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ぼくのわたしの守りたい世界  作者: 猫田芳仁
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第8話 休息! それぞれの夜

 月影は、わくわくしながら待っていた。

 あれほど出不精だった男爵が、急にパリッとした格好をして「出かけてくる」と留守を頼んできたのだ。持って出たのは小ぶりな鞄1つだったので、大きな作戦を発動させたりはしないのだろうが、とりあえず働く気になってくれただけでも良しとしたかった。

 無職の家族が就職活動を始めたら、こんな気持ちだろうか。とも思ったが、あまりに情けないたとえなので、月影は忘れることにした。


「戻ったよ」

「おかえりなさいませ! 首尾はいかがでしたか」

「まだ準備段階だ。本番はこれからだよ」


 言っていることはいたってまともだ。男爵本人も実にいい顔をしている。

 しかし、月影の気分は急降下だ。なぜなら男爵が手に提げているものがどう見ても「買い物袋」だったからだ。


「……今後の計画を教えていただけますか?」

「カレーを作る。安心したまえ、レシピは調査済みだ。印刷もしてあるから、あわてなくて済む」

「な、なんですかそれはー!」


 つかみかからんばかりの月島に男爵は首を傾げた。首の角度が戻ったと思ったら「しばらく暮らすからには地元の文化をうんぬん」と見当違いな演説までしてきた。ちゃんと切符も買って、電車に乗ってスーパーまで言ったらしい。緊張したそうだ。


「吾輩、料理は初めてだし、煮込み料理だからね。今から作り始めて夕飯に間に合うかな? ゆっくり待っていてくれ」

「男爵殿……」

「うん? ああ、手伝ってくれる必要なはいよ。独力でやってみたいんだ」

「お米は買われましたか?」

「……あっ!」


 サバト男爵は、組織内でも高評価、売り出し中の若手幹部であったはずだ。少なくとも、この有能な月影が補佐に選ばれたのだからそこは間違いない。しかしその評価には「人格」の項目がなかったのであろう。

 月影は財布を取り、男爵を押しのけるように外に出た。近所のコンビニで、無洗米を売っていたような気がしたからだ。


 ***


 カレーは美味しかった。

 だが、月影の心は晴れなかった。


 ***


 蟹江は眠りたいのに眠れなくていらいらしていたし、その他2人も寝ていたところを起こされてあまりいい気分ではなかった。

 その気持ちを暴力に向けた結果――まだ名も知らぬ組織のアジトは、日の出前に単なるがれきの山へと化した。

 むろん犠牲者は出ていない。人質2人もぴんぴんしていたし、二階堂と、成り行きで一緒に行動していたらしい奇特な青年も傷ひとつない。救い出してから、八つ当たりという名の破壊活動を行った。

 帰宅するにも電車はなく、とりあえず全員で、大神邸に向かう。二階堂と連れは、最初から厄介になるつもりだったようだ。


「色々聞きたいけど……眠気がもう無理。みんな空き部屋に適当に泊まってね。詳しくは明日。いい? おやすみ」


 有無を言わさぬ気配を背中から発して、自室に消えていく蟹江。その背中を見送りながら、金髪の青年が二階堂に尋ねた。


「ここ、本当に悪の秘密結社か?」

「元、な」


 ***


 どたばたしたし、また明日話そう。

 ということになり、正義と通はあらかじめとっていたホテルに向かった。未成年がいなくなったことで、404号室の面々は本格的な宅呑みの姿勢に入っている。

 ワイン、ウイスキー、焼酎に、ビール、酎ハイ。不健康極まりないが、いつもの404号室であった。

 話題はもっぱら「もうひとつの札幌」からの客人についてである。やれ、若いのによくできているだの、ちゃんと葛藤があって余計ヒーローっぽいだの、なんだの、かんだの。基本的にも応用的にも、好意的な意見ばかりだ。

 和やかな雰囲気の中、カシスオレンジを舐めていた

ニコが「あっ」と声を上げた。


「どうしたんです?」

「いや、大したことじゃないんだけどさ」


 手に取ったのは1台のスマートフォン。こじゃれた革のカバーに収まっている。


「正義くんの忘れてったスマホ、渡すの忘れちゃった」

「明日も来るし、いいんじゃないか」

「通くんもいるし、いっか」


 これを渡すためだけにわざわざ、酔っ払いの巣窟に呼び出すのも気が引ける。

 というわけで正義のスマートフォンは、今晩、魔窟にお泊りとなった。

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