第4話 卑劣! 罠に墜ちし友
「ふははははははは! 貴様らの”お友達”は預かったぞ……無事に返してほしければ、明日12時に」
「12時とおっしゃいましても、それって夜中? それともお昼?」
「……昼だ」
出鼻をくじかれるというのは、こういうことをさすのであろう。
こういう場合、相手はおどろきとまどって途方に暮れるのが正しい。それをあろうことか、午前/午後の確認とは。思わず沈黙した電話口の相手に、研究員蟹江はますます攻勢をかけてゆく。
「そもそも、お間違いではないでしょうか」
「何ィ! そんなはずはない! ”お友達”が吐いたのだぞ……ここは”正義の味方”の拠点だとな」
ため息を一つこぼして、蟹江は眉間を押さえた。その押さえた指でもって、電話機をスピーカーモードに切り替える。背後で暇そうに将棋を打っていた上司2人、大神元帥とライネ大佐は、ゲームを続行しながらも耳をそばだてた。内蔵された通信機を起動して、出張中の経理の春日さん、本物の”正義の味方”にも緊急事態メールを送っておく。
根回しは、済んだ。
「どうりで、あからさまに”正義の味方”向けのお電話で驚きました。うち、もう廃業してるんですけど……元・悪の秘密結社なんですよ」
「嘘をつくな! ……ははあ、貴様ら違う番号を教えたな」
「結局どなたが捕まっているんですか? 確認できないと、うちの関係者かどうかもわからないんですけれど」
「では声を聞かせてやろう。ほれ、こっちに来い」
文脈と気配からして、人質のほうにマイクなり、収音機器が向けられたと察される。
かすかな雑音の後に、
「もしもし! 天明でーす!」
人質とは思えない陽気な声がほとばしった。
知った声でなければ、誘拐自体が何かのどっきりかと思うところだ。
「て、天明くん……?」
「おっ、蟹ちゃん! ひっさしぶりー! 元気だった? オレは元気だよ!」
蟹江は頭を抱え、上司は笑いをこらえている。
ここまではつらつとした人質は珍しいだろう。
「捕まっちゃったの!? 怪我は? ひどいこと、されてない?」
「めっちゃ無傷! サンちゃんも無事だよ」
「深山くんもそこにいるんですか!?」
「うん。2人でラーメン食べた帰りに、拉致られちった。そこのラーメン屋さんでクーポンもらったから、今度みんなで行こうよ」
天明、深山は2人とも、地元大学の映研会員である。彼らのいくらか前の代から交流があり、撮影だミーティング(という名の飲み会)だに呼び出されることもしばしばだ。
彼らとは友人と言って差し支えない関係であり、人質としてはうってつけだろう。
もっとも、そのへんを考慮せず攫ってきたようではあるが。
「ええい、間違い電話だと言っておきながら、知り合いではないか! それに貴様、正義の味方ではないのか? このように善良な青年が悪の秘密結社に関係あるものか!」
「何ですかその理論は。とにかく、明日のお昼12時に行けばいいんですね。住所言ってください」
「手元に筆記用具はあるか?」
「はい。お願いします」
住所を聞くと早々に話は終わり、蟹江は受話器を置いた市井のまま、少しの間立ち尽くしていた。
が。
急に振り返ると、困ったような、笑いをこらえているような顔で、言った。
「要求を聞くの、忘れちゃいました」
上司2人も、あからさまに邪悪なにやにや笑いで応える。
「要らんだろ。力づくだ」
「そうとも。アジトごと更地にしてやろうではないか」
悪にふさわしい高笑いが、部屋を満たした。
***
人質の青年2人は、けっこうくつろいでいた。
足枷でつながれてはいるのだが、足首が傷つかないような構造になっているので痛くない。床にも絨毯が敷き詰めてあり、直座りでもやっぱり痛くない。鎖もうろうろできる程度の長さがあり、そこまで拘束されている感はなかった。
自称「人質のプロ」である天明純と「銅像よりも動じない」と評判の深山勇也は、ともに足を投げ出した座り方をしてよもやま話に花を咲かせている。
「オレはほら。プロじゃん? だからこういうの大丈夫なんだけど、サンちゃんが全然驚いてないことにびっくりだよ。誘拐、ホントに初めて?」
「初めてですし、動揺しています」
「顔も動きもいつものサンちゃんだよ。わかんないよ」
「そうでしょうか」
「そう」
「ところでさっきから気になっていたのですが、”人質のプロ”というのはいったい何でしょう」
「それはね。オレさ、天明コンツェルンの跡取りじゃん? ちっちゃいころ、年3ペースで誘拐されてたんだよね」
「1回でも大事件ではありませんか」
「いろいろめんどくさいからお金でもみ消しちゃうの。まーそれはさておき、誘拐される中でオレは気づいたんだよ。人質ってのは死んだらゴミだ。だから、相手が目的をもって、理性的に動いているうちは大丈夫。泣いたり暴れたりするとちょっと痛い目にあわされることはあるけど、再起不能にされることはない!」
「相手があやふやな動機しか持たず、感情的で興奮していた場合はどうなるのでしょう」
「運を天に任す」
「よくわかりました」
この部屋は空調もよく効いていて、鎖の届く範囲に手洗いと冷蔵庫がある。残念ながら冷蔵庫の中には水のペットボトルしか入っていないので、2人が気になることと言えば「食事は出るのか」だったりする。
***
雑踏の中を2人の青年が歩いていた。
片方はいたって普通の日本人青年だ。かぶっているキャスケットが少し大きすぎるようで、しきりに整えながら同行者と歓談している。
もう片方は金髪に碧眼で、嫌でも目立つ。整った顔立ちながらも、そばかすのせいか冷たい印象はない。しかし、なんとなく小狡そうな感じのする男である。
「うーん、同じ人混みでも地元のほうがなんか落ち着くなあ」
「僕にはたいして変わんないように思うけど。しいて言えば、こっちのほうがトウキョウより空いてる」
「やっぱり地元民の感傷か」
せわしなく周囲を見回していた金髪が、ふいに目を伏せる。
「……僕、連れてきちゃってよかったの」
「どっちみちおれしかあてないんだろ?」
「そうなんだけど」
「単独渡航者はめずらしいからな。飯と寝るとこは取材費代わりだ」
「……ありがと」
「もっともおれんちじゃないけど。知り合いがでっかい屋敷に住んでてさ」
「屋敷」
その単語で金髪がうつむき気味だった顔を上げた。本人は無意識だろうが、舌なめずりまでした。
「言っておくがな。その屋敷にはお前の好きそうなもんはないぞ。遺産がらみの殺し合いとか、当主が早死にする呪いとか、代々受け継がれる奇病とか」
「屋敷なんだろう? なんかないのか?」
キャスケットは腕組みして考えた。この同行者は元居た世界で売れっ子の怪奇作家だったとかで、その手の話に目がない。大きな屋敷なんて超常現象と殺人事件でおなじみだから、次のネタにでも使いたいのだろう。
「お前向きかわかんないけど、ひとつあったわ」
「あるんじゃん! どんないわく?」
「悪の秘密結社のアジト」
てっきり喜ぶと思っていたのだが、金髪の元々色白な顔がすっと青ざめた。
「僕をそんなところに泊まらせる気だったの……僕、何されるの?」
「あー、その、なんだ。いまは正義寄りの秘密結社だから大丈夫だよ」
「いまいち信用できないんだけど……」
「とにかく、害はないから! 飯もうまいから!」
「何で悪の秘密結社で飯の話? ……僕、食材!?」
「違うってー!」




