ったより早く王都のギルド前まで帰り着いた。
本当はアスラさん達の泊まっている宿に送ろうと思ったんだけど聖剣さんが教えてくれなかったから仕方なくギルドまで来た。
ギルドなら休憩スペースがあるし、私下手だけど回復魔法の【ヒール】使えるし……。
「ん、ここはどこだ?」
「あ、アスラさん起きましたか」
「ヤバッ」
丁度ギルドに入ろうとした丁度その時にアスラさんが目を覚ました。
聖剣さんは慌てて元の剣の状態に戻って、アスラさんの腰に戻る。
あれ、アスラさんに見られたらマズい事でもあるのかな。
「ギルドの前……そうか。我は気を失ってたんだな」
「倒れてるの見つけてびっくりしたよ!」
「あぁ、すまない。あと、ここまで連れて来てくれた事……感謝しよう」
アスラさんは私の背中から降りて、こっちを見ながらお礼を言ってくれた。
な、なんだろう。お礼を言われるなんてあまり経験がないからかな。
凄く嬉しくて、私はにやけてしまう。
「えっ、いや、感謝だなんて……照れるなぁえへへ」
「感謝されて照れることなどないぞ。ッ……」
アスラさんが足を抑えて痛そうな顔をする。
あぁ、やっぱりそんなに腫れてる足で歩くなんて無理なんだ。
見ただけじゃ分からないけど、折れているのかもしれない。
「大丈夫? まだ肩使う?」
「いや、大丈夫だ。【ライトヒール】」
肩を貸そうとすると断られてしまう。
そして、アスラさんは自分の晴れている足に手をかざして魔法を発動した。
ライトヒール? ヒールって事は回復系の無属性魔法なんだと思うけど、ライトは光属性の回復魔法だったはず……。
アスラさんの足の晴れがどんどん引いていく。
「わぁ、すごい。足の腫れが引いていってるね!」
「傷を治す光属性の魔法だ。骨が少しややこしい折れ方をしているから完璧とまでは治らないが、ひびが入っている程度だろう」
「それって結構大怪我じゃない?」
「ふっ、我クラスともなればこの程度痒さくらいしか感じないわ」
「すごいね!」
多分、我慢してるんだという事は分かった。
表情は微笑んでいるように見えるけど、額に汗が滲んでるし、まっすぐ立っているように見えるけど少しだけ軸がずれている。
ここは早く終わらせて宿に帰らせてあげないと……。
「とりあえず、ギルドにクエスト完了を知らせよう。貴様、ミノタウルスの角は回収できたんだろ?」
「うん、ばっちりだよ! 合計20個だったよね?」
「あぁ、足りているな……では、報告するとしよう」
私がカバンから20個の角を取り出すと、アスラさんは安心した顔をする。
そして、マントを翻してギルドの中に入る。
やっぱり、少しだけ怪我していた足をかばって歩いている……後でちゃんと謝らないと。
__あぁ、痛い。リリィさんは気づいてないだろうけど怪我した足が凄く痛い。
ライトヒールはライトという光属性の回復魔法とヒールという無属性の回復魔法の合わせ技だ。
合わせ技だけあって、物凄い回復力を持つが骨折を治せるほどではない。
それに、足以外にも指も骨折してる。さっきのライトヒールの時に同時に回復させたがやはりひびが入っている程度にしか治らない。
それに、歩くたびに筋肉痛のような痛みもある……。
「おっ、偽勇者殿じゃないか。どうだった初のクエスト……がははははっ! なんだなんだ? 満身創痍じゃねぇか! ダッセェ!」
「あんだけ自信満々に『ミノタウルス……あぁ、大丈夫だ』とか言っときながら帰ってきたらこのザマかぁ! 女の方が無傷って事はお前さんだけ手こずったってこったろ。かぁ、同じ男として恥ずかしいぜ!」
ギルドの中に入るといきなり罵声を浴びせられた。
流石の俺も少しイライラしてしまう。いつもなら無視できる程度だが、打撲やら骨の痛みやらでア頭に血が上っている。
だが、ここで怒っていては宿に帰るのが遅くなり、余計に痛みを感じる時間が増えるだけだ。
「あ、アスラさんはッ!」
「いい。こんなことで怒るな。奴らの言っている事は間違いではない。少し言い過ぎなのは酒が入っているからだろう」
怒った顔でリリィさんが何かを言おうとするが、それを止める。
俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、早く宿に帰りたい寝たい。
腰に差している鞘がガタガタっと少しだけ動く感覚がした。
「アスラ様は優しすぎます。今すぐに八つ裂きにしましょう」
「アン、勝手に聖剣から出るな」
聖剣の方を見ると、聖剣の刀身が少しだけ鞘から出ていた。
あぁ、勘弁してくれ。これ以上話が長引くのは嫌なので俺は最小限の事しか喋らないでおこうと決める。
「しかし、あの者らの物言いは明らかに目に余ります。アスラ様が馬鹿にされるのは私が馬鹿にされるのと同じくらい苛立ちます」
「この程度で苛立ちを覚えていては今後身が持たないぞ。アン、貴様が我の事を思ってくれるのは嬉しいが」
「お、思うって……別にそんなんじゃありません!」
じゃあなんで怒ってくれてるんだぁぁぁ!! っと言いたい気持ちを抑えて俺は黙る。
それに、そこまで力いっぱいされたら流石に傷つく。
全身ボロボロなのに心までボロボロにされそう。
「そ、そうなのか……。まぁ、言いたいのはああいった輩は無視しろ。反応すれば付け上がる」
「わ、わかりました……」
「分かったよアスラさん」
良かった。アンもリリィさんも納得してくれた。これでやっと話が収まった。
宿に戻ったらすぐに全身にライトヒールしよう。十回はしよう。
あ、聖剣の効果を使えば骨折でもすぐに治ったんじゃないか?
