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ぼくのわたしの守りたい世界  作者: 猫田芳仁
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第7話 潜入! 悪のアジト

 404号室の面々は、正義が忘れていったスマートフォンを注視していた。

 気になるのも仕方がない。

 画面に「緊急事態」と表示されているのだ。


「これ、どうしましょう」

「通くんに電話する?」

「でも、今まさにバトってるかもだし……」


 通は避難誘導をしているので電話くらいなら出られたのだが、彼も戦闘要員だと思っている住人たちは「どうしよう」のループに陥っていた。

 しばらく「どうしよう」の輪唱をしていると、振動と共に「着信」の文字が表示される。死んだと思った虫が飛んできたときのように驚いて、飛びのく。その隙間からさっきまでお茶をしていたニコがひょいと手を伸ばして、迷わず「通話」をタップ。ついでに、スピーカーモード。


「……ショウちゃん?」

『おお、ニコか。ん? なんで正義の電話持っとる?』


 可愛げのある呼び名とはかけ離れた声が、電話口から聞こえる。闊達とした、しかし明らかに老人の声である。


「忘れちゃったみたい。今、外で実戦中なんだ」

『やれ、肝心なところでそそっかしい奴よ』

「ところで、緊急事態ってどうしたの? 手伝いに行こうか?」

『いんや、儂らでどうにかできそうだ。そっちも交戦中なら、ますます手伝ってもらうわけにはいかん』

「わかった。でも、ホントに危なくなったら言ってよ。ほかならぬショウちゃんだもの、全力で助けちゃうよ」

『頼もしいな! ……この話なんだが、正義に言わんでもらっていいかの。心配してすぐ帰ると言い出すに決まっとる。一戦交えてへろへろの青二才なんぞ、邪魔じゃわい。明日も、そっちで勉強させてやってくれ』

「わかった。でも、ほんとーーーーに増援欲しいときは、わたしのスマホにこっそりメール頂戴」

『あいわかった。正義と通を頼むぞ』

「そっちもがんばってね」


 通話が切れたスマホをテーブルに置きなおしてニコが言うことには「聞いた通りでーす」。

 確かに、それが一番理にかなっていると皆は思った。何らかの手段で今、家族同然の組織に緊急事態が起きていると知れば、現場の彼らは動揺するだろう。その動揺は、要らぬ怪我を作りかねない。

 帰ってきてから伝えれば、それこそ電話の向こうの相手が言ったことそのままだ。たとえ傷ついていたとしても、それを押して「札幌」へ帰りかねない。そして残念だが、けが人は戦場で役に立たない。向こうが必ずしも正義を必要としていない以上、これが最善だ。


「何で教えてくれなかったの! って怒られそうだけどね」

「それで済めば最小の被害じゃありませんか。ところで、ショウちゃんって誰です?」

「大神将次郎。悪の秘密結社『暁禍戟團』最高幹部。組織はもうなくなっちゃったけど、生き残りの改造人間と、正義の味方が助け合って、町を守ってるんだ。まさかショウちゃんが正義の味方側につくなんて、びっくりだよ」


 びっくりしたけどうれしい、と感傷の匂いがする口ぶりで言って、ニコは眼を細めた。

 他の住民たちは「そんな重要人物、早めに教えとけよ」という気分で、やっぱり、眼を細めた。

 

 ***


 電話から間もなく、遠征組が返ってきた。天使の返り血(?)を浴びて、ところどころが抜けるような空色になってしまっている。おまけに、匂いだ。天使の体液は強いにおいを放つ。多少なら不快どころかいい匂いなのだが、これだけ浴びるとさすがに、鼻につく。

