第5話 対峙! 意外な敵
マスターの運転は、意外にも安全運転であった。浅はかではあるが、蓮っ葉で投げやりな言葉選びから「危ない運転をしそう」と、正義は決めてかかっていた。危ないどころか、揺れも最小限に抑えた、同行者を気遣う走り方だ。当然、スピードは出ない。これも、わざとだと、思う。なんてったって他人のバイクに乗っている通が、本気を出されたら追いつけないだろうから。
幸い、現場にたどり着くまでさほど時間はかからなかった。マンションとは言ってもあの閑静な住宅街から、いかにも栄えて騒がしいですという商業ビル群までこんな時間で辿り着くとは東京おそるべし。
現場は混乱を極めていた。
まだ避難中の人はかなりたくさんおり、けがをしている人、ショックで虚脱状態になっている人なども散見された。この騒ぎではぐれたのか、泣いている子どもや同行者の名前を呼んで探す人もいる。有志の市民や警察官が避難を促しているが、いかんせん人手が足りていない。
「俺は戦えないから、あっち手伝うね」
バイクを止めて早々に、通はしゃくりあげる男の子に駆け寄り、優しく声をかける。
「ところでマスター」
「ん」
「名前聞いてもいいですか」
「臈」
「ロウ、さん」
「お前は? 変身してるときは、ヒーローの名前で呼んだほうがいいか」
「別になんでも。家族とか友達は普通に名前呼びますし」
「じゃ”マサ”な。いいか」
「はい」
「マサ、あれ見て驚いたろ。戦えそうか? 一応、奴らが”敵”だ。宗教上の理由とかあったら帰っていいぞ」
「驚きましたし、俺が対応できるのかわかりませんけど……やってみます」
ビルの上には数人の、光り輝く人影がゆっくりと旋回していた。皆一様に中性的な美しい顔立ちをしており、簡素な白い服を着ている。頭上には光輪を頂き、背中には翼が生えている。
ありていに言えば、天使だった。
天使たちは高圧的な視線で周囲を睥睨しつつ、何かを探している様子である。そのうち1人が、正義に目を向けた
と、同時。
天使の手にまばゆい輝きが宿り、それを一条の槍にして投げつけてきた。
「う、わ」
間一髪。
光の槍はすぐそばの街路樹を深々と貫いている。交わし損ねれば、命はなかっただろう。
「コピー天使だ。連中、自分たち以外の異能持ちを攻撃するよう条件づけられてる。おれの気配は隠してたから大丈夫かと思ったんだが……正義の味方も奴らにゃ邪悪の使徒らしいな」
「すみません」
「それより、おかわりくるぞ」
「わわわ、いっけね! ”着霜”ッ!」
慌てて学ランをまくり上げ、ベルトについたレバーを降ろす正義。レバーのサイズに見合わない「ガコンッ!」という大きな音が響き、閃光とともに薄氷色のバリアが展開される。あらゆるエネルギーを遮断する超低温の壁に阻まれ、「おかわり」は音もなく砕け散った。
バリアが消えた時、そこにはヒーローの姿となった正義が立っていた。
「融けざる氷の意志、ジャスティスマスク!」
白銀のきらめきを纏って、見得を切る。
全身を覆う黒いスーツに、銀と青の装甲。
少々カッコ良すぎて「悪役みたい」と言われることもあるが、正真正銘、正義のヒーローだ。
「こいつらはロボットみたいなものだからな――本気出しても、誰も殺さずに済む」
「安心しました」
天使たちは猛禽のように飛びかかってくる。先ずは先頭を切る1羽を正義の飛び蹴りが墜とした。キックが決まると同時に、天使の身体は凍り付き、真っ二つに砕ける。甲高い音を響かせて、地面に落ちたそれは空色の水たまりに変わった。
臈のほうはもっと泥臭かった。獲物は特殊警棒。しかしどんな細工がしてあるのか、それで打たれると天使たちは空色の体液を流して苦しみ悶えた。
「マサー、おれ接近戦ダメなんだわ」
「戦えてるじゃないですか!」
「ゲームでいう魔法職なの」
「下手な格闘家より全然強いっすよ」
「付け焼刃付け焼刃」
などとのんきに話をしながら、2人は次々と天使を撃墜していく。
天使は、弱かった。
街路樹を貫いたあの光の槍、あれを遠距離から連射するなどしたら、近接タイプの正義は苦しんだに違いない。だが実際は時折思い出したように飛んでくるだけで、気を配っていればなんとか避けられた。あまり頭はよくなさそうだ。
臈のほうに投げられた時は肝が冷えたが、「魔法職」の本領発揮か、盾のような円盤を浮かせて防いでいる。しまいには警棒と盾で天使をあしらいながら「増援いいわ」と電話をかける始末だ。
あっという間に天使はいなくなり、代わりに空色のペンキをぶちまけたような光景が広がっていた。