しまった。痛みで頭が回ってなかった。
「__おい、お前!」
俺が急ぎ足で受付に向かうと、さっきの男たちとは違う方から声を掛けられる。
イラっとしながら振り向くと、そこにはブレイブさんがいた。
「ん、次はなんだ。確かお前は勇者ブレイブだったか……」
「男が容易く私の名を呼ぶな!! 貴様に一つ言いたいことがある」
「ん、なんだ?」
ブレイブさんは明らかに怒りを宿している顔で俺の事を見ている。
出来れば手短に頼む。
「貴様に、決闘を申し込ませてもらう!」
は? と口から出そうになるのを抑える。
なんで決闘を申し込まれてるんだ?
ブレイブさんの真剣な顔を見るに、ふざけて言っているわけでもなさそうだし……。
「貴様、何を言っている?」
「耳もミノタウルスにやられてしまったのか? 私は貴様に決闘を申し込むと言っているのだ」
「……なんの為だ?」
「理由はただ一つ……可憐なそこの少女を貴様のような弱く汚い男から守る為。そこの少女を賭け、私と勝負しろ!」
あぁ、なるほど、確かブレイブさんは男から女を守るために生きているみたいな人だったから、ミノタウロスの角を手に入れる程度で満身創痍になるような弱い男にリリィさんは任せられない的な感じなんだろう。
正直、逸早く宿に帰りたい俺は頭をフル回転させて状況を理解した。
「__断る」
そして、すぐに断った。
ブレイズさんは断られるのが予想外だったみたいで、驚いた顔をしているが、何を驚くことがあるんだ。
俺の今の状態を見てくれ、全身に数十か所の打撲、指を足の骨にひびが入って、服がボロボロなのを見れば戦える状態じゃないのくらい分かるはずだ。
「なっ、お前、逃げるのか! 男のくせに!」
「男は逃げてはいけないという法律でもあるのか? それに見ての通り我は疲れている……早く帰って寝たいのだ」
「……分かった。それなら後日、決闘をしよう」
分かってくれてねぇ!
後日って、確かに回復させれば明日までに決闘は出来るが、普通の人間にそれが出来ると思うのか!
あぁ、駄目だ。頭に血を登らせるな。落ち着き、魔王らしい対応をするんだ。
「アスラ様この方、なに一つ分かってませんよ……」
あぁ、分かってる。
ブレイブさんには聖剣の声が聞こえてないみたいだし、ブレイブさんの前では返事をしない。
だが、アンの言っている事に同感して少し頷く。
「はぁ、その決闘で我が勝てば何かメリットはあるのか?」
「貴様が勝つことなど万が一にもないが、もし貴様が勝てば……私を好きにすればいい」
何んだその、初級負け犬になる為のセリフみたいなセリフは……ブレイブさんは余程自分に自信を持っているんだろう。
こういう人はプライドも高いから、こっちがいくら断っても聞き入れてくれるか分からない。
ここは決闘を受けるべきか? めんどくさいし。
「うわぁ、アスラ様、エッチなこととか考えてませんか?」
いや、考えてないからな。
もし俺が勝ったら……そうだな。
勝ってから考えればいいか。
「分かった。貴様がそこまでの覚悟を持って決闘を挑むのであれば受けよう。明日の日暮れ前、見物客のいない場所を用意できるか?」
今日王都に来たばかりだが、ギルド内でのブレイブさんの信頼が高いのは分かった。
正直、俺が勇者だ! とか言いふらすつもりもないしな。
そんな彼女が負けるところを大衆の前に晒すわけにはいかない。
「なるほど……己が醜態をさらしたくないわけだな……流石男は考えることが汚い。だが、それで貴様が決闘を受けるのなら用意しよう。明日の日暮れ前、ギルドの前で待っていろ」
軽蔑した目で俺を見てくるブレイブさん。
いや、そうじゃないけど……はぁ、もういいやそれで。
俺はめんどくさくなって投げやりになってしまっている。
「いや、貴方の醜態を晒さない為の配慮なんですが……」
アンが代わりに言ってくれたし、もし俺が言ってもさらに口論になるのは目に見える。
「分かった。約束は守ろう」
俺はそういって受付に向かいクエスト完了の報告をした。
ここまで長かった気がするが、まぁいい。
俺は家に帰って休む。明日の事は明日にでも考えればいい。
「なんか、私の許可のないところで私を賭けた決闘が開始しちゃったんだけど……」
なんだか、釈然としない顔で俺に言ってくるリリィさん。
あぁ、それはごめん。
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