 天使の体液は、石鹸の匂いがするのだった。

 青い液体せっけんにまみれた2人を、被害のなかった通はちょっと遠巻きに見ている。毒はない、と説明したのだが「生理的になんかイヤ」とのことである。

 報告は戦闘要員を順繰り風呂場に押し込み、着替えさせたそのあとのことであった。


「でもね、正義くんはエラいですよ」


 夕暮れ時ながら、すで‎にワンカップを片手に出来上がっている風情の女性がこぼす。周囲との会話を聞いていて分かったが、彼女は「蘭子」なる名前らしい。


「背中に羽生えてる以外は、普通の人間なんですよ。そりゃ、襲ってはきますけどね……。たいていは”人間”そっくりだからって、殴るの躊躇しますよ。”天使”に見えりゃ、なおさらね。

 で、”天使”は軽微な……いわゆる霊感のちょっとしたやつでもかかってきちゃう。本人には自分が狙われる理由わかんないし、大多数は抵抗できなくて……ひどかったら、死んじゃうの」


 何度か、そういう場面を実際に見てきたのであろうか。彼女の言葉はその部分で急に落ち込み、正義の胸へ、いやに深く刺さった。

 確かに、敵だと言われたから戦った。そして、倒した。

 それは”敵だと言われた”からであり、本当に、心の底から、”敵”だと思っていたのかと問われれば、あまり自信がない。

 と、言うのもだ。


「いや、俺もその……敵だって言われたから突っ込んじゃったっていうか……。

 実は俺の変身システム、父の実戦データが全部入ってるんですよ。父は本当に命のやりとりしてたわけだから、敵だって思ったら本気でかかるわけで、俺もそのデータに引っ張られちゃって……って、これじゃダメですね。言い訳だ」


 うまく言えない、と正義は目を伏せた。

 何とも言えない沈黙が流れる。

 突如として正義の肩に、重みがかかった。

 視界に入る赤い髪。ニコだ。


「いやいや、それでいいんじゃない? わたしがぶいぶい言わせてた頃は敵”かもしれない”で社会的に殺してたからね。そうでしょ臈さん」

「懐かしいな……ヤな懐かしさだけど。そういうわけで、ここの連中はだいたい前科者だ。1人で気にすんな」

「正義くんが前科者みたいな言い方しないでよ。平和を守ってるだけなんだからさ」


 物騒な話になってきて少々辟易した正義だが、彼らが励まそうとしてくれていることは、わかる。


「……ありがとう、ございます」


 臈はふいっと顔を背け、ニコは背中をばんばん叩いてきた。

 痛かった。

 でも、うれしかった。


 ***


 草木も眠る丑三つ時。

 その屋敷も闇に沈んでいた。

 ……が、それは表向きだけのこと。

 地下室には煌々と明かりがつき、用途の見当もつかない異形の機械類がめいめいに駆動音を上げている。大きな机の前に取り付けられた大小さまざまな液晶モニタには、いくつもの数値やグラフが表示されており、止まることなく増減している。

 その部屋の中を追い立てられるネズミのごとく走り回っている男が1人。

 研究員蟹江である。

 実はあの電話があった直後、蟹江は単身敵のアジトへ向かった。さすがに人質がいるところで約束を破るわけにはいかない。いかないから、偵察だけだ。

 そこで、実に面倒なことに気付いてしまったのである。

 このアジトは全面に渡って「アンチ改造人間バリア」が張り巡らされていたのだ。これでは奇襲はおろか、正面玄関から入っていくことすらできそうにない。懇意にしている正義の味方は強化スーツ装着型なので、彼が要れば万事解決……だったのだが、いないものは仕方ない。

 それに、呼び出せる状況でもなかった。彼は彼で、戦場に赴いているらしいと聞かされている。頼るわけにはいかない。

 そういうわけで、バリアを破壊する「何か」を作るために、蟹江は寝る間も惜しんでフル稼働をしているのだ。

 上司2人は完全な武闘派で猫の手にも劣る。一応、自己メンテナンス程度ならなんとかやれるらしいのだが、蟹江に任せっぱなしにしているところを見るとどうも怪しい。

 というわけで、手伝いたいというのを丁重にお断り申し上げてさっさと寝てもらった。

 カフェイン錠剤をぼりぼりかみ砕く蟹江の姿は凄惨だ、眼の下には故井熊ができ、白衣は機械油と薬品でどろどろに汚れている。床に散らばる失敗作を蹴散らしながら、部品を求めて右往左往。

 その時、電話が鳴った。

 古いSF映画のような研究室に似つかわしい、古式ゆかしき黒電話だ。蟹江は「この忙しいときに」とは思ったが「こんな夜中に」と不審がることはしなかった。というのも研究室に入ってから、彼は一度も時計を見ていなかったからだ。


「はい……こちら大神邸地下研究室」

「蟹江さん! よかった、起きてて」

「二階堂くんじゃないか。どうしたの?」


 二階堂は一般人だが、小学生のころからこの家に出入りしていたため、業界の事情には詳しい。異変後は世界中を飛び回って、ほかの組織の悪事をくじくべく情報収集をしていた。確か今は、イタリアの組織を調査しているはずだ。


「実は日本に帰ってきたんだが、途中で明らかに『悪の組織』と思しいアジトを見つけたんだ。いま、おたく以外に日本に悪の組織はないはずだ。不審に思って、潜入した」


 一通りの情報はつかんだが、入ってきた通路が締まっており、脱出に困って相談してきたものらしい。彼は勇敢で行動力にあふれているが、無鉄砲なのが玉に瑕だ。


「いつも言ってるけど、無茶はほどほどにね……その味と、どのあたり?」

「地下鉄東豊線の」

「待って。〇区×町? 北11?」

「どんぴしゃ。なんだ、蟹江さんもマークしてたのか」

「そうじゃないんだ。そこに今、天明くんと深山くんが捕まってる」

「なんだって!?」


 声が大きくなるのも仕方ない。

 二階堂は、誘拐された2人と同様映画研究会に所属していた。すでに卒業はしているが、OBとして協力、交流することはままある。つまるところ、顔見知りなのだ。


「そうだ。アジトの中にいるなら話が早いや。中の様子を教えてよ」

「警備はすごく手薄だ。設備の感じからしても、臨時のアジトだと思う。警報装置も、ちょっと弄ったら簡単にダウンしたぜ」

「警備はシステムだけなの? 見張りは?」

「見張りもいないみたいだ。不用心にもほどがある……いま、中枢部らしい部屋にいるんだが、ここにも誰もいない。警報もアジト中のをとっくに切ってやった」


 ヒーローでもない人間にアジトを制圧されるとは、間抜けな悪の組織もいたものだ。よほど急いで作ったか、はたまた予算がなかったのか。

 しかし、それはそれで都合がよい。


「中枢部なら、探してほしいものがある。今そのアジトにはアンチ改造人間バリアが展開されていて、僕らは近づけないんだ。バリアの発生装置と思われるものはあるかい?」


 電話口から、ばんばんと何かを叩くような音が連続して聞こえてくる。これはひょっとして。


「……それっぽいスイッチをかたっぱしから切ったぞ。どうだ?」

「乱暴するなあ。自縛スイッチだったらどうするの?」

「それより、バリアはなんとかなったか?」

「観測するね……あたり! やっと寝られるよ……」


 本当に寝る前に最後の確認をする。

 可能であれば、二階堂は人質と接触し、一緒に行動すること。

 攻撃に巻き込まれないよう、周囲の様子を随時連絡すること。

 万一脱出可能な経路を見つけたら、速やかに脱出し、こちらにも連絡すること。


「……蟹江さん、眠いとこ、悪いんだけど」

「なに? 手短に頼むよ……」

「今すぐアジトを破壊して人質を吸湿したら、無人だから抵抗されなくていいんじゃないかなぁ」

「……そだね。ほかの人起こしてくる」


 蟹江が眠りに就けるには、あと数時間待たねばならないようだ。

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